
資料提供:テツマニアさん |
「気まぐれ天使」開始直後の'76.10.17.付読売新聞日曜版に、二人の対談が掲載されています。松木さんの発想やそれに対する石立さんの考えが伺えて、なかなか味の有る対談ですから、図書館に行ったついでに一度読んでみて下さい。公式の場での対談としては、唯一の物と思います。 (文:テツマニアさん) |
| 石立・松木対談(76.10.17.付読売新聞日曜版より) 石立 「よく言うでしょ。よろしくお願いしますって。芝居に対する考え方が違うのにお願いはないですよ。お願いされたくない(笑)と思う事、多いんですよ」 松木 「わかってるじゃないか君は(笑)」 松木 「ドラマは俳優の持ち味に依存する度合いが強い。壊したくない、そんな考え方が一般的なんだ。作家だって第一話のホンを渡して演出や俳優で肉付けされるとその事実を追っかける羽目になる。ボクなどは結局面白ければいい、という割り切りだけどね。その為のセリフだけは大切にしたい」 |
| ■2001年6月17日。テツマニアさんから「石立ー松木対談」と題する以下のような書き込みをいただきました。 ――−「気まぐれ天使」開始直後の'76.10.17.付読売新聞日曜版に、二人の対談が掲載されています。松木さんの発想やそれに対する石立さんの考えが伺えて、なかなか味の有る対談ですから、図書館に行ったついでに一度読んでみて下さい。公式の場での対談としては、唯一の物と思います。 私は狂喜しました。この情報を自分の「雑居時代」ノートに記し、図書館へ向かえる日を指折り数えました。しかし、どうしても興奮して眠ることができない。私はテツマニアさんにこう返信しました。 ――−・・・ちょっとだけでも内容を教えていただくわけにはいかないでしょうか。 そうして私の不躾な書き込みに対してテツマニアさんが送ってくださったのが、上記対談の抜粋です。 >言葉の端端から2人の日頃の関係が浮かんできませんか? テツマニアさんの了承を得て、この貴重な資料を、今またこのような形で残すことができて、本当によかったと思っています。HPを訪れる石立・松木ファンにとって、ふたりを理解するとば口になるのではないかと思うのです。 |
| 石立鉄男(いしだててつお) 俳優。高校卒業の1961年春、俳優座養成所を受け13期生として入所。。1970年、文学座を退団。1970年、「おくさまは18歳」(大映テレビ室制作)で一躍人気スターとなる。その後、「パパと呼ばないで」、「水もれ甲介」、「雑居時代」(いずれもユニオン映画制作)などのホームドラマの主演をし、その人情味あふれるキャラクターで好評を得る。劇場用映画においては銀幕デビュー作「血とダイヤモンド」(1964年、宝塚映画)、初主演作「殺人者」(1966年、大映)、彼の代表作ともいわれる「愛の渇き」(1967年、日活)などテレビとは違った役どころを演じてみせた。 |
松木ひろし
(Matuki Hirosi:まつきひろし) |