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2.名詞文へ


補説§2

 
  名詞文についての研究をいくつか見ていきたいと思います。
   §2.1 三上章の『序説』から
   §2.2 『文法ハンドブック(初級)』
      §2.3 砂川有里子『文法と談話の接点』
   §2.4 高橋太郎の論文


§2.1 三上章の『序説』から

 名詞文について、基本的な問題を初めて明らかにしたのは、私の知る限りでは 三上章の『現代語法序説』(1953)です。  三上は、名詞文を3つに分類しました。    少なくとも次の三通りの用法を区別しなければならぬ。     措定−無格−第一準詞文      イナゴハ害虫ダ      犬ハ動物ダ      東京ハ日本ノ首都デアル      私ハ幹事デス     指定−有格−第二準詞文      君ノ帽子ハドレデス?      幹事ハ私デス      昨日到着シタノハ扁理ダ      花園ヲ荒ラスノハ誰ダ?     端折リ−第三準詞文      姉サンハドコダ?      姉サンハ台所デス      明日カラ学校ダ      僕ハ紅茶ダ(注文の場合)      私ハ左派社会党ダ(投票の場合)           (『現代語法序説』p43-p.45,例文を一部省略)  取分け重要なのは指定である。指定は措定と違って、語順を変えて指定以前の センテンスに戻すことができる。    どれが君の帽子です?    私が幹事です    皆が血気を忍び押さへていた こういう事実を一点に絞って強調するのが指定である。                           (p.45-46) ▽この第三は、後に奥津敬一郎の『「ボクハウナギダ」の文法』で有名になった 「ウナギ文」です。ウナギ文も、日本語の文の一つの特性を表す重要な文なのか もしれませんが、私は、今一つ関心が薄いままです。  私にとって重要なのは、第一と第二の区別で、「2.名詞文」ではこの二つの 構文の違いを重視し、詳しく説明しました。 次は、その説明の元となった部分です。 『序説』p.132 第二章 主格、主題、主語   七、一致認定  次に掲げる名詞文(準詞文)に英訳を添えるのは、少しでも理解を容易にしよ うがためであって、英文法で日本語を律しようとするのではない。まず甲類とし て三例を掲げ、それらに乙、丙の変換を施してみる。   1.犬は動物だ The dog is an animal. 2.ワシントンは合衆国の首府だ W.is the capital of U.S. 3.私は幹事です I am a director. これらの「ハ」を機械的に「ガ」に変えて乙類を作る。   犬が動物だ(よほど特別な状況に置かないと意味をなさぬ)   ワシントンが合衆国の首府だ 私が幹事です I am the managing director. 2は、たとえばニュウヨオクにはウォオル街あり、主都(メット)歌劇場ありで、万一 勘違いしてるようなものがいたとき、「いやワシントンが」と訂正してやる言方で ある。最後に甲の逆命題として丙類を作ってみる。   動物は犬だ  (論理的に不成立)   合衆国の首府はワシントンだ   幹事は私です 甲と丙との関係はまったく論理的な関係である。乙と丙との関係はその上に文法的 な関係である。一般に「甲は乙だ」という措定のセンテンスとして表現される判断 を論理学上包摂判断という。包摂の文字が表しているように、概念の外延量はA<B であるのが普通である。それに対して同一判断という言葉がある。何を指すのか私に はまだ勉強不足でよくわからないが、ヴント同一判断というのは、甲の2のようなの を指しているのじゃなかったかと思う。それならA=Bであるが、これは解説に使っ た名詞がたまたま唯一物であるためにそういう結果になるので、性質上解説であり包 摂判断であることには変りがあるまい。   等辺三角形は等角三角形である も同様な例であるが、何れも包摂判断のスペシアル・ケイスにすぎない。だからスペ シアル・ケイスも含めると次の公式になる。   包摂判断 A≦B   それに対して、乙の2と3の如く「甲が乙だ」として成立っているセンテンスの意 味は全く性質が違っている。これは解説でもなく、従って包摂判断でもなく、単なる identification にすぎない。概念の内容に立入って何かを教えるのではなく、ただ 違った外形を持っている二つの単語間の一致を認定するだけのものである。   一致認定 A≡B もう一度似た同士を並べて区別すると、   1.私は幹事です (内容に立入る措定、包摂判断)   2.私が幹事です (内容に立入らぬ identification)   3.幹事は私です (指定、述語は有格) 2と3は同じ意味を表しつつ、同時に並び行われている。だからこれに発生上の前後 をつけることは難しいし、或いは無意味だろうとの批判を受けるかも知れないが、動 詞文に由来する第二準詞文   昨夜吠えたのはこの犬だ などと一しょに整理したいから、2を原文と見て、それを翻して3を作るものと考え ておきたい。   この犬です・・・・・・この犬が吠えたのです   私です・・・・そうです、私が幹事です というような呼吸で、ショオト・カットの指定が成立すると見なすのである。                          (p.132-135) ▽三上の説をまとめると、次のようになります。    1「端折り文(ウナギ文)」を別にして、名詞文は大きく二つに分けられる。     措定を表す文  AはBだ     指定を表す文  BはAだ  2 指定を表す文は、語順を変えて「指定以前の文」に戻すことができる。     BはAだ → AがBだ   (措定を表す文は、語順を変えて「BがAだ」の形にはできない。) 2のカッコの中は、はっきりは述べられていませんが、そのつもりだと考えられます。    一般の文法書で、この「措定」「指定」という用語を使って名詞文の説明をしている のは次のものだけだと思います。

§2.2『文法ハンドブック(初級)』

p.362   (1)a.議長は山田さんです。(指定文)     b.=山田さんが議長です。   (2)a.山田さんは議長です。(措定文)     b.×議長が山田さんです。   (3) 山田さんは忙しい。  「名詞+だ」を述語とする文を名詞文といい、指定文と措定文という二つの種類があ ります。  指定文は「AはBだ」という文が「A=B」という関係にあることを示します。例え ば、(1)aは「議長はだれかというと、山田さんだ」いう関係を示します。こうした指定 文は「BがAだ」と言い換えられます。(この場合、「AはBだ」は顕題文、「BがA だ」は陰題文と呼ばれます。)  一方、「AはBだ」で、AがBという属性を持つことを示す場合、それを措定文といい ます。例えば(2)aは「山田さん」の属性(仕事)が「議長」であることを示します。措定 文はAの属性を述べる文で、(3)のような形容詞文に近い意味を表します。指定文は「B がAだ」に置きかえられません。                                 (p.363) ▽以上のまとめでは、「AはBだ」で、「Bだ」が属性を表す場合、「Aが」にはな らない、ということになりますが、その例外の存在を次の文章が示しています。 「記述文」は「措定文」のことで、「指定文」は「同定文」と呼ばれています。

§2.3 砂川有里子『文法と談話の接点』

砂川有里子『文法と談話の接点』くろしお出版 2005
「はじめに」から
  (1) 私の頭痛の種は、この次女である。   (2) 私の頭痛の種が、この次女である。   (3) この次女は、私の頭痛の種である。   (4) この次女が、私の頭痛の種である。  どれも同じような意味を表しているし、文の形も似ています。それに、どの文も次の [ ]の位置に使って不自然だとは感じません。   (5) 長男はしっかりしているが、次女はおちこぼれ。[    ]  つまり(1)〜(4)の文は、同じコンテキストで使うことができ、どれも同じような意味 を表し、みな似通った形をしているのです。                              (p.i) ▽「同じような意味」ではあっても、「同じ意味」ではないでしょう。何らかの違いが あるはずです。  この「同じコンテキスト」とは、前におかれた(5)の一文だけですが、突然この文から 始まるわけではありません。その前に、例えば、  「私には二人の子どもがいるが、この二人、同じわが子ながらずいぶん違う。」  のような文が来るでしょう。そして、「頭痛の種」の後にも文が続きます。その全体を 「コンテキスト」というのです。  そのコンテキストによって、上の4つの文のどれが「ピッタリはまる」かの違いが出 てくるはずです。
第3章 コピュラ文の機能と構造
p.86   (4) A:対戦チームのキャプテンは何て名前ですか?      B:キャプテンは村上です。           記述文   (5) A:キャプテンはだれに決まりましたか?      B:キャプテンは村上です。           同定文 p.89   記述文:ある対象の属性を記述する文。   同定文:ある対象を他の対象によって同定する文。        (「ある役割の値を特定の指示対象によって同定する文」とも)        (p.90では「役割に値を割り振るタイプ」とも)   (6) A:あのキャプテン、村上に似ていませんか?       B:間違いない。あのキャプテンは村上ですよ。    ある指示対象と別の指示対象が同一であることを示す文    (砂川は同定文の一種と捉える) ▽(6)の「あのキャプテンは村上ですよ。」は「×村上が〜」にならない。つまり、  指定文ではない。    ?間違いない。村上があのキャプテンですよ。  しかし、措定文とは言えない。たしかに、属性を記述せず、対象の同一性を示し  ているだけだ。なるほど。 p.93  新屋(1994)は、記述文「AはBだ」が「唯一叙述」の場合、すなわち「述語による叙 述に該当するのが唯一、主語で指示されたものだけである」場合は、主述名詞句を交替 した「BがAだ」の文が可能となると論じている。新屋(1994,p.10)。確かに新屋が主張 するように「唯一叙述」の解釈が可能な(12b)には(13b)に感じられるような不自然さは 認められない。   (12)a. この人は私の唯一の理解者である。     b. 私の唯一の理解者がこの人である。   (13)a. この人は私の理解者である。     b. ?私の理解者がこの人である。  しかしこれは、ガで示された名詞句が「唯一の」と限定されることによって指示的な解 釈を受けやすくなったためで、「唯一叙述」が「〜が〜だ」文を成り立たせるための必 要条件だというわけではない。
「〜が〜だ」の形の記述文
p.94  (14) 信号が赤だよ。気を付けて。  (15) あれ? 食堂が休みだ。  (16) 大変だ。お前の家が火事だぞ。  この種のコピュラ文は「信号」「食堂」「お前の家」の発話時の状態を記述しており、 コピュラ文のタイプとしては記述文である。これらは発話時や過去時におけるものごと の現象を話し手の判断を交えずにそのまま報告する文で、現象描写文と呼ばれるタイプ に属し、一次的な状態、特に通常の状態や話し手の予想とは異なる特殊な状態を表すた めに用いられるのが普通である。                              (p.94-95)  「〜が〜だ」型の記述文には、以上の現象描写文のほかに、物語時における現象を述 べる修辞的な現象描写文がある。(以下略)  (19) 彼女を信頼して全てをまかせたのだが、これがとんだペテン師だった。  この文が「これ(=彼女)」の属性を述べている文であることは間違いない。この種の文 は、次に示すように、いくつかの属性を並立させて記述することができることからも記 述文であると言える。  (20) 彼女を信頼して全てをまかせたのだが、これがとんだペテン師で、大うそつき の食わせ物だった。  修辞的描写文タイプのコピュラ文は物語場面であらたに生じた認識を表すものである から、意外性や驚きの意が含まれるのが普通である。  (23) 小鶴は起き直って、娘の脚を小気味よくたたいた。それが起きる合図だった。              (柴木好子『夜の鶴』p.16)                                 (p.96)  これまでに扱ってきたコピュラ文のタイプを、典型的な用例とともに示すと次のよう になる。     コピュラ文の種類     表現形式     用例  同定文   役割・値解釈   「〜は〜だ」  今日の当番は私だ。 「〜が〜だ」 私が今日の当番だ。  同一認定解釈 「〜は〜だ」 この人はあの時の太郎だ。 「〜が〜だ」 あの時の太郎がこの人だ。 記述文 一般の記述文 「〜は〜だ」 私は学生だ。 現象描写文タイプ 「〜が〜だ」 信号が赤だ。 修辞的描写文タイプ 「〜が〜だ」 これがとんだペテン師だった。                                (p.97) ▽上の表の中で、「同一認定解釈」の説明をしなければなりませんが、次の機会に。 (西山佑司(2003)という、名詞文に関する恐ろしく詳しい本が出版され、さらに 西山説を含めた諸説を丹羽(2004)がまとめて紹介、検討したものがあります。  論が詳しく、細かくなりすぎていて、今のところ、私にはついて行けません。 そのうち、がんばって読んでみたいと思っています。) 西山佑司 2003『日本語名詞句の意味論と語用論』ひつじ書房  丹羽哲也 2004「コピュラ文の分類と名詞句の性格」『日本語文法』4巻2号

§2.4 高橋太郎の論文

 高橋の論文は、名詞文について考える際には必ず参照すべき基本的な論文だと 思います。  高橋のあと、その内容をさらに発展させ、考察を深めた研究は、私の知る限り ないようです。 まず、基本的な枠組みだけ紹介しておきます。くわしい内容は、また機会を改めて。
高橋太郎「名詞述語文における主語と述語の意味的な関係」
高橋太郎(1984)「名詞述語文における主語と述語の意味的な関係」『日本  語学』3-12  高橋(1984)は動詞文・形容詞文を含めた「主語と述語の意味的な関係」を 大きく4つに分けている。   A 動作づけ 述語が主語のさししめすものごとの運動をさししめし          ているもの   B 状態づけ (おなじく)状態をさししめしているもの   C 性格づけ (おなじく)質的な属性をさししめしているもの      (「性質づけ」(内包)と「種類づけ」(外延)の2種)   D 同一づけ 主語と述語が同一のものごとをさししめしているもの  述語の種類による偏りは次のようにまとめられている。    Aの典型は動詞述語文の中にあり、Cのなかの、「性質づけ」の典   型は、形容詞述語文のなかにあり、Cのなかの種類づけや、Dの典型   は、名詞述語文のなかにある。そして、Bは、動詞・形容詞・名詞述   語文のなかに、いくつかのタイプの代表をもっている。                       (高橋1984、p.21)  つまり、基本的に次のような対応になる。    動作   動詞文     状態   動詞文・形容詞文・名詞文    性質   形容詞文     種類   名詞文     同一   名詞文   ただし、名詞文は「種類」と「同一」だけではない。高橋によれば名詞文 の主語と述語の意味的関係は次のように分類される。    名詞述語文では、同一づけの関係をとるものがもっとも多く、種類   づけがそれにつぐ。性質づけや状態づけはかなりへって、動作づけは   ほとんどない。             (高橋1984,p.22)  名詞文をそれぞれの分類に当てはめた高橋の例文のいくつかをあげる。   同一づけ:これはライラックだ。   種類づけ    類づけ:さそりは虫よ。   (上位概念)    種づけ:太郎はよい人間だ。 (内包で制限された上位概念)        太郎は善人だ。   性質づけ:彼女は陽性だ。        彼女は陽気な性質だ。   状態づけ:震災のとき彼女は一年生だった。        おれはいいきもちだ。   動作づけ:わしは絶交だ。 ▽高橋の論は、考えるべき問題を多く示していると思います。
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