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    22. 文体について

           22.1 丁寧体と普通体   22.2 御丁寧体   22.3 デアル体            22.4 硬い文体  この本の初めに、しばらくは例文は丁寧体に限るということを述べました。 ここで少し日本語の文体について考えてみましょう。  「文体」というと、「鴎外の文体と漱石の文体」というような文学的な使わ れ方もありますが、ここでいうのは、もっと狭い、述語の形を中心とした「丁 寧さの程度を一定に保った書き方」のことです。    ふつう、日本語には丁寧体(敬体、デス・マス体)と普通体(常体、ダ・デ アル体)の二つがあると言われていますが、このほかに御丁寧体(デゴザイマ ス体)を立てる考え方もあります。それぞれの例をあげておきましょう。     丁寧体   これはどなたのですか。                       山田さんはあそこにいます。                       何をしていますか。                     普通体   これ(は)だれの?                           山田さんはあそこにいるよ。                何(を)してる(の)?                   御丁寧体  こちらはどちら様のでございますか。                   山田さんはあちらにいらっしゃいます。                  何をなさっていらっしゃいますか。      これらの呼び方を、書きことばだけでなく、話しことばに関しても使います。

22.1 丁寧体と普通体

 「御丁寧体」はちょっとおいて、丁寧体と普通体について考えてみます。   名前からすると、普通体の方が「普通」で、そちらを先に教えるべきと思わ れますが、日本語学習者の社会的な言語生活では、むしろ丁寧体のほうがふつ うで、普通体は特に親しい間柄に限られると考えられてきました。そこで、日 本語教育では丁寧体を基本にして、ある程度まで日本語能力が高まって、使い 分けが正しくできるようになったと思われるころに、普通体の言い方を教えて きました。  しかし、最近は、少なくとも聞き取りのためには、早く普通体を提示したほ うがいいのではないかという考え方も強くなってきました。自分の考えを相手 に伝えるという点からすれば、丁寧体でも普通体でも変わりがないわけですか ら、まずは一つだけできればいいのでしょうが、相手の日本人は丁寧体だけで 話してくれるわけではありません。普通体も理解できないと、意思の疎通に問 題が起こります。  形の複雑さ、覚えにくさという点から考えてみましょう。三種類の述語の丁 寧体と普通体を下に並べます。(ナ形容詞は名詞述語と同じ型です)

述語の丁寧体と普通体

  名詞述語 学生です           学生だ        学生では(じゃ)ありません  学生じゃない        学生でした          学生だった          イ形容詞 学生ではありませんでした   学生ではなかった        長いです           長い               長くないです         長くない                長かったです         長かった        長くなかったです       長くなかった   動詞   寝・ます   やり・ます   寝る    やる        寝・ません          寝ない   やらない          寝・ました          寝た    やった           寝・ませんでした       寝なかった やらなかった  名詞や形容詞の場合は普通体のほうが簡潔ですが、問題は動詞です。丁寧体 の語尾変化は比較的かんたんで、すべての動詞が同じ変化になりますが、普通 体はかなり面倒です。詳しくは「21.活用」のところで述べましたが、一段動 詞はいいとしても、五段動詞の場合「基本形・ナイ形・タ形」の変化が動詞に よって違い、かなりめんどうです。それに比べて丁寧体のほうは「マス」が一 定の形に変化するだけですから、かんたんです。  初級の早い時期に普通体を教えようとすると、この動詞の活用の複雑さにぶ つからざるをえません。そこで、丁寧体よりは提出を少し遅らせたり、聞き取 りの練習だけにとどめたり、という配慮をすることになります。  ここで一つ忘れてならないことは、文末は丁寧体だけで練習していても、学 習が進めばある程度は普通体がわかるようになる、ということです。  それは、文末以外のところでは、丁寧対の中にも普通体の形が出てくるから です。例えば、「〜と思います」の文型に使われる形は普通体の文末の形です し、ほかにも、「〜から」や「〜し」などもそうですし、動詞とイ形容詞にか ぎっていえば、かなりの文型で普通体の形が出ています。      雨は降らないと思います。      おいしいし、値段も手ごろだから、買いました。  普通体という文体を全体を通して使う(会話でも手紙でも)ためには、普通 体特有の短縮形や省略の仕方、疑問の言い方、終助詞の使い方などを知ること が必要になりますが、いちばん面倒と思われる述語の活用は、初級のある段階 で必ず提示されるのです。  それで、教室では常に丁寧な言い方だけを勉強していても、複雑な文型を習 うにつれて、普通体の会話がある程度はわかるようになります。  しかし、学習者が丁寧体を間違いなく使えるようになった後で、さらに普通 体を適切に使えるようになりたい場合には、そのための練習がまた別に必要で す。(しかし、これはあまり教科書には書かれていません)  また、普通体という「文体」として、名詞や副詞の使い方にも注意しなけれ ばなりません。「丁寧」かどうかだけでなく、くだけた言い方か、硬い言い方 かの違いもあります。(ちょっと:少し:少々、しゃべる:言う:述べる)

22.2 御丁寧体

 教室ではふつう練習しませんが、初めにあげた「御丁寧体」は非常にかしこ まった言い方です。目上に対する尊敬を表すというより、社会的な場面で、お 互いの立場の違いによる使用(デパートの店員と客の関係など)の方が一般的 だと言えるでしょう。  この文体を使うには、「敬語」が間違いなく使える必要があります。「敬語 が使える」というのは、形がきちんと言えるだけでなく、いつ、誰に対して、 どの程度の敬語を使ったらいいのか、という使用の適切さをしっかり理解して いなければなりません。  この文体で話すのは、ふつうの日本人にとってもかなり難しい(少なくとも 私には)ことです。この文体については「29.敬語」でもう一度とりあげます。

22.3 デアル体

 なお、「デアル体」というものもありますが、これは丁寧さの問題ではなく て、「話しことば:書きことば」(会話体:文章体)の対立による違いです。       会話体         文章体         Nだ          Nである     Nではない       Nではない     Nだった        Nであった     Nです         Nであります     Nではありません    Nではありません     Nでした        Nでありました  「これは僕のだ」は話す時でも、書く時でも使えますが、「これは私のであ る」は文章の中だけでしょう。  デアルの丁寧な形は「デアリマス」ですが、特別な場合(演説・講演など) 以外は使われなくなってきました。(これの否定の形が「デハアリマセン」つ まり「デス」の否定になっています。不思議な対応ですが。)  なお、一般に普通体のことを「ダ・デアル体」と呼ぶことが多いのですが、 よく考えると奇妙な呼び方です。丁寧体が「デス・マス」つまり名詞述語と動 詞の語尾を並べた呼び方なら、普通体は「ダ・スル体」とでもすべきでしょう。  これからの例文は、普通体も使うことにします。その方が例文が短くなるの で、紙面の節約になりますから。

22.4 硬い文体

「文体」という言葉にはもう一つ別の使われ方もあります。例えば、「硬い 文体・気どった文体」と「柔らかい文体・平明な文体」という対立です。具体 的な例で言うと、例えば次の二つの文のような違いです。      詳しく調べたら、次のようなことが分かった。      詳細な調査の結果、以下の事実が判明した。  この二つの違いは、話しことばと書きことばという対立でもあります。日本 語学習者にとっては非常に重要なものですが、このような違いは語彙・表現の 文体的側面の違いであって、この本で扱うべき文法の問題ではないと考えて、 取り扱わないことにします。