澤熊講師と行く熊野御幸紀・番外編
2007年12月22〜23日

(1日目)赤木越え〜湯の峰温泉・新宮泊 ・ (2日目)大雲取り越え


(2日目・大雲取り越え)


新宮ユーアイホテル6時起床→7:50バスにて那智へ
いよいよ今日は大雲取り越えに挑戦です。
熊野三山詣で (熊野本宮大社
熊野速玉大社熊野那智大社) を終えた
参拝者は 背後にそびえる那智・妙法の山を登り「大雲取り越え」に向います。
雲に手が届きそうな、
雲の中を行くほど高いところを歩くという意味から此の名が付いたのでしょうか

熊野那智大社舟見峠地蔵小屋小口 田辺=阪和道=大阪



熊野那智大社
お参りだけの時は、
お店を冷やかしながら登るので、なんとも思わなかった参道も
一気に登ると、息が弾みます。
お天気は大丈夫みたいですが、快晴ではないので雨具装着の人も・・・
どうしょうかナ




那智高原
結局・雨具上下を着て、リュックカバーも付けて出発しましたが、
那智高原に着く頃には
暑くて邪魔に・・・例年にくらべ温かいようです。
お天気のほうもテルテル坊主の効果が出てきたみたいに良くなってきました。




もう随分登ったのかと那智高原に在ったコース図で確認してみたら・・・
マダマダ
現在地は左端の隅っこ・・・ゴールは右端?・・・
まだ10分の1も進んでおりませぬ。



登立茶屋跡
青岸渡寺から約2.6Km。
ゴールの小口まで・本日の予定は15Km弱・・・先は長い・・・あ〜ァ




船見茶屋跡(コースから少し離れた小高い所にあります)
那智から5`は歩いたのかナ?ヘトヘトです。
暑いです、ココで上着を脱ぎました。
写真中央の山の中腹の開けた所が、先ほど通った那智高原です。



舟見峠(883m)
船見茶屋跡からコースに戻ってすぐの舟見峠。
ココからは串本・潮岬・紀伊大島が望めます。


八丁の掘割
此の辺りには角のとれた丸い大きな石が沢山あります。
何故こんなに丸く?・・・
ゴロゴロ転がらないと.コノ様な形にはならないよ・・・

何処から転がったのでしょう


地蔵茶屋跡
綺麗な舗装道路・・・
林道を暫く進むと那智大社から約8`地点の地蔵茶屋。
ココには休息所や自販機もあり、絶好の昼食場所です。



昼食後は一気に登って、一気に降る・・・帰りの時間の都合か・・・本日のお昼休みは短目です。


石倉峠(たしかココが石倉峠だと思うのですが・・・)

こんな所に斉藤茂吉の歌碑がありました。
アララギ派も熊野を歩いていたのですネ・・・
『紀伊のくに 大雲取の峰ごえに 一足ごとに わが汗はおつ』


越前峠
さて此の越前峠からの下りが、
熊野古道最大の難所と言われる大雲取りの中でも、最も難儀な坂道が続きます。

この越前峠にも、かつて茶屋があったらしいです。
「西国三十三所名所図会」に
「越前茶屋・・・これより小口村まで五十町人家なし。
総てこの街道は食物は勿論、草鞋の類を用意すべし。
時によりてはこの茶屋にても売り切ることありて、他に
求むべき家なきゆゑ険阻の山径にて難儀に及ぶこと
あり。心得べし」

と山道での心得を記しています。

登りつめた峠には
輿の中海の如しと嘆きたり石を踏む丁のことは傅へず
と歌人土屋文明が詠んだ歌碑が立てられています。


石畳の急勾配が続きます。
「胴切坂」と呼ばれる坂道ですが、
油断しているとスッテンコロリとすべります。
写真撮る余裕なんてありません。
ストックを頼りに、一歩・一歩・・・ソロリソロリ・・・
恥ずかしながら3回転びましたよ。


円座石(わろうざ石)
円座とは、わら・すげ・いぐさ・等を渦巻き状に、
丸く平たく編んだ座布団のように物のことです。
熊野の神々が、その円座に似た石の上で
お茶を飲み相談事をしたと伝えられています。
石に彫られた梵字は、向かって右は阿弥陀仏(本宮大社の本地仏)、
中央は薬師仏(速玉大社)
左が観音仏(那智大社の本地仏)を意味するらしいです。



小口
ゴールは16:00ジャストでした。
那智の駐車場でバスを降りたのが確か8:30た゜ったから・・・
出発してから7時間半も経過している。
休息時間を差し引いても6時間以上は歩いていたことになる。
よくも歩けたものだ


2週間前の「小辺路・果無峠」も厳しかったけど、
今回の「大雲取り」も流石に噂どうりキツかった。
どちらが上と問われても・・・どっちも・どっち・・・かナ
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