<民宿『とらぶる☆メ〜カ〜』> 偽旅団シナリオ『遠き日の誓い』後編(1)



―救わなければ

そう思った。
その術を持ち得なかった自分を呪いながら。
ただ体温を奪いゆく雨に身を委ね、頬を伝う滴を拭おうともせず佇む。
無秩序に奪われてしまった大切な者達の亡骸を弔う事すら出来ずにいる己は、なんと弱い存在なのだろうと。
喉が枯れるほど叫んだりもした。
だが、それにどれほどの意味があるというのだろうか?
一を犠牲にして十を救う事を目指したはずだった。
己さえ犠牲になれば、皆が救われると信じて疑わなかった愚かな自分。
自己犠牲に酔い痴れて。あの憂いに満ちた笑顔の意味にすら気がつけなかった。
もしあの時、己の過信に気づけていたなら。
もしあの時―彼女の最後の抱擁の意味を知っていたなら…。
それは懺悔などでは到底拭えぬ罪だと。そんな自己救済などの術などで癒すには、出来ぬ痛みだと。
だから―。

―救わなければ

ただ、そう思ったのだ…。


「―――ぁ」
すでに見慣れてしまった光指さぬ永久の闇の中。流星舞姫の花婿・ウィン(a08243)は目を覚ました。
断片的な記憶の投影。
それは自分のものではなく、誰かの記憶だった。だが、その人が願った事。思った事。そして絶望は、自分が抱いているモノに近い気がした。
『トウカ…さん?』
漠然としたそんな思いが、ふいにその名を口にした。

―似ている

そう感じたのは、いつからだっただろうか。
諦めにも似た感情を抱きながらも、それでも綺麗なモノ憧れている。
自分は手が届かないと知っていながらも、それでも必死に今を足掻いている。そんな不透明な親近感だけがあった。
「それは違うわ」
顔を上げる。
眼前の少女は変わらぬ笑みを浮かべ、微笑む。
「貴方は放棄したのよ…救う事も…救われる事も…」
そう。それはどうしようもなく…事実だった。
救おうと。救われたいと。必死に足掻いているフリをしているだけなんだと。自分でもよく分かっている。
それは須く矛盾に満ちた酷刑で滑稽なものであり、意味もなく忌みもない。彼女の言う事は僕にとっての真理であり、また同時に今更知るべきことでもない。
「なら、僕は僕…とでもいうつもり…?」
見透かしたような…いや、実際見透かしているのだろう少女の言葉に、ウィンの体がビクリと震える。
「それが放棄。それが貴方の罪。そして―」

―貴方に絶望を与えて“殺”せる唯一無二の刃

それは冷たい言葉だった。
少女は見抜いているのだろう。物理的な攻撃では、ウィンは“殺”せないという事を。
その時が来れば、彼は素直に目を閉じ、その瞬間を望んで受け入れてしまうのだから。それこそが今の彼を支えている強さそのものなのだ。
言い換えれば、それは酷く脆い強さ。
放棄という強さを失わせてしまえば。彼はかつて感じ、封じ込めた絶望でさえ、彼自身を壊してしまう最強の武器となる。
それを良く知っている少女。

―懺悔の時間だよ…?ウィン・フォルス

雨はまだ…止まない…。

■『絆』
「大丈夫…です…か?」
闇に蒼銀の光を望む燕・シズク(a13484)が、木に背を預けて座る影月・カスラ(a13107)に問いかける。
「その台詞…そのままそっくりお前に返す…」
目を細め、射抜くような視線で、シズクを睨みつける。
「…うぅ…お兄ちゃん…怒って…います…か?」
「…当たり前だ…」
まるで悪戯をして怒られている子供のように、体をしぼめて項垂れるシズクを見て、カスラは溜め息混じりに答えた。
それもそのはずである。護ると言った矢先に、あのような行動を取られれば怒りたくもなるというものだ。あの数の敵を相手に、単身迎撃に残るなど…命を投げ出しているようにしか見えない。
「まぁ…それは後からたっぷり説教するとして…」
「うぅ…忘れて下さい〜…」
情けない声をあげるシズクを横目にカスラは、
「それにしても…何処に消えたんだ…?」
先程までとはうって変わって、静寂に包まれた森の中を見渡す。
埋め尽くさんが如く押し寄せていたアンデッド達は、どういう訳か、一斉に退却していったのだ。
当然、カスラは後を追おうとしたが―
『―もうすぐ皆さんもこちらへ来るでしょうから合流を待ちましょう』
と、笑顔で言うシズクの言葉に、深く追求せず無言で頷いたのだった。
ツキカゲという名がどれほどの影響を持っているかは知らないが、少なからずこの場所、つまりはこの森においては、それは特別なのだろう。
その言葉には、確信がある者にしか言えぬ迫力にも似たものを感じたのだから。
『何も起こらなければいいが…な』
膨らんでゆく不安に、カスラは首を傾げるシズクを見た時だった―。

「―シズクっ!!」
「…………ぇ?」
突然、視界の外から現れた男に、シズクは為す術無くカスラとは逆の木に叩きつけられる。
「今すぐ俺をもう一度結界の中へ連れて行ってくれ…っ!!」
傷ついた体を気にも留めず、その男はシズクに詰め寄る。
「…ぇ…え…?」
普段とはまったく違うその男の雰囲気に、シズクは困惑顔で首を傾げている。
「頼む!!急がないと―」
「―イズミ…落ち着け…」
カスラがその男―守護を誓いし者・イズミ(a14471)の頭を容赦無く叩く。
「冷静に…な」
「…っ。すまない…」
諭され、些か冷静さを取り戻すと、唇を噛み締め、イズミは顔を伏せる。
「だが―!!」
冷静にならなければならないという事は、イズミ本人が一番理解していた。しかし、今は一刻も早くあの場所へと戻らなければいけない。
それは、誓いを護るためというよりも、ただ純粋に再び姉を死なせたくは無いという一心での願い。
「―こうしている間にも…っ!!」
“姉が傷ついているのだ”口に出しそうになった言葉を飲み干す。
経緯を話せば、二人はきっと心配し、己についてくるだろう。だが、イズミは出来れば姉との醜態を見せたくはなかった。
「頼む…っ」
感情を抑える事すらせず、ただただ懇願するイズミ。
断られるかもしれない。だが手段がシズクにしか持ち得ない以上、とにかく今は頼むしかない。
だが。

「…ちゃんと…帰って来てください…ね…?」

そのシズクの言葉は、イズミにとって予想外の言葉だった。
「…いい、のか?」
思わず聞き返してしまう。
「むぅ…そんなに…意地悪そうに…見えます…か…?」
いじけたように、頬を膨らませるシズク。
「そんな事は…ない、が…」
まるで鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔で、見つめるイズミ。
「まぁ…死なない程度に、な…」
カスラがそんなイズミの背中を押す。それはまるですべてを見透かしたかのような短い激励だった。
「…すまない。シズクは…皆を待っていてやってくれ」
2人のそんな態度に、冷静さを取り戻したイズミは、いつもの口調でそう付け加えた。
「…はい。イズミさんも…お気をつけて」
“今度は一人じゃなく、皆で来いよ”と言おうと思ったが、再びイズミはその言葉を飲み込み、ただ黙ってシズクの頭を撫でた。
「………?」
首を傾げるシズク。
その姿を見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
並んだカスラとシズク。それはとても良い関係だな、とシミジミ思う。そして―俺もこんな関係だったのならば失わずに済んだのだろうか?
そんな疑問がイズミの頭をよぎった。
「…現(うつつ)は儚き幻に抱かれし幻影―“燐界”」
再び響き渡る解呪。
―違う。失ってしまった事は事実なのだから。
脳裏をよぎった疑問を打ち消すように、イズミは手にした誓いを握り締め。
―今度は失わないようにするだけだ。
そう、呟きその場を後にしたのだった…。

■『最後の奇跡の始まり』
オカリナを吹きながら、森を進む。
「皆しゃん…無事だといいのでしゅが…」
旅に生きる学者・ニックス(a09695)は空を仰ぎ、そう呟いた。
計らずとも両親に会うことが出来た。心境としては雲一つ無い晴、何年間も有った頭の中のモヤモヤが消えたと言う感じなのだが―。

―試練にしてはあまりにも楽でしゅね…。

あの時の父ラバンの言葉を何度も思い出し、『混乱状態で死んだ事』が何故この試練に繋がったのかを考え、幾つかの可能性を考えてみる。

一つは罠、この出来事が何かが仕掛けた甘い罠である可能性。
二つ目は異常、やはりラバンの言ったとおり森の力が誤作動した可能性。
三つ目は幻想、罠でもなくただ己の心の内に有った幻を見た可能性。
四つ目は抵抗、二人が森の力に逆らった可能性……これはラバンの言葉からして可能性が低そうだと考える。

まだどれとも言えない。どれでもないかも知れない。
先ずは皆を探し出して、お互いの受けた試練について話し合い、森の真意を探らなくてはならない。
そう考えたニックスは、皆を捜しながら森を歩く事にしたのだ。
叫んでも声と体力をすり減らすだけなので、時折オカリナを吹きながら、ただ真っ直ぐに。
「なぁ〜ん…」
ふと。声が聞こえた。
慌ててその声がした方へと駆け出す。そこにいたのは―。
「ティティシェしゃん…?」
「なぁ〜ん。ニックス様なぁ〜ん♪」
半べそ状態で、その場に座り込んでいたのは朝霧に舞う癒しの紫蝶・ティティシェ(a14199)だった。
よほど心細かったのか、ティティシェはニックスにすがりつくように抱きつこうとするが―。
「―…?」
すぐさま臨戦態勢をとるニックスに首を傾げる。
だが、ニックスから言わせるとそれは仕方が無い事である。少なからず森へと足を踏み入れる時、彼女は民宿で留守番をしているはずだった。ならばここに存在している彼女は敵だという可能性が高い。
「なぁ〜ん……」
そのニックスの態度に、ティティシェは不安気に尻尾を揺らす。
だが、不安なのはニックスも同様だった。本物と確かめる術が無い以上、安易に近寄れない。
そんな時だった―。

―心配しなくてもいいですよ。彼女は本物です。

突然の背後からの呼びかけ。
「何者でしゅかっ!?」
慌てて振り返るニックス。体が自然とティティシェを護る様に背を向けた。偽者かどうかは試練を乗り越えたニックス本人が良く理解していたのだ。
そして、そこに立っていたのは、見慣れぬ成人男性。その微笑みはすべてを癒すかのような…優しい微笑みだった。そしてその腕の中には。
「………ぅ」
「フェリンしゃん!?」
神滅の灼眼魔狼・フェリン(a11412)の姿があった。
「だいじょうぶだよ?おねえちゃんはおとうさんが治してあげたから」
いつの間にいたのだろうか?ニックスの手を握り、人懐っこい笑顔を見せる少女がそこにいた。
それでもどうしても警戒してしまうニックスとティティシェを見て、男性は苦笑いしつつ、近くの木にフェリンをもたれかけさせると、“どうぞ”とだけ言って、その木から距離を置いた。
ティティシェがフェリンに駆け寄り、怪我の度合いを確認する。だが―。
「―ただ寝ているだけなぁ〜ん…」
破れた衣服とは裏腹に、フェリンは無傷だった。よほど体力を消耗したのか、すやすやと寝息を立てている。
「どうして…?」
ティティシェが本物だと感じられたように、彼等が森に作り出された幻だという事は、すぐに理解出来た。だからこそ、彼等がフェリンを癒した理由が分からない。
「おかあさんのお友達だから」
ニックスの疑問に少女が再び、ニックスの手を握り答える。
「おかあさんなぁ〜ん…?」
ティティシェが首を傾げる。少女は頷き、男性の下へと駆けてゆく。と―。
「―私達が最後に許された奇跡です」
男性が微笑む。
「あなた方を仲間の下までお送り致します」
そして最後に―

―妻を。フィルレートを宜しくお願いいたします

そう。笑ったのだった…。



「…………?」
森療術士・フィルレート(a09979)が空を仰ぐ。
「どうした…の…?」
天に煌く紫水晶の歌姫・カナ(a19025)が問いかける。
「いえ…なんとなくあのヒトが…」
“微笑んだような気がして”フィルレートはその言葉を言いかけて、飲み込む。それは在り得ない話だと。そう思ったから。
「きっとそうだよ♪」
銀色の雨花・ギンボシ(a16096)が微笑む。
その笑顔にフィルレートは、以前まで感じていたギンボシの笑顔にあった影が薄くなったような…そんな印象を受けた。
「そうね」
そんなギンボシの笑顔に釣られるようにフィルレートは微笑み。
「行きましょう…皆のところへ」
なぜか皆がいる場所なら分かる。だが、それが特別に感じない自分がいた。それはきっと己の大切な人が差し示してくれた癒しの道なのだからと感じられるから。
「いき…ましょう」
カナが前を見据える。
その言葉に三人が無言で頷き、歩を進めるのだった…。

■『開戦』
「……くっ」
「…なぁ〜ん」
託された地図を片手に、森を駆ける影が二つ。
白き闇に咲く緋く赫い月・シャム(a20438)と蒼翼の紫花姫・リヤ(a20925)だ。
敵の狙いはなんなのかは分からないが、皆がいる森へは来れたはず。
ならば一刻も早く、この地図を皆へと手渡さなければならないのだが―。
「…皆いないなぁ〜ん」
リヤが溜め息混じり呟く。
そう。地図があるので、自分の現在地は分かるのだが…如何せん先に入った皆の現在地が分からないのだ。
「どうしろと…?」
思わず、シャムが愚痴をこぼしてしまう。
だが、夕飛鴉・ディナーハ(a12596)と高速戦隊・シオン(a12390)の2人が囮になってまで己に託したのだ。弱音など吐いていられない。
「よっし…!!」
「…皆…待ってるなぁ〜ん」
再び自分を奮い立たせる2人。
だが―。
「―案内してやろう。ただし、死体でな」
「…ぇ?」
ふいに背後から声が聞こえた。それはどこかで聞いた事がある声―!!
「どう、して…」
振り返る。そこにいたのはやはり純粋に人を殺すために研ぎ澄まされた殺意のみが支配する闇そのものだった。
まるで蛇に睨まれたかのように動けぬ2人に向かって、男は担いでいたモノを二人へ投げ渡す。
「う、そ…」
リヤが驚愕の表情でそれを見据えた。
「ディナーハ…さん。シオン…さん」
2人の腕に体を預けた二人は、ピクリとも動かない。リヤが慌てて、2人を覗き込むと、微かだが呼吸音が聞こえた。
「生きて…る…なぁ〜ん…」
嬉しさのあまり、リヤが涙を流す。
「俺と対峙する選択を選んだ勇気は買おう。それに腕も立つ。それなりに勝算もあったのかも知れん。だが―」

―たかが2人で、しかも作戦も持たぬまま足止めなど、自殺行為に等しい

男が口を吊り上げ、そう付け加えた。
確かに二人はこれといった作戦を立てた訳ではない。だが、上級者である彼等をこれほど短期間に倒す事など並みの敵では為し得ない行為だ。
そしてなにより。
「……っ」
そんな相手に、2人が逃げ切れるなど不可能だ。
シャムは奥歯を噛み締める。森である以上ある程度距離をとれば、逃げられるかも知れない。だが、そのある程度が、永遠にも感じられる距離にある。
「ほぉ…さすがは冒険者と名乗るだけの事はある…。まだ息があるか…」
男が、担がれた二人に視線をやると、再び手にした剣を肩に乗せて微笑み―。

―だが、ここで止めてやる。

その言葉と同時に、闇を身に纏った刃が、2人目掛けて閃を奔らせた―!!
と、その刹那。
「させるかぁっ!!」
轟音を響かせ、大剣が割って入った。
「ふん…」
男は動じる事無く、剣を翻し、距離を置く。
「2人共、大丈夫か?」
「………ぁ」
その大剣を持った人物は、二人に向き直ると2人に問いかける。その顔には見覚えがあった。
「「ティムさん!!」」
二人の表情が安堵に染まる。
「おぅ。二人共どうしてここに…っていうのは後から聞く事にするか…」
背を向ければ、その瞬間に己は地に平伏す事になるという事を、焔獣・ティム(a12812)は感じ、再び敵を見据え、隙の無い構えを取る。
「ちょっ…!!ディナーハさんっ!?シオン君!?」
遅れて桜華剣爛・セフィーナ(a15934)が、慌てて二人の応急手当を行う。
「…どうだ?」
ティムが振り向かず、構えたままセフィーナに問いかける。
「軽傷ならまだしも…これほどになると、私じゃどうにもならないわ…。気休め程度にしか…」
顔を顰めながらも、セフィーナが手際よく手当てを行うが、やはり限界があるのだろう。その表情は一向に晴れない。
「そうか」
“さすがに1人では敵いそうにないんだが、な”ティムは心の中で呟く。
だが、ここで己が退くわけにはいかない。己が倒れれば、それはこの場にいる全員の死を意味する事は、敵と対峙しているティムが一番理解している。
「それでも抗うか…」
対峙する男は、静かに溜め息をついた。
敵わぬと理解した上で、それでも尚前に立ち塞がる姿は、先刻対峙したディナーハとシオンと呼ばれている冒険者達も一緒だった。
ならば―。
「―貴様もここで朽ち果てろ」
ティムと呼ばれた男が退く事はないのだろう。ならば、退かせるまでだ。
「残念ですが、そう容易くはいかないでしょうね」
ティムの横に出てそう宣言したのは、雪と舞う笑顔の舞姫・ティナ(a13183)。
「貴様」
その姿を確認し、男の顔僅かに歪んだ時だった。その間に、もう一つ影が入り込む。
「ティナっ!!」
首から提げている「雪月の誓い」と、その隣に下げてある「比翼の天使『Left Wing』」を握り締めながら大声でティナの名前を呼ぶ少年の姿がそこにはあった。
「リ、オ?」
ティムがその少年の名を口にする。
「ティナ…。良かった…無事で…」
ティムの声に振り返り、誓戦士・リオ(a15381)はそこにいるティナの姿を確認すると、胸を撫で下ろした。
「次から次へと…やってくれる」
男はその姿をどこか遠くに見て、吐き捨てるように呟いた。
「………っ!?」
リオも、その並々ならぬ殺気を察し、素早くティムの横で臨戦体制を取る。
「これでそちらもある程度のリスクを背負わなければならなくなりましたね」
普段とはまったく別人の…異質な雰囲気を纏い、ティナは微笑む。
「―そうか」
その笑みで何かを感じ取ったのだろうか。対峙する冒険者達を一瞥すると、男は構えを解く。その表情は余裕に満ちた笑みでは無く明らかに憤怒に歪んでいた。
「貴様…裏切ったか。否…元よりそのつもりだったか…」
静かに男が放つ殺意が増幅する。その殺意たるもの、視線だけで人を殺す事も出来るだろう。
「…私は“幻霧の巫女姫”としてこの場に存在している。それ以上でも、以下でもありません」
その殺気すら受け流し、ティナは己の敵を見据える。
「…………」
「…………」
交わす言葉すら、意味を持たないのだろうか。
二人は、それっきり眼前に立つ己の敵と、ただ静かに対峙する。
「…ふん」
一生続くように感じられた静寂の世界を破ったのは、意外にも黒ずくめの男だった。
まるで興味を無くしたかのように、男は背を向けると一言。

―死して尚抗うか。忌々しい存在だ。

吐き捨てるように呟き、その場から姿を消した。
「…っは〜」
「ふぅ」
緊張を解き、ティムとリオが盛大な溜め息を吐く。死神の鎌を喉仏に突き付けられるような…そんな鋭い殺気。男が放っていたそれと対峙するだけでも、かなりの精神力を要した。
「助かりました」
そんなティムとリオに対して、ティナは微笑んだ。
「貴方がいなければ、彼を退かせる事は出来なかったでしょう。勿論―」
横たわるディナーハとシオンに歩み寄り、
「―彼等が負わせた手傷もあってこそ、ですが」
そう言って両手を掲げると、その掌から発せられる癒しの光が二人を包んだ。それは在り得ない光景だった。武道家であるはずのティナが、ヒーリングウェーブを使用する事もそうだが、何より。
「…凄いなぁ〜ん。傷が治る…ぅうん…消えてゆくなぁ〜ん…」
その様子に医術士であるリヤも驚嘆の声を挙げる。
「……っく」
「……ぅ」
光に包まれた二人が潜った声を発する。
「これで、あと数刻もせぬ内に何事も無かったかのように目が覚めるでしょう」
額の汗を拭い、ティナがそう宣言した。
「そうか…。なら―」
「―“森の主”…そう言えばお分かりになるでしょう?」
“お前は何者だ?”ティムが問おうとしたその答えがそこにはあった。
「正確に言えば“一部”ですが…。それは些細な問題でしょう?」
ティナ―いや、少女は先程と同じように、微笑を絶やさぬままだった。その笑みに、ティムは先程とは違った寒気を感じた。
「さて―」
「「―動くな」」
少女が、視線をシャムが持つ地図に移した瞬間、ティム、そしてリオが手にした大剣を、少女の喉へ突き付けると、
「何が目的だ」
そう完結に疑問を口にした。もっと色々聞かなければならない事もあるのかも知れない。森の主が敵の正体だという事は知っている。ならば、その一部だという少女はやはり敵なのだろう。だが、その少女を、仲間を救うために必要な巫女姫だと言ったのは、間違えなく仲間であるはずのセフィーナなのだ。
どこまでが本当で。何処までが偽りなのかが…分からない。
「ティナがどうなったのか…答えて下さい」
リオが真摯な眼差しで、少女に問いかける。
「……答えねば殺しますか?」
少女はまるで、介する様子無く、高揚の無い声色で言った。
「…っ。それは…」
返答に窮したのは、リオだった。目の前に佇んでいる少女は。守ると。守りたいと思った少女である事は間違いないという事は感じ取っていたのだ。
だからこそ、ティナがどうなったのかを知らなければならないのだ。ならば、ここで殺す事など出来るはずが無い。
「私が仲間同士の合流を可能にしましょう。それとも…その唯一の手段を自らここで絶ちますか?」
リオを一瞥すると、今度はティムに問いかける。
「……っ」
ティムも渋々手にした武器を下ろす。悔しいが、手段がまったく無いのは事実だ。罠であろうが、手段が無ければそれにすがる以外手立ては無い。
「よろしい。では―」
そんな二人の様子を確認して、少女はシャムから地図を譲り受け、声高々に宣言した。

―始めましょう。総力戦です。