
自作小説
「今、管理職がいないんで、出直してもらえませんか?」
事務の啓子が窓から外へ向かってそう言った。
「でも、遠いとこから・・・」
外からの声は確かにそう聞こえた。
「とにかく今日はだれもいないんで、だめです」
啓子はそう答えて、ガラス窓をピシャッと閉めてしまった。客はほんの少し外に立っていたが、あきらめて去って行ったようだった。
学校の作りは市町村によって、あるいは建設された時期によって、いろいろ違いがあるが、ここは職員室の入り口辺りに事務職員の机が置いてあって、そこに外来者や生徒のための窓がついている。職員に用事のある人はここで許可を得てから中へ入ることになる。ただし、会社の守衛と違って、本来は事務的な仕事をしているので、外来者の訪問に対して、厳しいかそうでないかは、その人個人の性格や考え方による。また、席を外していることもあるので、そういう場合は、だれであっても簡単に入れるようになっている。
大阪での児童殺傷事件の後、どの学校も外来者に名札をつけさせたり、門を閉めたりしているが、悪意ある犯罪者が校内に入るのは、そんなに難しいことではないというのがほとんどの学校の実情ではないだろうか。
職員室にいた三石はどうせ、何かの業者が売り込みに来たのだろうと、いつもは聞きもしないところだが、少し手が空いて、たまには事務の啓子の相手もした方がいいかなと席を立って、啓子のところまで行った。
学校には時々、いろいろな業者が売り込みに来ることがある。各教科で使う教材は、既に決まった業者が、ほぼ毎日注文を聞きに来るが、中には飛び入りで掃除道具一式を売り込みに来ることもある。注文する時は大量注文になることが多く、業者も何とか取引をしてもらえないかと必死になるのだろう。最近は少し減って来たが、少し前までは何十万円もする百科事典全巻や文学全集の売り込みがあった。そして近年多くなって来たのが、税金対策用と称したマンションの売り込みである。これは電話が主ではあるが、たくさんの業者が教職員個人を対象にしつこいほど電話をかけて来る。
「誰?何かの売り込みか?」
三石と啓子は同じ世代で、今の職場に同時に赴任してきて、お互いに気安く話ができる間柄だった。
「警察やって。この学校の卒業生が殺されたから指導要領を見せてくれって」
「えーっ、誰がいつ殺されたって?」
三石は啓子が普通に喋っていることに少し驚いていた。
「先月殺されたらしいけど、この学校には二十年くらい前にちょっとだけいた転校生やって。知ってる?」
「二十年前か、そら知らんな。せやけど、何、指導要領見せてくれってか?そんなんどこでもあるやろうし、見せたったらええのに」と言いながら、すぐに学習指導要領のことではなく、指導要録の間違いだと分かった。
「要領と違て、要録やろ。なんか個人的なことを調べたいんやろうし」
「そう言うたら、そうやね。学習指導要領見に、わざわざこんなとこまでけえへんわね。本屋にでもあるやろうし」
「どっちにしても、協力したらなあかんのちゃう。卒業生が被害者やったら、早よ犯人捕まえてもらわな」
そう言って三石は狭い廊下を玄関へと走った。
学校によって職員室は二階にあったり、一階にあったりするが、ここは一階のタイプで、玄関まではほんの二十メートルほどの距離になっている。廊下の幅も各学校で若干幅が違うが、ここは狭い方だ。しかしその分、教室や職員室は広い作りになっている。
玄関には既に誰の姿もなかった。授業時間中なので、生徒もこの辺りにはいない。学校はまるで誰ひとりいないかのようにシーンとしている。
三石は靴を外靴に履き替えて、外へ出て、体育館とプールの間の通路を通って、駐車場の方に向かった。通路も大人二人が並んで歩くのが精一杯という狭いところだが、体育館の屋根の端が頭上にかぶさるようになっているので、雨の日でも駐車場から濡れないで玄関まで行くことができる。今日は晴れているので、すぐ横のプールの水面に日が当たってギラギラと眩しい。
プールは水を張り替えたばかりのようで、オフシーズンの緑色ではなく、底の色が透けて、きれいなブルーに見える。水面にはアメンボが二匹、だれもいないプールを独占して、楽しんでいる様子だ。
体育館の北側と西側に建物を囲むように作られた駐車場にはスーツを着た、あまり警察関係には見えない男が一人で車に乗りかけたところだった。
三石は近づいて行って、
「失礼ですが、警察の方ですか?」と声をかけた。
「ええ、そうですが、あなたは?」
その男は車に乗るのをやめて答えた。
「ここで英語の教師をしている三石ですけど、要録を見たいんですか?」
「ええ、そうです。見せていただけますか」
「学習指導要領じゃなくて、個人のことを書いた指導要録の方ですね。指導要領なんて、教科で教える内容が書いてあるだけなんで、事件には何の関係もないでしょうからね」
「ああ、多分そっちのほうですね。名前を間違えてましたね。あまり学校関係のことは知らないもんで。とにかく被害者のことを調べたいんです」
「警察だったら、捜査令状とか何とかで強制捜査できるんじゃないんですか?」
「実は今日は公式的な捜査ではなく、休暇を取って個人的に聞きに来たんですよ。この事件の捜査が手詰まりになっていましてね。殺されてから一カ月以上経つのに、何の手掛かりもなく、元々、自殺だろうという意見がほとんどで、捜査本部も実質開店休業みたいなもんなんですよ。被害者がこの学校に在籍したらしいというのも、あまり事件に関係ないのかも知れませんが、とりあえず何でも調べてみようって個人的に考えてのことなんですよ」
「熱心なんですね」
「いや、私にとって二回目の大きな事件なんですよ。一回目はまだ新人で、先輩の言われる通りに動いていただけで、何が何だかよくわからなかったんですが、今回は自分で少しは考えられるようになったんでね」
「失礼ですが、そんなに若くは見えないんですが、刑事になる年齢ってそんなもんですか?」
「あ、私の場合は一度サラリーマンをしていて、転職したんですよ」
「ああそうなんですか。実は僕も教師になる前は銀行員だったんですよ」
三石はどちらかと言うと、警察官らしくない彼の態度に親しみを覚え始めていた。
刑事は三石に簡単に事件の概略を話した。それを聞いているうちに三石は「わかりました。それじゃあ中へ入ってください」と言って右手で校舎の方を指し示して言った。
「事務の人がだめだって言ってたのに、いいんですか?」
「いいんですよ。警察に協力するのは市民の義務ですから」
心にもないことを三石は言いながら、校舎の方へ向かっていたが、「あ、ちょっと待ってくださいね。今もう一人教師を呼びますから」と進路から十メートルほどそれて、校舎の端のほうにあるドアをノックした。すると、中から絵の具で汚れたツナギのような服を着て、鼻の下に髭を蓄えた男が顔を出した。
「こいつは美術教師の広崎です」と三石は紹介し、
「こちらは刑事の、ああ、そういえば名前はお聞きしてなかったですね」
「真田です。大阪西南署の真田です」
下にあるのは「指導要録殺人事件」の最初の部分です。もしこれを読んで興味のある方は続きをダウンロードして読んでください。
ただしこれは40分の1くらいですので、覚悟して(笑)読んでください。(原稿用紙で350枚くらいです)
推理小説が好きなので自分でも書いてみました。出版社にも送りましたが、残念ながら採用されませんでした。
しかし思ったより評価してもらえて少し喜んでいます。
wordファイルで430KB
続きを読みたい方はこちら(もちろん無料です)