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       越後の昔話・伝説・雪国の昔話

越後の昔話
  たぬきの恩返し
  
馬の卵
  
子守どろぼう
  
餅のまと
  
ばばかわ
  
お皿三枚 針一本
  
六地蔵と燃える風

  
黒鳥兵衛ものがたり  

越後の伝説
  鮭の大助小助
  
青山の五平狐
  
酒呑童子
  
コトの神様と正月の神様
  
牛女


雪国の民話
  雪女の涙
  
かねこおり女房
  
オダイシさまの夜
 

     
       越後の昔話
     
 

 

たぬきの恩返し

 



むかし むかし
心のやさしい長者さまがおりました
ある日、長者さまの家に初孫が生まれ
赤飯をたいてお祝いをしました
近所の人もお祝いにやってきました
すると台所にたぬきが入ってきました
お手伝いの人がおどろいて追い出そうとすると、
長者さまはにこにこして
「おめでたいごちそうだから、残さずたべなさいよ」と、
ぜんぶたぬきに食べさせてあげました
その夜おそく、長者さまの家にどろぼうが入りました
どろぼうは、包丁をピカピカさせて、
「蔵の鍵を開けないと 殺すぞ」
と言いました
長者さまが(おっかない おっかない)と思いながら蔵をあけると、
蔵のなかから大きなおすもうさんが出てきました
そして、
「長者さんに悪いことをする人は、お命もらいます」
といって大きな手でどろぼうをつきとばしました
どろぼうが逃げたあと、長者さまはおすもうさんにお礼をいいました
すると、おすもうさんはたぬきになって
長者さまに頭をさげながら山に帰っていったんだって
いちごがポーンとさけた         (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

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馬の卵
 

 

 


むかし むかし
心のやさしいおじいさんとおばあさんがおりました
ある日おじいさんがまちへおばあさんの織った反物を売りに行きました
おばあさんがひとりで機を織っていると物売りがやってきました
「ばあちゃん これ買ってくんないかい」
「お金ないから 何も買えないよ」
「でも、めずらしい馬の卵だよ」
馬の卵といわれて、おばあさんは思いました
(馬がいれば おじいさんの仕事がどんなに楽になることか…)
お金がなくても 反物と馬の卵を交換してもらえると聞いて
とうとう大事な反物をわたしてしまいました
おじいさんが町から帰ってくるとおばあさんがでっかいスイカを抱いています
「おばあさん なにをしているんだい」
「馬の卵を買ったんで あっためてる」
「そーんなバカなことがあるか これはスイカだ」
おじいさんがスイカを投げるとスイカはパクッと割れて
中から子馬が一匹飛び出しました             
びっくりした二人が
「待てー」
と馬の後を追っかけると
さっきの物売りがその声を聞いて
おばあさんにスイカを売ったのがばれたと思い
「この布、かえすからかんべんしてくれ」
と逃げてしまいました
おじいさんとおばあさんは馬を大切に育てて
二人の生活は ずっと楽になったんだって
いちごの花 ポーンとさけた  (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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子守りどろぼう

 



むかし むかし
とても貧乏な家かありました
ある日のこと 
家にはとうとう食べるものがなくなってしまいました
貧乏な家の男は 子どもや妻のための食べものがほしくて 
ある家にどろぼうにはいってしまいました
ぬきあし さしあし 家の中でたべものをさがしていると
茶の間から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました
男が茶の間をのぞくと
赤ちゃんがちぐらに入れられて泣いています
「おお よしよし お家の人は田んぼ仕事だよ」
男がちぐらをゆすってやると
赤ちゃんはにこにこと笑います
男がちぐらから離れると赤ちゃんは泣き出します
田んぼでは赤ちゃんのおとうさんとおかあさんが
仕事を終え、「赤ちゃんが泣いているだろう」と心配して
すぐに家へ急ぎました
すると赤ちゃんの笑い声が聞こえてきます  
こっそり茶の間をのぞくと
なんと知らない男の人が赤ちゃんをあやしているではありませんか
赤ちゃんの両親が帰ってきたことに気づいた男はびっくりして
涙を流してあやまりました
「食べ物に困って盗みに入ったが
 赤ちゃんがかわいくて ちぐらを ゆすりゆすりしているうちに
 見つかってしまいました かんべんしてください」
 赤ちゃんの両親は情けの深い人で  
「赤ちゃんを子守をしてくれたお礼だ」
と言ってお米をわけてくれました
いちごの花ポーンとさけた   (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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餅のまと
 

 


むかし むかし あったと
田んぼをたくさんつくっている家がありました
そこの家の主人は小さい頃から弓を射るのが大好きで
鳥やうさぎを殺してはおもしろがっていました
ある日、新米の収穫祝いの餅つきをしているとき
大きな鏡餅を見て
「今日はこれをまとにして射てみるぞ」
と言いました
「これは大切なお米でこしらえたものですから
 射てはいけませんよ」
とみんなが止めましたが
主人はかまわずに弓を射ました
「そら あたるぞ」
矢がもちに刺さるというときに
もちはぱっと白い鳥となり、空高く飛んでいってしまいました
それから この家の田には
お米が一粒もできなくなってしまいました
いちごの花ぽんと落ちたと    (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

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ばばかわ
 

 

 


むかし むかし あったと
おとうさんと おかあさんと 娘がありました
娘が18歳になった夏に、両親は京参りにでかけました
両親が山を越えているとき、助けを求める声が聞こえました
行ってみると、おばあさんが腰まで大蛇に呑まれているではありませんか
「どうかおばあさんを助けてあげてください」
と二人が頼むと大蛇はおばあさんを吐き出し
「それではお前たちの娘をかわりに連れて来い」と言って
池の中に入ってしまいました
二人はもう京参りどころではなくなり、あわてて家に帰りました
泣いて悲しむ両親を前に娘は、
「わかったすけ、おっとうおっかあ元気を出してくれ
 そのかわり、持って行くたんすの中へ
じゅずをいっぱい入れてくんねかね」
とじゅずのいっぱい入ったたんすを持って、娘は池へ行きました
「どうか大蛇さま、私をもらってください」
じゅずを一から投げては”なむあみだぶつ”二から投げては”なむあみだぶつ”
と唱えていると、池の水がだんだん減り、中から男が出てきました
「お前のような正直な娘を、おれは食べることができないから、早く帰りなさい」
男はそういうと、やぶの中へはいっていきました
夜になり、娘が小さな家に宿をかりると、
その家のおばあさんは娘が自分の身代わりになってくれた娘だと知ってびっくりしました
次の朝、娘が家を出る時に、おばあさんはばばかわをくれました
ばばかわをかぶると、娘はすっかりおばあさんになりました
娘はおばあさんに言われるまま、村一番のだんな様の家にめしたきばばとして住み込みました
昼は一生懸命に働き、夜はばばかわをぬいで、めしたき小屋で琴をひいていました
琴の音を聞いた若だんなさまは、めしたき小屋をのぞいて、そのまま病気になりました
若だんなさまの病気は医者に見てもらっても治らなかったため、巫女が占いに来ました
「若だんなさまは家にいる奉公人に恋をしている
 家中の娘たちに、一人ずつ若だんなさまへ薬を持って行かせて
若だんなさまが受け取ればすぐなおる」
と巫女がいいました
それで、屋敷中の女中さんが一人ずつ化粧をして薬を持っていきましたが
若だんなさまはうけとりません
巫女が「めしたきばちゃも風呂に入れて薬を持たせない」と言うので
ばちゃを風呂にいれ、化粧をして奥様の若いときの着物を着せたら、
それはそれはみんな、びっくりするほどのきれいな娘になりました
娘が若だんなさまに薬を持っていくと
若だんなさまは薬より先に手を握って
病気もすぐに治ってしまいました
正月になって娘は若だんなさまと家へ里帰りをして、両親を驚かせました
いちごの花ぽんとさけたと   (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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お皿三枚 針一本
 

 


むかし むかし 長者さんの家にかしこい娘がおりました
娘が年頃になると、あちらこちらから
「あそこの兄ちゃどうだ、ここのおっちゃどうだ」
とせめられるようになりました
娘はせつながりましたが、自分で決めたいと思いました
娘は一人で家を出ると、さがしさがし 知らないところへやってきました
ある町の宿屋に泊まったとき、廊下で背の高い立派なお侍さんとすれちがいました
お侍さんが隣の部屋の客と知ると、娘は次の朝、早く起きて宿屋の主人に頼みました
「お皿三枚を貸してください。それに針一本、糸二尺、塩を少し入れてください」
「これ
、どうしるんだね」
「私が出かけた後、私のいた部屋へこれを置いて、
 夕べ泊まりなった お侍さんに見せて、
 私のことを判断してもらいたいのです」
そう言って娘が出て行ってしまったので、宿屋の主人はお侍さんが起きるとすぐに娘のことを聞きました
「きれいな娘だと思ったが、おれは廊下でちょっと見ただけで、
 話もしていない」
「ほしゃ、おまん、あの娘に見初められたんだすけ、
 これを判断しねかなんね」
お侍さんはさんざん考えて、やっとわかりました
「ああ、わかった!
“播磨の国、三皿郡、伊藤仁左衛門、おしお”
あの娘はおしおというんだ。
よし、おれはこれからおしおをたずねていく」
お侍さんは知らない町へ、娘をさがしに訪ねていきました
やっとたずねあて、家の前で呼ぶと娘が出てきて、
「ようこそおいでくださいました。どうぞどうぞ」と喜んで迎えたので
お侍さんもうれしくなって、いろいろと話をして、           一生仲良く暮らしたと
イチゴの花ぽんとさけたと  (採集/郁丸 安塚町)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  六地蔵と燃える風

昔 貧しいけれども人のよい夫婦がおりました
正月が近づいたので旦那さんの作った笠とおかみさんが織った布を
暮れの市で売って、年越しのお餅を買うことにしました
だんなさんは市に行く途中、
雪の中で鼻水をたらしてふるえている六地蔵さんを見つけました
市へ向かいましたが、お地蔵さんたちの寒そうな顔が思い出されて成りません
だんなさんは六地蔵さんのところに戻り、
反物を巻いたり笠をかぶせたりしてあげました
だんなさんは何も持たずに帰りましたが、話を聞いたおかみさんは
「よいことをしましたね」と、たいそう喜んでくれました
年越しの夜になっても、ごちそうも囲炉裏にくべるまきもないので
夫婦は早々に床につきました
すると、どこからともなく足音が聞こえてきて、
六人の大きな人影が家の中に入ってきました
驚いた二人が夜具の中でふるえていると、ドスンドスンと俵を投げる音がします
ふたりが夜具の袖からそっとのぞくと、美しい頭巾をかぶった僧がにっこり微笑んで
「笠と着物のお礼です」
と言って、錫杖で小さくなったいろりの火を突きました
するとそこから勢いよく風が吹き出し、燃え上がったのです
気がつくと六人の僧たちは消えていました
僧たちが置いていった俵の中にはおもちとお正月のごちそうがたくさん入っていました
ふたりの心は燃える風のように暖かくなりました


[解説]お寺へ行かなければお参りすることのできない仏像とは違い、お地蔵様の多くは石仏として道端で私たちを見守っています。お地蔵様は、お釈迦様の入滅後、お釈迦様の後継者である弥勒菩薩が現れるまでの五十六億七千万年の間、人々を守ってくれるといわれています。
地蔵様は、六道(六つの世界。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天)を六人に分身して人々を救ってくれるのです。私たちを見守るために野にいて、雪に埋もれている地蔵様を見た人々は「笠地蔵」という民話を作りました。お地蔵様からの贈り物はお米やお金ですが、新潟県内では天然ガスが噴出する地方で錫杖を持つ延命地蔵(地獄道の地蔵)が燃える風(天然ガス)を贈るという感動的な話が各地で残されています。   (新潟県内各地)

 

 

 

 

 

 

 

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       越後の伝説
       
  鮭の大助小助(新潟市)

昔、越後国の新潟に王瀬長者というたいそうな長者がおりました
近郷では負ける者なしの長者で、出来ないことはなにもないと思われましたが、
たった一つだけ気に入らないことがありました
十二月十五日の夜は、信濃川を「大助小助」という鮭の夫婦が上ってくるといわれ、威徳を恐れる漁師たちが漁を休んでしまうのです
(どうして人間の私が魚などのいいなりになるのだ?)
長者にはそれがどうしても許せません。
「猟師ども!今夜、信濃川で網をうて!よいの!」
猟師たちは王瀬長者の命令に震え上がりましたが、逆らうことは許されず、しぶしぶ網を入れました。
けれども何度網をうっても雑魚一匹かからず、
漁師たちは大助小助の霊験を恐れて逃げ出してしまいました
王瀬長者は屋敷に戻り、腹立ち紛れに一人で酒を飲んでいました
すると、どこからともなく上品な感じの男女が現れ、王瀬長者をまっすぐに見据え、
「今日はごくろうじゃった」と笑って、姿を消しました
すると信濃川が銀色に盛りあがり、いっせいに鮭が遡上を始めました
「大助小助 今のぼる」
闇夜に叫び声が響き、王瀬家の灯は消えていきました
 

(解説)鮭の大助の物語は岩手県、秋田県など各地にあります。東北の伝説は新潟の伝説と違い、大助に命を助けられたので鮭は食べない、村の娘が大助の子を産んだので鮭は食べない、など自分たちと鮭との結びつきをしめすものです。これは、鮭が人々のトーテムであったことをあらわすのではないでしょうか。新潟でも「鮭を食べなければ年が越せない」といわれるほど鮭は神聖視されています。
この伝説に登場する王瀬長者とはなんなのでしょうか。伝説によると王瀬家は景行天皇の王子で渟足の柵を守ったといわれる家系です。その柵の建設は南の民と北の民を結び、幸福を約束するものだったのではないでしょうか。エミシの神を裏切った王瀬長者は地元の人の信頼を得られずに没落したのでは…というのは考え過ぎでしょうか。人間、争いをせずに仲良く暮らすのが一番ですね。やっぱり。

 

 

 

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  青山の五平狐

 ある夏のこと、赤錆村(現西蒲原郡巻町)の庄屋、藤次右ェ門という人が、新潟へ出かけ、帰りに青山の砂山を通りました。
庄屋さんは、少し休んでいこうと木陰へ入り、くさむらでオシッコをしました。すると、そこで寝ていたキツネが驚いて飛び出し、庄屋さんをにらみました。
庄屋さんも(これは有名な青山の五平狐ではないか)と驚き、キツネに向かって必死にあやまりました。すると、キツネは石地蔵を背負って立ち上がり、赤ちゃんをおぶった娘さんに化けました。
庄屋さんが肝をつぶして化かさないでくれ、と頼みますと、娘は「変な人ですね」と笑って、近くの家の中へ入ってしまいました。
庄屋さんもあわてて家の中へ入り、訳を話しますと、家の人は怒って「娘に化けるとはとんでもないキツネだ。尻尾を出せ!」と、娘をしばってお尻を火であぶりました。
ところが娘は苦しみながら死んでしまい、尻尾を出す気配もありません。庄屋さんはののしられ、領主へ訴えられて打ち首になってしまいました。庄屋さんが切られた首をたがいて(抱え)歩いていくと、蓮の花の咲く極楽浄土のようなところに辿りつきました。
ああ、これが極楽、と感涙にむせびながら、さて、どの蓮の葉に乗ろうかと池の中でもがいていると、笑い声が聞こえてきました。
気がつくと、庄屋さんは新潟の寺の池の中で震えていたのでした。
 

[解説]このお話は、橘崑崙が江戸時代に著した「北越奇談」の中の怪談の中に登場した青山狐のお話です。
新潟市内には青山の五平狐のほかに、岡山の長四郎狐、河渡のお三狐など、個性的な狐が住んでおり、人々に暖かく見守られていました。県内の山間地では、夜になると「狐の嫁入り」が見られました。夜道に現れる遠い火の玉は狐の火だといわれましたが、一説には山鳥が羽ばたくときに光るのだともいわれています。
今では狐もすっかりいなくなってしまいました。そのかわりに人間が観光目的で狐の行列や狐の嫁入りを真似ています。それを見て、当のキツネさんたちは喜んでいるのやらあきれているのやら。でも、もしかしたら行列の中に紛れこんでいるキツネさんもいるかもしれませんね。
 

 

 

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酒呑童子(西蒲原郡分水町)

国上山の国上寺に、外道丸という美しい稚児がおりました。国上寺は弥彦神社の別当寺でしたので、外道丸は毎日書簡を持って弥彦神社に通っておりました。
美しい外道丸に恋心を抱いた近所の娘たちは外道丸をまちぶせ、彼の袂に恋文を投げ入れていました。外道丸は真面目で、ゆくゆくは立派な僧侶になりたいという夢がありましたので、毎日多くの娘たちに渡される手紙を残らず住職に渡していました。
まったく振り向いてもくれない外道丸の冷たさに、娘たちは絶望し、とうとう焦がれ死にする者まで出始めました。外道丸はそんなことにも気づかずに勉強に励んでいました。
ある日、外道丸は留守番をいいつかり、天気がよいので虫干しをしようと行李を運びました。すると、一つの行李から、なにやら女のうめくような泣き声のようなものが聞こえてくるではありませんか。さらに、外道丸を呼ぶような声もするので、外道丸は思わずその行李を開けてしまいました。すると行李の中から火炎のような煙が外道丸めがけて噴出し、外道丸は気を失ってしまいました。
しばらくして気がついた外道丸は、自分の体の異変を感じました。おそるおそる井戸をのぞいた外道丸は水鏡に映った姿を見て、わっと泣き崩れました。かつての美しい姿はどこへやら、そこには恐ろしい鬼の姿が映っていたのです。
このありさまを恥じた外道丸は、弥彦山・黒姫山・比叡山などを放浪し、ついには手下をたくさん従えて、大江山の酒呑童子となったのです。


(解説)国上寺といえば、良寛さまの五合庵があることで有名ですが、酒呑童子はその国上寺の稚児だったのだそうです。県内の酒呑童子の伝説は、この分水町のほか、村上市、村松町にも残っています。一の子分と言われる茨城童子も栃尾市出身といわれていますし、酒呑童子がまったく架空の人物とは思えません。
酒呑童子はよく中央政権にはむかった人物だとか、盗賊の頭領だったとか考えられているようですが、舞台が霊場を転々としていることを考えると、どうも宗教関係の人だったとしか思えないのです。
女を遠ざけて鬼にされ、女をはべらせて退治された酒呑童子という人は、本当に要領の悪い越後人そのもの、という感じがしますが、どうもこの「美少年と鬼」というギャップが気になっておりました。
私、新潟に残る伝説と御伽草子の大江山の物語を一つにまとめて「絵草子酒呑童子」(考古堂刊)という本を出版いたしております。ご興味おありのかたは是非ご笑覧ください。


 

 

 

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  コトの神様と正月の神様

昔のこったが 市の沢の方へコトの神様が来て、
新田だの下のほうでコトの神様と正月の神様がいきあったてんが
ほしてコトの神様が正月の神様に
「正月の神様神様 おめどこへ行かっしゃる」って
「おれ これから市の沢のほうに正月しに」
「おめ いっけんこと言ったたて
 市の沢のほうはもうはあ何でもねえ
 おれがツヅウラダンゴまでしてもろうて食ってきて
 行ったたてもう 何でもごっつぉなんかねえすけ戻れ」って
それでも正月の神様が
「おめ すっけんこと言ったっても
 俺が行けば市の沢のほうんしょは
 雪のようなマンマに 紅のようなトトに 油のような酒に
 俺にごっつぉして待ってるあんだすけ
 おら あの市の沢に正月しに行かんかなんね」
って言って正月の神様が来たんだって


[解説]十日町市で私が実際にお聞きした話を、語られたとおりの言葉で再現してみました。コトの神様というのは、二月八日のコト始めといわれる日から、十二月八日のコト納めの日までのいっさいのコト、つまり一年中の行事を取り仕切る神様だそうです。
全国的にコト八日(二月八日、十二月八日)には去来する神様がいるというので、餅をついたりする行事があります。ところが、この神様の正体がはっきりしないため、「妖怪」として捕らえられてしまい、厄除けのために戸口にヒイラギやナンバン、目の多い籠を戸口に立てて侵入を防いだり、屋根にダンゴをさして供え、早々に送り出そうとしたりしている地方もあります。
十日町市のお話では、コト始めの日とコト納めの日に一年十二ヶ月ということで十二個のオダンゴを作っているということですが、この日は田の神様が槌音を聞きながら去来する日であるともいわれています。ツヅウラダンゴというのが、他県で言う「土穂ダンゴ」のことであれば、脱穀の時にこぼれたお米を拾ってついたダンゴということですから、コト八日は「ひとつぶの米粒でも無駄にしないで感謝する」日であるとも考えられるのです。 今年もスノーマンネットの読者の皆様がコトの神様に守られて無事に一年が過ごせますことをお祈り致します。

 

 

 

 

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牛女

昔、体が大きく無口な女がおりました。
その女はよく働き、優しいので「牛女」と呼ばれておりました
彼女は力仕事や手伝いなどをして暮らしていましたが、
まだ小さな息子を残して病死してしまいました
牛女をとむらったあと、村人たちは山の残雪の中に
牛女の姿が浮き出ているのに気づきました
村人たちは幼子を残して死んだ牛女に同情し、心配するなと山に誓いました
牛女の息子は村人に育てられ、よその村に奉公にいくことになりました
息子か村を離れると、春の山に牛女の姿も現れなくなりました
その後、大人になった牛女の息子は、世話になった故郷の人たちに恩返しをしようと村に梨の木をたくさん植えました
ところが、大風が吹いたり、機に虫がついたりして、さっぱり収穫ができません
牛女の息子は途方にくれ、今年はどうなるだろうと空を仰ぎました
そして、幼い日に母の姿が現れた山のことを思い出しました
「あれほど私のことを思ってくれた母だったのに。
母の思いを知らせてくれた山だったのに…」
彼は母を思い、山に感謝して手をあわせました
すると、山の残雪の中に母の姿があらわれたような気がしました
その夏の春、梨の花はみごとに咲き、牛女の息子は世話になった村の人たちにも恩返しをすることができました


(解説)牛女の伝説は、小川未明の童話の原型となったといわれています。この伝説は、妙高村、新井市、湯沢町、六日町などで聞くことができたそうです。六日町の伝説では、牛女の姿が現れるのは牛ケ岳(巻機山の隣)だとしています。残雪の中に現れる模様を雪形といいます。牛女の雪形が現れたのは彼女の思いのためでしょうか。それとも山が彼女を哀れに思ったからでしょうか。江戸時代に書かれた「北越奇談」には、糸魚川の辺に牛形(うしなり)というものが現れると記述されています。大きな石があって、残雪の中に現れるのだろうということですが、山を見ていなければ雪形にさえ、気づくことはありません。雪形に名をつけ、その形で作物の出来不出来を占う昔の人は、なんと優しい心を持っていたのでしょう。その心を忘れずに、自然を守りたいものですね。自然はもっと大きな力で私たちを守っていてくれるのですから。
 

 

 

 

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       雪国の民話
     
雪女の涙
 


昔、心の優しい男がおりました
男は、病気で寝ている母親に力のつくものを食べさせたいと思い,
知り合いの猟師と山へ行きました
ところが、山へ入ったのが山神様が山を見まわる十二月十二日だったので神様が怒ったのでしょうか
獲物は全く見つからず,二人はたどりついた山小屋で暖をとっておりました
夜になって山はさらに荒れ,雪が戸を破って小屋の中に入ってきました
小屋の中に舞い上がった雪は降り固まって白い女の姿となりました
女は猟師の脇にうずくまっていたかと思うと、今度は男の顔をのぞきこみました
そして透き通った声で言いました
「猟師は山の恵みを受ける身でありながら山の掟を破ったので
 山神様の所へお連れしなければ成りません
 けれどもあなたは、お母様のことを思う優しい心に免じて許して あげましょう
 でももし、私のことを誰かに話したら、あなたの命はないと思ってください」
次の朝、男が目覚めると猟師の体は冷たく固まっておりました
 その後、一人で母親の看病をする男を見かねてある人が嫁の世話をしてくれました
嫁は気立てがよく、家の中を明るくしてくれました
子宝にも恵まれ、男の暮らしは貧しくとも幸せな生活となりました
病気の母も小康を得、安らかに天寿を全うしたのでした
 そんなある雪の夜、男は妻の顔があの白い女にそっくりであることに気付きました
驚きを隠せない夫の顔を不思議そうに見つめる妻に,男は白い女の話しをしました
すると妻は真っ青な顔になり、男に襲いかかってきました
そのとき、そばで寝ていた赤ん坊が泣き出すと、白い女はへたへたと座り込み、
涙を流しながら消えてしまいました


(解説)雪女の話も全国的に聞くことのできるお話のようです。もし、男が妻に雪女の話をしなければ、二人は末永く幸せに暮らせたのでしょうか。イザナミの姿を見てしまったイザナギのように、ユウリデケを振り向いて見てしまったオルフェウスのように、雪女の話しをすることで二人は別れのタブーを犯してしまったのです。しかもその別れは、妻に隠しごとのできなかった男の人のよさ、魔性の身でありながら人間を愛してしまった雪女の悲しさからおこってしまったことなのです。私たち、人間界の者にも、無可有の郷の者にも悲しい定めは同じようにやってきます。けれども、この幸せの和を破るのは決まって人間界の者なのです
 

 

 

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かねこおり女房                   

昔、やもめぐらしの男がおりました
雪がたくさん積もった日の朝、家の軒下に大きなかねこおり(つらら)が下がり、
朝日をうけてキラキラ輝いておりました
男は、そのかねこおりをつくづく見て、
「ああ、きれいだな。こんな女がほしいな」と思いました
すると、かねこおりは女の姿になって、男の女房になりました
男は有頂天になってかねこおりの女房と暮らしましたが、
春のおとづれとともにかねこおり女房は消えてしまいました
男はがっかりしましたが、一人暮しの不便さにあきあきし、
さっさと新しい嫁をもらってしまいました
そして、また冬がめぐってくると、軒下に大きなかねこおりが下がりました
男が通るとかねこおりが道をふさぐように邪魔をするので
「なんて邪魔な、嫌なかねこおり」
と言ってコスキでかねこおりを叩き落としました
家の中にいた嫁が、男の叫び声を聞いて驚いて見に行くと
男はかねこおりに首を刺され、絶命しておりました
 

(解説)かねこおりとは越後の方言で「つらら」のことです。「かねこおり娘」という昔話があり、その内容は、寒い雪の日に突然現れた娘を、家の人が気の毒に思って囲炉裏にどんどん火をたいたり、風呂に入れてやったりしたため、消えてしまうというたあいのないものです。この「かねこおり女房」は秋田県の「つらら女房」をアレンジしたものです。以前、十日町の方から「子供の頃、大きいつららを雪の中に立て、『のーのーさま』と言って拝んで遊んだ」という話しを伺ったことがあります。「北越雪譜」でも、子供がそりにつららを乗せて町中を回ったり、浦佐の押し合い祭りのときにつららを背負って祈願する人がいたと記述されています。つららは昔の人にとっては神聖なものだったのかもしれません。
 

 

 

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オダイシさまの夜


昔、一人暮しのおばあさんがおりました
冬になると空には黒い雲がたれこめ、おばあさんの家も雪の中に埋もれていきました
空をおおう雪雲は太陽をどんどん遠ざけ、おばあさんの心も暗くしました
とても早く夜が来た日に、おばあさんの家の戸をたたく者がありました
おばあさんが戸を開けると、とても小柄な人が杖をついて立っていました。
激しい雪に、今にも吹き飛ばされそうに見えたので、おばあさんはすぐに中へ入れました
「こんな荒れた日に、どこへ行ってきなさったの」
おばあさんがたずねると、小柄な人はニッコリと笑って
「お日様を呼びに行って、足もこんなになりました」
と答えました
見ると、彼の足はすりこぎのようでした
不思議な人だと思いましたが、その笑顔が死に別れたおじいさんや、
行方の知れない息子に似ているように思われて、おばあさんの口元もゆるみました
翌朝、彼の人を送ると、おばあさんの胸には春を待つ気持ちがめばえました


(解説)日照時間がもっとも短くなる冬至の頃、オダイシさまという人が訪ねてくるという伝承は、全国的に聞くことができます。オダイシさまは足が不自由であるとか、子沢山で貧乏な神様であるとか、いろいろと謎の多い神様です。ただ、はっきりしているのは冬至の頃にやってくること、冬至の日には「ダイシ講」を行うことです。その日にはオダイシさまのためにアツキガユを供え、太陽の再生を願ってカボチャを食べたりユズ湯に入ったりします。太陽の力が弱くなったまま、冬が続いては大変ですから、西洋でもクリスマスによって太陽の復活を祝います。復活した太陽はカボチャやユズやお米の中に入り、そしてわたしたちの中にもはいってきます。
 

 

 

 

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以上は、1993〜1996まで安塚町発行のsnowman netで連載されたものです。

 

 黒鳥兵衛ものがたり  
      
 

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