NEUES

進出企業問題

1、ステティンベイ・ランバー社

「自分たちが薪にする木が無くなりました。野豚や鳥などの動物も遠くに逃げてしまいました。以前は村のすぐそばで獲って食べられたのです。森から採取できる食べ物も少なくなりました。」

世界の富の偏在「これが20年間の結果です。伐採で森も川も泉も失った私たちには、いまは廃墟が残されているだけです。私が立っているこの地点は信じられないかもしれませんが、川だったのです。茶色の油と化学物質を含んだあの沼は、泉でした。」

ステティンベイ・ランバー社という企業がある。日本の有名商社である日商岩井がこの会社に92%資本を出資し、パプアニューギニアで木材の伐採輸出を行っている。パプアニューギニアという国はインドネシアの東に位置する国で、1975年まで国連の信託統治下に置かれ、オーストラリアの統治下にあった。日商岩井がこの地域にある豊富な木材資源を商品として扱い始めたのは1970年。オーストラリアの統治がまもなく終わり、独立を目前に控えた時期でもあった。パプアニューギニアにあった現地企業に出資する形で日商岩井はパプアニューギニアに進出していった。 その後ステティンベイ・ランバー社は、パプアニューギニア政府の暗黙の了解を得て、現地での木材伐採、輸出を開始する。主な輸出先はもちろん日本である。

最初に引用したのはステティンベイ・ランバー社が進出した先々の村や共同体にすむ人の発言である。日本企業の木材伐採が開始されることによって、パプアニューギニアで暮らしていた人々の生活は大きくかわってしまった。

こうしてステティンベイ・ランバー社は、パプアニューギニアに進出することで、大変な利益を上げた。ステティンベイ・ランバー社はパプアニューギニアが独立する前から操業を始めていたこともあり、木材伐採を既得権として行い続けた。1989年にはそれを追認する形でステティンベイ・ランバー社にパプアニューギニア・アニア、カピウラ地区の伐採権が与えられる。(図参照)広さにして40万ヘクタール。実に日本の福井県と同じくらいの広さである。こうしてパプアニューギニア政府の「公認」の下、ステティンベイ・ランバー社はとてつもない広さの森を独占する権利を得たことのである。

伐採権というとイメージがつきにくいかもしれないが、伐採権というのは土地の取得を意味するものではない。与えられた地域の木々を切り倒し取得する権利である。しかし福井県の広さの地域には当然住民が多数住んでいた。いくつもの村があり、多くの人々が自分たちの周りの自然環境を利用して、食べ物や水を得たりしていた。だから政府の承認があろうがなかろうが、勝手に大量に木々を切り倒していくことは、そこにすむ生活を直接的に破壊することになることは歴然としていたわけである。

毎日何十台というトラックが木材を運び出す。伐採道路がのびるところ森が浸食されていく。木材の積み出し港には丸太の山が延々と続く。巨大な輸出船のクレーンはひっきりなしに働き一刻も休み無く木材を積んでいく。

ステティンベイ・ランバー社には当初伐採を許可された40万ヘクタールの伐採権に加えて、順次710万ヘクタールの伐採権が与えられる予定であるという。これによってさらに年間約28万立方メートルの木材を輸出することができるようになる。

が、しかしとてつもない勢いで森を破壊していくことは、多くの住民が今までの生活を破壊され追い立てられていくことを意味する。

2、植林と伐採 

こうした無尽蔵の生活破壊を生み出す企業活動がなぜ許されるのであろうか。実はこの事業は表向きには植林事業であるとされていた。ステティンベイ・ランバー社の伐採を日本政府が主導して、パプアニューギニア政府と共同で森林資源の開発プロジェクトを立ち上げたのである。

つまりステティンベイ・ランバー社の企業活動は、日本政府のパプアニューギニア開発プロジェクトの一環として、植林事業を推進するものとして位置づけられたわけである。

どうしてこのような逆転が許されるのであろうか。

まず植林事業というもののまやかしを見てみよう。

ステティンベイ・ランバー社は、伐採権を取得する際にパプアニューギニア政府と、伐採の代わりに年間数千ヘクタールの植林義務を負うことになっている。これが無尽蔵の伐採を正当化する唯一の理由であるといっていい。しかし、この植林という行為そのものが非常に大きな問題を含んでいる。まずなによりもステティンベイ・ランバー社が伐採する木々と植林する木々の量は全く比較にならない。ステティンベイ・ランバー社は、伐採権を与えられた地域で商品価値の高い木すなわち太くて大きい木を選んで切り倒していく。そしてその木々を運ぶために縦横に伐採道路を張り巡らしていった。しかしながら植林すべき義務を負った面積はわずか数千ヘクタールにすぎない。

そして、この植林計画はおうおうにして延期されるのが常であるという。契約には植林を行うこととなっているが、それを破ったからといって罰せられるわけではないのだ。

そしてなによりも、植林というもののまやかしを端的に示すのは植林というと切り倒した所から木を植えていくようなイメージがあるが、そうではないということだ。植林を行う際、ステティンベイ・ランバー社などの木材企業は一度森を焼き払い、ユーカリやアカシアなどといった将来紙の原料などに使える木を植える。つまり植林はあくまでその企業が将来新たに商品としての木材を獲得するために、行っている行為にすぎない。

このユーカリという木は成長が早い。つまり他の木よりも栄養を早く多く取る木である。この木が一度群生して植えられると、他の木や草は育たなくなるそうである。だから、元の森は決してもどることはない。つまり植林という行為は伐採以上に森林を破壊するものであるということが言えるのである。

3、開発と植林

こうした植林事業に政府が援助をしているのである。現地の実情が判らなければ、植林というのは森が潤い(きっと)現地の人のためになるのだから、良いことだと思う人が多い。

しかし、事実は全くの逆であり、今回の例に現れているように政府の支援は日本企業のために行われていることを見て取らなくてはならないのではないだろうか。

では日本企業はこの植林=伐採事業をどのように支援しているのだろうか。

先にも述べた通りパプアニューギニアは1975年に独立した。日本政府の本格的な開発「援助」は1985年にはじまる。時の中曽根康弘首相が1985年、パプアニューギニアを訪問、最初の無償援助として彼は「ソゲリ高校日本語教室建設計画」を決定する。これも後の日本企業の経済進出から考えると、パプアニューギニアで高等教育を受ける人々に親日派をつくりだすことが、目的であったといっていい。

それ以降、日本政府によるパプアニューギニアへのODA(政府開発援助)が急増する。そしてそのほとんどはいわゆるヒモ付き援助であった。つまり、日本政府は援助を決定するが、パプアニューギニア政府はその援助による開発プロジェクトなどを日本企業に要請しなければならない、要するに多額のODAは全て日本企業の利益になっていくという仕組みがここで定着することになる。

このODAによって、パプアニューギニアでは港湾や道路の整備が進められていった。後に大量の木材を輸出する基盤づくりがこの時期急速にすすめられる。

さらに、もう少し援助と植林=伐採の関係を見ていこう。

ステティンベイ・ランバー社の事業にもっとも直接的に使われたのは、JICA(国際協力事業団)という団体を通して援助された資金である。日本政府のODAは基本的に相手国政府を通して使われることになっている。しかし、ODAには別の仕組みもあって、日本政府は、日本の民間企業を直接支援する援助というものも準備している。JICAを通して、日本企業に非常に低利な融資を行う形で、支払われるものだ。

ODAは表向きには「相手国が豊かになるために」行われるものであるから、その援助が日本企業に直接振り向けられるというのは、おかしな話である。だから、JICAの融資は、日本企業が相手国の利益になる企業活動をしようとしている場合に限って行われるという建前になっている。

ステティンベイ・ランバー社はこれを最大限利用した。(図参照)ステティンベイ・ランバー社には少なくとも23億円以上もの融資がJICAを通じて行われた。

政府はJICAを通じて、ステティンベイ・ランバー社の企業活動が効果的になるよう、最大限援助をおこなったわけである。木材輸出に必要な、橋、道路、植林事業はこの政府援助を使って行われたのである。

4、おわりに

南北問題の絵今回はステティンベイという一企業を取り上げて、援助ー開発ー植林というものの関係を見てきた。日本政府の援助に基づいたパプアニューギニアの開発事業というものがステティンベイという企業を潤わせ、植林という事業が森と住民の生活を破壊する。こうしたことが政府の開発援助では当然のように行われているといったら驚く人も多いだろう。

今、経済のグローバル化ということがさも当然に良いことのように言われている。曰く、世界的な大競争時代なのであるから、日本企業もどんどん力をつけて海外進出するぐらいでなくては、という言い方が連日のTVや雑誌をにぎわせている。しかし、はたと立ち止まって考えてほしい。商品を作りどんどん売る。できれば安く大量に。という当然いいこととされている行為が、一体何を生み出しているのだろうか。今回取り上げたパプアニューギニアの例は日本企業が安価な材料を求めて無尽蔵に経済活動を行うことがどのようなひどい状況を生み出すのかという一例でもある。

人々の生活を破壊する開発・援助。それでいいのだろうかということを是非考えていただきたい。