濾胞性リンパ腫 「S.Kの流れるままに」
Dr.Dr.Scheef
 
”あなたはこの病気では死なない。”
と、Dr.Dr.Scheefは私に言った
2000年1月17日。

B細胞濾胞性(中細胞型)
低悪性度リンパ腫
S.K




以下の日記にに飛んだら、

目的の日付にスクロールして下さい。


2014年2月 始めてみる
 01 告知から17年目に入ります
    
10月2日 受診
2014年1月 生活のリズムを少し変える
 31 リンパ腫のネットセミナー
 29 
新型STAP細胞に成功
 26 
自己触診は今も恐い
 25 元気です
 19 胸にしまったもの
 18 
経過観察中の受診間隔
 13 
「悪性リンパ腫」
 11 新聞を読むのが遅い
 08 やしきたかじんさんの悲報
 08 
つばさ・橋本明子さんの生き方
 05 
あなたに最適な治療法
 04 
我が家は台風一過
 01 新しい年を迎えて

    
10月2日 受診

2013年12月 感謝
 31 感謝
 30 
リンパ腫の掲示板とQ&A
 29 
新規GVHD治療薬
 28 
点滴の後処理
 27 初雪の夜に思う
 26 京都イルミエール
 24 
濾胞性リンパ腫にはワクチン
 22 
濾胞性リンパ腫の標準的治療
 21 
いつから治療を始めるか
 20 
濾胞性リンパ腫の初回治療
 18 近くの温泉がイルミネーションで装飾
 17 衝撃の歌声
 16 
自分自身を解放する
 14 
無治療期間が7年目に入ります
 12 
ボーエン病の受診
 11 
味覚障害が治るのに6年
 09 
濾胞性リンパ腫の電話相談
 07 
各種CD20抗体薬の優劣
 05 
血圧の薬について考える
 03 
クリニック高血圧受診
 01 
今月、無再発7年目に突入
    
10月2日 受診

2013年11月 秋を愛でる
 30 生命保険貧乏
 29 
白昼夢
 28 
覚悟したんですね
 26 
輸血事故
 25 
リンパ腫患者が欲している情報
 24 
血液内科マップ
 23 
万事塞翁が馬
 22 

 21 
濾胞性リンパ腫の進行速度
 20 
薬の連鎖
 19 円通寺訪問その2
 18 円通寺訪問
 17 高源寺訪問その2
 16 
効かなかった人に効く薬
 15 
翻訳システムの進歩
 14 
医療者に明確に意思表示をする
 12 
90歳で東京を車で走る
 10 北近畿の大地震予測
 08 
肝炎ウィルスに新薬が認可
 06 
濾胞性リンパ腫の余命延長
 04 
何か悪いことしたかなあ
 03 
弱い薬がリンパ腫に機能する時期
 01 
がん、家族への告知
    
10月2日 受診

2013年10月 平穏に月を終える
 30 禁煙とがん教育といのちの授業
 28 拓郎へ、みゆきからのラブソング
 27 一番嬉しかったこと
 25 
来年の桜
 23 
医療処置の意思確認書
 21 
胃がんの医療セミナーで
 19 
イベントが続く
 18 
リツキサンが効くかどうか
 17 
小椋先生のセミナーと15歳の天才少年
 16 たぶん、DELL復活
 14 
私に合った散歩のしかた
 13 
私もディオパンを使っていた
 11 大阪のおばちゃんも様々
 10 
リンパ腫治療と肝炎ウィルス
 09 
20年後の今
 07 
息子達の結婚式が終わって、
 06 
息子2の結婚式
 03 
医師にお願いすべきこと
 01 最良の季節

    
10月2日 受診

2013年9月 再度、事故を起こさず安全に
 30 安産祈願と感謝
 28 
リツキサンの歴史と治療法
 27 
無憎悪期間の延長と私の気持ち2
 24 
無憎悪期間の延長と私の気持ち
 23 
吐き気止め
 22 倍返し最終編
 20 
ご連絡
 19 
パワーの低下
 17 今夜も暖かい布団で寝られます
 16 台風一過
 15 雨漏り
 14 
10月のイベントを前に
 12 
5年じゃなくても30年
 10 
ようやく鼻が通りました
 08 何かあると欲しくなる
 06 
振り込め詐欺の手口に会う
 03 竜巻のお見舞い
 02 
血液内科の受診2
 02 
血液内科の受診1
 01 
覚悟したその日から

2013年8月 事故を起こさず安全に
 30 酷暑を乗り切るのもあと少し
 29 
血圧受診とジェネリック
 27 
テレビドラマ「今日の日はさようなら」
 26 
血液内科の採血
 24 
思い出すものと、「ラストレター」
 22 
医師の気持ち
 20 
私もPCも夏風邪
 18 やりたいこと
 17 滝への体力テスト
 17 
インターネットが使えませんでした
 12 
リツキサンよりも高い効果を求めて
 10 
同じ病院で濾胞性患者と出会う
 09 
お寺さんに居留守を使う?
 08 
義母の施餓鬼
 07 
テレビでのリンパ腫表現
 05 コオロギの鳴き声
 03 セミの鳴き声
 01 嘘をつかなかった日本人

    3月11日 血液内科の受診
2013年7月 弥勒菩薩を見に行く
 30 なんで生きて来れたんだろう
 28 
治療中の一般的な注意事項
 27 
十二指腸原発濾胞性リンパ腫
 26 
リンパ腫には化学療法をと近藤先生
 25 
小椋先生の医療セミナー
 23 
気功を受けてから10年を超えて
 21 
合いなくない人に偶然出会う
 20 京都は広沢池
 19 
血圧定期受診
 17 
ピアサポートの難しさ
 15 美山かやぶきの里を訪ねて
 13 
井戸端への参加者が100人
 12 
禁煙講演でワンポイントリリーフ
 11 各地の最高気温
 09 
無事にイベント通過
 07 
国がん研究センター患者と交換会
 06 
抗体酵素新薬への希望
 05 
がん幹細胞を対象の分子標的薬
 03 
歯茎が痛い
 01 
動機
    3月11日 
血液内科の受診
2013年6月 あの滝を見に行く
 29 心のざわめき
 26 出石町探訪2
 24 出石町探訪1
 22 やりたいこと、やるべきこと
 18 
濾胞性リンパ腫の治療開始について
 16 
濾胞性リンパ腫10年の呪い
 15 雨と紫陽花とホタル
 13 
目がおかしい
 11 
再発の告知を受けて
 10 
がんの告知を受けない権利
 09 
「濾胞性と瀰漫性の混在」と告知
 08 
今日はイベント
 06 
ふと、乳がんの疑問
 02 
白い髪に黒いごま塩か
 01 紫陽花には雨が合う
    3月11日 
血液内科の受診
2013年5月 本当は、
 31 麻木さんがいう医師と患者の違い
 30 松尾大社での忘れ物
 29 お酒の神様
 27 カウンターが20万を超えました
 25 
痛み止め
 24 
歯がないのに歯茎が痛い
 22 
CMC-544中悪性への試験を中止
 20 
血圧クリニック受診
 19 
ネットの医療情報は玉石混合
 18 
乳がん予防の乳房摘出手術
 16 
がん登録推進法案
 15 
医師は神様ではありません
 14 
デッコ
 11 
オファツムマブ
 10 
ホスピタリティ
 09 
濾胞性リンパ腫の承認済み新薬
 06 
大阪リンパ腫セミナーのご案内
 04 
子供達と森林浴
 03 
息子1帰る
 02 寒い
 01 頭の体操数独
    3月11日 
血液内科の受診
2013年4月 時間を作る
 29 左利き
 28 
イベントを無事通過
 27 
リンパ腫セミナーネットビデオ
 26 10年かかった「古事記」
 25 
初回治療記念日
 24 
リンパ腫と総合内科
 22 
リンパ腫のネットセミナー
 21 
ネクサス大阪お茶会に参加
 18 
よかれと思って医師がいう
 16 
リンパ腫の医療セミナー
 14 
歯茎が痛い
 13 淡路島震源の地震発生
 10 
リンパ腫のネットセミナー
 09 日々の選択
 06 
定説を覆す魅力
 05 
ローリスクでも10%が亡くなる瀰漫性
 04 
散歩の季節に散歩の効用
 01 
小学生だった子供が今は28歳
    3月11日 
血液内科の受診
2013年3月 冬眠から抜ける
 31 治療後の未寛解経過観察
 30 
千載の憂いを放つ
 28 
医療事故に皆無はない
 27 
がん患者の就業問題
 23 
ips細胞を使った血液要素培養
 21 さいた さいた さくらがさいた
 20 彼岸の中日
 19 
治療後10年を過ぎたあなたに
 18 渓流あまご釣りの下調べ
 17 春の花もいろいろ
 16 気がつけば年をとった
 14 
濾胞性リンパ腫の余命
 12 
星一徹のねずみ肩
 11 
受診
 09 
義父母の思い出
 02 日記を休みます
 01 春一番
    11月26日 
血液内科の受診
2013年2月 やるべし
 28 再発時の生検と同種移植
 26 
人生のタイミングと治療法
 24 
リンパ腫説明の動画と鎌田先生
 22 
受診間隔と主治医への電話
 20 
がんの否認から怒り取引抑うつ受容
 17 スターティングノート
 16 
濾胞性リンパ腫のグレード3b
 14 
長期持続型白血球増多剤
 11 
リンクミスを修正
 09 
絵文字パズルは解けません
 08 雪
 07 
経過観察から治療への指標
 04 フェイスブック
 02 
リンパ腫治療の問題点
 01 
告知を受けて17年目に入ります
    11月26日 
血液内科の受診
1年以上古い日記


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                        私の治療暦は、ここをクリックです。
2014年2月 始めてみる
お願いします。
「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。-を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
その掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。
詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。
1月16日現在116人+3人にご案内済みです
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?
2014年2月4日(火) 19:37 フェイスブックの不思議
まだ積もってはいないけど、外で雪が舞っています。
車が白くなりかけています。

 sabcdek-ybb.ne.jp

のメールアドレスだけが今も使えません。
ヤフーは、捨てハンを含めて10本のメルアドを持てるので、私はその中で6つ持っているのですが、sabcdek-ybb.ne.jpだけが今も使えません。
”-”はメールをする場合は”@”に変えるもので、ネットを徘徊するロボットにメールアドレスが拾われるのを防ぐためです。
adobeがサイバー攻撃を受けて、adobeニュースを発行していたメールアドレスが盗まれたんですよね。その中に私の”sabcdek-ybb.ne.jp”も入っていたのです。メールがそれだけ今も使えないのはその関係かもしれません。


それでいろいろやっているうちに、ふとフェースブックの登録にその”sabcdek-ybb.ne.jp”も使っていたんじゃないかと思って、フェイスブックに登録した基本情報を見たら、まともに登録したのは生年月日と、連絡用の”sabcdek-ybb.ne.jp”だけでした。でも、そのメルアドは公開されていないはずです。

 なのに、フェイスブックで友達検索をすると、
 私が知っている実在の人が4人いました。

その内のおひとりは実際に出会っている人で、
他の三人は、メール交換をしたことのある人です。

 まさか、フェイスブックって、メール盗聴してないですよね。

 その中に琵琶湖畔に住んでいる人がいて、
 なんでぇ、なんてアップップのびっくり玉手箱でした。
 オヨヨ

ったって、その人が今もここを読んでいるかどうかわかんないですけど、
お返しに、30年前の私の写真でもフェイスブックにアップしておきますか。
いいや、まずはメール問題が解決してからです。
その人がアップされている写真が三東ルシア似だなんてったって、その人が三東ルシアを知る年代ではないし、お母さんに聞かれれば、お母さんが笑うかもしれません。
まあ、本当の写真をアップされてればの話しですが、
フェイスブックの友達検索で、他の人も含めてなんで私がわかったのか、メールの盗聴だなんて、本気で疑ってしまいます。わけわからん。
sabcdekは、公用にも使っていますからね。
とりあえず、

 umi_aoi_sea-ybb.ne.jp

このメールアドレスは今も生きています。



2014年2月3日(月) 21:53 パソコン不調でメール使えず

 もういやだ

原始データを3時間かけてエクセルに転記して、
ようやく終わったと画面をスクロールしたら、

 プツンと、
 エクセルが消えた。

いいえ、嘘です。
エクセルが飛ぶのにプツンという音はしませんでした。
このホームページを作っているホームページビルダーという簡易ソフトも、それを立ち上げて使っていると、最近ふっと画面から消えることがある。
なんのことやわからへんけど、システムを過去の設定に戻すというのがあって、それをするとしばらくはホームページビルダーが消えなくなるのでそうしてみた。
すると今日は、6つあるメールアドレスがみんな再度パスワードを求めてきて、それを入力してもはじかれるからわけわからへん。今もそのままだしメールは不通です。

 もういやだ。

おまけに、メールアドレス登録のパスワードは、続けて何度かミス入力すると、ATMと同じように途中からは裏で入力を受け付けなくなっていおるという話しだし、
このパソコンが週に一度くらい電源を落とすと真っ青な画面にハードエラーで何とかと文字が出てうんともすんともいわなくなるし、そろそろ私の身代わりかなんていうとパソコンが怒りそう。

 う~~~
   ワン !!

なんだかねえ、
日記をやめて週記に挑戦してるけど、
パソコンがトラブルと、
強制的にパソコン断食世界に隔離されるのか、

 今日はそのとき一瞬、
 パソコンのない世界を想像していた。

 まあ、それもいいか。

2件ほど、アポが無茶苦茶になるけど。
これで私の日記が、ある日突然途切れる可能性が増えた。
そういう可能性もあったのか。。

 実は、
 私25万円欲しいのです。
 13万円のパソコンと12万円のソフトが欲しいのです。
 そのソフトは、このパソコンでは動かないのです。


お金もないし、おいしい外食や、衣服を欲しいとは思いませんが、
今はお金が欲しいと思います。

風呂に入って、上がったら酒でも飲むか。
と、せっかく酒を飲む理由が出来て、ここの酒もあるのに、
飲めば歯茎が膿んで痛くなる。
おいりゃあせん。

なんだかねえ、
明日は北近畿で30cmほど積雪があるというのに。
久しぶりに、むずむず症がぶり返しそうだ。

 
今はまだメールの開封、受け取りが出来ません。



2014年2月2日(日) 21:58 遅すぎた初夢
昨日はぬくぬくの天気で、家の窓を全部開いて空気の入れ替えをしました。
今日も温かい一日でしたが、火曜水曜は雪マークになっています。
今年はまだ我が家前の路地の排雪をしたことがありません。
例年は2度か3度、排雪をしないと車の出入りに困るのですが、今年はどうなるでしょうか。降らなければなんとなく物足りないし、降れば鬱陶しいし、心は自分で簡単にコントロールできません。



【STAP細胞、偶然発見】 小保方さん、異分野の目
幹細胞は体の細胞より一回り小さい。そこで小保方さんは指導教官のチャールズ・バカンティ教授と相談し、ガラスの細い管に細胞を通せば、大きな細胞は壊れ、幹細胞だけを取り出せるのではないかと考えた。
 実際に管に細胞を通してみると、幹細胞が現れた。だが不思議なことに、通す前の細胞には幹細胞がまったく見当たらない。それどころか、管を通せば通すほど幹細胞が増えていった。
 神経や、皮膚、軟骨、骨髄…。どんな組織の細胞を使っても幹細胞が取れてくる。この幹細胞がSTAP細胞だった。
 ▽細胞の心読む
 ガラス管に通すことは細胞にとってストレスになる。小保方さんは「細胞に強いストレスがかかると、どうにか生き延びようという仕組みが働くのではないか」と考え、思いつくストレスをどんどん細胞に試した。毒素を使って細胞に穴を開ける、栄養を与えずに培養する、熱を加えるなどだ。その中で最も効率が良かったのが弱い酸性の液に浸すという方法だった。

上記「【STAP細胞、偶然発見】 小保方さん、異分野の目」の記事原本は、ここをクリックです。


トカゲが危険を感じると、自ら尻尾を切り落としてそこを離れます。
そこで切り落とした切断面を再生させるのですが、この幹細胞が関係しているのかもしれません。STAP細胞や幹細胞はいいのですが、細胞の初期化は遺伝子配列のコピーをミスして起きたがん化とどちらが多いのでしょうか、がん化は一日に3000前後の細胞が生じているという話しもあります。もちろん、通常はそうして起きたがん細胞を人の免疫機構で駆除しているのですが、偶然ストレスで起きたSTAP細胞も、そのほとんどが免疫機構尾で自然に排除されているのかもしれません。もしくは、何らかのストレスなどの偶然で発生したSTAP細胞には、アトポーシスが組み込まれているのかもしれません。要するに、STAP細胞と、がん化細胞は、どちらも日常的に生じているのかもしれません。ただし、人の細胞に一定のストレスを人為的に与ることでSTAP細胞を作ることはまだ誰も成功していないようです。

濾胞性リンパ腫は、治療を受けることで寛解にまで進むことが出来ても再発が多いと言われます。寝た子、ようわからんけど通常細胞を装ったスリープセル(濾胞性リンパ腫幹細胞)がいて、ある日それが目覚めることで再発するのでしょう。これは同時多発的に数千個の濾胞性リンパ腫幹細胞が目覚めると考えにくいので、ある瞬間に目覚める細胞はひとつなのでしょう。

 人の免疫は、
 例え再発といえどたった一つの細胞から始まるがん組織を、
 防げないのでしょうか。

 固形がんではがんが確定して手術を受けたときに、
 すでに転移して数十万の細胞に成長しているのが再発ですし、
 白血病では、
 寛解といっても残存している腫瘍細胞は万単位というのが一般的です。
 リンパ腫で寛解で来た場合は、残存病片がほとんどない可能性があります。

だったら治せる方法があるのだけど、
その方法が見つかっていないだけだと。
それも、残存濾胞性幹細胞を単に一定濃度の酸に漬けるだけだったりして、
なんて、初夢を見るには遅すぎたか。



2014年2月1日(土) 19:41 告知から17年目に入ります
2月に入りました。
1月は「行く」で長く、2月は「逃げる」で過ぎ去るのが早いですから気をつけないと。



 
私は濾胞性リンパ腫の告知を受けてから、
 17年目に入ります。


私が「濾胞性リンパ腫」の告知を受けたのは1997年の2月1日でした。
でも、相当重い病気だと知ったのは1月31日なのです。
地方の小さな総合病院で、首のしこりの摘出手術を受けて、その結果を聞く日が2月1日だったのですが、私は何を思ったのか、主治医がいないことがわかっている前日に病院に行ったのです。
私はそこで別の医師の診察を受けました。
その医師は私を診るのが初めてで、診察室の椅子に座った私を前にしてカルテに目を通し始めました。私はその医師を見つめます。あるページで医師の手が止まりました。医師は顔をカルテに向けたまま、「明日診察の予約がありますね、明日主治医の先生から話しを聞いてください。」と、私の顔を見ることなくうつむいたままでそういいました。
私は、あのときの下を向いたままの医師の顔を今も覚えています。
医師も、「がんの告知」をするのは辛いのですね。
しんどい思いをさせて済みませんでした。
告知を受ける3年か4年前には首に出来たしこりに気付いていましたから、発症してからは20年を超えています。




17年目よりも長く濾胞性リンパ腫の患者をされている人で、今も定期的にブログを続けておられる人はいないでしょう。おられたらごめんなさい。
私よりも少し先輩で、今も元気にしておられるであろう人が、以前書かれていたホームページをそのままにしておられるケースがあります。
別の先輩で、その人は今もお元気なのに、10年以上書いてこられたホームページを閉じられた人がおられます。
政治家の与謝野馨氏は濾胞性リンパ腫の発病から35年、無憎悪無再発が20年を超えています。
濾胞性リンパ腫の20年選手は、私と与謝野馨氏を入れて9人知っています。
そんな人達は、案外多いような気がします。
同じ病院の人はいませんし、私はネクサスのボランティアにも参加していませんし、他に血液疾患の患者会に入っていませんから、ネット上で知った人達です。
その中で、私が直接お会いしたことがあるのはおふたりです。


私はここで、長く寛解を維持出来ている人は病気から遠ざかれた方がいいと書いてきました。そのためにはブログを休まれるのもひとつの方法だとも書いてきました。治療を受けられる前後は、ブログを書くことで気持ちが落ちつくことがありますが、寛解が5年も続くとブログが重荷になったり、病気から離れられない要因のひとつになることがあります。ですから、ブログから離れられた方が健康的かもしれません。意を決して、長く続けてこられたブログを、お元気なのにすべて削除された人もおられます。

でも、濾胞性リンパ腫の告知を受けられて、グーグルやヤフーで検索してここに来られて、このページ右上にある患者さんのブログへのリンク集を見つけられて、それを満遍なく読まれたら、説明されることなく途中でブログを停止された人のことを、もうこの世におられないんだと深読みされるかもしれません。確かに残念な結果になられた人もおられますが、お元気なままブログを離れられた人が多いのを勘違いされるかもしれません。告知からまだ日が浅い人は、どうしても悪い方に考えてしまいますから無理もないでしょう。
突然ブログを放置されたままにしている人達の中にも、今なお元気な人はたくさんおられます。


先週末に、ある人の車に乗せてもらっていたのですが、その人がふと「私、運がいいんですわ」といわれました。その人は40代で脳血管に出来たこぶが破れて出血したものの、緊急手術が間に合って、ほぼ後遺症がない状態に回復されて、それ以前から勤めておられた仕事を定年まで続けられました。
7月には、大腸内視鏡でポリーブが見つかって、ポリーブというよりも大腸壁が少し硬く分厚くなっているもので、明らかに厳しい大腸がんと思われるものでした。病院を変わられて、大腸内視鏡で手術を始められたものの、手術の最中で医師が使いたいと思った手術道具がないなどで延び延びになって、ナイフややすりで削り取る手術が行われたのは12月、その人が病理検査の結果を聞かれたのは今年になってからで、なんと慣れた医師がびっくりするほどの大逆転の「良性」だったそうです。
その人が「運が良かった」といわれるのは他にもたくさんあってお聞きしたのですが、果たしてそれで運が良かったかどうかは人によって様々でしょう。大腸にしても、何もしこりがないのが一番運がいいと思うのですが、「しこりが出来ていたのに悪性ではなかった」というのはどうでしょう。


 実は、私だって、
 それ以上に「運が良かった」のです。

2004年に胸に出来たしこりで呼吸するのも苦しくなってきました。R-COPの治療で、しんどかった呼吸が楽になるのですが、2週間後にはしこりが元の大きさに戻って呼吸が苦しくなるという繰り返しでした。その時に受けたR-COPの治療を、3週間周期から2週間周期に間隔を縮めても同じでした。
しこりがあるのは胸だけだったので、主治医は放射線科の医師と相談して、放射線治療を受けることになり、私も一度放射線科を受診しました。しかしすでにその時は12月に入っていて、放射線科は年末年始を含む治療をしなかったのです。それで主治医は年明けから放射線治療を始めることにして、その間をラステット(=エトポシド、ペプシド)の内服で時間稼ぎをしようといいました。ラステットを5日間連続経口内服し、3週間休薬したことで、胸に出来たしこりで呼吸が苦しいほどだったのに、みごとに効いたのです。主治医もびっくりしたほど劇的な効果が得られたのです。それでとりあえず放射線治療の話しは中止になり、ラステットの内服を続けることにしたのです。
ラステット内服での奏効率は60%弱ですから、濾胞性リンパ腫の患者100人が内服しても40人の患者さんにはほぼ効果がありません。それが私の場合どの薬よりも高い効果が得られたのです。ですが残念ながら皆様にはお勧めできません。ラステットの内服は、通常の化学療法に比べて3倍前後という高率で二次発がんの危険があるからです。
1997年に私が受けた初回治療では、自家移植を含む大量化学療法まで受けたのに、その5ヵ月後には我が家の風呂で再発のしこりを見つけたのでした。初回治療を終えた後の不安なんて、皆さんとは違って考える余裕も時間もなかったんです。それからは毎年再発と治療を繰り返してきました。
なのに、偶然から生じたラステットの内服で、その内服を終えた後も無憎悪無再発期間が6年を超えているのです。


 「私は運が良かったのです」

初回治療で受けた大量化学療法はラステットです。しかしそれは効かなかった。骨髄を破壊するほど大量投与のラステットが効かなくて、同じラステットのだらだら内服治療で劇的な効果が得られたのです。
同じ薬でも、内服と静脈注射では違うかもしれません。濾胞性リンパ腫に内服薬と静脈注射薬の両方が認可されているフルダラビンでもそういう違いや、逆の違いがあるかもしれません。普通の薬が、あなたにだけ劇的に効く特別な薬になるかもしれません。だから、いつかあなたが難しい状態になられたら、他の薬も試して欲しいのです。
でも、大学病院や有名病院では、「当院で濾胞性リンパ腫に使える薬」というように、使える薬が限定されている場合があります。その病院で決められラ薬以外は、保険で承認されている薬でも使えない場合が多いのです。「使えるのに使えない」、「使えるのに使わない」というべきかもしれませんが、そういう事態になる前に、そのことを医師に確認しておかれた方がいいかもしれません。


固形がんも含めて、「がん」は、固形がんなら外科手術、血液疾患なら化学療法ですが、その初回治療を終えて5年で再発したら、また「外科的手術や化学療法を受けても、おそらくは最初の無憎悪無再発期間であった5年よりも短い間隔で再発する。」と思うのが一般的だと思います。
しかし、私の場合は逆だったのです。
無憎悪無再発の期間が、再発で治療を受けるたびに長くなったのです。
それは、その時に受けた治療に使われた薬の種類によって起きた偶然でしょう。

 次に受けられるあなたの治療が、
 最もあなたに合う薬でありますように。



1月30日に血圧を診てもらっているクリニックにいって、
3月には血液検査をしようといわれたけど、何もいえませんでした。
2月末にリンパ腫の病院に行くのにです。
同じく、一度内視鏡で胃の検査をしようといわれたのですが断りました。



今日は、京都府主催の
「がんに関わるお金で困ったら
 ~医療費・仕事・年金について~」講演会

でしたが、高額療養費還付の問題と失業手当、生涯年金の話しで、それ以上の話しはありませんでした。
国でもがん患者の経済的な問題について議論されていますが、目新しいものは見当たりません。それよりも、唯一役に立ちそうなことといえば「有給休暇の完全消化」でしょう。
日本国憲法には「第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」というように勤労の義務が謳われています。西洋のようなバケーション休暇は認められておらず働き蜂が最良とされています。これでは経過観察の血液検査さえ生きにくいのです。有給休暇の完全取得が義務化されれば、治療や受診にそれを使えます。
それは罰則を設けた法制化がされないかぎり難しいでしょうね。



以下は、一言医療ニュースです。
成人のDLBCLでもBCL-2発現陰性、BCL-6発現陽性のGCBタイプのものではリツキサンの効果が得られないものが多い。DLBCLは、またリンパ節に限局したリンパ節型とリンパ節以外の臓器に出る節外型に分けられる。成人のDLBCLでリツキサンの効果が見られ易いのはリンパ節型であり、節外型での効果は低いとされている。

CLLの治療として新鮮凍結血漿(FFP)2単位を投与した後にリツキサンを投与する治療を1から2週毎に繰り返すとリツキサンの有効性が増すという報告も散見される。これはCLLでは補体欠損になりやすいので、FFPにより補体を補うことでリツキサンによる補体を介する細胞傷害性が増すことによるという。同様にフルダラビンに抵抗性となったCLLの治療としてメチルプレドニゾロンのパルス療法を3日間施行後にリツキサンを投与する手段の有効性も報告されている。
CLL以外にも治療抵抗性となったB細胞性リンパ腫の治療においても補体活性の低下が証明されればFFP併用下にリツキサンを投与することで、再度効果発現が見られる可能性がある。



2013年9月2日(月) 24:24 血液内科の受診2

今日、血液内科の受診をしてきました。
2012年 2013年
          2月10日 5月14日 8月20日 11月26日 3月11日 8月26日
最高血圧 116 144 123 166 137 160
最低血圧 66 78 78 83 88
脈拍 -- -- --
01抹消血液一般検査
02白血球数    5970 7360 9230H 8400 7550 7330
 リンパ球数    1409 1303 1449 1537 1359 1701
 好中球数 3863 5248 6415 5905 5308 4471
03赤血球数    419 437 446 471 458 446
04血色素量(Hb) 13.95 14.1 14.6 15.3 14.7 14.3
05ヘマトクリット 41.2 42.2 43.4 47.2 45.1 42.4
06MCV     98.3 96.6 97.3 100.2 98.5 95.1
07MCH     33.2 32.3 32.7 32.5 32.1 32.1
08MCHC    33.7 33.4 33.6 32.4 32.6 33.7
09RDW-CV     13.6 14.1H 14.4H 13.7 14.1H 14.2H
10血小板数 17.1 14.0L 14.6L 14.3L 14.6L 12.6L
11網状赤血球数
12抹消血液像
13骨髄芽球
14前骨髄球
15骨髄球
16後骨髄球
17好中球    64.7 71.3 69.5 70.3 70.3 61.0
18桿状核球  
19分葉核球   
20好酸球     4.7 3.9 8.0H 4.3 4.6 8.3H
21好塩基球    0.3 0.4 0.5 0.4 0.3 0.3
22単球      6.7 6.7 6.3 6.7 6.8 7.2
23リンパ球    23.6 17.7L 15.7L 18.3L 18.0L 23.2
24異型リンパ球
カウント
25未熟リンパ球
26未熟単球
27その外の細胞
28赤芽球  
29総蛋白    
30アルブミン 4.1 4.4 4.4
31A/G比
32総ビリルビン 0.4 0.5 0.2
33直接ビリルビン
34間接ビリルビン
35ALP     207 203 196 195 204 192
ALT     22 20 22 36 23
36GOT
37GPT
38LDH 158 184 171 189 183 214
39コリンエステラーゼ
40LAP   
40LAT   
41γ-GTP
42血清アミラーゼ 53 47 45
52
48
43尿素窒素
44クレアチニン 0.7 0.7 0.8 0.8 0.8 0.8
45尿酸 6.2 5.9
46ナトリウム 147 144
47カリウム 4.2 3.8 4.1 4.9H 4.2
4.2
48クロール 106 106
カルシウム 9.4 9.5 9.2
eGFR >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0 >60.0
CK 43L 55L 52L 47L 55L 70
血糖(血清) 111 111 137H 88 90 89
49総コレステロール 190 202
50中性脂肪
 HDLコレストロール
 LDLコレステロール
 LDL/HDL比
51CRP 0.1 0.2 0.1 0.1 0.1 0.1
52乳び
53溶血
54黄疸
 CEA
55可溶性IL2レセプター 262 216 269 235 163 342
56網状赤血球色素等量
57幼弱血小板比率
私の血液内科受診では、初めて経験する6ヶ月間隔でした。
昔、2ヶ月に一度の受診を、3ヶ月間隔に広げたとたんに再発したということが3回続きました。ですから、私の受診で一番多かった受診間隔は2ヶ月です。
今回は、無謀にもそれを半年まで広げました。
病気に関しては、普通に繰り返してきたパターンを、大きく変えると再発してきたのです。ですから私の人生でも、「これ以上大きな変化を求めるな」とか、「新しいことを始めるな」といわれているんじゃないかと真剣に考えたことがあります。ですから、今回の受診6ヶ月間隔は、それなりに恐かったのです。何事もなかったので、受診時に心の中で(バンザイ)をしていました。

血圧が上がっていますが、薬の内服ミスかもしれません。
久しぶりに朝昼夜なんて、風邪(気管支炎)でこの4日間薬を飲んだので、朝や夜に飲む血圧の薬を忘れていたかもしれないのです。

3月のsIL-2Rが過去の最低値になっていますが、私はその測定値をそれほど信頼していません。検査時に生じる誤差の範囲内かもしれないのです。

それにくらべて、血小板値の低下は気になります。
リンパ腫が活動的になると、血小板が下がってくるというケースがあるからです。20万あればいいのですが、それはないものねだりでしょう、せめて15万は欲しい。

1万を超えるかと思うほど上がって恐かった白血球も7000越えで落ちついています。これは6500から7500ほどあるのが一番嬉しい。

過去の血液検査データは、ここをクリックです。
そのページは2段の構成になっていて、始めに私が受けた主要な治療について書いており、その下に血液検査の時系列的な値や症状なども書いています。


ありがとうございます。
今回も執行猶予をいただいてセーフです。
執行猶予の満期がいつまでなのか知りません。
データが公表されていないからわからないのですが、データ自体がないのかもしれません。再発必至といわれる濾胞性リンパ腫でも、私は少数ながら途中で「治癒」する人がおられると思うのです。5年無憎悪無再発の人が再発する可能性は**%、10年無憎悪無再発の人が再発する可能性は**%などのデータがあって当然だと思うのですが、実際はそのようなデータはないのかもしれません。



そして、事件、大事件です。
「一度CTを撮りましょうか」
と主治医がいわれたのです。
私が最後にCTを撮ったのは、2006年の3月でした。
私は、
「濾胞性リンパ腫で7年半PETやCTを撮らなかったのです。」
私は、
「CTなんて意味ないじゃん」と思いました。(←心の中だけです)
でも、
今の主治医になったのは、2011年の3月でした。
もう、主治医が変わってから2年半になるんですね。
何かあったとき(再発)に、今の病院に私の検査画像が1枚もないというのは問題かもしれません。そう考えると、「CTをとる意味はないかもしれないが撮っておきたい」という気持ちもわかります。(←主治医には話していません)
だからOKしました。

左顔面の痙攣は一度ひどくなりましたが、また低位安定です。
初回治療の途中から出た症状ですが、今も正座をするとすぐに足先が吊ります。畳の上で横になってテレビを見ていたら、30分ほどで間違いなく足先が吊ります。
順次抜歯して、今は上下入れ歯ですが、重要な最後に残っている左前上の歯が抜けました。自然脱落です。左上に入れ歯を支える歯はありませんが、それでも入れ歯は安定しています。
足裏の魚の目と水虫、背中と***のふん瘤が続いています。
3年ほど前だったでしょうか、
右下腹部と、その上、左足付け根の裏側の3ヶ所に大きなイボ(皮膚科医確認済)が一度にできたのですが、その後は落ちついています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は今も良好です。

今年の梅雨前から、便秘と下痢が交代で続いています。
今、パジャマを着た状態で57.5kg、ベスト体重です。
先日のクリニック受診で身長を測ったら166.5cmでした。
前回のリンパ腫入院時は167.5cmだったと思いますから、老化で縮み始めたのかもしれません。
頭上の脱毛だけは順調に進んでいます。
右側頭部に、500円玉状の白髪密集部が出来ています。
白髪は、局部はもちろん髭や手の産毛、眉毛、顎鬚にも進んでいます。

血圧が高くなってきたので、近くのクリニックで受診して、降圧剤をもらって飲んでします。

検査結果のすべてを転記していますが、私は個々の意味する内容を知りません。
でも、ここに来ていただいた検査結果に詳しい患者さんや医師なら、その人達のお役に立てるのではないかと思ったり、濾胞性の患者さんなら、いくら個人差があるといっても比較の対象データが欲しいでしょうから、そう思ってお見せしています。
検査数値は、基本的にはその流れを見るものだと思います。
sIL-2Rは、リンパ腫患者によって高値安定とか、リンパ腫の病気が進んでも変化しない人とかおられますが、私の場合はしこりの増大よりも早くsIL-2r数値の上昇が見られます。でも、上がったり下がったりしながら上がっていくというものです。

リンパ腫の告知を受けたのが1997年の2月でしたから、それからは16年と7ヶ月になります。その5年ほど前に首のしこりに気がついていましたから、発病からはもう20年を超えているはずです。



上記検査結果と、以下の記述は、あくまでもS.K個人の場合です。
血液検査結果から病気を読み取る考え方にも患者による個人差があります。検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違いますし、リンパ腫の進行とLDHやsIL-2Rの変化、比例性は人様々です。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。健康に問題がなかっても、個人差の範囲内で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょう。病気になってからでも検査数値の変化には個人差があります。

同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも良好な効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるから難しいのです。それぞれの治療には二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、致命的な副作用の恐さがありますので、主治医とよく吟味される必要があります。


sIL-2Rひとつとっても、濾胞性のリンパ腫が相当進行しているときでさえ200前後でそれほど大きく動かない人がおられますし、長く寛解にあるときでも500を下がらない人もおられます。私の場合ですが、一定期間寛解が続いたあとで再発方向にあるときはsIL-2Rがほぼ上昇してきます。しかし、治療を始めた後のsIL-2Rの値は、病状の変化を反映したものとはいえない変化をすることがありました。
どうかあなたも、あなたの検査数値変化の方向性を知られますように。

この記述を見られて、『検査結果はなるようにしかならないんだし、もう少し前向きになればいいのに』と思われる人もおられるでしょう。
同じリンパ腫でも、濾胞性リンパ腫の場合は、たぶんその質が違うのです。
濾胞性リンパ腫の人で、そう思われるなら、あなたは強い人でしょう。
ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒が目的ですから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは違うのです。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫性には基本的に「経過観察」という治療法はありません。同じリンパ腫でも違うのです。
そんな私の気持ちは、同じ濾胞性の患者さんならおわかりいただけるでしょう。

 毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が続いたら、
 主治医は、まずは5年だといいました。
 治癒の可能性についてです。

 
ここでそれ以上書くと裏切られそうに思うので、それは書きません。

 
5年経てば、もう少し書けることもあります。
 と書いてきましたが、5年経ったのにまだ書けません。



1988年~1992年 そのころ、首にしこりが出来ているのに気付きました。
1992年~1994年 会社の健康診断で医師に、首に出来ているしこりのことを話しました。
1997年02月01日 首の左側にあるしこりを摘出手術し、濾胞性リンパ腫と告知を受けました
1997年04月22日 濾胞性リンパ腫で入院して、初めての治療を受けました。
2002年05月22日 このホームページをスタートしました。
        以後、1997年1月からの日記をここに転記しました。
2007年12月14日 ラステットの内服治療を終えました。(最後の治療)
2010年07月26日 皮膚の前駆がんであるボーエン病の手術を受けました。
初回治療以後、再発と治療を繰り返してきましたが、以後は2013年5月14日現在治療を受けていません。

2013年9月2日現在で私は、
首に出来たしこりに気付いてから21年、
告知を受けてから16年7ヶ月、
最後に受けた治療から5年9ヶ月になります。



次回の受診予定は、
次回の受診は2014年の3月3日14時、採血とCTは2月24日の13時50分に血液内科着の予約です。
2014年12月4日にボーエン病の術後観察のために皮膚科を受診する予定です。
2011年の9月から、随時クリニックで血圧管理を受けています。




濾胞性リンパ腫に使える新薬の承認

ジェムザール注射用200mg/ジェムザール注射用1g
代謝拮抗性抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の悪性リンパ腫
2013年2月

トレアキシン
ベンダムスチン塩酸塩
再発又は難治性の下記疾患
低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2010年12月

ゼヴァリン イットリウム
CD20陽性の再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2008年6月

フルダラ静注用50mg
抗悪性腫瘍剤
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月+α(錠剤に遅れて追加承認)

フルダラ錠
再発又は難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫
2007年6月

ロイスタチン注8mg
クラドリビン注射液
再発・再燃又は治療抵抗性の低悪性度又はろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫
2002年12月

リツキサン
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
2001年9月




                              
        
 パァ ワァ            
                          
                                         



2014年2月日記に使ったリンク集
01日



Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)
この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)

持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くと
きはこの色です。

※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。

sabcdek-ybb.ne.jp
上の-(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています

このホームページの正規のアドレスは以下です。
http://www.geocities.jp/nagalelumamani/
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします。


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コメントありがとうございます。

「S.Kのゲストブック」
開設しました。

「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」
2014/1/16現在 116+3名
パスワードはメイルを下さい。
「濾胞性リンパ腫の治療履歴集」
2014/1/16現在 116+3名
パスワードはメイルを下さい。

プレゼント
”走り出したらゴールを目指す。”
by runner

ありがとう、いつからかいなくなった看護婦さん。
おかげで何もかも捨てかけたゲロゲロ生活から、もう一度の思いが生まれました。
私の苦手な看護婦さんでした。

1997年9月20日リンパ腫を治療する自家末梢血幹細胞移植、大量抗癌剤療法の薬がひどかった。
私、どこに行くんだろう。と、最悪のゲロゲロ生活、その夜生理食塩水のハルトマンが何か汚れている。
恐くなってそっとみてみると、
”走り出したらゴールを目指す。”
とマジックで書いてあった。
涙が止まらなかった。

日々の記憶メモ
2006年の紅葉は11/20-11/25
(ただしこの地方) 
2012/04/08桜が咲いた
2013/03/21桜が咲いた
2008/11/20起きると雪化粧
2012/04/28 30度
2010/09/05 38.3度
2010/06/11 31度
2013/06/13 33度
2011/06/27 35度


CHOPは多剤併用療法ですから、その内訳は、
Cyclophosphamide - シクロフォスファミド。商品名:エンドキサン®
750 mg/m2, day 1
Hydroxydaunorubicin - ドキソルビシン、アドリアマイシンの別名。商品名:アドリアシン®
50 mg/m2, day 1
Oncovin®(商品名:オンコビン) - vincristine、ビンクリスチン
1.4 mg/m2, day 1
Prednisone または Prednisolone. - ステロイド(プレドニゾロンなど)
100 mg/body, day 1-5(プレドニゾン、プレドニゾロンの場合の用量)
原則的には21日で1サイクルである。

CHOP療法の実際[編集]CYはシクロホスファミド(エンドキサン®)、DXRはドキソルビシン(アドリアシン®)、VCRはビンクリスチン(オンコビン®)、PSLはプレドニゾロンである。化学療法では骨髄抑制、嘔気、脱毛は必発なのだが、特にCHOPで重要な副作用としてはCY(エンドキサン)の出血性膀胱炎やSIADH、VCR(オンコビン)の便秘、腸閉塞、末梢神経障害、DXR(アドリアシン®)の心筋障害である。DXR投与中は100mg/m2ごとに心電図、200mg/m2ごとに心エコーを実施し心毒性をチェックする。投与方法としては、CY(エンドキサン®)は生理食塩水500mlに溶解し2~3時間かけて点滴静注する。DXR(アドリアシン®)は生理食塩水100mlに溶解し約30分で点滴静注する。VCRは生理食塩水20mlに溶解し、側管からゆっくりと静注する。 点滴とプランとしては以下に一例を示す。

1.カイトリルバック 100ml 30min
2.オンコビンXmg 生理食塩水20ml iv
3.アドリアシン Xmg 生理食塩水100ml 30min
4.エンドキサン Xmg 生理食塩水 500ml 2hour
5.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
6.ソルデム3A 500ml メイロン 20ml プリンペラン 1A 2.5hour
7.体重増加でラシックス10mg 生理食塩水50ml 15min
腫瘍融解症候群予防で食事可能でも5,6,7は翌日、翌々日も輸液、利尿を継続することもある。ただし、CHOP療法も、後述するR-CHOP療法も外来での治療が可能な化学療法である。翌日の輸液はなどは外来治療では行うことはできない。必要性がある場合は入院にて治療ということになる。