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<民宿『とらぶる☆メ〜カ〜』> 偽旅団シナリオ 『遠き日の誓い』前編



「強くなりたいかい?」
ある朝、ヒトの吟遊詩人・トウカ(a14194)は皆を集め、そんな言葉を口にした。
―ノスフェラトゥ戦役。
過去類を見ないほどの重傷者の数が、その過酷さを物語っていた。
それほどの戦だったのだ、当然死傷者もいる。
その死を悼み、涙を流した者もいれば、自分の非力さに涙を流した者も少なくはない。
すでに数日経ったとはいえ、その過去は決して忘れ去られるものではなかった。
「今より…強く…なりたいとは思わないかい?」
トウカは再び集まった皆に同じ言葉を投げかける。
「……なりたい…今度こそ…護りきれる強さが…欲しい」
静寂を破るかのように、その場にいた誰かが口にした。
「……そうか」
トウカはその言葉に静かに頷くと、一枚の地図を広げた。
描かれているものは、森に囲まれた集落を中心とした周辺の地図。
その集落から最北に位置する森を指差すとトウカはそこに記された名を読み上げる。
「…“断罪の森”」
「………っ!?」
トウカの口から出た言葉に朝露に涙を隠す朝顔・セフィーナ(a15934)は、怒りを露わにしてトウカに詰め寄る。
「……トウカ…言っていい冗談と悪い冗談があるなぁ〜ん」
トウカの胸ぐらを掴み、セフィーナは語尾を荒げる。
「…冗談ではないさ。それにここは元々そのための森だ。ましてや我々は冒険者…この森で死ぬような弱い者では務まらない」
「………っでもっ!!」
普段のトウカでは想像もつかないような言葉にセフィーナは言葉に詰る。
そんなセフィーナの手を宥めるように優しく下ろすと、トウカは再び集まった冒険者達に問いかけた。

「……さぁどうする?」






森は静かに佇んでいた。
一寸先を見通す事すら困難な程の霧、まるで冒険者達のすべてを飲み込んでしまうような…そんな闇を抱きながら。
例えるならば、それは人の心。
想いは“迷い”という名の霧に隠され、真の姿を見失う。
そして人は失い、背負う。
“後悔”という名の…重すぎる足枷を。

■『青空を夢見て』
「雨…ですね」
闇に蒼銀の光を望む燕・シズク(a13484)が呟く。
民宿を後にし、森へと急ぐ道中、見上げる空はまるで冒険者達の心を表すかのように、光を遮り、雨となって悲しみの涙を流していた。
その寒さに凍えるかのように、シズクは身を震わせる。
「…寒いのなら…このマントを使え」
影月・カスラ(a13107)に差し出されたマントを受け取らず、シズクは静かに首を横に振ると、
「大丈夫…ですから」
精一杯の笑みで答える。
「…そうか」
強がりだとは分かっている。しかしその笑みを見て、カスラはただ頷くしかなかった。

―心を映したかのような冷たい雨の滴に。

「イズミ兄、寒いねぇ…」
銀翼の神子姫・イオ(a09181)がそう言って、守護を誓いし者・イズミ(a14471)の腕にへばりつく。
そんなイオの姿を見て、苦笑いを浮かべるイズミ。
だが、無理に引き剥がそうとはしない。
互いにどのような過去があったかなんて知らないし、知る必要もなかった。
だが…。
微かに、そして確かに震えているイオの体。
それは決して寒さからくる震えではない事をイズミは知っている。
「さて…断罪の森……か、何が起こるのやら」
あえて言及はしない。
今は。
その時ではないのだから。
イズミは己を戒めるかのように手にした護槍『叢雲』を強く握り締める。
「…だいじょうぶ…、戻ってくるもん……」
そんなイズミの隠された決意を感じ取ったのだろうか?
イオはイズミの腕に絡めた手に力を込め、そう小さく呟いた。

―凍えているのはこの身か、それとも。

「寒い〜〜〜〜」
「雪に…変わる、かも…知れない、ね?」
銀色の雨花・ギンボシ(a16096)と天と時を紡ぎし紫水晶・カナ(a19025)が続けて呟く。
いつもと変わらぬ笑顔での会話。
繋がれた手と手。
まるでその手で相手の存在を確認しなければ、自分自身を見失ってしまうかのように。
ただただ強く握られていた。
「せめて断罪の森の中は温かければ嬉しいんですけど…」
神滅の白銀魔狼・フェリン(a11412)が続く。
軽口を叩いてみるものの、やはりその笑みには悲しみが浮かんでいる。

―“心”が凍えているのか。

「……あがるといいわね」
森療術士・フィルレート(a09979)は己の濡れた髪を慈しむように撫でると、静かに空を仰ぐ。
「あがりましゅよ、きっと…」
彼方の旅人・ニックス(a09695)もフィルレートに釣られて空を仰ぐ。
「…うん。青空を見上げるために…ここに来たんだから…」
虚無を奏でる戯言師・ウィン(a08243)が決意を口にする。
其々の思い。
だがその言葉達はまるでこれから先には意味を持たないかのように、雨の音で掻き消される。
「……笑顔で…大切な人と一緒に青空を見上げたい」
誓戦士・リオ(a15381)のその問いかけに答える者はいない。

―見上げる空。厚い雲に覆われた先にある青空を知る術は彼らにはない。

歩みが止まる。その先にあるもの。
「ここが…『断罪の森』」
黒焔纏し黒の剣・イルゼイ(a07696)がその先にある闇の名を口にする。
「さて…鬼が出るか蛇が出るか。はたまた鬼か蛇の方がマシか……」
そう、幸せの蒼い鳥・ユン(a12043)がぼやく様に呟いた。
眼前に広がるのは、漆黒の闇。
冒険者達のすべてを飲み干さんがため、森は静かに口を広げ、待ち構えていたのだった。
無言でその先を見つめる冒険者達。
空はより黒く濁り、激しさを増した雨が地面に打ち付けられる音だけがやけに大きく響いた。

―だが。

―この雨が止めば、きっと青空(こたえ)は見えるのだから。

■『証』
「あ〜…森に入る前に…皆に提案があるんだが…」
いざ森へとその足を踏み入れようとしたその時、突然カスラが挙手する。
「…どうしたん…です…か?」
シズクが首を傾げる。
「老師の話が…少しばかり気になったんでな…念のためだ…」
そう言って、カスラは手にした袋を漁り始める。
そして、
「これを…持ってけ…」
あるモノを取り出す。
一同が首を傾げ、カスラが取り出した物を凝視する。
「………………」
暫しの沈黙の後、無言でカスラに近づくシズク。
そして―
―バシッ!!
カスラの頭を思いっきり叩いた。
「ここでも飲む気ですかっ!?」
あまりのシズクの剣幕に少々押されながら、カスラは手にしたモノに視線をやる。
そしてそれをまじまじと確認した後、
「………どうだ?一杯」
取り出した酒を片手に皆に問いかける。
…案の定反応は皆無なわけだが。
「…すまん。どうも掴み慣れているのでな…」
悪びれた様子も無くいそいそとカスラは手にしたお酒を袋に直す。
そしてその代わりに手にした物。それは―
「―腕輪?」
カスラが頷く。
取り出したのは人数分の腕輪。
どれも綺麗な細工が成されており、雨の中、差し込む僅かな光にすら反射して輝きを放っている。
「…視界が悪く、他の皆も一緒に入るって事は……仲間を過去の幻影に見せるって事もあるかもしれん…」
つまりこれは仲間であるという目印。
「…………」
皆絶句する。
それは考えもつかなかった事だからだ。過去に捕らわれ過ぎる為に、冒険者として森を捉える事に失念していた。そして、決意したその日からこの森に試されていたという事に気がつく。
皆無言で頷き、カスラから差し出された腕輪を手にするのだった…。

■『心の行方』
せめて最善の形で一番対峙すべき敵に挑めるようにと。
あの笑顔も。
優しく頭を撫でられる日常も。
振り返れば幸せだったと断言できる日々をこれからも続けていきたいと思うから。
他人のために涙を流せる優しき人達。己を犠牲にするのに値する、大切な人達だから。
これはきっと自己満足だろう。知れば皆に怒られるだろう。もしかしたら怨まれるかも知れない。
でも―――皆には笑っていて欲しいから。陽だまりのようなあの場所で。
だから。
「――老師様。お願いがあります」
―出発前夜の、ある少女の決意。

森に入るや否や、深い森に視界が遮られる。
「ふわ…こんな…なんだ…」
その予想以上の悪さに思わず、その言葉を口にしたのはギンボシだった。
不安を隠し切れず、隣にいるカナの手を握り締める力に一層力が篭る。カナも同じ不安を感じているのだろうか。その手をしっかりと握り返す。
老師曰く、森には誤って迷い込んだ者が干渉出来ぬようにと、結界が三重に施されているらしい。
そしてこれが一重目の結界『散霧』と呼ばれる深い霧のみが存在する結界。どこを彷徨い歩こうと、一定の時間が経てば強制的に森の入り口へと戻されるように施されたモノ、つまりは安全のための結界。
二重目の結界に辿り着くにはこの場所である紋章を唱えなければならない。
「…迷い来たりて出会うは泡沫の幻」
「“現(うつつ)”」
術士であるイオとカナが厳かに唱える。泡沫の幻が再び現実を映し出す。霧が僅かに晴れてくる。
――刹那。
何かが遠方から放たれた音と、遅れて甲高い風切り音がこだまする。
「……いきなり、だな」
戦場で聞き慣れた音にイズミが溜め息混じりにぼやく。そして仲間を射抜かんと放たれた矢を瞬時に叩き伏せた。
―囲まれている。しかもかなりの数に。
背後に気をやってみるとそこにはやはり敵影。敵はいつの間にか背後にも回り込んでいた。逃げ場も――ない。
気配でしか相手を確認出来ないので、正確な数、強さは未知数だが…。少なからず、侵入者に対して罠を仕掛けるほどの知能と、技術は持ち合わせているようだ。
冒険者でなければ、気配を感じる暇も無く、一刀の元に切り伏せられていただろう。
「…来ますっ!!」
フェリンが声を上げ、敵の攻撃を知らせる。そして襲い掛かる敵、敵、敵。まるで冒険者達を飲み込むような勢いで、敵が押し寄せる。
「―――ちっ」
ユンが舌打ちする。いくら霧が僅かに晴れたとはいえ、敵の戦力の把握が出来る程ではない。防戦一方ではあまりにも、こちらが不利すぎる。
何より――不可解な事が多すぎる。すでに剣を何度も交えているはずだが、敵が何なのかがまったく分からない。確認をするために鍔迫り合いをしても、相手の姿が確認できない。有り得ない話だ。
「…このままではジリ貧でしゅ!!皆さん突破しましゅよ!!」
ニックスが吠える。その言葉に全員が無言で頷く。鋭い打撃で、ニックスが突破口を作り出し、冒険者達がその突破口に身を投じ、駆け出す。
行く手を阻む敵を切り伏せながら進む。だが、如何せん敵の数が多すぎる。何とか前には進めるが、このままでは背後から追っ手に追いつかれるだろう。
そんな時。
「――皆さん…どうか御武運を」
最後尾を走るカスラの背後からそんな馬鹿げた言葉が聞こえた。
「…現(うつつ)は儚き幻に抱かれし幻影―“燐界”」
少女が静かに唱える。それはツキカゲの名を持つ者のみが許される、侵入者を強制的に試練へと飛ばす事が出来る解呪。
「―――シズ――」
その聞き慣れた声にカスラは慌てて振り返る。差し込む光が自分の存在を強制的に奪ってゆく、その先に。
少女はいつものように。頬を朱色に染めて、優しく微笑んでいた―。

「怒られる…でしょう…ね」
そう呟き。苦笑いを浮かべる。各々の試練へと旅立った皆に心の中で謝りながらも、少女の心は晴れ晴れとしていた。
老師は少女の願いを聞き入れた。
『皆さんのために露払いを…』
少女が抱いた思い。秘めた決意。
冒険者になるまでに殺めた人の数が多い人もいるだろう。
だが、それらとすべて対峙する必要はないはず。
皆強い人達だ。ならば、その数多の人々を再び倒す覚悟は出来ているだろう。
本当に対峙しなければならない事は、誰しも一つの出来事なのだろうから。
――わたしがそうであるように。
限りある知識の中で、考えうる可能性を思案した中での少女なりの答え。
人の過去に土足で入る訳にはいかない。
ならばせめて最善の形で一番対峙すべき敵に挑めるようにと。
それが、親しい者は無く。失う者も居ない戦場で、ただ無秩序に人を殺してきたわたしが出来る事なのだから―。
手にした仮面を被る。

―お帰りなさい

ガチン。
頭の中で久しく噛み合う事がなかった歯車が鈍い音を立て動き始める。
そっと目を開け、少女は仮面越しに前を見据える。眼前には見慣れた殺意に満ちた人の群。
だが、少女は悠然と立ちはだかる。彼らを再び葬り去るために。
少女が無言で群れへと駆け出す。瞬時にして頭の中で描かれるのは“如何に効率よく、より多くの者達を殺められるか”その術のみ―。

―無垢なる暗殺者、エターナル・クライム

ガチン。
再び響き渡る、暗殺者としての歯車。
皆のためにこの力を使える。それが少女にとっては嬉しかった。
駆け出す。今度は奪うためにでは無く。ただ護るために。過去との対峙ならばすでに終わらせた。
この戦場こそが、わたしの過去そのもの。
過去は後悔しか残さなかった。でも今はきっと誇れる。こうして今武器を手にしている自分を。それだけで少女は強くなれる。死ぬ気など――元より無い。
だから。
「…無事に帰ってこないと…わたしが怒ります…よ?」
霧の向こう。少女は仲間達にそっとエールを送るのだった…。


「……ここからが本番じゃな」
その状況を手元にある水晶玉で視ていた老師が溜め息をつく。
このような試練は、異例といえば異例だったが、少なからず冒険者である彼らの過去ほど、壮絶である事も事実。少女が名乗り出なければ、その殺めた人々に行く手を阻まれ、満足な状態で己の過去との対峙は為し得なかっただろう。
そして少女の解呪により、彼らは本来の己が試練へと足を踏み入れられた。それは、この森において行われる試練の本来の姿でもあった。
元来、二重目の結界、“現”では敵など存在しない。だがそれは確かに存在した。それはなぜか?答えは簡単。異質なのだ。彼らの過去が。
彼ら冒険者により生み出された屍の数は数多。その数多こそが敵の正体。この森は過去を映し出すと言った。ならば、冒険者として戦場で殺めた人々やモンスターですら過去と認知される事は必然である――。
辛い過去。今まで幾度も繰り返された同盟としての戦争で、辛くないものなどありはしなかったはずだ。だが、さすがにそこまでは予測している者は居なかった。それがこの状態を生み出した。
誰もが失念していた冒険者としての過去。だからこそ“現”に敵が現れた。誰もが認知していなかったからこその戦闘だった。
そして生まれてしまった犠牲――。
この森の名は“断罪の森”。その名の通り、罪を断つ森。
例えそれが己自身、認知していない罪であろうとも、断ち切るために強制的にそれらを映し出す、魔鏡の森――。

■『凛然飛翔』
凛然と。青き空を翔ける鳥のように。
弱さが悪い事だなんて思わない。
その弱さゆえに人は強くなれるものなのだから。
倒れてもいい。地べたを這いずってでも構わない。
問題はその後立ち上がれるか。それだけだ。
無能だとか。出来損ないだとか。
考える暇なんてなし、そんな複雑な事考える思考能力なんて持ち合わせてなどいない。
ようは、自分を必要としてくれる人のために生きれるか、どうか。
そのために。
俺は地に足をつけて。ゆっくりと迷いながらも歩いていける。

霧対策に身につけた防水マントを羽織り、ユンはシャドウロックで鍵を作り出し、投げつけ反応を見てみる。
だが反応は皆無。その結果導き出したものは―。
「……笑えねぇ」
危惧していた事が、現実になってしまった。いつの間にか仲間と逸れるのではないかと思っていたりしたのだが―。
その場で項垂れる。さすがにこの事態には笑えない。
このままでは大軍相手に孤軍奮闘中であろうシズクの援護にも迎えない。剣を交え、敵の強さは測ってみたが…。強さ自体は問題ないように思えた。それを裏付けるかのように、安易に中央突破も出来た。だが、あの数は脅威だ。なぜシズクがあのような行動を取ったのかは…考えるまでないだろう。今頃自分と同じように森を彷徨っているであろう皆も、それは十分すぎる程理解しているだろう。だが、いくらシズクといえども、あの数をすべて倒しきる事は不可能だろう。
「生き延びて、みんなで幸せに……」
この森に足を踏み入れる前にそう誓った。ならば一刻も早く、誰かの手助けに駆けつけるのが理。だが、やはりというか―なんというか。
「……何日も彷徨ったり…って事はないよな?」
眼前の霧は深く。一寸先すらも見通せない。こんな状態でどう皆を助けに向かえというのだろうか?
だが考えていたところで、それこそきりが無い。とりあえず前に進んでみる事にする。踏み止まっていたところで、事態は変化しないだろう。ならば物音が聞こえるまでとりあえず進んでみる。思案した結果の行動だった。
「…それにしても…過去との対峙、ね」
溜め息。まったくもって性質の悪い森があったものだ。もちろんそんな森に踏み入る自分達も十二分に性質が悪いが。
そんな物思いに耽っていると――。
ヒュン…!!
背後からの風切り音。ユンは腰のフォルダーに差してあった双頭剣、ツヴァイ・ナゲルで攻撃をいなすと、素早く迎撃に移る。
「…いきなり背後から攻撃とは…随分な挨拶だな!?」
予想外にユンの切り替えしが早かったためか、敵はユンの攻撃に反応出来なかったようだ。
「…くっ!?」
「甘いっ!!」
相手が苦し紛れに放った斬戟を動じる事なく弾いた。すでに相手は無防備。後はその身を切り裂くのみ。
だが、今の声には聞き覚えが―…。
「…燐?…どうして、お前が…」
喉を切り裂く寸前で、相手を確認したユンは慌てて、攻撃を止める。
「―…つれないですね。久方振りの再従妹との再会に、他に言うべき言葉はございませんか?」
目の前の少女が、喉仏に突きつけられた刃を意にも止めず、上品に微笑む。その態度に、呆気に取られるユン。
それが一瞬見せた隙が命取りだったのか。その刹那、少女の後ろ手に握られた白刃がユンを襲ったのだった…。

■『五月雨』
己は“護るべき者”だと信じていた。
幼き頃から斬り伏せてきた数多の人も。自分が護ると誓った人のためならば、と躊躇せずに。
それが間違っていたなんて考えていない。だがそれを口実にして、気づかぬ内に罪悪感を薄れさせていたのも事実だ。
そして、それは起こった。運命の悪戯か、それとも――必然か。
己の存在に気がついたゆえに、消えてゆく大切な命の灯火。抱き寄せてみるものの、灯火を消さずに済む術は持ち合わせていなかった。誓いすら守れずにいる自分を呪う。
そんな俺を見て微笑む彼女の表情はとても安らかで。そして気がつく。己は彼女を“護るべき者”などではなく。“護られた者”だったと。
彼女の存在に、いつも護られていた。支えられていた。
そして――彼女が果たせなかった誓いを己に譲る。
生きる事。それが彼女の誓い。そしてこれからは――己の誓い。
そして彼女の亡骸に誓う。
“護るべき者”では無く。“護る者”であろうと。すべての者を、などと大それた事を言えぬ。だがせめて―。誓いを護る者であろうと。
他者を護る事、生きる事。それが己に課した誓いであり、優先すべき誓い。
そしてそれに違わぬように、再び剣を手にしようと。

…ガキンッ!!
鈍い金属音が霧に包まれた森の中に響き渡る。
「……くっ!!?」
なんとか相手の追撃を受け流し、間合いを取るため後方へ跳ぶ。
あの後――眩い閃光が辺りを包み込んだかと思うと、気がつけば隣にいたはずの仲間と逸れ、この場所に立っていた。森は先程の戦闘が幻だったかのように、静寂に包まれた森。何度か声を挙げて、皆を呼んでみるものの、彼らからの反応は無く。そして代わりに返ってきたのは――斬撃だった。
そう。イズミは再び姿無き敵と対峙していた。
刃を合わせてすでに何合目だろうか?10?否、それ以上か。
どれもが必殺に値する一撃。それをあえて受け続ける。その疲労たるものは相当なものだろう。そして何より降り注ぐ雨が体力を著しく奪う。
それは相手も同じはず。ならばなぜ己が肩で息をしているにも関わらず、敵は初撃と寸分変わらぬ重い必殺の一撃を放てる?
それを為し得るのは失う体力など存在しない者。
「――……生を得し死者、か」
槍を構えたまま敵は光を失った虚ろな瞳で己を見据え、頬を歪める。
「………」
微かに唇が動いた。
ふと名を呼ばれた気がした。あの日のように。
脳裏に浮かぶのは、膝裏まである美しい白銀の髪を靡かせながら微笑む彼女の姿。そしてその右耳に光る見慣れた耳飾り。
「………ほざけっ!!」
弾けた。その幻を否定するかのように忌々しげに男は叫び、間合いをゼロにし敵に斬撃を浴びせる。
例えるならばその斬撃は疾風。
あの日彼女へと吹いた、抗う事は出来ない、死を運ぶ、風。
『捉えたっ!!』
イズミはそう確信し、その体を切り裂かんがため武器を握るその手に力を込めた刹那。 まるで見計らったかのように霧が晴れる。
浮かび上がる眼前の敵。その敵は、在り得ない姿で、在り得ない言葉を口にした―

「――…」
「恐いよ…まだ逝きたくないよ…」


“森の存在は確かに泡沫の幻だが、主達の過去は現実の物であろう?”
その問いかけの意味。
それが水晶に映し出された先にあった。
森は泡沫。存在は希薄。だが、希薄の中に存在する冒険者達は、確かな存在。
ならば、その過去は確かにあった現実。
皆が考えていたように、森が過去の者達との対峙を可能にする。確かに幻ならばその者の霊魂を現世に再び縛り付ける事も出来よう。
だが肉体を得た上での完全な蘇りなど、所詮泡沫の幻に佇む森では成しえる事が出来ない奇跡。
その奇跡を再現し、攻撃を行うために必要なモノ。それは生を得ながらも死に絶えた、魂を入れるためだけの仮初めの器。
――アンデッド。
それが答え。そしてそれこそがこの森が最大の試練に成りえた所以。最悪無比な奇跡が呼び起こした――最大の悪夢。

■『花塵(かじん)』
金髪紫眼かなりの美形だけど…“変な男”
それが第一印象。
だって。
―…なぁ、もしかして自殺したいの?
それって初対面の、しかも偶然見かけた少女を捕まえて言う台詞じゃないし。
なのに。
――笑え。
最後にそう言って息絶えたあいつの言葉の意味が分からない。
どうしてそんな事言うの?勝手だよ。自分勝手。泣かしたのは君なのに。君がいなくなるから泣いているのに。大切だと思っていたのはきっと君だけじゃなくて。
なのにどうして。
どうして…ボクの大切な人はボクのせいで死んじゃうの――?
――世界が暗転した瞬間。

「――…イズミ兄?」
ふいに歩みを止め、霧に隠された空を仰ぐ。先程まで響いていた剣戟音が消えた――。
なぜか不安に駆られその名を呼んでみる。が、答えが返ってくる訳はなかった。
不安に押し潰されそうになりながらも、前へと進む。すでに皆は己の過去と対峙しているのだろうか?
「―――っ」
一瞬脳裏に浮かぶあの日の情景。
イオは負けないように、手を力の限り握り締める。強く、ただ強く。そう自分に言い聞かせるように。
グドンに襲われ、育ての親である叔父を失った。ボクの我が侭のせいで失ったという事実に押し潰された事もあった。だけど―マオが居てくれた。だから、今は笑っていられる。たとえそれが強がりだとしても。弱い自分を支えてくれるすべての人達のためにも。自分から弱音を吐くわけにはいかないから。だからこそ―笑顔で。
ふいに一陣の風が吹いた。風はあれほど濃かった霧を運び去ってゆく。そして開ける視界。
「――これが最終結界“墜(つい)”…」
己の闇に墜ちるための最終結界―墜。これが断罪の森の真の姿。訪れた者によって、様々に姿を換える事が出来る、まやかし。
そしてイオは。
「………っ!?」
敵が数十人。構える暇も無く、斬りかかられた。否。あまりの出来事に動く事すら失念していた。そして―あの日のように自分との間に割って入ってしまった人影。
「―――…ぁ」
イオの口から、まるで熱にうなされたかのような呟きが漏れる。頬を朱色に染める…鮮血。そして、倒れゆく女性の、優しい微笑み。慌てて抱きとめる。
その存在は幻ではなく。確かにそこに存在していた。だからこそイオは動揺した。再び、己のせいで人が死のうとしている。だが、無秩序に失われてゆく体温に抗う術はイオには無かった。
そして再び割って入る人影。――あいつだ。戦いながらも、必死にイオに向かって何かを叫んでいる。
だけど、傷つき倒れ伏した。再び人質として捕らわれたボクのせいで。
頭の中で、これ以上の記憶の投影を阻止すべく警告音が鳴り響く。“コレイジョウオモイダスナ”壊れた目覚まし時計のように繰り返される言葉。
だが、森がそれを拒絶する。―償え。地の底から響き渡るかのような、重い声。その声が、警告音を文字通り壊してゆく。そして幻から醒めるために鳴り響いていた目覚し時計は、最後に一言。“―コワレルゾ”その言葉を残して、完全に沈黙した…。
そして囁かれる。ボクの都合のいい記憶の消失の壁を壊す、一言。
「―――笑え」


「そもそもあの森は皆が考えているような綺麗な代物ではない」
老師曰く。
「あの森は己の体内に侵入した異物を、その者の触れられたくない過去の記憶にある傷を無理矢理呼び起こし、アンデットという媒体を通して蘇らせる。そしてその者にとって一番辛い対峙方法を選び出し、再びその手で“殺させる”」
大切な存在を、再び己の手によって失わせる。
武力による戦闘は無い。老師は言った。
その答え。武力などあっても仕方ないのだ。大切なモノを再び失う事には変わりないのだから…。

■『対なる者』
角笛が聞こえる。
あの日のように。まるで少女が泣いているかのような、甲高い音で。
私の手によって倒れた友が父に重なり、その音に吐き気すら覚えた。
笛の音がなる時。常に私の前には、同じ目をした者がいた。
己のためではなく。私のために死を覚悟した――そんな真っ直ぐな瞳。
その思いに偽りなどなく。仮に偽りがあったとすれば…それは、私に対しての敵意のみ。
だからこそ。
己はこの剣と共に。
再び角笛が鳴るその時まで。
生きる事、まだ見ぬ主を護る事、誓いを護る事。その三つを望みながら。心の刻みつけながら。ずっと。

眼前を切り裂く刃に驚く事は無かった。
自身の激情を制御してすべてを見据える覚悟はあった。何よりそう覚悟した上で、この森へと足を踏み入れた。
ただ。驚いた事があるとすれば、それは―。
キィン!!
弾ける。双方の剣が互いに身を削り、鋭き閃光を発す。
「……くっ!?」
相手が自分の思い描いた相手であるなら、剣を抜くつもりなど無かった。
攻撃を避ける事に専念し、ひたすら終わった事を諭す。そうする事で、以前では成しえなかった、冷静なうちでの結末が手に入ると思っていた。
だが、それは不可能な話だ。
敵はすでに終わった事は理解している。だが、アンデッドとして、ただ己に刃を向けるために現界した彼等にはそのような説得は通用しなかったのだ。
「……親父…オレアノ!!」
溜まらず、イルゼイはその敵として対峙する二人の名を呼ぶ。
剣の腕ではあちらが数段上。耐えるのにも現界がある。そして何より。その手に握られた、破壊したはずの紅き反逆者という名の武器。
二つとして存在しないはずの剣が、妖しく光る。
「「なぜ…俺を呼び起こした?再びその手で俺を殺すつもりか?イルゼイ」」
父が、友が、襲いかかる。その斬撃も、その言葉も。イルゼイにはとても耐え切れるようなものでは無い。
「前を向いて生きろと言ったはずだ」
父の言葉。
「まだ俺を赦してくれないのか?」
友の言葉。
冷静に対処しようとはしていた。だが、見切れなかった。
敵は殺す事に関しては己より数段上。ならば、防戦一方になれば結果はみえている―!!
迫る二つの刃。
ふと。遠くであの日聞いた角笛の音が響いた気がした…。

■『浮月想幻(うげつそうげん)』
浮かぶ月に幻の想いを馳せる。
自分の存在が必要とされていないって事は。
とても恐い事だって知っている。
だから。幻でもいいから。誰かに必要とされたかった。それはとても幸せな事だから。
存在の否定は恐い。そして存在の拒否は――居場所を失う。
だから。
ずっと憧れていた。
皆に必要とされる自分に。皆が笑って迎えてくれる自分に。
そして…ただいまを言ってくれる大切な、優しい人に。

手を握っていたのが、幸いだったのか。再び深い霧に包まれた森の中、カナとギンボシはお互いから逸れる事は無かった。
「…大丈、夫?」
カナが心配そうにギンボシの顔を覗き込む。
先程からギンボシの様子がおかしい。顔色も悪く、動作一つ一つがぎこちない。
ギンボシがどのような過去を持っているなんて聞くわけにはいかないし、干渉するつもりはない。過去はその人のものなのだから。だが。せめて傍にいるのならば。支えてあげたい…。
「大丈夫だよ。ボクらの事民宿で待っている人がいるんだもん。頑張れるよ」
そんなカナに対して、ギンボシは精一杯の笑顔で答える。頭の中では、恐怖に怯えながらも、握り締めた手から伝わる確かな温もりに安堵感を覚える。
何より――逃げてばかりじゃいけないから。
心の中で呟く。
その刹那。
「あぁ―…貴女まだ生きていたのね」
2人の視線の先にいつの間にか存在した敵が発した、凍りつくような、そんな冷たい声にギンボシは体を震わせる。
「だれ…?」
ギンボシの異変に気がつき、カナが厳しい表情で、敵を睨みつける。
さもそれが悪い事かのように発せられた言葉“生きていたのね”。その言葉を言われた者がどれ程の恐怖を覚えるか。それを知っているがゆえに。
「だってそうでしょう?貴女は誰にも必要とされないのだから」
まるでカナの存在を知らないかのように、敵はギンボシを見据えて微笑む。その微笑がギンボシを射抜く。
その瞬間。
「――…ぁ」
ギンボシはまるで金縛りをかけられたかのように、その場で膠着してしまった。そして世界からギンボシを遮断するかのような闇が辺りを覆う。
何も見えない。隣で励ましてくれていたはずのカナの姿も。
手にした手を必死に握り締める。だが、その握られた手に違和感を感じ、ギンボシは隣を振り向いた。
そこにいたのは――。
「――ボク?」
―五歳の子供がこちらを見上げ、優しく、だが悲しく微笑んだ…。

有り得ない。
先程までいたはずのギンボシと、敵の姿を見失った。深い霧がさらにカナの焦りを増幅していた。
ただ事ではない様子だった。あの状態で、独りにしてしまったらきっと、彼女が壊れてしまう。漠然とした焦りが、カナを襲う。彼女の過去がどのようなものかは知らないが、自分に似ている。そう感じたからだろうか?
大切な人からの拒絶。それがカナにとっては忘れられない過去でもあるのだから。
「カナ?」
突然の背後からの呼びかけ。
「ギンさ……」
カナがその声に慌てて振り返る。そして…その姿を確認して、動きを止めた。
「久しぶりね」
そこにいたのはギンボシではなく、女性がひとり優しく微笑んでいた。その笑みがカナにとって何よりも恐かった。
私のせいで幸せを失った人だから。
私のせいでこの世にはもう存在しないであろう人だから。
「………ぁ」
言葉が出ない。もしこの森が辛い過去との対面を可能とするならば、この人の出現は予想していたし、覚悟もしていた。
でも―驚きは隠し切れない。
お父さんとこの人と過ごした幸せな日々を忘れた日などない。でも“あの人”は捩じれてしまった。ある日突然に。運命なんて容易く口にしたくない。これが運命だったなんて。思いたくもないし、認めたくない。 幸せだったときのように。いつか優しく抱きしめてくれると信じていたいから―。
「愛おしいほどに」
でも目の前で微笑むあの人は。やっぱり確実に、悲しい程に壊れていた。
「殺したい子」
笑顔の奥に存在する確かな殺意に挫けそうになる。幸せな時間であればあるほど、それが真逆に壊れた時は辛いものになると。そう痛感してしまう。
「――…いや」
思わず漏れ出た否定の言葉。死にたくない。帰りたい。皆がいる温かい場所へ。
その言葉を聞いて、一瞬表情を氷のように冷たくしたが、あの人は再び微笑み答えた。
「あなたが自分で消えないなら――…私が消してあげる」
それはあの日と同じ、壊れた笑顔のままの狂気。そして手にした凶器。 なぜそうなったのかは分からない。考えてもたぶん答えは分からないだろうし、考えたくもない。彼女の答えは私の死でしかないのだから。死ぬわけにはいかない私には辿り着く事のない答え。
でも。今度こそ間違わないように。
この言葉を―。

「―…私…死ねない、よ。大切な人が…いる、の。“お母さん”と…同じように」

■『贖罪』
最愛の娘は殺され。
最愛のヒトをその手で殺めた。
私は逃れられない罪を犯した。だから私は二人と、殺してきた人々に誓った。
自らのために涙を流す事を止め、私が殺めた人々、汚してきた大地の分、人々を…大地を癒し続けよう。
自らを知る者が死に絶え、居なくなるこの世の終わりまで、永劫の孤独を生きようと―。

「……………」
木々達に祈りを捧げる。静まり返った森は、まるでこの世で存在する者は自分だけになってしまったかのような錯覚すら覚えさせる。
「皆は無事かしら…」
呟く言葉は虚しく、深い霧に飲み込まれてゆく。
―――瞬間。
あの人とあの子が見えた。
繋がれた手と手。
楽しそうに笑う二人。
そして――。
その横で人を殺め続ける私自身。
『どんな幻にも、どんなに触れたくても手は伸ばさない』
森へと歩を進める前に決意した事。
だが、彼女は失念していた。
過去とは、自分あっての物なのだ。
ならば。
そこに自分の幻が居たとしても、不思議ではない――!!
ガキンッ
「………くっ!?」
ふと目を逸らした隙に、過去の自分が、己に振った斬戟をなんとか受け止める。
「…大切な笑顔の横で“私”は人を殺めるために剣を手にした」
微笑み、囁く。
相手にはまだ余裕があるようにも見える。それはそうだろう。屈強の狂戦士である過去の己に、今の私が鍔迫り合いなど――。
「そして、大切なあの人とあの子は死んだ」
その言葉に崩れ落ちそうになる。
あるがままを受け入れると。己の殺めた人々の攻撃を受けても耐え忍ぼうと。だが、こんな言葉を自分の口から聞かされる事になるなんて考えても見なかった。敵の背後には、笑顔のままの2人。
「贖罪?勘違いしないで」
そして目の前には認めたくない事実を言葉にする自分自身。
その自分自身が一番認めたくない言葉を口にした。

「貴女はそうする事でしか、罪を償う術を知らないだけよ」

■『事実と真実の狭間で』
知識のすべてを肯定するわけではない。肯定してしまえば嘘になりそうで恐いから。あの笑顔も。あの溢れんばかりの愛情も。あの抱きしめられた時の痛みも。
知識は肯定を否定するために得た手段のはずだった。
でも。
知ってしまった。
2人が私に微笑みかけてくれたのは…惜しみなく愛情を注いでくれた事は“事実”。その愛情を確かめる術は知識では無く。すでに失ってしまったけれど。それは私にとっては確かな“真実”に値する想い。
でも、あの日聞かされた、2人が殺し合った“事実”を確実な“真実”にしたモノは他ならない…それを否定するために得たはずの知識だった。

霧が深く辺りを包む。今頃皆それぞれの過去と対峙しているのだろう。いつの間にか独りになった森の中、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
なぜか知っていたような気がする。独りになるという事は。自分が求めるもの…それは単純な“答え”や“強さ”では無い。ならば、ありのままを受け止める覚悟は…出来ている。
否。…出来なくてもそう在ろうと強くその心に誓った。
だが―
「リシュア…?」
「…………っ!?」
ふいに背後から投げかけられた言葉。その言葉は彼女にとっては予想外の出来事だった。
老師の言葉から推測したのは辛い過去との対峙。それとはあまりにもかけ離れた記憶。
こちらの存在に気がついたのか、2人はあの幸福の日々で見せてくれた笑みのまま、こちらに歩み寄る。知識はそれを必死に否定する。『在り得る訳がない。起り得るはずもない』と。
懐かしい抱擁。優しい微笑み。愛しく自分の名を呼ぶ声。ずっと続くと信じて疑わなかった日々。それが今…目の前にある。
「リシュちゃ〜〜〜〜んっ!!お帰りなさ〜〜〜〜〜いっ!!」
「おぉっ!!愛しき我が娘!!」
2人して有無も言わさぬ強烈な抱擁。忘れていたはずのその優しい痛み。その瞬間頭で理解した。
これが己の“敵”なんだ、と。そしてその事実を知ってしまった事で、頬を伝う…一筋の涙。
焦って必死に私を宥める2人がとても可笑しくて。それを否定するだけの知識がとても悲しかった。そして思わず漏れた、自分の中では失われたはずの、親愛の者を呼ぶ、言葉。

「お父さん…お母さん……」

■『雪月花』
どうして微笑んでいられるのか。
庇えばどうなるかなんて…幼い自分なんかよりもずっと賢いはずの母が分からなかったはずがない。
抉られた腹がしくしくと痛む。
母の亡骸に抱かれながら、“せめて痛みを感じずに逝けたのだろうか?”そんな馬鹿みたいな事を考えていた。どうすれば両親を失わずに済んだのか。どうすれば護れたのか。考えれば考えるほど、自分の弱さが圧し掛かった。
『すべてを壊せばいい』
ふいに頭に響く声。
『すべて壊してしまえば失わない。護りたいなら奪われるな。欲するなら奪え。お前にその力をくれてやる―!!』
そして手にした刃は抜き身。
収める鞘すら無く。ただ悪戯に触れるモノすべてを傷つける。大切な人も。大切にしたい絆も。
――そして自分自身すら。

ギィン!!
礼拝堂に甲高く響く斬戟音。リオと対峙する影は三つ。大柄で筋骨隆々の狂戦士。細身の翔剣士。そして張りついたような笑みを浮かべる邪竜導師。
邪竜導師が紋章を展開する。映し出されるのは『獅子、山羊、蛇』の頭部を持つ黒い炎。繰り出される術の名は――スキュラフレイム奥義。
「………!!」
手にした巨大剣、概装検Twilight 』を再び強く握り締めると、地面に深々と突き刺す。リオを喰らい尽くさんと襲い掛かる黒炎を剣の背で受けきる。ティナとの誓いならばこの胸に。ならばこの剣が折れる事など有り得ない――!!
黒炎が弱まる。同時に振り抜き、炎を掻き消すと、リオは瞬時に懐へと潜り込み、肘打ちの要領で、柄による打撃を加える。
堪らず崩れ落ちる邪竜導師。その背後から、翔剣士がその素早さを生かした、疾風の一手をリオへと繰り出す。
「くっ―」
その攻撃は旨くリオの虚を突いた。切り返しが間に合わない。咄嗟に首を捻る。なんとか致命傷は回避出来たが、掠めた頬から鮮血が伝う。
「はぁはぁはぁ…」
――まずいなぁ。リオは心の中で呟く。なんとか今のところ防げてはいるものの、男達が放つ攻撃に押され始めている。
それもそのはず。あの父さえも敗った男達の腕は、リオの腕よりも遥かに上だ。防げているのは、冒険者としての経験の賜物だろう。
勝ち目の薄い戦いだ。でも、リオは微笑んでいた。今なら傷きながらも微笑んだ母の気持ちが分かる。
たとえ幻だろうとしても。
「…リオ、なのか?」
父さんと。
「リオ…」
母さんに手出しなんてさせない。
―だけど。
突然その胸に突き立てられた刃に、抗う事さえも出来ぬまま息絶える邪竜導師。
―あいつは。
そしてまるで流れるように、隣にいた狂戦士の体を切り裂き。
―そんな僕を嘲笑うかのように。
理解できぬ恐怖に駆られ、逃げ出した翔剣士の腕を切り落とし。その胸に深々と剣を突き立て。
―微笑んだ。

「―よう…お望み通り殺してやったぜ?」

■『月影狼』
まやかしの霧は深く。
あの日見た祠が目の前にあった。
それはやはりと言うべきなのだろうか?
眼前の敵が微笑み、呟いた言葉。
―貴様が望んだ強さで、親しき者達は死に絶える。あの日のようにな。 血塗れた孤児院。そこに佇むのは小さき手を鮮血に染めた白き狼。自分の弱さが招いた惨劇。
―それでも尚、強さを求めるか?
その問いかけには答えず、私は静かに武器を手にし、眼前の敵へと駆けた―。

キィン!!
響き渡る剣戟音。
「………疾!!」
彼女が手にした白き牙槍が、刃を交わす敵の喉を噛み切らんと、鋭い突きを繰り出す。
生粋のストライダーであり、その能力をフルに使っての彼女―フェリンの攻撃はすでに音速。
だが―。
ガキンッ!!
敵はまるでそれは意に介さぬ事かの如く、音速なる一手を、体を反転し、その黒き刃をしならせる動作のみで防ぎ切る。
そしてその勢いを殺さぬまま、敵はさらに反転して、遠心力を込めた重い斬撃を繰り出す。鮮やかにしなりながら獲物の首元へと噛み付く剣戟はまさに蛇そのもの。
そう。相手が手にしている武器は蛇腹剣。
多角的な攻撃ならば、己の槍よりも遥かに優れている―!!
「……くっ!!」
なんとか飛び退いたものの、その肩から鮮血が滴り落ちる。
膝を折りながらもなんとか敵を睨みつける。
掌で弄ばれている感覚。歯痒さに思わずフェリンは舌打ちをする。
「弱いな」
吐き捨てるように、眼前の敵は言い放った。
それもそのはずだ。蛇腹剣は攻撃を行う際に発生するしなりは、そのしなりゆえに相手への攻撃が僅かながら数歩遅れる。その数歩は、相手が達人であればあるほど絶望的な数歩に成りえる。
だが――結果はどうだ。
一足一刀であるはずの己の突き。無論突きが槍の攻撃のすべてではない。だが、初動作を必要とせず、相手の首を刈るための最速の攻撃。
相手の長所を封じるために仕掛けた最速の技が容易くかわされ。武器としての長所を短所で攻めたはずなのに受けたこの傷が。
敵と私の埋められぬ差を露呈させた。
ふいに光が差し込む。敵の姿が一瞬映し出される。そこに佇むのは私自身。唯一違う、黒い髪をなびかせ、静かに微笑んでいた。
そして、敵はその漆黒の髪を面倒くさそうにかきあげ疑問を口にする。

「……貴様はその手で何を掴む?その血塗れた手で。掴める物など在りはしないだろう?」

■『名』
失われた命に謝罪などしない。
それはきっと言い訳になる。
だから俺はただ背負おう。
……罪深きその業を。
それが俺の選んだ道なのだから。

感覚でわかる。ここは、己の手によって築き上げられた屍の丘。振り返ってみた所で、そこには何もありはしないだろう。
理想の元に築いた屍の山。だがそこに護りきれたものは無く。丘の上、辿り着いた先に待つ敵を見据える。
「………待たせたな」
身の丈ほどの長さをもち。封呪の布によってその漆黒の姿を隠した無骨な大刀を片手に、カスラは敵の目の前で静かに笑った。
先程までの視界を遮っていた深い霧が嘘のように、晴れてゆく。そして鮮明に浮かび上がる。周りの景色も。
そして――己の対峙すべき敵も。
「……久しぶり…だな。元気か?…というのは可笑しい…な」
敵の姿に特別驚いた様子も無く、カスラは久方ぶりの再会に酔い痴れる。まるで緊張感が無い言葉に隠された想い。悲しい過去など無いわけがない。
集落に押し寄せた賊に両親の命を奪われた。
己の誓いを守れず、眼前で仲間が敵の凶刃に倒れてゆく姿をただ見送る事しか出来ない事もあった。
そして築き上げられた屍の丘。
だが。己の未熟さゆえの業ならばそれを背負うと決めたのだから。
後悔はある。だが、振り返らない。欲しているのだ。
強さを。何があろうと…周りの奴らを守れる、純粋な力を。
今すぐに。
今度こそ誓いを破らぬために。
そしてカスラが願ったのは、今眼前に佇む、師との決闘。
心の深きまで侵食し、その心を食い尽くす森の幻影ですらその強き思いに叶わぬか。
「……預かっていたものを一旦アンタに返す」
もう片方の手に握られた武器を相手に投げ渡す。敵はその武器を手にし、静かに構える。
そこに言葉は必要ない。
幻だろうが。そうでなかろうが。
勝てなかろうが。勝つまでだ。
己の武器を手にし、この一撃にすべてを込める。周りの奴らを守れる力を得るためならば、この爺を張っ倒すぐらい何でもない。
師から譲り受けた名は武器と共に返した。今の自分には名乗る名など持ち合わせていない。だが、皆に再びその名で呼ばれる資格を得るためにも。そして何より。馬鹿みたいに他人のためにと、笑顔で犠牲を買ってでたシズクの元へと還り、とっ捕まえて説教しなければ自分の気が済まない。そのためにも。
――勝つ。
手にした武器に力を込める。
そして男はその場には不釣合いな程の笑みを浮かべ呟いた。
「返す…が」
「すぐに返却希望…だ。護ると決めた奴が…勝手な事したからな…」

■『夢現(ゆめうつつ)』
硝子細工のように。
複雑な形で、でも壊れやすくて。
そんな風に人の心は出来ていると思った事がある。
僕はとても汚くて。
大切な人の硝子細工には触れられない。
戯れに汚してしまうから。壊してしまうから。
だから。
僕は自分の硝子細工の中で独り微笑む。
触れられない。透明な硝子の中。独り笑顔で。
幾度にも反射して映し出された笑顔はとても綺麗で。
偽れる/騙せる
他人を/自分自身を
傷つけないように/傷つかないように
――今日も。

「………ここは?」
いつの間にか男は捕らえられていたようだった。
なぜかとても息苦しい。周りを見渡す。
―――暗い。
例えるならば、漆黒。光指さぬ永久の闇。
だが、まるで男が目覚めるのを待っていたかのように、ふいに光が差し込む。
闇が奇妙に変形し、四方八方に映像を映し出す。
「―――皆っ!?」
映し出された先には、共に森へと足を踏み入れたはずの仲間。皆何かと対峙している。
男が慌てて駆け寄ろうとするが―。
ドカッ!!
「……うわっ!?」
どうやらその画面との間には、目に視えない壁があるようで、それが彼の行動を阻んだ。
そして感じる違和感。
たぶんこれが己の試練なのだろう。だが、過去の投影はどこにも見当たらない。両親を奪った盗賊達も。本人さえも気づいていない記憶すらも。
何もない。あるのは、闇に浮かび上がる、仲間の姿を映し出すビジョンだけ。
「……どうして」
疑問。確かに自分は、あの忌まわしき過去と対峙したとしても、腹いせに大切な者を奪った盗賊達を皆殺しにするかも知れない。と、そんな事を漠然と思っただけだった。それをしたところで、救われるのは幻の中の自分だけだということは分かっていたし、理解もしていた。
対峙したとしても、きっと自分は何もしない。過去に求めるものなどないのだから。
失ったものがあった。過去が教えてくれる事はそれだけ。それは諦めではなく、事実は変えようがないという――事実。
「…過去にまで…愛想尽かれちゃったかなぁ」
自嘲気味に笑う。純粋な感情(もの)に憧れて。でも、自分にはそんなものが無いって事も知っていて。それでも必死に純粋な感情を求める――醜い自分。
「はは…」
乾いた笑いが闇にこだまする。何をいまさら期待していたのだろうか?でも心の何処かでは願っていた。自分を救って欲しい、と。
生きる事が苦しかった。誰かに必要とされたいくせに、いざ必要とされたら恐くなって、その人を裏切ってしまう。だから自分はそんな弱さを失いたかった。弱さを失くす事だけが、自分の理想に近づけると頑なに信じた。
でもきっと―…救われても欲しくなかった。
人の幸せを祈っておきながら、裏では自分の失敗を恐れて、裏切る事でしか他人の幸せを願えない自分が救われるなんて…救いを求めるなんて、不相応にも程がある。
「…そんなに自分が嫌い?」
「―…え?」
ふいに声が聞こえた。幼い女の子の声。でも――。
「誰?」
顔が見えない。まるで上半身が闇に喰われたかのように、隠れてしまっている。
でも、なぜか表情がわかる。少女は笑っている。まるで闇と戯れているかのように。その笑顔がとても恐い。見たことがある笑顔。心は笑っていない。偽りの笑顔。
「…恐いの?どうして?貴方もこんな風に笑っているんでしょ?」
ウィンの心中を察したかのような言葉。その言葉にウィンが冷たい汗を流す。この子は恐い子だ、と。自分の認めたくない想いを口にする。気づかないふりをしている事を、容赦なく言葉にする。
そして。そんなウィンが一番恐れている言葉を。少女は口にした。

「―…でも…そんなに嫌いなら…自分を消しちゃえばいいのに」


「ふむ…。皆最終結界に辿り着いたようじゃな」
「お疲れ様です」
老師が一息つく。水晶に映る冒険者達の姿にトウカは安堵感を覚える。不安ではあったが、ここまでは思惑通り進んでいる。
「…して。セフィの方は?万策問題ないか?」
「―…は?」
老師の言葉に、トウカが呆然とする。
「お主の事じゃ。巫女姫の事は皆には内緒だったのだろう?ワシは立場上、質問がない限り答えられなかったが…。誰も里での試練の際に行った儀式について口にしなんだからな」
―やられた。トウカが顔を渋める。そんなトウカを見て、老師は破顔する。老師から言わせればトウカの思惑など、所詮青二才の浅知恵だったのだろう。トウカは溜め息をつき、微笑む。
「…えぇ。セフィなら今頃きっと――」

■『幻霧の巫女姫』
「…はぁ」
民宿の外、朝露に涙を隠す朝顔・セフィーナ(a15934)が雨打たれながら、厚い雨雲に覆われた空を仰ぐ。
先程皆が最終結界である墜に足を踏み入れたのを感じた。トウカと老師も、今頃はその様子は見届けているはずだ。
悔しい。皆の苦境になにも出来ずにいる自分自身が。あの森はきっと皆の辛い過去を増幅させる。トウカが何を考えているかは知らないが、里で行われていた試練とは今回は訳が違う。
本来なら、里の中から選出された“幻霧の巫女姫”を奉り、試練を受ける者に親しき者一名を選ばせた後に、試練へと向かわせるのが慣わしだ。そうでなければ意味が無い。
己の辛い過去を、己のみで解決出来るような人間はそうはいない。だからこそ万が一の場合、巫女の力を借りて、親しき者はたった一度の奇跡を起こすのだ。
だが、トウカは親しき者を呼ばないと言い放った。言い放った以上、こちらからでは勝手に干渉出来ない。幻霧の巫女姫がいない限り――。
「…巫女…姫?」
セフィーナの顔が上がる。確か巫女姫の条件は―。
「―…そうか。だから…トウカは私にここに残るように、って…」
そうだとすれば。こんな所で油を売っている暇など無い。
万が一に備えて。もちろん仮にも冒険者達の彼等が死亡する、なんて考えにくい。でも、だからこその万が一。
重傷程度なら手出しはしない。試練なのだ。それぐらい皆覚悟の上だろう。だがもし、死ぬような危険に陥った場合は…悪いけど干渉させてもらう。
元々、そのための巫女姫だ。死ぬことはないからと、半端な気持ちで挑まれれば試練にならない。だからこそトウカはその存在を隠したのだろう。
でも――。
「馬鹿トウカ。私が、気がつかなかったらどうするつもり?」
呟く言葉。なんだかあいつならそれすら計算済みのような気がして悔しいが、心は晴れ晴れとしていた。
「…巫女姫の出番が無いのが一番、だけどね」
待っているなんて性に合わない。そう呟いて、セフィは民宿内へと駆け出した―…。