10月30日(木) 4日目

下の写真が、今も残る熊野古道の一部です。
年配の3人組さんが、登山姿で私の先をいかれました。
私の体力では追いかけていけません。
教訓:昔の歌人は登山家である。


今も残る熊野古道
21:大きな写真はこちらです。

車を進めて山を降りました。
その途中に炭焼き小屋がありました。
放し飼いの大きな犬が恐かった。

下がようやく祓戸の王子跡です。
熊野本宮大社の境内ともいえるようなすぐ上にありました。
私がなくしたともいえる先ほどまでの2時間はなんなのか、
ぶっとんだナビの動きはなんだったんでしょう。


祓戸の王子跡
22:大きな写真はこちらです。


さあ、ようやく先に進みましょう。
紀伊半島のど真ん中、十津川を通りました。
そこで遅い昼食をとりましたが、その近くで撮った写真です。
ここの山峡も人が通れるところではありませんね。山も結構急です。獣道ならあるのでしょうが、
やはり、紀伊半島周辺の海岸沿いから人は内陸部に入ったと見るのが自然なようです。
南紀は内陸部まで温泉の宝庫です。肌がすべすべになります。


十津川渓谷を見る
24:大きな写真はこちらです。

もう少し走ったところで見つけた秋1本です。
紀伊半島の紅葉は11月8日の土曜日なら見ごろでしょう。
今回は少し早かったようです。



十津川というよりも西吉野近くの秋1本。
23:大きな写真はこちらです。


十津川渓谷は南北の深い谷です。秋の日差しは日中の短い時間しか谷間にまでは入りません。1日の内でシャッターチャンスの時間は限られています。このあと道沿いの標識は「西吉野」に変わり夕闇が深くなってきました。


吉野、大台ケ原、時間があれば明日香でゆっくりした時間をすごすつもりでした。
明後日には嫁さんから大阪の長男宅に行く予約が入っています。
奈良県五條市まで車を進めたとき、大阪まで余りに近いのに気がつき、今回はここで旅行を切り上げようと思いました。また来たくなれば来ればいい。そんな軽い気持ちで、

最近起こった私の環境の移り変わりについて、そののけじめを今回の旅行でつけれたかどうかを問われれば自信はありません。そんな結果を求め続けることもどうかなという気がします。わざわざ自らを脅迫の材料責めにすることもないでしょう。
今回の旅行では、平安貴族は体力勝負という事実に驚きました。いにしえの時代、京都から熊野三山詣でなら半年かけてくらいに思っていましたから、それは大きな勘違い。努力すること。そしてそのスピードを上げる努力もする事。いつの時代に限らず必要なことで、それは今回私に強くいわれたような気がしました。

それにしても、2日続けて30km離れた所で同じロケチームに出会ったのはなんなんですかねえ。
流れ星一閃、熊野は満天の星空でした。
この写真から、ただ青い空を見ていただければ幸いです。


神戸、京都、大阪からなら熊野三山と本宮周辺熊野古道は温泉付で1泊2日コース。高速で南紀田辺から串本を通って熊野那智大社に出て、熊野速玉大社から本宮近辺の数ある温泉で宿泊、熊野本宮大社から熊野古道を探しつつ西に出て南紀田辺から高速で帰宅。秋の夜長に皆さんもいにしえ人を探されてはいかがでしょうか、今後のあなたが見つかるかもしれません。

お浄めの伊勢神宮は霧の雨、
晴れて知らせる熊野の都

山道に昔尋ねる熊野古道
紀州のわかれは十津川の秋


ありがとうございました。

TOPページに 前のページに
2003年10月 南紀紀行(4)