日記文学研究会の歩み

前史   1970年代前半に始まった、石埜敬子氏、石原昭平氏、森田兼吉氏、守屋

      省吾氏による『讃岐典侍日記』の輪読会が母体となる。

             「輪読会をもつことができなくなった。その心の空隙を埋めようとの気持ちで

      あったからであろうか。だれ言うともなく、毎月といわないまでも、せめて年に

      数回でもいいから、日記文学に興味を持っている者たちが集まって、問題の

      提起、意見の交換、情報の提供などをする会を持ちたい、ということになった。

      この思いを他にもひろげて、曲がりなりにも集まりをもちえたのは、それほど

      時間はかからなかったと記憶する。これが「日記文学懇話会」と銘打っての

      集まりの初発である」(守屋省吾氏「あとがき」『日記文学研究第一集』)

1984年  日記文学懇話会設立。以後、事務局は帝京大学(石原昭平氏)→立教大学

      (守屋省吾氏)→早稲田大学(津本信博氏)→國學院大學(宮崎荘平氏)→

      大東文化大学(小谷野純一氏)と変遷し、現在に至る。設立当初は神楽坂の

      東京都教育会館が会場となることが多く、母体となった輪読会の4氏に加え

      大倉比呂志氏の尽力も特記される。その後、長く立教大学(代表委員守屋

      省吾氏)が事務局を担当し、現在の会の礎を築く、多大な足跡を残された。

1993年  『日記文学研究第一集』(5月・新典社)を刊行。

1995年  日記文学研究会に名称変更。

1996年  早稲田大学事務局、代表委員津本信博氏(4月)

1997年  『日記文学研究第二集』(12月・新典社)を刊行。

1999年  「日記文学研究誌」創刊号を刊行。

2000年  國學院大學事務局、代表委員宮崎荘平氏(4月)

2001年  初のシンポジウムを開催(8月、國學院大學)。宮崎荘平氏の基調講演「日記

      文学研究の動向」とシンポジウムは「日記文学研究の現在」というテーマで、

      司会は小谷野純一氏、パネリストは三角洋一氏、川村裕子氏、福家俊幸氏。 

2002年  大東文化大学事務局、代表委員小谷野純一氏(4月)  会の組織、規約が

      整備され、学会に準ずる制度が確立した。

2004年  森田兼吉氏逝去

2006年  早稲田大学事務局、代表委員津本信博氏(4月)

       第50回大会開催(7月)。第51回大会(12月)で2度目のシンポジウム開催。

       岩佐美代子氏の講演「日記文学研究と私」。シンポジウムは「蜻蛉日記下巻を

       読み直すーその達成と方法」というテーマで、司会は久保朝孝氏、パネリストは

       石坂妙子氏、倉田実氏、高野晴代氏。

2007年  津本信博氏逝去

2008年  國學院大學事務局、代表委員針本正行氏(4月)

      石原昭平氏逝去

      第55回大会(12月)で三度目のシンポジウム開催。テーマは「もう一つの千年紀

      ―『更級日記』と孝標女をめぐって―」。基調講演は三角洋一氏、パネリストは

      久下裕利氏、原岡文子氏、和田律子氏。

2009年  『日記文学研究第三集』刊行(10月・新典社)

2010年  第59回大会(12月)で四度目のシンポジウム開催。テーマは「『和泉式部日記』

      〈読み〉の最先端」。基調講演は宮崎荘平氏、司会は秋澤亙氏、パネリストは

      金井利浩氏、近藤みゆき氏、武田早苗氏。

2014年 早稲田大学事務局、代表委員大倉比呂志氏

 

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