歴史年表で見る倭国

 

「倭国」の全貌並びに「神武東征」について時代背景を踏まえて考えるに当たり、弥生時代から古墳時代を中心とする情報を年表にまとめます。

なお、参考として、「日本と中国の歴史年表」を最後に添付します。

 

日本と九州の歴史年表

西暦 (中国)

日本の歴史

九州の歴史

BC300年頃

 

北九州で稲作始まる。鉄器の出現。

BC202 (漢王朝成立)

 

 

BC200年

 

弥生時代前期(北九州に稲作と金属器を伴う文化の成立、弥生式土器の発達)

紀元前後

 

倭国百余国に分かれ、その一部は漢の楽浪郡(現在の平壌付近)と交渉を持つ(漢書地理志)

福岡市吉武高木遺跡で銅鏡1枚が副葬される

25年(後漢王朝成立)

 

 

57年

 

倭奴国王朝貢し光武帝より印綬を授かる(後漢書東夷伝)

100年頃〜

出雲、近畿地方を中心として銅鐸文化が栄える。近畿地方では、副葬品に銅鏡、銅剣は用いられない。

北九州の墳墓に副葬品としての銅鏡や銅剣が頻出される。宮崎では、副葬品に銅鏡、銅剣は用いられない。

107年

 

倭国王師升等生口160人を献じる(後漢書東夷伝)

146〜188年

 

桓霊の間倭国大乱、卑弥呼共立(魏志倭人伝)

220〜280年(三国時代)

 

 

238年

 

卑弥呼使者を魏の都洛陽に送る。卑弥呼魏の明帝から親魏倭王の称号を贈られ、金印紫綬銅鏡百枚などを賜わる(魏志倭人伝)

240〜247年

 

魏及び倭互いに使者を派遣 

247〜248年 

 

卑弥呼狗奴国との交戦を魏に告げ、激励を受ける(魏志倭人伝)

248年〜

 

卑弥呼死す径百余歩の冢を造り奴卑百余人を殉葬、男王を立てるも国中服さず誅殺しあい千余人殺さる、卑弥呼の宗女13歳の壱与を女王とし国中安定する(魏志倭人伝)

266年魏滅ぶ 

 

 

280年(西晋が起こる)

 

 

300年頃〜

近畿圏の銅鐸文化が消滅

 

300年頃〜

前方後円墳の築造が始まる

九州で前方後円墳の築造が始まる

3世紀後半〜5世紀初

この間、中国史書に我が国についての記述は見当たらない。

 

350年頃

国家(大和政権)の成立

 

391年

倭国朝鮮出兵し高句麗と交戦(好太王碑)

 

400年頃〜

 

宮崎に巨大古墳の築造

450年頃〜

 

宮崎から出水市にかけて地下式横穴墓が見られるようになる

甘木市池の上遺跡で最古の馬具が副葬される

527年

 

筑紫君磐井の反乱(新羅の任那への進出)

554年

倭と百済両軍、新羅と戦い百済聖明王戦死

 

562年

任那日本府が新羅に滅ぼされる。

 

600年頃

 

宮崎から出水市にかけて地下式横穴墓が築造されなくなる

663年

白村江の戦い

 

672年

壬申の乱

 

682年

 

隼人が朝来

712年

古事記の完成

 

720年

日本書紀が完成(「日向の襲の高千穂の峯」の記載)

 

720年

 

隼人の抗戦

 

 この年表の情報と「記紀」の内容から、倭国の成立並びに日本の成立を考えてみてください。

  

 参考資料:日本と中国の歴史年表

西暦

日本の歴史

中国の歴史

BC12000年〜BC2300年

縄文文化の拡散。弓矢(石鏃)使用。

 

BC3000年頃

縄文時代中期(土器、打製石器) 

 

BC2300年頃

縄文時代後期(土器の発達、竪穴式住居)

 

BC1000年頃

縄文時代晩期(大型の竪穴式住居)

中国周王朝成立

BC403〜BC221年

 

戦国七雄の抗争

BC300年頃

北九州で稲作始まる。鉄器の出現。

 

BC221

 

秦始皇帝初めて中国を統一

BC219

 

秦始皇帝の命を受けて徐福蓬來国へ出航(史記)

BC202

 

漢王朝成立

BC200年

弥生時代前期(北九州に稲作と金属器を伴う文化の成立、弥生式土器の発達)

 

BC30年頃

弥生時代中期(稲作関東東北へ普及、石器は消滅へ)

 

紀元前後

倭国百余国に分かれ、その一部は漢の楽浪郡(現在の平壌付近)と交渉を持つ(漢書地理志)

 

25年

 

後漢王朝成立

57年

倭奴国王朝貢し光武帝より印綬を授かる(後漢書東夷伝)

 

107年

倭国王師升等生口160人を献じる(後漢書東夷伝)

 

146〜188年

桓霊の間倭国大乱、卑弥呼共立(魏志倭人伝)

 

220〜280年

 

三国時代(魏、蜀、呉)

238年

卑弥呼使者を魏の都洛陽に送る。卑弥呼魏の明帝から親魏倭王の称号を贈られ、金印紫綬銅鏡百枚などを賜わる(魏志倭人伝)

 

240〜247年

魏及び倭互いに使者を派遣 

 

247〜248年 

卑弥呼が狗奴国との交戦を魏に告げ、激励を受ける(魏志倭人伝)

 

248年〜

卑弥呼死す径百余歩の冢を造り奴卑百余人を殉葬、男王を立てるも国中服さず誅殺しあい千余人殺さる、卑弥呼の宗女13歳の壱与を女王とし国中安定する(魏志倭人伝)

 

280年

 

西晋が呉を滅ぼし天下を統一

300年頃

前方後円墳の築造が始まる

 

313年

 

高句麗が帯方郡を滅ぼす

3世紀後半〜5世紀初

この間、中国史書に我が国についての記述は見当たらない。

 

350年頃

国家(大和政権)の成立

 

350年頃

人物埴輪出現

 

391年

倭国朝鮮出兵し高句麗と交戦(好太王碑)

 

400年頃

副葬品に馬具・甲冑・刀など軍事的なものが増える。

 

413年

安帝の時倭王「賛」あり(梁書諸夷伝)

東晋安帝の時倭国方物を献ず(晋書倭条)

420年 

 

中国東晋滅び宋起こる

421年 

宋武帝の時倭王「讃」朝貢し除授を賜う(宋書倭国伝)

 

425年

宋文帝の時倭王「讃」司馬曹達を遣わして貢献す(宋書倭国伝)

 

430年

倭国王宋に使いを遣わして方物を献ず(宋書文帝紀)

 

438年

これより先倭王「讃」死し弟「珍」立ちて遣使貢献す、「珍」を安東将軍倭国王とす(宋書倭国伝)

 

443年

倭国王「済」遣使貢献、「済」を安東将軍とす(宋書倭国伝)

 

451年

倭王「済」に使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東将軍倭国王を賜う(宋書倭国伝)

 

460年

宋孝武帝の時倭国使いを遣わして方物を献ず(宋書孝武帝紀)

 

462年 

これより先倭国王「済」死し世子「興」遣使貢献す、「興」を安東将軍倭国王とす(宋書倭国伝)

 

477年

宋順帝の時倭国遣使方物を献ず(宋書順帝紀)

 

478年 

これより先倭国王「興」死し弟「武」立つ(宋書倭国伝)

 

 

倭国王「武」方物を献じて上表す(同上)「武」を使持節都督倭・新羅・任那・加 羅・秦韓・慕韓六国諸軍事 安東大将軍倭王とす(宋書順帝紀)

 

479年

斉高帝の時倭王「武」を鎮東大将軍とす(南斉書東南夷伝倭国条)

 

502年

梁武帝の時倭王「武」を征東将軍とす(梁書武帝紀)

中国斉滅び梁建国502年

507年

大伴金村、男大迹王を越前より迎え、天皇の位につける(継体天皇)

 

527年

筑紫君磐井の反乱

新羅の任那への進出

534年

 

中国東魏建国534年〜550年

535年

 

年中国西魏建国535〜557年

538年

百済聖明王仏教・経典を伝える

 

554年

倭と百済両軍、新羅と戦い百済聖明王戦死

 

562年

任那日本府が新羅に滅ぼされる。

 

589年

 

隋が中国を統一する

593年

聖徳太子が推古女帝の摂政

 

628年

 

唐、中国を統一する

645年

大化の改新

 

652年

班田収授の法を施行

 

660年

 

百済国が滅亡

663年

白村江の戦い

 

672年

壬申の乱

 

682年

隼人が朝来

 

694年

藤原京遷都

 

698年

 

渤海の建国698年〜926年

701年

大宝律令を制定

 

710年

平城京遷都

 

712年

古事記が完成

 

720年

日本書紀が完成

 

720年

隼人の抗戦

 

723年

三世一身の法施行

 

733年

 

新羅、唐の命により渤海を討つ

744年

難波宮遷都

東突厥滅び、ウイグル支配

745年

平城京遷都

 

784年

長岡京遷都

 

794年

平安京遷都

 

838年

太宰府より遣唐使出発

 

907年〜960年

 

唐滅亡、中国の分裂時代

918年

 

高麗起こる

927年

927年延喜式完成 967年延喜式施行

 

935年

 

新羅滅ぶ

998年

清少納言枕草子

 

1003年

紫式部源氏物語

 

 

 

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