桶狭間古戦場跡

 時は永禄三年五月十九日の正午で
あった。尾張田楽狭間の山間、東海一
の弓取りとまでうたわれた今川義元が、
まだ26歳という若き革命児によって
討たれたのである。
 まさにその場所が有名な桶狭間古戦
場跡、この写真の場所である。
 写真の左の墓石は桶狭間の戦いで亡く
なられた方の霊を弔うために建てられたも
のである。
 この場所で亡くなられた人は何を思い逝
かれたのでろうか?
 一方は勝ち戦と信じ戦う今川軍、方や圧
倒的兵力差にも関わらず奇襲をかけるが、
本当に今川義元の首を獲れるかもわから
ぬまま亡くなられたかたもいるであろう。
 この写真は、桶狭間にて信長公に討ち
取られた今川義元のお墓である。
 東海一の弓取りと言われた義元、京に
上る際に尾張をも軽く攻めていけば良いと
思っていたであろうが、このような事になる
とは思ってもいなかったであろう。
 東海一の弓取りとうたわれた今川義元も
今はここに静かに眠る。
 写真の右下には何か写っている、撮影当
時は何もなかったはずである。義元の霊で
あろうか・・・・・

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