2005ねん
にがつ

◆日記に戻る



2月1日火曜日 ヨーコさんとチミラカン。

プナカの古寺チミラカンを訪ねる。道中菜の花畑の中を通る。

 菜の花が美しい。ウォンディは春が近い。


2月2日水曜日 ヨーコさんとオムテガン。

 ヨーコさんは先生であるので、プナカの学校を訪ねる。道中の村々では、村民が我々を歓迎してくれ茶を振舞ってくれる。古き良きブータン。

 茶を御馳走になった農家で。


2月3日木曜日 ヨーコさんとカベサ。

 ヨーコさんは先生であるので直ぐに子供に囲まれる。本日も農村を廻る。ブータン人の温かさ、素朴さがとても幸せである。

 プナカゾンにて。


2月4日金曜日 ヨーコさんとジブジョカ。

 丘の上の学校へ行く。学校までの通学路が畑の畦道であり、通学している生徒は谷を一つ越えて通っているようだ。たくましい。

 プナカゾンとヒマラヤの山々。


2月5日土曜日 ヨーコさんとクルタン。

 ヨーコさんの大家だった人に会いに行く。私も世話になった事があり、懐かしい。
 昨日の夜は、私がいつも昼御飯を食べる店へ食事をしに行った。店の女将さんは私の客人であるという事で酒をタダで振舞ってくれた。ブータンは本当に暖かい国だ。


2月6日日曜日 タイヤ遊具。

 パロに移動し、タイヤ遊具を作る。これは以前隊員が行った行事にて収益金が発生し、そのお金を使ったボランティアである。タイヤ遊具はブータン人と協力の下完成し、鮮やかに色を塗られ輝いていた。

 皆で協力。楽しいひと時。


2月7日月曜日 ヨーコさんとパロ。

 ヨーコさんと空港の街パロを散策する。パロはブータンでは第二都市であり、土産物屋やスーパーマーケットが並ぶ。私もサンタクロースとブータンの道化師が描いてあるポストカードを購入する。チベット密教国にやって来たクリスチャンサンタ。なんともユーモアのあるポストカードである。男性器型魔よけを振り翳す道化師にサンタはメリークリスマスが言えるのであろうか。


2月8日火曜日 ヨーコさん帰国。

 ヨーコさんが帰国した。2度目のブータンはどうだったのだろうか。ヨーコさんは多くのブータン人に迎えられていた。私がブータンへ帰ってきたとき迎えてくれるブータン人は居るだろうか。居てくれれば良いのだが・・・。


2月9日水曜日 ブータンのお菓子。

 ブータンは得てして標高の高い国である。首都は2400mある。そのため気圧は下界よりも低く、下界で作られてたモノは大抵影響を受ける。
例えばコレ。

 ふくらんどるーーー!

 袋詰めのお菓子なぞ、パンパンに膨らんでおる。膨らむだけなら良いのだが、コレを暖かい部屋に持ち込むと派手な音を立てて破裂するのである。「テロ?テロ?」と何度慌てふためいた事か。心臓に悪い。また、販売時に既に破裂しているものもあり、中身が湿気ている場合も或る。購入時には威勢良く膨らんでいるものを選ぶと吉である。



2月10日木曜日 爆睡。

 隊員生活で辛い事が一つだけある。休日が無いことである。平日は職場通い。休日はブータン人と交流。最近は週末首都で過ごす事が多いが、それでも一人の時間は無い。そのため気付くと体がひどく疲れていることがある。要するに遊びすぎなのである。本日は体を癒すべく一日中睡眠。というか、昨日寝て今日起きたら、夕方だっただけなのである。怠け者なのである。たまにはこういう日があっても良いと誰か私に言ってはくれぬか。


2月11日金曜日 日帰り。

 ユシパンフライデー。ティンプーからユシパンへ向い、任地でアルバイトさんに指示を出した後、フタタビ首都へ帰る。移動は疲れる。


2月12日土曜日 うた。

 チュカという南部の町にて日本人によるブータン人のための祭りが開催される。祭りのフィナーレでは、日本人による合唱が計画されており、その練習会が開かれた。私は持ち前の美声と音程をナチュラルに外す技術に基づいた一人ハモリを披露し、日本人友人の怒りをかったが、まあ、それは良しとする。


2月13日日曜日 やきゅうしようよ。

 本日はブータン人との野球大会第2回目である。早朝より、ウォーミングアップを開始し、準備万端でグラウンドへ。グラウンドでキャッチボールなぞ喜び勇んで楽しんでおると、なにやら奇声が聞こえる。「ウヒョーイ」やら、「ピョピョー」やら、気がふれとるとしか思えない叫びが聞こえる方向に目をやると、なんとアーチェリーを楽しむブータン人団体様御一行。アーチェリーといえば、ブータンの国技の一つであり、伝統的な竹の弓矢で射る矢は100m近く先の的の近くに次々と刺さっておる。これでは外野フライのたびに外野手が弓で射られてしまうので困る。我々は仕方なくグラウンドを変更。白球を追いかけた。結果我々のチームは28対24で見事勝利した。


2月14日月曜日 親分来襲。

 任地にて仕事をこなしていると、私が首都にて仲良くさせていただいているシニアボランティアのオヤジから連絡が入る。「わしは今ウォンディに来とるんや。飯喰いに来いや。OKOK。」OKOKが口癖のこのオヤジは私の大学院の先輩に当たり、よく面倒を見てくださっているのだ。親分に呼ばれては駆けつけないわけには行くまい。急いで街へバイクを走らせる。街へつくと、「オマエの友達はあっちだ」と聞いても無いのに教えてくれるブータン人。「ああ、存在感あるからなあ」と呟きつつ親分の泊まっているホテルへ。そこは一般ブータン人の利用する格安ホテル。「利用する外国人は初めてなんじゃないか・・・?」と驚愕しつつ、豪快なオヤジと食事を楽しんだ。ちなみに彼の息子は私と同い年である。


2月15日火曜日 農業機械センター。

 我社ドゥルックシードコーポレーションのお隣には、農業試験場と農業機械センターが立ち並んでおる。空港の街パロに或る農業機械センターの本社では、在庫管理を専門とする爽やかマッチョな隊員アキラさんが働いており、彼が我が任地バジョタンの農業機械センターに出張してきた。彼はまもなく任期を終える身であり、最後の大詰めの仕事に取り掛かっているところなのである。仕事終わりには彼の同僚と一緒に毎夜飲み歩いており、仕事に遊びに忙しい時間を過ごしているようである。私も夜の飲みに誘われ出かけてきた。我が支店にはスタッフがおらず、気の置けないブータン人と飲み明かすなぞいつぶりか。懐かしい感覚に酒も進み、片言の日本語を話す農業機械センターのスタッフと打ち解け、夜は更けていった。


2月16日水曜日 アキラさん。

 バジョタンに出張してきておるアキラさんだが、ここ数日、仕事をしては飲み、飲んでは仕事をし、寝る事を忘れておるような働きっぷり。頭の下がる想いである。疲れもそろそろピークに達しておるようで、本日は我家にてゆっくり過ごす事となった。アキラさんは力強く、真面目で一本気な男らしい方だ。「むぅ、鼻が詰まる・・・。いや、風邪じゃない!」と力強く堪えておった。そんなに体が疲れるまで仕事しなくても・・・などと貧弱は私は思うのであるが、やはり2年の任期を終えようとする先輩隊員は違う。私が2年を終えるとき、どんな事を考えておるのだろうか。後5ヶ月。一日一日辛抱の生活を頑張りたい。


2月17日木曜日 花粉症。

 アキラさんの鼻風邪だが、どうやら花粉症であるらしい。あきらさんの住むパロはまだ冬でも、ここウォンディはすでに春近し、植林された杉は花粉を散らし、小さな花々も開花しておる。鼻詰りに加え、目の痒みを訴えるブータン人を見るにつけ、日本と同様、ブータンにも花粉症はあるようである。
 私は幼少のみぎり、注射により花粉症を治癒させた事が或る。毎週火曜日学校からの帰りに打つ筋肉注射は拷問かと思うほどの痛さであり、注射嫌いがたたって、今では注射大好きになってしまった。もう、針が肉体に食い込んでいくところなぞ、見ていると興奮する。うふふ・・。
 話がそれたが、私はブータンへ来て、アレルギー性の花粉症やその他疾患を患う事もなく、すこぶる体の調子が良いのである。やはり、美味しい空気のストレスのない環境が良いのであろう。アレルギー疾患が日本より少ない分、虫刺されや乾燥肌がひどくなったのでボリボリ体をかきむしる事は変わっていないのだが・・・。


2月18日金曜日 チュカ感謝祭前日。

 先日から日記に登場しておるアキラさんとチュカという南部の発電所の町で働くツヨシさんと私で企画し、実行しておる事がある。ブータン人に世話になって生きている我々地方の隊員がブータン人に感謝する日、感謝祭である。明日、ツヨシさんの任地チュカにて、パロに引き続く感謝祭が開かれるので、私はチュカへ移動した。
 チュカは、前述の通り発電所の町であり、発電した電気をインドに輸出し、外貨を稼ぐ、言わばブータンの稼ぎ頭の町である。ツヨシさんはここでシステムエンジニアとして働いておる、声の大きい爽やか好青年である。
 チュカ感謝祭では、サッカーとバスケットの交流試合が組まれており、私は両方に出場する。サッカーは以前から練習していた通り、青年海外協力隊チームの気合の入り様は尋常ではない。私も俊足軟弱FWとして活躍する予定であり、チュカのヒーローになって、ブータン人にモテモテで・・・などと考えておったら、興奮して夜も眠れない罠。寝不足必至である。


2月19日土曜日 チュカ感謝祭。

 いよいよやって来たチュカ感謝祭。総勢30名ほどの日本人と1000人ほどのブータン人がチュカにある学校に集まり、祭りは始まった。最初のプログラムはサッカーであり、青いスパイクに赤いユニフォームを着た私は開始前からエヅくエヅく。ああ、苦しかった。試合は序盤から隊員チームペース。私にも何度もシュートチャンスが訪れるも、相変わらずの体力不足を露呈し、ゴールまで走るだけで吐き気を催す。むぅ酸素が薄い。そんな中、チュカに程近いチマラカ赴任の同期女性体育隊員オオタニがチュカスターズチームのゴールネットを揺らす。湧き上がるグラウンド。ガッツポーズの隊員イレブン。歓喜の渦に飛び込むも、飛び込んだだけでまたも吐き気をもよおす私。ホント体力無い。
 試合は、後半一進一退の攻防の末、チュカスターズチームが一点を取り、同点にて終了。私の肺が貧弱である事が悔やまれる一戦であった。

 ぐえ。もう走れません・・・。

 試合後は日本紹介イベント。私は筆を取り、書道の腕前を披露する。昔は並居る書家を驚かせた腕前も、筆を握るのが8年ぶりとあっては、勝負は面白トークしかない。ブータン人のリクエストに答え「貴方は美しい」と書いたり、人気の有る隊員名前を書き記したりした。って、何故私が他隊員の恋のキューピッドにならなければならないのであろうか。ふざけるな、ブータン婦女子。
 そんな楽しい日本紹介イベントの後は、バスケットの試合である。私は、もはやまともに歩く事もままならず、すっころんだり、ボールをユニフォームの下に隠したりして笑いをとる他できる事無し。隊員チーム惨敗であったが、盛り上げたのは隊員チームであったと信じたい。
 その後、日本人で歌を合唱し、チュカ感謝祭は幕を閉じた。

 チュカの子供と。押すな押すな。


2月20日日曜日 発電所見学。

 チュカは発電所の町。ならば発電所の見学をしてやろうではないか。
ということで、動かない体を引っ張りながら発電所へ出向く。ブータンでは見る事の少ないトンネルに入るとそこは別世界。壁には巨大な仏画が描かれ、近代的(?)な発電施設が私を出迎えた。轟音とともに廻る巨大なタービン。様々なスイッチが光るオペレーションルーム。エレベーター。何より驚いたのは、床がきれいな事とやたら銃剣をもった警備員がうろうろしている事である。
 「ここはブータンじゃない。こんな立派なものがあったらブータンは駄目になる・・・。」と、国際協力に関わるものに有るまじき言葉がつい口をつくほど素人目には素晴らしい施設であった。

 もう一つ訪れたサンドペルリ寺院。夜は怪しげな電飾が光る。


2月21日月曜日 もうすぐは〜るですねぇ♪

 ウォンディに帰ってくる。タクシーを降りると風が生温い。路傍のサボテンは緑を取り戻し蕾を膨らませておるし、渡り鳥の鵜の数も減った気がする。ウォンディはもう直ぐ春だ。私が育てている桜の木の苗からも新芽が吹いてきており、移植できる日も近そうだ。
 私のデスクに座り、鳥のさえずりに耳を傾けていると、何やら異臭を感じる。ふと見ると収穫した芋が腐っているではないか。なんているか、液体が流れておる。ふむ、春である。


2月22日火曜日 雨。

 昨日、「もうすぐは〜るですね〜♪」なぞと歌っておったら、本日は寒い。しかも雨降りである。コレは首都は雪であろう。雨降りにもかかわらず、「ド根性ぉ!」とバイクで出かけたら、車庫で転んだ。アア寒い。
 遅刻して会社に徒歩で出かけるも、雨は勢いを増すばかり、乾季で乾いたラフロードは泥沼と化し、いたるところで崖崩れ。「あ〜あ、こんな村いやだ〜♪」
 畑に出る事も出来ないし、日課の日向ぼっこも出来ないので、事務所でパソコンなぞをポチポチ。雨は止まない。


2月23日水曜日 ガセロウェンズディ復活!

 ブータンの小中学校は、新年度。私が去年講師を務めたガセロ小中学校も始業であり、クラブの部員わけが行われるというので、ガセロに向う。ガセロで驚いたのは、職員室である。この度、学校が大きく改修され、臭かった職員室も美しく仕上がっているではないか。しかもネイチャークラブの顧問の欄に燦然と輝く「NORI NAKASHIMA」の文字。ふふ、コレで私も立派な教師、否、聖職者である。クラブわけに於いても、私の聖職者っぷりはとどまるところを知らず、かわいい女生徒を我がクラブに勧誘する。「私、興味ない」・・・って、零点つけちゃうぞ、先生。
 相変わらず不人気な我がネイチャークラブであったが、それでも36名の新部員を獲得。来週からの活動にも力が入る。

 クラブ紹介の様子。先生も必死。


2月24日木曜日 シキリトール。

 キシリトール!キシリトール!キシリトールをシキリトールと勘違いしておる人間は2万人ほど居るに違いない。私も今気付きやや欝である。そんな按配で本日はたまった書類の整理をキシリトールを食べ食べ行った。書類といっても英語のものがほとんどであり、必要不必要を見極めるため一生懸命辞書を引いた挙句、「避妊の方法」・・・・ってだれだこんな書類を「重要BOX」に入れたのは?・・・うむ。大切なことだよね。避妊。


2月25日金曜日 チティラおじさん。

 4月に日本人研究者とブータン人研究者が合同でブータンを調査するプロジェクトを立てておる。日本人がブータンへ来るので、ビザやら車やら手配が面倒であるのだが、コレを助けてくれているのがチティラおじさんである。彼もまた研究者であり、「専門は、金のなる草、冬虫夏草だよ。」とほくそえむ素敵なおじさんだ。1:9分けの髪型と出すぎた腹がまたなんとも言えずナイス。本日はそのチティラおじさんと茶を飲みながら今後の計画等を相談した。


2月26日土曜日 百万Nuの夜景。

 百万ドルの夜景とはよく言ったもので、6年前に見た函館の夜景はきれいであった。ブータンにも夜景というものは存在しており、私の任地では星と同化した夜景を見る事が出来る。首都ティンプーにおいては田舎では体験できないような百万Nuの夜景を堪能できるが、コレが本当に百万Nuなのかどうかは、既に定かではなく、「函館なんて軽く越えてるんじゃない?」と言ううだけ虚しい。最近味覚やら視覚やらに異常をきたしておることは疑いの無い事実であり、客観的な目のなんと重要な事よ、函館を越えているように見えたティンプーの夜景は今日も涙に翳むのである。  そんな按配で、本日は夜景の見えるホテルへ食事に行ったのである。


2月27日日曜日 ソフトボール

 本日は、BBC(Bhutan Baseball Club)の活動日である。む。BBCかっこよい。日本野球連盟と肩を並べる日が訪れるべく、BBCの活動は早朝から始まる。まずはグラウンド探し。良いグラウンドを予約しているのだが、そこでは毎週末アーチェリーがとり行われており、外野手は的にされかねないのである。ブータン人ネットワークをフル活用した結果、タクシー乗り場横グラウンドに移動。チームを分けた後プレイボール。本日は参加者が27人と多く、シニアの方や若いブータン人等がハッスルする良い試合となった。ファールボールで全力疾走したり、足がもつれて転んだり、股間を打球が直撃したりと珍プレーも続出し、試合は盛り上がった。


2月28日月曜日 初めてのお泊り。

 出張してきておるアキラさんだが、まだおる。本日は彼と彼の同僚と街へ繰り出した。ブータン人にも無礼講という言葉はあるらしく、アキラさんの上司と肩を組み楽しんだ。上司の「ありがとうありがとう」と連呼し私たち日本人に頭を下げるさまには少し狼狽した。
 その後、バジョに戻ったのだが、アキラさんとその教え子であるソナムちゃんの姿が見えない。「オイオイ、アキラさんフォーリンラブ!?」と息巻く上司を脇目に我家に帰ると玄関で待っている二人。どうも疲れはピークに達し、ゆっくり寝たいようである。ちなみにアキラさん、今までは6畳ほどの部屋に4人で寝泊りしていた。
 我家にブータン人が宿泊するのは初めてであり少し戸惑ったが、ソナムちゃんは良家の娘さんでよく出来た娘なので心配は無用だった。