Raed and Niki in Netherlands, November 2004

日時:2004年11月19日(金)15:00〜17:00、 Herengracht, Amsterdam
参加者:11名+ Raed & Niki
報告者:sugar free

Raed Jarrarさん 2004年11月19日、オランダのアムステルダムで、NGOの会議に出席するためにオランダを訪問していたRaed JarrarさんとNikiさんを迎えた集まりが企画されました。
 
わずか5日という短い滞在で多忙なスケジュールをやりくりしていただいて、企画が固まったのは直前でした。
 
参加者は日本人が5人、オランダ人が4人、ドイツ人とノルウェー人がそれぞれ1人ずつの合計11人。インフォーマルでリラックスした雰囲気でした。

 はじめに

今回、僕がアムステルダムに来たそもそものきっかけは、オランダのNGOが主催する情報通信技術(ICT)関連の会議[*1]に招待されたことです。会議では僕はブログについて話をしました。イラクの内側からの情報が不足し、大手メディア(mainstream media)が情報を完全にコントロールしている現在、ブログの果たす役割は大きく、この会議は意味があったと思います。でも今日の集まりではもっといろいろな話ができればと思います。

まず、僕自身について簡単にお話します。僕はイラクでパレスチナ人の父とイラク人の母の間に生まれました。人生の半分をイラクで、残りをヨルダンとサウジアラビアで暮らしています。イラクで建築学科を卒業し、現在アンマン大学で修士課程に在籍しています。つい先日「戦後イラクの復興プロセスに地域住民がどのように関わっていけるか」といったテーマの修士論文を提出したところです。現在はアンマンに住んでいます。
 

 「戦争」の犠牲をたどる作業

僕はCIVICという団体でイラク側責任者として動いたのですが[*2]、それが本格的に始まったのは、2003年4月、フセイン政権崩壊後のことでした。

ご存知の通り、アメリカはクウェートから北上してバグダードに入ったわけですが、その途中でいくつかの戦闘があり、主に南部で民間人にも多数の被害者が出ました。僕が行なったのは、その全ての犠牲者(死者、負傷者とも)の名前、年齢、バックグラウンド、さらに、どのようにして被害にあったかなどの詳細を割り出すことでした。

皆さんが目にする多くのメディアでは、一人の米兵が亡くなると、その家族や親戚の悲しみが大きく報道されます。でもイラク側の死者については、「○○人死亡」という数字だけ、それもごく一部しか報道されません。

Raedさんの調査結果 僕は、実際にどれだけの人々が犠牲になったか、そしてその多くが「家にいた」「道を歩いていた」「車を運転していた」というごく当たり前の日常生活を送っていただけで犠牲になったのだということを、実証する必要があると考えました。そしてこの戦争が「市民にフレンドリーなもの」ではないということを、いかに市民が被害にあっているか、それを「こちら側」から伝えることで、その一人一人の死に悲しみがあり、苦しみがあることを知らせたかったのです。この活動と、犠牲者の詳細については、すべてCIVICのサイトに掲載されています(www.civicworldwide.org/および、www.civilians.info/iraq/を参照)。
 

 作業をしていて見えたもの――「自分たちで何かを」

CIVICでの犠牲者調査の作業は数名でスタートし、最終的には160人ほどのボランティアが協力してくれました。米軍が進撃した南部の町々を訪れ、その地でボランティアを募り、僕は週1回バグダードから通いながら犠牲者を割り出す作業を続けました。

その中で見えてきたのは、イラク人の多くが「自分たちで何かを始めたい」と思っている、ということです。政治のトップが変わったことは彼らにとっては表面的なことでしかなく、それよりは、壊れた家や道路、学校を直し、水道を修復して元通りの生活に戻りたいということだったのです。

バグダード空爆時、皆さんがテレビでご覧になっていたように、米軍の精密兵器のおかげで、市街地の破壊はそれほど大きなものではありませんでした。テレコムタワー、旧政府省庁など、「ターゲット」は壊滅的なダメージを受けましたが、それは主に公的機関であり、非常に「政治的」なターゲットです。これらの破壊は、イラン・イラク戦争、第一次湾岸戦争、そして経済制裁の頃に受けたダメージより遥かに軽いのです。

過去において、もっとひどい破壊があったのです。イラク人はそれを自分たちで復興してきました。つまり、現在イラクへ入ってくる外国企業の力は、イラクの人々には必要ないのです。
 

 実際にかかる費用と外国企業の巨額プロジェクトとのギャップ

今何が起っているかというと、イラク復興支援金の多くが米企業に流れています。

わかりやすい例をお話ししましょう。僕たちはマイクロプロジェクトとして学校の修復などを始めました。学校の壊れた壁や窓の修復に地域の住民が携わった場合、必要な資金は1件につきおよそ50から100ユーロ[*3]です。学校を“修復する”のに必要なのは、わずか100ユーロなのです。しかも、彼らはその作業を自分たちでやることによって、フセインの独裁時代には存在しなかった「共同作業」と、「自分たちで復興作業が始められる」ということを体験します。

一方、1つの学校を“建設する”という大きなプロジェクトとなると、およそ2,500ユーロほどが必要で、これは海外のNGOの力を借りて資金を集めました。

僕が言いたいのは、「事実」として、2,500ユーロくらいで、最低限の施設ではあるけれど、1つの学校を建設できるということです。

けれども、外国企業は学校の壁を「塗り直す」ために10万ドルかけます。壁を塗り直すだけでかかっているその10万ドルが正しく運用されれば、イラク中の多くの学校を修復することが可能だということは明白です。

別のプロジェクトで、僕はナシリア近郊の湿地帯にあるドゥウィーラ(Dweera)という、何年か前に破壊された村の修復に携わりました。学校、民家、モスク、橋などの修復、そして苗や種を人々に配って農作業を出来るようにするなど、村を再度甦らせるのに必要だったのは、およそ2万5千ドルでした。

僕はなるべく現実的な話をしようとしています。感情的になるのではなく、イラクの人々は現実的に自分たちで復興作業をしようとしているし、彼らにはそれができるということを伝えたいのです。

残念ながら南部での復興作業プロジェクトは、治安の悪化によって、中断せざるを得なくなりました。僕でさえ、南部へ行くのが難しくなってしまったのです。でも僕には他に取り組んでいることがあります。ブロガーとして、大手メディアが無視している、あるいは気がつかない情報を人々に伝え続けようと思っています。
 

 大手メディアが伝えない、ジュネーヴ条約に違反した行為の例

例えばクラスター爆弾については、この写真をご覧ください。僕がナシリヤで撮影したものです。

クラスター爆弾の子爆弾。Raedさんが南部を訪れたときに撮影したもの。

これは小さくて、誰でも手に取ることができる。そして実際に多くの子供達が興味本位でこれに触り、負傷したり亡くなったりしています。

空中で炸裂するクラスター爆弾。ロイターなどの報道より こちら(=左の写真2点)は、現在行われているファルージャ攻撃の写真です。これはまさにクラスター爆弾の投下シーンです。メディアはこれをクラスター爆弾とは認識せず、ただ「ファルージャ攻撃」として偶然出してしまったようです。空中で親爆弾が爆発した後、中に入っている多数の小さな子爆弾が飛び散っている様子が明らかに見て取れます。このクラスター爆弾は国際法で使用禁止されています。

その他の爆弾では、ネイル・ボム(=フレシェット弾)[*4]があります。僕はこれをナシリアの劇場付近で見つけました。1つの爆弾に大量の小さな羽根つきのネイルが入っていて、そのネイルが周囲に飛び散り、1度に多くの人々を殺傷します。僕がネイル・ボムを見つけたのは1箇所だけなので、これが「大量に」使われているかどうかは分かりません。でも実際にこの爆弾が使われ、人々が犠牲になっていることも事実です。

 

モスルまた、先週(2004年11月第2週)、多くのメディアが、(イラク北部の要衝である大都市)モスルに米兵が入っていると伝えました。でもアルジャジーラが捉えたこの小さな写真には、米兵が去った後の米軍基地(元大統領宮殿)にイラク人が入って物色している様子が映されています。もし米兵がいたら、イラク人はこのようなことはできませんよね?

 

閉鎖された橋 ファルージャ写真をもう1枚。CNNはイラク赤新月社がファルージャの病院に無事到着した、と伝えました。ファルージャの病院はファルージャの街から橋を渡らなければならず、CNNがこの報道をしたその日に、この橋が通行止めになっている写真があるのです。つまりこれは、赤新月社がファルージャに入れず、人々は治療を受けることができない状態にあるということを証明しています。そしてこれらの行為はすべて、ジュネーブ条約違反です。

 

このように僕は、大手メディアが伝えようとしない情報をブログで伝え、証明していこうと思います。でもこれはサイドプロジェクトのひとつであり、僕自身は自分が建築家であって、ジャーナリストだとは思っていないし、僕の時間のすべてをブログに費やそうとは思っていません。でも僕がやっているその他のプロジェクトなど、すべてがブログにつながっていくと思います。もちろん、僕自身イラクにいたから経験もあるし、自分の取った写真なども載せて自分自身参加もしながら、ただの分析にならないようにしていこうと考えています。これが僕のブログについての考えです。     (続く)
 

*1:  会議の主催はHIVOSとIICDとOne World(リンク先はオランダ語)で、オランダのオンライン・マガジンの紹介(リンク先は英語)によると、「ヨーロッパ、アフリカ、アジア、ラテンアメリカのデジタル・ギャップを埋める」ことが主題だったようです。英語での紹介はrisq.orgのページにもありました。なお、ICTはInformation and Communication Technologyの頭文字。

*2:  CIVICは米国のNGO(www.civicworldwide.org)。Raed Jarrarさんの仕事とは、2003年3月から4月の「イラク戦争」による民間人死傷者の調査で、その調査報告はwww.civilians.info/iraqで見ることができます。このことについて、Raedさんのウェブログの記述を日本語にしたもの(2004年4月4日)を引用しておきます。

僕は最初の(そしておそらく唯一の)、民間人犠牲者の戸別訪問調査のcountry directorです。アメリカのマルラ・ルジカがパートナーで、マリアが資金を集めています。彼女はCIVICの総代表です。
 
しかし不運なことに、マルラはいまだに最終調査結果を発表できていません。
 
僕はバグダードとイラク南部における民間人犠牲者の最終調査結果を今月9日に発表することにしました。僕と一緒に作業して、夏の熱い日差しの中を何週間もがんばってくれてた150人のボランティアの人たちの多大なる尽力に報いるため、データ入力のプロセスを調整するのに何週間もかけてくれた弟のマジードに報いるため、無責任な政治的判断のために死んでしまった罪のない命に報いるために。
 
2000人が死に、4000人が負傷しました。
 
これら何千という数字のひとつひとつに人生があり、思い出があり、希望がありました……それぞれがそれぞれの悲しい時、喜びの時、愛の時を過ごしたことがあったのです。
 
彼らの聖なる思い出のために、僕がデータベースを出したときには、あなたにはぜひ、何分間かを費やして、それを読んでもらいたいと思っています。彼らの名前を読み、彼らの個人的な背景を読み、そして彼らのことを人間として、友人として、親戚として考えてください。ただの数字としてではなく。
 
僕はバグダードと南部9都市(カルバラ、ヒッラ、ナジャフ、サマワ、ナシリヤ、バスラ、クット、アマラ)のボランティアの仕事をまとめていました。これらの都市には毎週訪問していました。何度かは北部にも足を運んで、規模の小さな調査の段取りをつけたことがあります。
 
調査チームは地元の人たちで、調査対象となる地域の民族的・宗教的な割合、また性別の割合を反映する均質な集団を作るようにしました。それから僕は調査用の書類をデザインしました……理学修士の研究でいろいろ学んだので科学的な方法はわかっていたからできたことだし、それと、ボランティアの人たちやイラクの家族たちの協力的な気持ちがあったからこそできたことです。
 
民間人に絞った調査にしたかったので、軍の犠牲者は入れないようにしました。
 
民間人(Civilian):
戦場以外で殺された人全員。たとえその人の職業が軍に関連するものであっても含める(例えば、自宅で殺された兵士は「民間人」とする)
 
軍人(Military):
戦闘で殺された人全員。たとえその人の職業が軍人でなくても【訳注:うまく訳せません。原文a civic one】含める(例えば、フェダイーン【民兵】として戦闘中に殺された技術者)
 
原始的で簡素なツールを使ったのですが、僕たちの調査は信頼できるもので確かなものとなっているはずです。
 
21日間の戦争で2000人の民間人が殺された、これは非常に大きな数値です。こんなことが起こるとは、悲劇です……2000人の米国人が殺された9-11の出来事に負けず劣らず悲劇です。

*3:  この集まりが行なわれた時点で、1ユーロ=約135円。(オランダでの集まりだったのでユーロで話しているのだと思います。)

*4:  Raedさんウェブログの2004年11月9日より引用(日本語はここ)。

米軍はファルージャで、「ネイル・ボム」【訳注:テロリストが空き缶に釘を詰めて手作りする釘爆弾ではなく、「フレシェット弾」のこと。参考=P-navi info】や「クラスター爆弾」を使用している。テレビで昨晩の攻撃を見ていたら、A-10戦闘機が映っていたが、これは地上軍に対して空から緊密な援護をするために特別に設計された、最初の空軍機だ。これがファルージャの市街を爆弾で攻撃している。爆弾は空中で炸裂し、雨のように降り注いでいる。
 
占領戦争の間、イラク南部ナシリヤにネイル・ボムの攻撃があって、僕はそれを目撃したし、ネイル【訳注:フレシェット弾に入っている金属片】をいくつか保存してもいる。南部では何ヶ月か、人々にUXO(不発弾)やクラスター爆弾の不発の子爆弾の危険性について知らせる活動をした。クラスター爆弾の子爆弾をおもちゃだと思ったために怪我をした子供たちを何十人も僕は見ている。
 
これがイラク版のToys r US-(bombs) (「トイざラス(米国の爆弾)」)
 
クラスター爆弾やネイル・ボムの使用は違法だが、4月のファルージャ攻撃でも使用されていた。……

■オランダでのRaedさんについて、このほかの報告■
 
オランダのウェブログ、R-win.com [weblog] drwxr--r--(オランダ語)
ベルギーのウェブログ、Live From Brussels(英語)

■参照サイト(いっぱい)■

……このご家族についての簡単なまとめ(いけだ筆)
……このご家族がネットを通じて世界に呼びかけている,ファルージャなどに対する個人ベースの緊急医療支援(2004年10月〜)(いけだが日本語での情報をまとめています)

 
 

原稿執筆:sugar free(在オランダ)
現地写真撮影:arilyn(在オランダ)
編集・ファイル作成:いけだ(nofrills)(在東京)
ファイル作成日:2004年11月29日〜12月7日
 
リンクはご自由にどうぞ(確認メール等不要)
http://www.geocities.jp/nofrills_web/rjinnl/
 
このファイルについてのお問い合わせは,いけだまで,フォームからお願いします。
なお,いけだのウェブ上の本拠地はこちら(留守がちですが)。

 

 

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