「人間的な、余りに人間的な」

いっその事、人間であることなど、やめてしまえば良いのかしら。
そうすれば、この手はもう一度、私のモノになるのだろうか。

それとも、夢など見てしまうのは、人間だけの悪癖なのかしら。



「この度の君の活躍は素晴らしかった。これからも、期待しているよ、マスタング少佐。」
結構なことじゃないか?大総統から直々にお褒めの言葉だ。
なぁ、何を苦しむ必要がある?なぁ、ロイ・マスタング。そう思わないか?

なぁ、実に素晴らしいよ。





誰だったかな。

イシュバールにかり出された国家錬金術師たちが集まっている。
名目は何だったか。会議だか祝勝会だか、めいめいに好き勝手に自慢話だか武勇伝だかを<発表している。
勿論それは、錬金術師本人ではなく、その後見の将軍やらなんやら。

欠伸も尽き果てる様な空間。ふと前を見ると、そこに座っている男に何か見覚えがある。
別に。ここに居る全員があの戦場に居たはずなのだから、見覚えがあって当然。
しかし、名前も、どこで会ったかすら、思い出せなかった。

思い出せないものかとじろじろと顔を見ていたら、さすがに顔をそむけられた。
怯えたように。

すくなくともロイにはそう見えた。
おそらく、多分、それは彼一人の思い違いでもなく被害妄想でもなく。

なんだかおかしかったので、ほんの少し、声には出さずに笑ってみた。
なんだか、嫌な味がした。


なぁ、何を怯えているんだい。同じだろう、お前も、私も。
あぁ、それとも、違うのかな、私と、お前は。
そう、私は。
なんとも愉快じゃないか。なぁ




何もすることがないので(そういうことにしておいて)、さっさと帰って眠ろうと思う。
司令部を出てぶらぶら歩いていると、あちらこちらでいやに目に付くものがある。

ポスター。青一色の。

「おっ、ロイ!」
なんだヒューズか。
「おいおい、なんだとはなんだよ、久しぶりに会ったってのにごあいさつなやつだな」
「なにも言ってないぞ、俺は」
「顔にかいてあんだよ薄情もん」
「ふん。」
仕方がないので二人で並んで歩く。
言われてみると、もう随分とこいつとも会っていなかったような気がしてきた。
「な、ロイ、ちょっと聞きたいんだが
「おいヒューズ。さっきから気になってたんだが、アレはなんだんだろうな」
「は?」
立ち止まったロイの指が示していたのは、真っ青の、軍の志願兵を募るポスターだった。
それをみたヒューズは嘆息する。
「なぁ、ロイ、お前ちゃんと寝てるか?」
ヒューズが真剣な面持ちでたずねてきたのでロイもなにやら腑に落ちないながら、真面目に答える。
「寝てる」
「―――そうか」
なんなんだ。
「おい、それより私の質問に答えろよ」
別に、字が読めない訳ではない。ポスターの意図するところはわかる。
解せないのはそのわけ。
何故、今、この時期にこのポスターが貼られているのか。
内乱は落ち着いたのに?
国家錬金術師の投入以来、軍の被害は格段に減っていたのに?
「おいおい、お前さん本気で言ってんのかよ、そりゃ」
「おおいに本気だが」
眉を浮かせて(器用な奴だ)、半分笑いながらヒューズが言うものだからこちらも少し気が抜けてきた。
それにしてもころころとよく表情が変わる。
ついさっきまで何にやら神妙な顔をしていると思ったらこれだから。
「全くお前は、しっかりしてんだか、ぼんやりしてんだか」
言いながら肩を押されてまた歩き出す。




前回と同じ、前回?昨日だったか一週間前だったか。
会議という名の演説会?否、ブレイクタイムかもしれないなぁ。

嗚呼。

いつもと違う。向かいの席に座っているはずの、名前のない(思い出せない)、内乱の、
英雄がいないのだった。

嗚呼。

何かが違ってしまったのだ。決定的に。それはもうどうしようもなく。




「健康診断?」
「ええ。内乱に参加した国家錬金術師は全員、ということです。」
「ふうん」
という名の精神鑑定。私は知っている。その意味を。
このブロンドの副官もきっと分かっている。少し顔色が悪い気がする。


彼が、いなくなった訳も私は知っている。
昨日廊下ですれ違った下仕官が、突然狂乱した訳も知っている。
彼がひどく怯えていたことも。




司令部を出て、またぶらぶらと歩いていたらヒューズに捕まった。
こいつも大概にして暇な奴だ。
しかも、どうしてか今日は何も言わずに隣を歩いていて気味が悪いことこの上ない。

なぁ、恋人のことは話さないのか、いつものように。
以前のように話してはくれないのか。

沈黙は、あまりに重く、色を欠いているから。

聞かないのか?何も。
聞いてくれよ、全部。

眠れないんだよ、怖くて。思い出すんだ、あのことを。怖いんだよ、自分が。

そう言えば、
戻れるのかな?あの頃に。

そういえば、
近頃夢を見ていない。




空席が目に付く。
いつものように、進む軍議。
明日になれば、あの空間さえも、彼らの存在を示すものは皆、ここから消え去ってしまうのかもしれないのです。
それは彼にとって、仕合わせなことだろうか。
少なくとも、俺は寂しく思うよ。
それは彼にとって、喜ばしいことだろうか。



人間であることは、思いのほか、難しい。
少なくとも私にとって。
だがしかし、
人間をやめることは、簡単なようでいて、ひどく複雑だ。



それは余りに人間的な。






ひどい、夢を見た。







「がんばってくれたまえ、マスタング中佐」
右手が痛むよ、ヒリヒリと。
ならば、これは夢ではないのでしょう。夢は痛みを伴いはしないから。


なぜかまたこの男と歩いている。
これこそ夢なのだろうか。だとしたら悪趣味な夢だ。

「なぁ、ヒューズ。お前の結婚もめでたいがな、今日は俺にもめでたい話があるんだよ」
「なんだ?」

どうして、お前は何も言わない?

「今日からマスタング中佐だそうだ。どうだ、すごいだろう?」

どうして、お前はそんな顔で私を見る?


嗚呼。
たった今、気付いてしまったよ。
これも夢なんかではないのだと。


私は人間なんかではないのだと。
私は人間でしかないのだと。

ここにはお前しかいないから、なぁいいだろう?
助けてくれよ、マース・ヒューズ。
親友だろ?お前は私の。
「東へ、行くんだよ。私は」




結局のところ、何も変わっちゃいなかったんだ。私も、彼も。
どこへも行くことはできやしないんだよ、私たちは。

あそこから逃れることなどできなかったんだ。


お前は優しいな、ヒューズ。
何も言わずに、そうやって私の隣を歩いているお前は。
いつだってそうだ。
そしてそれは、いつだって私には甘すぎたんだ。
溺れてしまいそうだよ。
だから、私もこうやってお前の隣を、前を向いて、歩くことしかできなくなってしまった。



彼は今、どうしているだろうか。

死に苛まれている彼は。

毎夜悪夢に眠りを侵されているのだろうか。
地獄の幻影に昼さえも蝕まれているのだろうか。
そして自らの行いに恐怖し、あるいは懺悔しているのだろうか。





結局は、そういうことなのです。








それは余りに人間的な。

...end

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