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2003.8.2.  ついにウォンディフォダンにやってきた。途中ドチュラを越える時、二台の血のついた事故車を見たときはちょっとヒイタが、事故りそうになったのは数回だけだった。
 ウォンディの町は、夢のように美しかった。ゾンが堆く聳え、緑と赤の入り混じった山は、猛々しかった。カウンターパートは同い年。名前は聞き忘れた。なかなかのハンサムガイだが、切れると手がつけられない感じの剃刀野郎だ。車に相乗りした二名の同僚は、底なしに明るいジャンバーとウーマンキラーと呼ばれている偽ケミストリー(サングラス)で、二人とも付き合いやすそうな男だ。おそらく二十台だろう。ドライバーは常にラリッてる感じの42歳。20万キロ以上走ってるハイラックスを新車だといって憚らない危ない男だ。口がドマ(東南アジアに共通の噛むアレ、赤い)で真っ赤なので、怖い。
 引越しを済ませるはずが家具が届いていないということで、急遽ホテルへ。ホテルにはオランダ人がワラワラいてうっとおしい。でも風呂がすごくきれいで機嫌は直った。やっほう。今から入るぞ。気持ちイーーー!
2003.8.3  ホテルを出ていよいよ引越し。家はバジョタン(ウォンディの端っこ)にあるアパート。アパートといっても一軒家の二階を間借している。ブータンスタイルの典型的な家だ。聞いていたとおり、水は出ない。トイレがあったので、風呂とセパレートか!?と喜び勇んだが、風呂自体がなかった。ふふ・・。でも八畳ほどの部屋が3部屋、ダイニング、キッチンがあり、家具はハンドメイドだ。・・・まあ、ハンドメイドしかない国なんだけど。家具と日本から持ってきたダンボール箱を運搬後、水を汲みに会社へ。会社から、水を盗むなんて、夢にも(以下略)。
 シニアボランティア(SV)の方と食事の約束をしており、高級ホテルドラゴンネストへ。よくも竜の巣などと付けたものだ。住んでる人間は竜か。同期隊員(退院)の大ちゃん(ひげ、北の国に憧れる22歳)と合流、SVと食事。この国は飲酒運転もありなのか、SVの車で送ってもらう。なかなかいい人だった。
 部屋に戻り、アレンジ。とても楽しい時間だった。見たこともない虫を数匹退治したが、いったい何虫なのか。とりあえず明日バルサンを焚く。
2003.8.4
 いよいよ出勤の日。スーツを着込んで出かけたら、ブータン人にじろじろ見られた。自己紹介を全員にした後、畑や施設を見学した。ちらちらとでてくる仕事の話に緊張しながら、午前中は終わった。昼はボスが弁当をシェアしようと言い出したが、愛妻弁当のシェアなんて、勘弁なので家に帰った。照りつける太陽。昼間はぴたりと止む風。枯れてしまうかと思った。インスタントラーメンをカレークッカーでつくった。このカレークッカー、なかなかの優れものである。ホットプレートを鍋型にしたもので、何でも作れる。ただし停電したらアウトであることに、今気づいた。あいたた・・。
 午後はJICAのの調整員おおたっちがやって来た。とてもやさしい女性調整員である。一通りの紹介をして、俺の家へ。クワイトナイス!の連発に、なんだか、とっても素敵な家に思えて、ご機嫌最高潮だった。
 アフターファイブ。ヨーグルトの種菌をもらっていたことに気づき、牛乳を買いに町へ。途中真っ赤なドライバーに出会い送ってもらうことに。唯一わかる日本語、‘チョット‘を連発する奴に切れそうになりながらも、牛乳と卵、水、お菓子を購入した。途中休憩だといってよった店でウイスキーをオカワリする奴。殺すきか、俺を。おまけに、酔ったほうが運転が冴える、などとのたまう。酔券か、お前の運転は。そんなドライバーはいやだ(鉄拳風)。
 帰宅時、ふと上を見上げると、虹が架かっていた。ゾンからのびる丘陵。その上に天に向かって架かる虹。ブータンの虹は、空と山の間にかかっていた。美しかった。奴の歯が、赤く光っていた。
2003.8.5  出勤二日目。出張を命じられた。窓際か?あっそういやあ、机一番端っこだ!!!赤い奴の歯がきらりと光っていた。レッツゴー!サー!まさかとは思ったが、赤い奴と二人っきりらしい。どきっ真っ赤に染まるポプジカへのたび!ドロリもあるよ!ってな感じか。三時間の車中、いろんなことを話したが、赤い奴は、なかなかいい奴だった。好きかも。
 ポプジカは恐ろしく美しい町だった。オフロードの丘を越えると、霞に煙る町と野いちご、三十センチほどの短い笹が生い茂った高原がみえた。ちょっと泣いた。ポプジカでの仕事を済ませると、雲行きが怪しくなり、突然土砂降りの雨になった。赤い奴はいった。車がきれいになっていいワイ。がはははは。ウオンディに向かう車中、一睡もできなかった。
 途中昨日の店による。俺も奴も疲れていたせいか、酒が進み、二件目へ。途中で偽ケミストリーに出会い、本格的な酒盛りに。深夜二時、偽ケミストリーは、車で寝ると言い残し、闇に消えた。
2003.8.7  今日は国民の休日。仕事が始まって初めての休日。買い物に行こうかと思ったが、あまりに風が吹かず暑いので止めた。家のおカタズケ。たくさんもらった家具を使いきれていなかった。家具を動かすと、黒い悪魔、コックローチがわんさか出てきた。二匹だけど。実はここ数日、寝ようとするとかさかさ聞こえていたのだ。あああ・・・・。こいつら・・。ブータンでは殺生は非常によくない。食堂でゴキブリが出てもやさしく追い出す。でも今日ばっかりは・・・。何とか対策を考えたい。
 夜は、マツタケ様を汁にして食べた。マツタケは日本へも輸出されており、ブータンでは安く手に入る。うまーーー。香りは日本のものに劣るものの、マツタケはやっぱりマツタケ。王様じゃーーーー。次は何の料理をしよう。炊き込みご飯、お吸い物。丸焼きなんて最高だね。マツタケ様だけでお腹いっぱいになっちゃう。それはマツタケ様に失礼かなー。いっぱいあるから様なんて呼ばなくていいか。マツタケ野郎。マツタケ小僧。まーくん。まーくんに決定。
 あ。今気づいた。今日、蛍光灯を設置しに、電気屋のテンジン君が来るって言ってた。今は裸電球なのである。あれー・・?まあ・・・・・いっか。そのうち来るだろう。うん。
2003.8.8  金曜日。庭の木々の整枝をした。近々、新しく就任した農業省大臣がこられるらしい。ロープを張って、高さをきっちり揃える徹底振りだった。剃刀野郎ことカウターパートのゼコは、1cmのずれも許さない勢いで切っていた。このゼコ、中田ヒデトシに似ている。うーん。とっても似ている。本人に伝えたら、喜んでいた。中田はブータンでも有名人だ。
 アフターファイブ。会社のヤングチームで、肉を買いに行く。肉を買いに行くには、車で二十分のところにあるマーケットまで行かなければならない。鶏肉を手に入れた後、飲み屋へ。楽しく語らいながら、夜は更けた。彼らは学歴社会について語っていた。ゼコと偽ケミストリーはクラステン(卒業)。もうひとり、リッキーという名のシャショップ(東ブータン出身)はクラスシックス。ブータンでは、学年をあがるときにテストがあって、クリアできなければそれが最終学歴になり、将来が決まる。いいシステムなのか悪いシステムなのか。いまはよくわからない。公務員にも階級がある。1から16まで。クラステンのゼコは10からスタート。クラスシックスのリッキーは14から。うーん・・・。ドライバーの泉谷は16から始まり、今15。定年までがんばっても14どまりらしい。厳しいシステムだ。ちなみに3以上は大臣クラス。大学出で、7から8くらい。大学院を出てると5くらい。俺は何の経験もない若造なのに。俺に対して敬語を使うのはこのためか。なんとかうまくやっていきたい。
2003.8.9
 土曜日。なのに出勤。当たり前だよね。ははん。朝からアスパラガスの播種。アスパラの種なんて播種したことがなかった。ブータンでは、育苗して、苗として販売するらしい。出荷は来年の春の予定だ。果たしてそのアスパラで収穫が望めるのか。ブータンスタイルである。五時まできっちり畑仕事。とはいうものの暑くてあまり動けず。のりは休んでろ、なんて言われて情けなかった。アフターファイブは、サッカーをみにバジョハイスクールへ。同期JOCV大ちゃんが、先生としてやってきているはずだった。・・・・おい。試合に出てるじゃん。選手じゃん。まあ、勝ったのでよしとしたい(ん?)。んで、これから、ゼコと偽ケミストリーことソナムといっしょに飲みにいってきます。せっかくのウィークエンド。楽しまなきゃね。
 あ。これかいてるときに、下の階のおじさんに飯誘われた。月曜日の7時半ね。忘れないように。
2003.8.10  日曜日。今日はセセトンカ(野菜市場)の日。ゼコとソナム、いつもの三人で市場へ。市場は人と犬でごった返し。すごい熱気だった。実はブータンに来てからマンゴーとライムにはまっている。日本で食べるマンゴーは臭いが強くて苦手だったが、こっちのマンゴーはうまい。甘さのなかにほのかにレモンのような味がして、臭いも気にならない。六個購入。ライムはビタミンCの摂取に、と思い食べ始めたが、これもなかなかいける。食後に、ライムを半分に切り、ちょっと塩をつけて食べる。すっぱいが口の中も気持ちよいし、癖になるすっぱさだ。10個購入。
 セセトンカから帰宅後、昼食をゼコの家で食べ、プナカへ。先輩隊員の家に、パロに忘れたデジカメを受け取りに行く。プナカはウォンデイの隣の県。といっても俺も県境に住んでるし、先輩も県境なので、距離は近い。行きはゼコに送ってもらい、帰りは歩いて帰ることにした。
帰り道。・・・・・・・・とおい。なかなかウォンディが見えない。いくつも丘を越えるうち、風も強くなるし、砂埃はすごいし。
たまに、人とすれ違ったと思うと、「チャイニーズ・・・・。」(ぼそり)。
俺はジャパニーズじゃあ。ばか!!そんでお前はブタニーズじゃあああ!!!
 一時間半で我が家へ。ふと目の前にある学校を見ると、運動場でサッカーをやっていて異様な熱気。
・・・・・・?
・・・・・・・???
・・・・・大ちゃん???
また、試合に出てる同期隊員。
高校の県大会だよね・・・?これ。
ナショナルチームにでも入る気か?と訊ねたら、
「あの人がナショナルチームの監督なんだよ。」
って監督、みにきてんじゃん。
アピールしてんじゃん。アピってんじゃん。
・・・・・まあ、彼も着任早々、下痢の続く身体でサッカー(一日2試合2日連続)。
身体はこわすなよお。そして、がんばれーーー・・・・。
2003.8.11  月曜日。仕事が無い日だ。日曜日にレイバーが働いているため、月曜日はほんとに仕事が無い。ちょっと除草したが、暑いので止めた。無理。ここのところ雨が無いので、砂埃もすごい。風の谷、本領発揮か。
 夜。晩御飯を下の階に住むオジサンの家へ食べに行った。なんと彼、獣医さん。家もとてもきれいでとてもブータン人には見えない生活ぶりだった。聞いてみるとどうやらネパール系の家柄らしい。英語も堪能で楽しいひと時を過ごした。彼のブータンを見る目は、俺のそれによく似ており、今後のブータンの発展の仕方や考え方について、熱く語った。帰り際、奥さんが、「私たちは、今日から家族みたいなものだから。だって同じ家にすんでるでしょ。」と言ってくれた。なんだか素直にうれしくて、泣きそうになった。今日はいい日だ(仕事暇だったし)。
2003.8.12  火曜日。忙しかった・・・・・。なんだこれ。今まではなんだったんだ。朝、出勤して早々、種子用のナス収穫。種子用のため、半分腐っているものもある。臭いんだ、これが。午後、どうやら乾季に突入したようなので灌漑設備の整備。川までホースをのばし、ポンプを設置。照りつける太陽。ふきるける砂埃。設置終了後、また畑へ。もうくたくたです。ブータンに来て、初めて朝8時から五時まで働いた。いつもは、午後、ゼコと協力活動につてのミーティングをやってるのだが、それもなし。飯くったし、もう寝ます。ただいま夜8時。停電中です。
2003.8.13
 水曜日。今日やっと、テンジン君が蛍光灯を付けに来てくれた。なんと、頼んでもいないのに、天井にファンまで付けてくれた。超快適。ご満悦。夜ご飯はリッキー(同僚、4人の子供に居候2人を抱えるお父さん)のおうちで食べた。エマダツィ(トウガラシのチーズ煮)は、手抜きなしのブータン料理で、がっぷり四つだった。明日、お尻痛いんだろうなあ・・・。
2003.8.14
 木曜日。仕事の後、シニアのK谷さんの誘いで飲みにウォンディの町へ。いままでの二週間で感じたことを聞いてもらった。K谷さんは、俺の父親よりも年上だった。癖のある方だが、いい人だ。ゆっくり、ゆっくりやっていこう、ブータンを思いっきり楽しむことが大事だ、と感じた。
2003.8.15
 金曜日。農業専門家のかたが訪ねてきてくださった。やはりキャリアのある方は雰囲気というか、佇まいが違う。今日は、ドゥルックシードの若手は皆出張で、畑仕事もリッキーと一緒だった。うーん・・・。日本でもそうだったが、年上のしっかりした人との方が会話が弾む。またもやリッキーのうちで夕飯をご馳走になった。リッキーのうちにはテレビがあって、食後は、近所のおばさん達が連ドラをみに押しかける。映っているのが力道山じゃないだけで、一昔前の日本と一緒なんだろうなぁとぼんやり考えた。
2003.8.16
 土曜日。畑仕事。土曜日に一日中働くのはつらい。慣れてないから、ではなくて、つらい。日曜日は身体を休めたくなる。せっかくのブータンなのに、あんまり遊べないのがつらい。
2003.8.17
 日曜日。午前中は寝た。昼から買い物へ。夕方、レッキーの長男が家へ遊びに来た。溜まり場になると困るので、レッキーの家へ。アラゴンドー(玉子酒)を飲ませてくれた。日本の物よりはさっぱりしていてうまい。ただ、アラ(ブータン地酒)は、悪酔いしそうな味がするので苦手だ。
 昼から降り出した雨は、止むことが無く、久しぶりの雨なので喜んでいたら、停電。しかも、乾燥している土地に降った為か、道路が泥沼に。スタックしている車が何台かいて、助けた。車もどろどろ、俺もどろどろ。停電している中、ろうそくの明かりで、バケツにためた水で汚れを洗っている特、あー、ブータンだなあ・・・。とぼんやり思った。しかし、今日の停電は長い。時々、ぼんっと何かがショートする音が聞こえ、稲光が部屋を照らす。危ないんじゃないか・・?おとなしく寝ます。明日は電気がつくといいなあ。
2003.8.18
 月曜日。昨日から降り続いている雨で、給水用のポンプが水没。会社まで水不足に。ここは砂漠です。雨たっぷりの砂漠です。道路もえらいことになっていて、民族衣装で学校に通う中高生がかわいそうだった。来週、大臣が視察に来るので、今ドゥルックシードは大掃除。今日は、ボスが私的に使っていた倉庫の掃除。ボスは骨董品好きらしく、高そうな壺やら置物がたくさんあった。二年間でひとつくらい分けて貰おう。
2003.8.23

2003.8.25
 土曜日。ガサへむけて出発。先輩隊員ウメさんとプナカを朝六時半に出る。タクシーで二時間半後、エンドオブロードと呼ばれる工事現場に到着。そこからガサへむけて歩く。道中、降り続く雨、ヒル、崩落した崖に苦しみながら、八時間のトレッキング。死ぬかと思いました。ガサゾンに着いたのは夕方五時。雨は降り止まず、身体はくたくた。泊まるはずの町はどこにも見当たらない。登ってくるヒルを払い落とす元気も無くなったとき、ウメさんが衛星携帯を持っていたことに気づく。
・・・・・・・う・・・・め・・・さん・・・・。
山の反対側斜面に町はあった。
場所がわかればすんなり到着。
晩御飯をガサ地区の裁判長にご馳走になり、すぐ寝た。
 日曜日。温泉へ。熱くてブータン人は利用しないという一番湯船へ。・・・・・・ぬるい。ブータン人は2,3分つかると、やっぱだめだこりゃ、って顔をして出て行くのだが、ぬるくて不満足。38度くらいだな、ありゃ。他の湯船は、ガキが泳いでたり、洗濯してたり、なんだかいろんなものが浮かんでたりして入る気がしなかった。温泉後、ビールを飲む。気持ちよくなりつつ、町へ戻るため、また、二時間の登山。
 月曜日。ガサを出発。身体が鍛えられたのか、快調に歩き続け、五時間でエンドオブロードに到着。タクシーが到着してなかったので、さらにプナカに向け歩く。途中、土砂崩れに遭遇。ロードストップがかかっており、ダイナマイトで吹き飛ばすとのこと。・・・・・大丈夫か・・。と心配するまもなくドーーーーーンと爆音。開通したものの、音の割には、土砂崩れはそのままで、歩いてる最中も、足元が崩れた。タクシーも、そのロードストップに反対側で引っかかっており、無事プナカへ。プナカで一杯やり、ウォンデイについたのは、夜10時だった。
2003.8.26  火曜日。どうやら、日曜日にセカンドキング(今はフォースキング)の奥さんが亡くなったらしい。月曜日は、仕事も休みだったとのこと。で、噂では休みは一週間続くらしいとのこと。そんなわけは無い、と思い仕事場に行くとやっぱり仕事はあった。ただ、公的な機関は三日間喪に服すらしい。役所が三日もやすんで、この国は大丈夫なのか。大丈夫なんだろうなあ・・・・・。
 あ。今日初めて自分の身体についた蚤を退治しました。いつかこんな日が来ると思っていましたが、こんなに凹むものだとは思いませんでした。バルサン炊いた部屋で瞑想します。止めないでください。
蚤がどこにいたかは聞かないでください。明日、ブリーフを買いに行きます。
2003.8.27
 水曜日。大臣の訪問が延期になり、仕事がなくなった。無いわけではないのだが、急ぐ必要がなくなったので今日はゆっくり。やることない?と尋ねても、
「今日はペーパーワークしかないので、ゾンカでも勉強してやがれ、ジャップ。」
とゼコがのたまうので、勉強。くやしいので、
「お前は日本語少しは覚えたのか、妻子持24歳。」
と切り返したところ、
「ハハハ、チンチ○は覚えたよ」
などど、答える。
ああ・・・。そういえば飲んでる時教えたなぁ・・・・・。
このままでも結構面白いが、方々でチン○ン連発されては困るので、彼に日本語を教え込む。
結局、三時間の学習の後、お互い卑猥な言葉のみを習得し、今日は終わる。