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 このサイトは管理人の実体験と取材を元に、独自の解釈によって構成されています。言葉使い、表現方法のニュアンスによっては、気分を害される方もいらっしゃるかと思いますが、そのあたりは広い心で見てやってください。

 誰にでも例外なく死は訪れます。結婚・出産率が下降し、独りモノが溢れる昨今、一方で核家族・共働きがあたりまえ、家族の絆とはなんぞや?と頭のいいヒト達が議論し、以前にはなかった問題や犯罪、哀しい出来事が生まれています。そして、心が広いのか無頓着なのか、クリスマスも初詣もお墓参りもする宗教ボーダーレス、身体は元気だが仕事はないぞ長寿大国、日本。んな事情は知ったこっちゃねえ〜って感じで、どこかで誰かが毎日死んでいきます。残る者と残していく者が、必ず存在するのです。そしてそれにブチあたった時、存在があたりまえだったヒトがいかに大切なヒトだったかに気づき、呆然とします。また突然ふって湧いたように誰かが言い出します。しきたりや習わし、宗教が浮上し、どんなに最先端の生活を送っていても既成概念にギブアップして、ほとんどの骨壺は処理されていきます。

 ほんとにそれでいいのか? なすがままにお金をかけてイベントをこなすことで「見送った」と、自分に納得させているだけではないのか? 大切な誰かを送る気持ちは、かけがえないのないモノです。それをどんなカタチで表現するかは、それぞれの選択であり、ならばこそもっと身近に知る機会があってもいいのではないでしょうか。同様に、自分自身の骨壺のゆくえについても、ちょこっと考えてみませんか。

 そんなこんなでより身近に、より気軽に、死や埋葬について考えることができるよう、興味のないヒトもトリビア的な知識として使えるよう、このサイトを作成しました。宗教によっては名称等に違いがありますが、そこはぶっ飛ばしてます。また、墓地・墓苑、お寺、業者によって、全てがこのサイトに書かれている限りではありません。ご了承ください。

取材にご協力いただいた方々(順不同)
想作石工房 竹屋(墓販売・施工業者) 藤竹氏
株式会社クレリシステム(海帰葬を行っています) 柿本氏
神戸市在住 K・Mさん

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