さんがつ
◆日記に戻るべ



3月1日火曜日 さんがつ。

 3月に突入である。任期は残り、3月4月5月6月7月・・・。5ヶ月である。時が経つのは早く、それでいて、今は今日この一日しかない。ゆったりと確実に進む時間を止める事は出来ないものよ・・・と考えつつ、牛糞を畑にまいた一日であった。


3月2日水曜日 ガセロ授業一発目。

 新年度が始まったガセロ小中学校。本日は我がネイチャークラブの授業開始の日である。初めて顔を合わすネイチャークラブ一行。相棒である教師ディチェンはいきなり草抜きを命じるも、私の意見で自己紹介なぞすることになる。自己紹介くらいしたいよねぇ。
 生徒のうち5名は昨年から引き続きネイチャークラブに入ったつわもの。理由を聞くと、「俺は自然を愛しているんだ。」と歯の浮くような台詞を吐く生徒達。いずれにしてもネイチャークラブが好きなようで、先生幸せ。


3月3日木曜日 モデル家庭菜園。

 日記を読み返してみると、私が畑仕事をした記録がほぼ無い。野菜隊員のなんたるかについて小一時間悩んだあと、畑を作る事を決意。昨年断念したモデル農園を復活させる。なぜ断念したかといえば、「それただの家庭菜園でしょ?」とカウンターパート君に罵られたからであり、確かに家庭菜園にしか見えなかったことは事実で、正直凹んだ。
 ただ、肥料や水遣りは完璧であり、私は管理の行き届いた畑というものを示したかったので目的は果たしておる。ただ、誰も真面目に見てくれなかったことだけが失敗というか、それじゃあ目的果たして無いというか、ただの家庭菜園とうか・・・・。
 さっそく人夫さんに声をかけ一緒に畑を耕し、夏野菜の育苗を開始した。


3月4日金曜日 チティラおじさんに会いたい。

 4月の研究プロジェクトを共同で進めているチティラおじさんと会う約束を取り付け、首都へ。ところがチティラおじさん、頼んでいた仕事が終わっていないとのたまう。仕方がないので電話で小一時間世間話をし、電話代をかさませるという地味な嫌がらせをし、来週末の再会を約束する。


3月5日土曜日 ガセロ親睦会。

 ガセロにて企画している日本人とブータン人の祭典、ガセロ親睦会(感謝祭)の企画が大詰めを迎えておる。本日は、親睦会で行う日本人講師特別授業の授業アイデアを募集した。ペットボトルおもちゃ、料理、うた、踊り・・・。様々なアイデアが出て、会は楽しくなりそうである。料理が得意な隊員による料理教室は私が参加したいくらいである。生徒と先生の慶ぶ顔が見れれば幸せなのだが。


3月6日日曜日 ゆうこさんの御両親。

 同期隊員で霧の街にすむゆうこさんの御両親がウォンディに来られる。夕食に招待され・・・夕食を頂く心算で会いに行き、夕食にまんまと有り付く私。うむ。成長した。
 ゆうこさんの御両親は丁度私の両親と同世代であり、心地よい方々であった。私も両親と話しているような感覚がし、非常に懐かしく思った。


3月7日月曜日 タイヤを集める男。

 ガセロにて開催するお祭りでは、タイヤ遊具を校庭に作る。ほら、公園にあったであろう、貴方の幼少の頃を思い出していただきたい。古タイヤなんてどこでも手に入るだろうと、近隣の自動車修理工場に行ってみて驚いた。なんとツルツルの使いようの無いタイヤでも一本300Nuで販売しているというのだ。以前、米糠を一袋30Nuで購入した時も感じたが、日本ではゴミでもブータンでは商品であるものが多い。仕方が無いので、幾つかの自動車修理工場を廻る。
「ああ、250なら売ってやるよ。」とか「インドに送り返して修理するから売れないんだ。」とか、「オマエ日本人だろ?新品と交換してくれるなら古いのやるよ。」とか、どこに行ってもどうもお話にならない。新品と交換しろとか全くもって意味不明である。しかし、3件目に廻った工場にてやっと数本の小さなタイヤを頂く。4件目では、粘り強い交渉と泣き落とし作戦で「仕方ねえなあ」との譲歩を引き出し、300Nuの言い値をタダにする事に成功。気の弱い親父でよかった。
 そんなこんなで15本程のタイヤを手にいれ、私は満足なのである。


3月8日火曜日 火花。

 ブータンの電気は近隣諸国と比べ、比較的安定しておる。それもそのはず、電気産業はブータンの重要な外貨獲得手段であり、インドへの電気輸出量は年々増大しておる。
 しかし、電圧は少し不安定であり、我家でも電球が吹っ飛んだり、ストーブが燃えたりと、電圧安定器の使用が不可欠である。
 私は、日本製の小型電圧安定器を使用しておるのだが、本日安定器をコンセントに挿した所、閃光と共に火花が飛び散り、安定器虫の息。コレが無いとパソコンが使えないのである。仕方が無いので自分で修理。ブータン人的修理方法にもすっかり慣れた私は、輪ゴムやらガムテープやらを用い何とか使える形にする事が出来た。「根本的な解決になって無いよな・・・」と日頃ブータン人に対し感じている事を自分に対して感じ、少し欝である。


3月9日水曜日 ガセロウォンズディ。

 来週末に迫った「ガセロ友好の集い〜Get-Together Meeting」。この名前どうであろうか。私は大変気に入っており、皆にアピールしておるのだが、何の反応も無い。もう、スネるぞ。
 来週の予定や準備について校長と話し合い、祭典の準備は着々と進んでおる。生徒や先生も楽しみにしてくれているようで、「何を手伝えば良い?」とか「女は何人来るんだ?」とか質問が耐えない。女て・・・。
 プレッシャーがかかるが、なんとか成功させたい。


3月10日木曜日 JICA本部からの来客。

 JICA本部からブータン国担当のスタッフがブータンを調査しに来ており、その方がウォンディに来ているということで夕食会に参加する。さすがにJICA本部のスタッフは、頭の回転が速く、話も面白い。日頃悩んでいる事や生活苦を話し、私の気分は晴れたのであった。


3月11日金曜日 車検更新。

 私はブータンJOCVに2名しかいないバイクに乗る隊員である。ブータンの免許証は国際免許に登録されておらず、ブータン国内で取得せねばならず、私は日本の免許証を自ら翻訳し、ブータン免許証を取得した。やる気になれば大型免許なんかも簡単に取得できたのだが、やめておいた。俺真面目。
 ブータンでは免許証の他に車検証を手に入れないと運転できない。本日は私が使っていた車検証の期限が切れる日であり、更新に出向いた。更新は簡単で判子をとサインを頂くだけで5分で終了した。ブータン人担当官の「Safe Drive」という爽やかな笑顔が印象に残った。


3月12日土曜日 がんばってね。

 我社の視察にJICA本部のスタッフが訪れた。職員のいない職場、荒れた畑を見て、彼らはどう思ったのだろうか。私はすでに活動の拠点を本当の職場から別の場所へ移しており、コレはJICA本部として難しい評価が迫られる事であると思う。しかし、帰り際、「私は君の活動は正しいと思う」と声を掛けてくださった。そのときはそ知らぬ振りをしたが、正直涙が出るほど嬉しかった。いや、涙じゃないヤイ。これは味噌汁だ味噌汁。


3月13日日曜日 タイヤを運ぶ男。

 麻雀仲間の一人、タエさんの車にて、ガセロイベントで使うタイヤを運搬する。タイヤは苦心の末集め、もはやその一つ一つが大切である。むしろかわいい。黒くて・・穴が開いてて・・・・もう、抱きしめたい。埋まってみたい。

タエさんとタイヤ。本当ありがとうございます。

 しかし、運ぶとなると話は別である。なにしろクソ重いのである。大型のものは50kgほどであろうか、一人では転がす事すらままなら無い。非力。
 タエさんは往復1時間以上の道のりを2往復した下さり、なんとか20数個のタイヤを運ぶ事が出来た。このタイヤを使って作った遊具のうえで、日向ぼっこなぞしたら最高であろう。


3月14日月曜日 スコール。

 さっきま〜での〜通り雨が〜♪福山マサハルはまだ日本で元気であろうか。
私の住むウォディフォダン県バジョタンは亜熱帯気候帯に分類されておる。そのためか、気候は日本や首都ティンプーとは異なり、フェーン現象の大風が吹いたと思いきや、夕方にはスコールにも似た大雨が短時間降る。本日の大雨はまた格別であり、畑に落ちた雨粒は地面に大穴を穿ち、出たばかりの芽を折るほどであった。むむ、憎いぞぅ大雨ぇ。
 しかし、風呂に入れない私にとってはコレ幸いの大雨であり、バケツ2杯分の雨水を手に入れ幸せである。早速洗髪なぞするも、リンスをつけたところで水が無くなる罠。田んぼの水で流しては、リンスの臭いやら田んぼの臭いやら訳が分からず、今宵も枕を涙で濡らす2005年春。


3月15日火曜日 おおぅ!

 ふんぬー!テンパっておるのである。
今週末に迫ったガセロイベント。ホストである私はプレッシャーに潰され、そう、今朝見た鳥の死骸のように無残な姿を晒しそうなのであるコケコッコー。
 取り乱して申し訳ない。いやはや、一つのイベントを手がける事がこんなに神経をすり減らす事だとは想いもしなかった。ここへ来て思い浮かぶのは、ブータンで出会った一人の日本人の言葉である。
「祭りってのは、自殺行為だ。ホストは死ぬ思いをしなきゃいけない。それが理解できないならホストなんてやっちゃいけないんだよ。」
 む!その通り!それだけ責任を伴うものであり、楽しさと苦しさは同一平面状に鎮座しておられるものなのでろう。やや混乱しており、日本語が本日も不可解であるが、あと3日間我慢していただきたい。って、3日!?ウヒョー!


3月16日水曜日 ばんなそかなっ!

 ガセロウェンズデー。ガセロに赴き、イベントの準備に追われる。タイヤ遊具を作る場所を本日から作っていると聞き驚愕。場所を作るってどういうことですかせんせいわかりませぇん。
 現場に行くとなにやらきな臭い。

 ・・・燃えとる・・・。

 なんと焼畑よろしく草原を焼き払っておるではないか。炎は枯れ草やごみと生徒を巻き込み、驚くべき速さで荒地を公園に変えてゆく。ああ、伝統農法。しかし炎は大きくなるばかりである。逃げ惑う生徒。炎に追い詰められる私。炎がシャレにならん大きさになったところで消防隊出動。土をかける消防生徒隊。うむ、がんばれ。
 炎が治まり、残った切り株なぞを取り除くとそこには美しい新地が広がっていた。・・・と思ったら、そここで小火発生。おら!消防生徒隊出撃じゃあ。


3月17日木曜日 あと2日。

 緊張感は高まる一方。こういったイベントのホストは大変なものなのである。何が大変か。
それは参加される方がいろいろな方であるところである。人々楽しみ方も嫌な事も千差万別。ひとりひとりのかたに楽しんで頂くにはそれなりの準備も必要であろう。
 あ・・・。抜け毛・・。


3月18日金曜日 前日。・・・前日じゃん!

 イベント直前には様々なハプニングが起こるものである。
 ハプニングその壱。雨。・・・って、気候は温暖なガセロでなぜ雨が降っておるのだ。髪は私を見放したのか。あ、間違えた。神は私を見放したのか。
 ハプニングその弐。バイ子の調子が最悪。なぜアイドリングしているだけでエンストするのだろうか。私がイベントに現を抜かしておるので機嫌を損ねたらしい。雨で出来た水溜りの中でエンストした時、貴方ならどうしますか。私は、とりあえずバイ子を踏み台に飛んだものの、水溜りの中央に見事着地いたしました。


3月19日土曜日 いよいよ!ガセロ友好の集い「Get-Together Meeting」当日!

 昨日から降り続いた雨も見事に止み・・・・って、止んでないし。止めよ。止んで?ねえ?
なんとかお客様がくる昼前には雨が上がるも、道中はぬかるんだオフロード。スズキ社製の軽がのぼれるのであろうか、不安になる。
 開始、30前にゾクゾクとお客様が到着。緊張と興奮で少し失禁したのは秘密だ。

 失禁中。

 開会式で挨拶なぞした時は、穴という穴からいろんな液体が出ておった。もうね。緊張して生徒に話しかけたりしちゃった。「こんにちは!きこえないぞー!」って、NHKのお兄さんか。
 開会式の後は、日本人先生による特別授業 in ガセロ。皆楽しんで先生をやってくださり私は満足した。 日本語のクラスに入ると、「愛してます」だの「調子DO?」だの、トチ狂った日本語が飛び交っておったが、コレもまた一興。ハズカシそうに「アイシテマスアイシテマス・・・。」と繰り返す生徒はかわいかった。
 料理のクラスはおししいパンケーキを作っておったし、ペットボトル飛行機を飛ばす生徒の横では、炭坑節を踊り狂うブータン人生徒。オセロを楽しんだり、あやとり、折り紙を楽しんだり、あまつさえ、マジックのクラスは生徒総マリック。私にはサングラスが見えたハンドパワーハンドパワー。圧巻は3D映像のクラス。赤と青のめがねを掛けて覗くと飛び出る絵を皆でつくっておった。そんな授業私が受けたい。
 特別授業が終わるとキャンプファイヤー。

 燃えろ燃えろ。

 隊員によるサックスの演奏や歌のあとはブータン人のダンス。これまた盛り上がった。
 その後、夕食を取り、布施大(髭)の家に皆で移動。想い想いにガセロの静かな夜を過ごした。こんなに上手く行くなんて、奇跡が起こったような気がし、私は明方近くまで感動の余韻を楽しんだ。


3月20日日曜日 ガセロ友好の集い「Get-Together Meeting」2日目!

 朝目が覚めた瞬間から緊張感が走る。皆は寒い思いをしなかったか、体調を崩している方はいないか・・・と想い外を見やると、野原で寝ている数名発見。さすが隊員体もじょうb死ぬぞ
 朝ごはんは学校寮の朝食を頂く。質素な学校生活体験である。生徒の行儀の良い食事とまとまりのある団体行動に一同感動。朝ごはんも中々うまい。
 朝食後は、タイヤ遊具設置。グループに別れ作業開始。

タイヤマン登場。生徒ざわめく。タイヤ色塗り中。

 作業も事故も無く終了。無事閉会式に移り、再度失禁した後、祭りは幕を閉じた。


3月21日月曜日 く・・・くさ・・・。

 体が臭い。昨日祭りの終了後皆を見送る際、手荒い褒美の麦酒かけを頂いたからである。しかし幸せだ。祭りの後は、寂しく疲れており、それでいて幸福である。
 今回の祭りのホストを務め感じたのは、自分の中にある熱い想いである。必要以上のことを考え必要以上に動き必要以上に失禁する。コレが楽しいのである。もう太腿の内側なぞ文字通り熱かった。人と深く関わるにはやはり相当な苦労が必要であり、人と深く関われば多くのことを吸収できる。日本で学び忘れかけていたことをここブータンで思い出した。アレだ、アレ・・・友情って奴だよキン肉マン。
 2,3日休み精神の疲れを取りたいのだが、次なるイベントが私を待っておる。戦士に休息は無いのだ。行くぞテリーマン!


3月22日火曜日 チティラおじさん。

 次なるイベントはお仕事である。私は日本からチティラおじさんという研究者と研究計画を立てており、4月に日本人研究者を呼び寄せ、研究を行う予定なのである。ビザ、チケット、ホテル、食事、交通手段・・・課題が山積しており、一番の問題は、様々な研究機関や省庁から了解を取らなければならない事である。プレゼンテーションの予定は1日単位で入っており、再び失禁する日がやってくるのだ。


3月23日水曜日 チティラおじさん・・?

 相棒であるチティラおじさんに会うため上京。携帯電話に電話するも繋がらない。そこでチティラおじさんの職場に電話を掛けると美しい女性の声。「チティラはインドに出張しております。」・・・っておじさあぁぁぁあん!!
 「インドのどこにいるか分かりますか?」と訪ねると、「ジャングルでございます。」と答える美人声。
ジャングルって・・・。もう・・トラにでも食われておるかも知れんのう。


3月24日木曜日 霞ヶ関。

 ブータンの霞ヶ関タシチョゾン周辺のオフィス街に出向く。プレゼンテーションを行うためである。私の英語辞書には上達と言う文字は無く、プレゼンテーションなぞやってはいけない身分なのだが、そこはいたし方が無い。オフィスに入り「おはよう!」と飛び切りの笑顔で話しかけるも、「・・・こんにちは」と返される晴天の午後。本日のお相手は、博士号を持つペマ博士。ビビらないよう、私は彼のことを「ペマたん」とかわいく呼んでおり、意味を悟られないか余計ビビる罠。
 「ペマたんこんにちわ、計画の説明に来たよ☆」とこれまた最高の笑顔で語りかけるも、「時間が無いんだと一蹴。
 もうひとりのお相手エヌケーたんに至っては、「腹が痛い」・・って仮病か?エヌケーたーーん!
 仕方が無いので小一時間受付嬢をナンパしながら時間を潰す。ちなみに受付上の名前はネパールちゃん。ネパールちゃんはブータン人。
 失禁しながらも何とかプレゼンを終了し、「続けろ」との太鼓判を頂き帰宅。エヌケーたんは最後まで顰め面だったが、腹痛が痛いに違いないと信じ、夕日を眺める春の夕暮れ。


3月25日金曜日 なおらい。

 「なおらい」という言葉を御存知だろうか。知らない奴は辞書引け辞書。
というわけで、感謝祭シリーズと題された3つの祭りのお疲れ様会が開かれた。これでいよいよ祭り関係の仕事収め。嬉しいよな悲しいような。いや、やっぱ嬉しい。
 私は、ビデオ編集などをこなし、楽しい夜に花を添えた。編集した写真の数枚が横向きになっていた事など、私の才能が垣間見れる事実であろう。才能って恐ろしいものよ。


3月26日土曜日 またまたやってきた送別会。

 ついに私は最上級生である。一番の古株である。
 私たちより3ヶ月早く赴任した先輩方の送別会が開かれた。別れはいつも悲しいのだ。皆で別れの歌を歌い、別れを惜しんだ。多くは語るまい、先輩方よ、日本で再会しよう。


3月27日日曜日 ブータン野球連盟。

 ブータン野球連盟のはずが・・・本日の野球参加者は日本人のみ。うん、皆寄生虫か何かにやられっやったんだな、きっと。サナダムシあたりが大流行に違いないと信じ、白球を追う。私は野球馬鹿であるので、白球を追っている時は本当に馬鹿になっているのであろう。もう楽しくって仕方が無い・・と思っていたら、腹痛が。え?サナダムシ?あは☆またお友達増えちゃった。


3月28日月曜日 再び霞ヶ関。

 サナダムシの恐怖に怯える26歳nakashimaです、こんにちは。
本日もブータンの霞ヶ関にてプレゼンテーション。本日のお相手は、ビザ発給担当者カルマさんとその仲間達。カルマさんに納得していただかなければ日本人研究者のビザが出ないのである。研究内容のプレゼンテーションは程なく終わったのだが、カルマさんの表情が硬い。そこで、夜の会話で場を和ませる。皆さん日本人の性生活には興味津津のようで話は盛り上がった・・て、何やってんだ俺。
 結果、無事ビザは発給された。


3月29日火曜日 チケット購入。

 来ブ(「ブータンに来る」の意)するためにはブータンに発着する唯一の航空会社Druk Airのチケットを購入しなければならない。今回来ブするのは、6名。往復権一枚750ドル・・・・。ってそんな金あるわけが無い。銀行も貸し渋りだし(日本)、不景気だし(日本)、毛は抜ける一方だし(本人)・・・・。
 と、天の声が。大親友であり、ブータンのお姉さん的存在であるkinokoさんが、金を貸してくれるとのこと。なんて良い人なんだ、kinokoさん。皆さん彼女のHPは必見ですよ!超面白いっす!(こんなトコでいいですか?)
 大金を借用し、チケットを購入。あとは飛行機が山にぶち当たらないのを祈るばかり。南無。


3月30日水曜日 共同研究者ラクシュミちゃん。

 今回の調査に参加してくれるブータン人研究者と会うことができた。名前はラクシュミ・タパちゃん。よく話す明るい性格をした女性である。今後の計画について相談するも、ぴんと来てない様子。むむ、自分の英語能力の限界はここか・・・。
 仕方が無いので、雑談で友好を深めようとするも、女性と話すネタなど持ち合わせておらぬ。よく考えたら、若い女性と話すなぞ、いつぶりであろうか。懐かしすぎて思い出せない。ラクシュミちゃん、かわいい顔して宿敵である・・・。


3月31日木曜日 もう一人の共同研究者。

 調査に参加するもう一人の研究者はダワ・デマさん。嗜好品であるドマで口を赤く染め、民族衣装が妙に似合うブータン人ど真ん中の女性である。こちらは、私も対応しやすくすんなりと研究内容も受け入れてもらえる。やはりおば様の方が良い。