じゅうにがつ

■日記に戻ろうぞ



12月1日水曜日 ゲストとパロ2。

ゲストとドゥゲルゾン遺跡へ。赤タイツあったかい。


12月2日木曜日 ゲスト日本へ。

 いよいよ長かった旅も終着駅。ゲストも概ね満足してくれたようである。ゲストを迎えるのは大変であるが、刺激を受けることも出来て有意義である。ただ、なぜだろう、腰が痛く、髭が伸びた。私は老けたのだろうか。


12月3日金曜日 先輩隊員日本へ。

 先輩隊員が帰国された。空港へ2日連続のお見送り。先輩隊員の同僚や其の家族がお見送りに来ており、皆涙涙で感動的であった。良い活動を成されたのだろう。私の帰国時はどうなのであろうか。満足できる帰国時にしたいなあと、唇を噛み締めた。


12月4日土曜日 ブータン人と草サッカー。

 我ら隊員間で流行のスポーツはサッカーである。本日はブータン人女性サッカーチームとの練習試合を行った。相手は女性であるのだが、我らも十分中年であり、対等の戦いをするとの予測の元決戦の火蓋は気って落とされた。
 私は俊足FWとして守りには全く手を貸さないプレーで見るものの目を轢き付けた。同じく出場したFW選手の「納得いかん。」との言葉はすでに忘却のかなたである。前線で味方のボール供給を待ち続け、美味しいところだけを持ってゆくプレーは功を奏し、見事2得点を決めた。皆、褒めてよい。


12月5日日曜日 ボランティアデー。

 ブータンでは我々青年海外協力隊の他、日本からはシニアボランティア、シニアJOCV、専門家等が働いておる。韓国からはKOIKA。国連の国連ボランティア。ドイツGTZ。ニュージーランドVSA等々。これら各国のボランティアが働いておる。これらボランティア同士は時には協力し、時にはライバルであり、日々切磋琢磨しておる、
 本日はこれらボランティアが集うボランティアデー。綱引きなどで盛り上がり、茶を飲んで交流を深めた。
 私は白人との付き合いは無いので、白人だらけの茶会では緊張しっぱなしであった。なぜか、「すいません。私は所詮黄色いサルでございます・・・。」と低姿勢になってしまうのは、私個人のコンプレックスであろうか。白人とのコミュニケーションにはもっともっと鍛錬が必要である。


12月6日月曜日 帰郷。

 ウォンディへ帰るタクシー。いつものタクシー乗り場でいつもの友人タクシー運転手に囲まれ、「んじゃあ、今日はキミ。」とどこかのお店よろしく指名し、タクシーに乗り込む。ブータンタクシーは乗り合いが基本であるので、同じくウォンディへ行く乗客4人を運転手が探す。タクシーに乗り込みウトウトしていると、「さあ出発だ!」と運転手。横には5人のブータン人
 通常5人乗りのワゴンに7人で乗り込み出発。・・・・無理だから、普通に無理だから。
 私は運転席に学生と思しき若者と2人乗り。なんて言うか・・・ロックの取っ手がわき腹に食い込んで痛い。あと、学生がチーズ臭い。
 車は走り出し、どんどん山を登る。私も長いブータン生活において、ハイラックス8人乗りを経験しておるので次第に慣れてきて、ウトウトする。
 ふと目を覚ますと、山の頂上へ差し掛かっておる。3時間の長旅。
「旅は道ずれだな、学生よ。」と横の学生に目をやるとソコには恐ろしい光景が広がっていた。
 うん。学生、白目剥いてた。
ああ、死体ってこんな感じなのかな・・・と感心しつつ、揺すって見る。返答なし。よくみると額に脂汗。口の脇からよだれ。ただ事じゃない。運転手は鼻歌歌ってて気付かないし、後ろの4人のブータン人は下ネタトークで盛り上がってる。「ぎゃはは、うちの旦那はデカイワヨ!」っておばちゃんの旦那はどうでもいいから。
途方にくれていると、更に事件が勃発。
 ごぷっ!
 声も上げず学生嘔吐。嘔吐と同時に私に体当たり。ごつん。
ああ。ありえないよ、ありえない、学生さん。
運転手もさすがに異変に気付き車を止める。飛び降りる私と学生 with ゲロ。
学生さんは車を降りた拍子に路肩の崖を数m滑り落ち、そのままの体勢で更に嘔吐。
もう修羅場。
私は体についたミカンやらミカンやらミカンやらを拭き取る。
ってミカンしか食ってなかったんか?学生。
一頻り嘔吐した学生は私の元へ来て「ソーリー」と一言。再度座席へ戻る。
私も座席へ戻ったものの、ミカンに臭いの充満した車内でしっとり濡れたズボンで運転手の歌声は響いて、おばちゃんは旦那の浮気話で盛り上がってて学生はまた脂汗いっぱいで・・・・・。
・・・・・地獄って意外と近くに有るもんですね。(号泣しながら)


12月7日火曜日 レッキー帰郷。

 同僚であり、我が支店長であり、今やカウンターパートであるレッキーが帰ってきた。一時は、失踪説、駆け落ち説、死亡説等が流れたが、本当に帰ってきてくれて良かった。特に死んでなくて良かった。何をしていたのか訊ねると、「いろいろね。フッ。」と意味不明の笑みを浮かべたので余計な詮索はやめることにした。
 今から早速レッキー宅に御飯を食べに食べに行ってくる。レッキーの嫁の作る飯は、レッキーがいると格別に上手いのである。楽しみである。愛の味。


12月8日水曜日 みかん。

 午前中は畑仕事。乾季なのになぜ曇っていて寒い。太陽カモン!
 午後来客アリ。日本からの学生でブータンが研究対象なのだそうだ。聞けば、私の地元広島の学生らしい。地元の話しなぞをして小一時間盛り上がる。研究の話は良いのか、学生よ。まあ、私もためになる話は出来ないので、みかんでも食べ食べ楽しむ。
 

12月9日木曜日 職員室。

 久しぶりの晴天気持ちが良い、などと書き出すあたりまだまだ私は爽やかだと思うのだが、如何であろうか。2日続いた曇り空もからりと晴れ、私のこしらえたビニールトンネルもやっと暖かになってきた。仕事も少し捗る気がする。
 天気も良い事であるし、昨日の学生さんのお土産であるところの饅頭を人夫さん達に配る。皆一様に「おいしいです。」と言ってくれたが、
唯一2歳になる子供だけが、「カァーーー!ペッ」と吐き出したので、殴る蹴るの暴行を加え制裁しておいた。饅頭を粗末にするとは・・・・出したもの全部食べないと、家へ帰しませんなからね!


12月10日金曜日 諸君!

 諸君!時は来たり!目標は大帝都ティンプー!
クロックタワー!ドチュラ峠!ティンプー繁華街!
かまうものか!目についた物は片端から壊し!
目についた者は片端から喰らえ!
存分に食い!存分に飲め!
この人口6万の帝都は今宵諸君らの晩飯と成り果てるのだ!
さあ!諸君!乾盃をしよう!
宴は遂に!今宵・此の時より開かれたのだ!

乾盃(女性隊員万歳)!乾盃(女性隊員万歳)!!

つう感じで新隊員歓迎会に行ってきます。女性隊員!女性隊員!じょせいたいいん!


12月11日土曜日 すまんかった。

 昨日の日記を読み直し反省する罠。今宵の私はテンションが低い。許せ。
 なぜテンションが低いか?
 両の鼻腔からの出血も辞さない覚悟で望んだ新隊員歓迎会。なんと今回の新隊員は女性5名男性1名の賑やかな一団であるのだ。昨夜の私の興奮ぶりも納得できよう。
 一次会の席に於いて我々15−1次隊は似顔絵による自己紹介を披露。企画の時点では興奮気味だった我々も本番は首都ティンプーの寒空に勝るとも劣らない仕業にて撃沈。だれかの陰謀に違いない。まばらに起こる拍手が未だに耳から離れない。
 二次会の席に於いて、完全に泥酔状態に陥った私は新隊員(女性)に対し、親父トークアビリティー全開で迎えうる所業。アア、経つ年月の恐ろしい事よ。
 結果、「なんかあのちょび髭の先輩隊員キモくない?っていうかグロイ?」という評価を受けたと妄想しつつ、そんなネガティブ発想と共に一人酒を喰らい、記憶がはるかヒマラヤの彼方へ消えた事は、早く記憶から抹殺したいわけで、もう何がなんだかこれ以上書く気も起きないので眠る事とする、おやすみなさい。←未だ泥酔。


12月12日日曜日 爽やか。

 朝、新隊員の「おはようございますぅ!」と云う爽やか挨拶に苦虫を潰したような顔で堪えてスイマセンでした。中島です。二日酔いです。
 本日は、だらだらと過ごす。昼飯を喰らい、夜飯を喰らい、寝酒の途中で麻雀連中が集まり、午後2時就寝。就寝前の「おやすみなさい!」という爽やか挨拶にまたも苦虫を噛み潰し、「おやぶみまほい。」とごにゅごにょ返事で誤魔化してごめんなさい。


12月13日月曜日 壁の外に巣。

 ふむ。本日からは真っ当に働く。首都にて今後予定される仕事について省庁を訊ねたり、JICAの事務所で相談したりして午前中を過ごす。午後はオフィスにて仕事。夕刻は新隊員さんの作ってくれたカレーを食し満足する。日本の美味しいインドカレーの味を思い出し、ブータン風インドカレーの味と比べ、「果たしてどちらが真のインドカレーなのか」について考察するも、枕元でピヨピヨ小鳥の囀りが聞こえるので、耳を傾けつつ寝ることとする。


12月14日火曜日 デンジャラスナイト。

 ウォンディに帰ってくる。夜は我家に一泊する事になった布施大(髭)と共に、首都ティンプーにて仕入れた「小林サッカー」をみる。「地球は危険だ!火星に帰れ!」との言葉が印象的であった。しかし、カンフーサッカーが炸裂し、我々もノリノリで映画鑑賞をしておった折、停電勃発。停電はしばしば起こるものであるが、本日の停電は少し長めであり、私と髭は暗闇の中ろうそく一本にて晩御飯を食し、語りあかした。これ以上ロマンティックなハプニングが起こると髭にフォーリンラブでデンジャラスなポシビリティが・・・、と書くものの英単語語彙量の少なさに「ブータンは危険だ!日本に帰ろう!」と決意しかけ、自分を宥めつつ床に着く。


12月15日水曜日 エンジニア。

 賑やかである。職場が賑やかなのである。昼御飯一人じゃないのである。好きなだけ英会話を楽しめるのである。我が職場に出張のスタッフが4人やって来た。賑やかなのは良い。一人じゃないって素晴らしい。
 素晴らしい・・・っと一人噛み締める私に「お前パソコン持ってるだろう。このデータ打て。」だの「プリントアウト頼む。」だの、俺はコンピューターエンジニアじゃねー!
「了解しました!」と爽やかに微笑む私にかける言葉があればどなたか掛けて下さらぬか。


12月16日木曜日 今日は汚い話だ。

 朝、目を覚ますと下痢が止まらない。もう、大変。とどめない。思い当たる節は・・・・。ありすぎて思いつかない。兎に角、午前中会社を休む旨を電話で知らせる。現在職場にスタッフがおるので、こういった連絡も重要である。なんだか嬉しい。いやいや、嬉しいとかではなくて、もう、トイレに篭るしかないのである。しかし、痛みは無い。無痛分娩という奴である。
 午後からは普通に出勤。さすがに食事は喉を通らず、紅茶やお湯にビスケットを摂り、昼と夜を済ます。


12月17日金曜日 建国記念日。

 本日からブータンは3連休である。本日は建国記念日。私がネイチャークラブを指導するガセロ小中学校に於いても、セレモニーが開催され、建国の日を祝うという。そこで、民族衣装のゴを来て、ネクタイ代わりのカムニと呼ばれる袈裟を纏い、バイクで颯爽と出かける。
 ガセロ小中学校の校庭には既にテントが建ち、松の葉が敷き詰められ、凛とした空気が流れていた。この日は学校の終了式もかねられており、進級試験の終わった生徒達もリラックスした顔で式典の準備に汗を流していた。
 式典は校長およびゲストの挨拶にて始まり、生徒のダンスが続き、昼ごはんが振舞われた。式典自体はここまでであったのだが、本日のメインイベントはここからであった。成績の返還が行われたのである。ブータンに於いては、一年一年に留年があるので、生徒も必死である。親同伴で成績を受け取るもの。成績を見て笑っているもの、青ざめているもの。親と一緒に先生に落第について講義するもの。人生模様が狭い校庭にて繰り広げられておった。
 個人的には、私お気に入りのかわいい生徒が落第しておったので、少し悲しい気持ちになったものの、期待を掛けている我がネイチャークラブの概ねの生徒は好成績にて進級・卒業して行ったので良しとする。皆、立派な上級生、高校生になるが良い。


12月18日土曜日 フットボール。

 私は野球を愛している。しかし、今、蹴球に心を奪われつつあるのだ。野球は見て楽しいスポーツ。蹴球はプレイして楽しいスポーツである。
 あの当時私は齢17。高校に通っていた私は休憩時間のたびにグラウンドをボールを追って駆け巡り、ゴールネットを揺らすべく、「FW以外はやらん!」と駄々をこね、その折の同級生の困った顔が今でも目に浮かぶ。授業開始ギリギリまで蹴球をプレイし、教室までも全力疾走。夏場などは授業開始後10分たってもクラスの半数近い男子が息を切らしていたことが懐かしい。足元には汗の水溜りが出来ていた。青春の臭い。
 そう、蹴球は高校時代クラスの仲間、否、学年を超えて全校生徒と遊び、競い、切磋琢磨した球技なのである。其の私が、蹴球に今夢中にならない理由があろうか。いや、無い。
 ここブータンに於いても、我等が青年海外協力隊蹴球部が存在し、私は其の左FWの定位置を奪うべく、日々「俺FWしかやらんけえのお。」と息巻いている次第である。ただ、問題は齢26になった事であり、「一般成人男性の肉体限界は年齢26である」という事実を知るにつれ、「私の限界は間違いなく15歳であった。」と、体育会系クラブ活動に燃えていたあの頃に夢を馳せるも、手足振るえ、目翳み、肺胞潰れるこの体。とりあえず、「髪の生え際さえ後5年もてば、四肢朽ちるともかまわぬ。」と無益な決意をし、本日も蹴球を追った。


12月19日日曜日 フットボール2。

 本日は、なぜかJICA調整員殿の御自宅で飲み会と相成り、疲れきっている新隊員さん諸共、酒を喰らったのである。会は盛り上がりを見せるも、私の頭は蹴球の事ではちきれんばかりであり、「俺のスパイク、青いんだよね。青い流星さんって呼んでも良いよ。」などと新隊員に絡むあたり、質の悪い年寄りぶりを発揮しつつ、話している相手は皆年上という罠。
 仕方が無いので、レガースとソックスも真青に決めてみました。


12月20日月曜日 禁煙の国。

 日本でも大々的に報道されたらしいが、ブータンが禁煙の国になったのをご存知か。先週の新聞には、大量の燃やされるタバコと演説する国王の写真が掲載されていた。どうやら、今回はブータン政府も本気らしい。というのが、既に私が住む町は禁煙であったのだが、実質タバコは入手可能であったのだ。しかし、今回タバコには100%の関税が掛けられ、外国人でも持込が難しくなり、且つ、闇の販売価格も日本のタバコの2倍になった。一箱600円のタバコをどんなブータン人が買うというのだ。また、闇販売が発覚した場合、罰金は2万5000円でかつ、商売ライセンスの剥奪と言う厳しく且つ現実的な刑罰が科せられることとなった。やる気満々だな、ブータン政府。

燃やされるタバコ。一箱600円・・・・。


12月21日火曜日雷龍の国から日出る国へ。

 ガセロ小中学校でお世話になっているスカウト(ボーイ/ガールスカウト)の先生が日本へ行く事になったらしいので、彼を日本食を出すインド料理屋に誘った。食事中、彼は「私の夢だった。」と語り、満面の笑みで布施大(髭)の渡した箸でカツカレーをほうばっていた。
 彼にとって、日本に行くということはどういうことなのであろうか。私は日本にいた当時、「日本は小さな国であり、日本人は努力して地位を築き上げた。」と信じていた。しかし、ここブータンは其の小さな日本の一部、九州と同等の広さの国である。首都人口6万人、国民60万人である。私の故郷広島県福山市は30万都市であり、福山とその周辺に住む人だけで、ブータン人と同等なのである。ブータン人が努力だけで大国と肩を並べるなぞ度台無理な話である。そんな小国の一教師が、日本へ行くというのはどういう気持ちなのだろうか。
 考えているうち、ウエイターが紅しょうがを持ってきたので、夢中になって紅しょうがを食した。紅しょうがの味はブータン風であり、少し理科実験室の臭いがした。
 え?食用酢じゃなくて酢酸使ってますか?


12月22日水曜日 農業試験場。

 実は、私は研究者の端くれなのである。・・・趣味の研究をブータンに来て以来継続しているのである(謙虚)。来る4月、其の趣味の研究を実際の研究すべく、日本から頼もしい助っ人が訪れる事になり、私はこの千載一遇のチャンスをモノにするため、研究プロジェクトを立てているのである。
 そこで、本日は近隣の農業試験場に研究の相談をかねて見学に行って参った。農業試験場は日本のそれと比べても遜色なく、多くの施設とスタッフを抱えた立派なものであった。友人ブータン人も多くがそこで働いていて、楽しい時間を過ごした。途中から我社の愚痴に話がシフトし危うく、酒をかっ喰らうところであったが、仕事中であることを考え辞した。


12月23日木曜日 鳥葬の国。

 仕事のアポをとる。電話を取引先に掛けてみるも、不幸があったらしく、担当者が会社を休んでいるとの事。どうも、山に登っているらしい。なぜ山が疑問に想い、同僚のプランラマに聞いてみる。ちなみにこのプランラマ、パロのスタッフだが、彼が会社に来る事はほぼなく、私が赴任して以来ずっと病欠で会社を休み続ける不届きな男である。
 「そりゃ鳥葬や。不幸な死に方をしたり、子供が死んだりしたら鳥葬にするんや。」と彼は言った。いや、別に彼が関西弁で話しているわけでは無いのだが、イメージは大切であろう。
 「例えばな、猫に食われかけてる鼠を助けるやろ?鼠は幸せやわなあ。でも、猫はどうや?ずっと空腹やんけ。そこで鳥葬いうわけや。死んでも徳を積むいうわけや。」と彼は続ける。・・・いや、イメージだから。
 彼の言う事には納得である。鳥葬というと理解できないモノと決め付けていた。死して尚徳を積むとは、さすが仏教国ブータン。
 「いうてもな。この世で信じられるんは、金よ。金。」と、プランラマは、最後に言った。
 お前は早く家へ帰って、潰れかけてる自分のホテルを何とかするが良い。


12月24日金曜日 素敵なクリスマスプレゼント。

 本日がイブで或る事なぞほとんど忘却の彼方であった、危ない危ない。最近は毎週末の事であるが、首都にて仕事をするべく上京。そのまま、首都で開かれた、日本人のパーティーに参加する。
 日本にもありそうな小洒落たバーにて、国連関係者等邦人数名を集め会は開かれた。私は、仕事も一段落した事もあり、浮かれて酒をあおっておった。やはり、日本人で飲むのは楽しい。ましてや、今日はクリスマスイブ。ひとり任地で寂しい妄想に取り付かれなくて良かった良かったわい。店員も民族衣装にサンタの帽子なぞかぶっておる。ブータン人も「メリークリスマスー!」なぞと乾杯しておる。我々のゲストにも日頃見慣れない方々も多いし。国連職員さんなどとお知り合いになれるのはこんな時しかないものよ。よく見れば、土方歳三もおるではないか。最近、日本から送付された大河ドラマ「新撰組!」から抜け出してきたようだのう。抜け出してきたようだのう。抜け出してきたようだのう。
・・・・・土方歳三の本物だ。

本物の山本耕史さん。ほんのーちいさなーできごとにー♪

って、目を覚ませ俺。そんなもの函館にて討ち死にしておる。否!討ち死には歴史上の人物であって、彼は、現代の俳優であるので、幽霊でもなんでもない!否!そうではなく、なぜ本物の土方がここにいるのかが問題なのである。否!本物の土方は歴史上の人物は、既に死んでいるので、彼は本物ではないのだが、本物であって、其の彼が目の前にいるという事は、なにか得体の知れない新兵器が日本では開発されており、それd(以下、小一時間続く)。
 というわけで、俳優の山本耕史さんと楽しく飲んだのである。彼は、特番の収録にブータンを訪れており、我々と飲みたいということで、急遽パーティーに参加されたのである。
 あまりの衝撃の出会いに私はオロオロする事しか出来ず、なにか、胸のどきどきが止まらない。これって恋?


12月25日土曜日 酒池肉林ナイト。

 本日はクリスマス当日であり、日本人はイブの余韻に浸っている事であろう。私も、土方歳三の余韻に浸っており、否、ブータン隊員のほとんどがそうであり、すでに「やまもっちゃん」などと馴れ馴れしいあだ名で彼を呼んでいるのは私だけではあるまい。
 本日はシニアボランティアの家にて、パーティが開かれた。昨日は土方ナイトであったので、今夜は酔いつぶれる事が目的の真の「酒池肉林ナイト〜無礼講じゃけんのう。」にすべく、我々ブータンホスト隊は張り切ったのであった。我々の張り切りは功を奏し、会は見事盛り上がり、その結果我々も泥酔し、家庭用カラオケセットにて「乾杯」を熱唱したところで会は終了したのだが、時計はすでに5時であった。