『霧笛』レイ・ブラッドベリ

創元SF文庫 680円


ぼくは車のなかにすわったまま、じっと耳をすましていた。
ぼくには、寂寞岬に立っている灯台も、その信号灯も見えなかった。
ぼくにはあれが聞こえていた、あの霧笛、霧笛、霧笛だけが。
その音は、あの怪物の呼び声にそっくりだった。
ぼくはそのまま座っていた、なにかひとこといえたらいいのに、と思いながら。


この『霧笛』は幻想SF作家のレイ・ブラッドベリの『ウは宇宙船のウ』に収録されている、わずか15ページほどの作品です。 小さな作品ですが、わりに有名で、またとても印象に残る作品だと思います。 この作品は冒険物語ではありませんが、読んでいると濃密な夜の海のほとりに立っているような気分にさせられます。 海辺に鳴り響く霧笛。 それは怪物の鳴き声に聞こえなくても、なにか人をはっとさせるような、そんな哀愁を帯びているように思えます。 霧笛が海に何かを訴えかけている、そんなふうに聞こえてしますのです。

これは灯台で船に信号を送り、霧笛を鳴らしているマックダンと僕がある一夜に見た物語です。 毎年、霧笛の音にひかれて、一匹の恐竜が灯台にやってくる。 霧笛の音が、恐竜の鳴き声とそっくりなのです。 恐竜の仲間はみな死に絶えてしまい、彼はたった一人で深い海の底眠っています。 百万年の間、ひとりぼっちで、二度と戻ってこないものを待っている恐竜。 そこへ人間が灯台を建て、彼の仲間と同じ声で鳴き続けるのです。 恐竜はこの音を聞いて、会いに来てしまったのでしょう。

マックダンは、霧笛を消してしまいます。 そうすると、恐竜は驚き怒り、灯台を破壊してしまいます。 破壊した後、恐竜は嘆き、とまどい、寂しがっているような声で鳴きます。 百万年のむこうから彼に呼び掛けてくれるものはいなくなってしまったのです。 「二度と返らぬものをいつも待っている。 あるものを、それが自分を愛してくれるよりももっと愛してる。 ところが、しばらくすると、その愛するものが、例えなんであろうと、そいつのために二度と自分が傷つかないように、それを滅ぼしてしまいたくなる。」 一瞬の怒りなどのために、大切なものを突発的にこわしてしまう、そんな経験がある人は決して少なくないと思います。 それと二度と戻らないものを待つせつなさ、これは失ってしまった人や、遠ざかってしまった自分の過去などにも当てはまるのではないでしょうか。 失ってしまったものを待ち続ける、求め続ける不毛さ。 それでも、求めずにはいられない、どうしようもなく大切なものたち。 この話しでは恐竜ですが、恐竜の心中を深く考えていくと、どこか心が痛くなるような気がします。

海の描写もとても秀逸です。 海そのものではなく、霧に包まれた夜と海の風景がとても美しい。 この物語には、霧がしみ込んでいるようです。 読んでいると、霧笛に鳴り響く灯台のほとりに立っているような錯覚を覚えます。 霧笛の響きはどこまでも流れていく。 海には太古の記憶が眠ってます。 それが恐竜ではないとしても、なにかを目覚めさせる、そんな魔力があるのかもしれません。 夜の港に行くと、いつも船の音や笛の音に聞き惚れてしまいます。 そんなときいつも、『霧笛』の情景が頭に思い浮かぶのです。

『ウは宇宙船のウ』には他にもたくさんのすばらしい作品が収録されています。 ロケットに憧れる少年たちの内面を描いた『ウは宇宙船の略号さ』(これを読むたびに鳥肌がたつほど内面が揺すぶられるロケット少女な私・・・)、時間の一瞬の中に生きることも喜びだと描く『初期の終わり』、宇宙で死ぬということを夢想してしまう美しい『宇宙船乗組員』、大切なものを考える『いちご色の窓』、イリノイの風景が目に浮かぶ『駆けまわる夏の足音』などなど・・・・。 こうやって書いていくときりがないほど、一つ一つに詳しい解説をつけたくなるほど大好きな作品ばかりです。 いつか機会があったら書いてみたいです。 この本は私にとってとても大切な本で、旅行に行くときなどには持っていきたくなります。 これからも、何度も何度も読み返していくと思います。 とってもおすすめの一冊です。

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