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うつぎれい 疑問符雑記 公開状 巨大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法

  [ ジャン・ピエール・ウーダン説の更なる拡張 ]  




うつぎれい 公開状 SHOW CASE

巨大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法 / ジャン・ピエール・ウーダン説の更なる拡張の提案
万有引力定数 G とは何か? / Gの物理次元には空間の増殖と宇宙の膨張が共に内包されている
光子にも質量があり光子が相対論適用外粒子である事を証明する為の最も簡単な実験方法の提案
空間量子 λ の論理的導入方法 / アキレスと亀の逆説は 空間に最小単位が存在する証拠である
ブラックホールは恐らく存在しない / もしあっても周囲に重力を及ぼすなど原理的に出来る筈がない
確率を適用して良いのはただ統計的集合体に対してだけであり それ以外への適用は非科学である
アゾレス諸島中央の海底地形に残るアトランティスの痕跡 / ブーベ島沖とマデイラ海盆の海底遺構
大恐竜絶滅とその後の爆発的な生物放散現象こそは地球が太古から生物実験場だった証拠である
キュリオシティの撮った火星上空に静止する軌道上衛星網とそこから降下して来る宇宙エレベーター
今や誰でもが自分の目で確認出来る まるでアリの巣の如く 宇宙人の火星基地 とその入口の実態
NASAが隠す火星の空の実態 これは300倍高速表示だが実際にも10分間の火星の夜空である
Google Moon で かぐや高解像度月面画像から異星人基地らしき構造物を見付ける方法のガイド
かぐや 高解像度月面画像中に見付かる異星人施設らしき数千箇所の光る構造物のスライドショー
UFO懐疑論者とはUFO否定説ばかりを簡単に信じ込むような「 逆方向のビリーバー 」たちである
911テロ旅客機が捏造CGである完全な証拠と証明 /主要な911突入映像全部がCGと証明可能
プライバシーを保全しつつ 凶悪犯罪を 90 % 以上減らす 完全なる防犯監視カメラシステムの提案

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utzsugi _rei@ yahoo. co.jp

うつぎれい



( 疑問符 ) ( 2016.2.12. 記 )

[ 巨大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法 ]


概要 ; 巨石に装着車輪化部材 ( クレードル ) を巻き付け、ピラミッド内の 4 度勾配傾斜路を ( 過酷労働無しに ) 延々と転がして運び上げるには、ガリレオの斜面の法則* と 石につないだロープ ( 縄梯子 ) と 何処にでも自由に積み上げ、集中させて過剰なバランスを実現出来る、脚付きの錘 ( おもり ) としての人間 ( の体重 ) のみを最大限に活用して、必要な数の作業員に ( 傾斜路内で ) 唯、ゆっくりと垂直に、ナワ梯子を登らせるだけで十分 …だった。
そうやって ( 合図に合わせて ) 一斉に掛けられる 多人数の体重 だけを主な動力源として、大ピラミッドの凡ての石は必要な場所にまで軽々と運び上げ可能だった …という、これは新しいもう一つの解明プロセスである。

Copyright 2016.2.12. by うつぎれい





( アイディア ) ( 2009.7.5. 記 , 2016.2.12. 追記 )

『 巨大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法 』

BGM _ Johann S.Bach " Passacalia & Fuga "  Midi Data by 鈴ちゃん    BGM ON OFF
BGM 2 _ Johann Pachelbel " Canon in d Moll ? "  Midi Data by 十六夜ゆき  BGM ON OFF



これは、フランスの建築家 ジャン・ピエール・ウーダン Jean-Pierre Houdin 氏の解明した

「 エジプト・ピラミッドの建造法 」 に付加すべく補足的な解明である。

この小論を ジャン・ピエール・ウーダン 氏に捧げる。




      

これらの画像はウーダン氏の映像からの引用である。



● ウーダン氏の指摘した従来仮説の問題点

大ピラミッドを頂上まで直線状斜路で作ろうとすると、傾斜 5 度での斜路は長さ 1.6 km 、積み上げるべく斜路の体積は大ピラミッドとほぼ同じ体積となり、余りにも不効率であること。

大ピラミッドの側面外壁に巻き付くように斜路を形成してゆくと、石を積み上げて組み上がったピラミッド部分を斜路の土台部分が覆い隠してしまう為、正確な外壁の測量が出来ず、ピラミッド全体が歪んでしまうだろうこと。


● ウーダン氏の新説

大ピラミッドを構成する平均 2.5 トンの石灰岩ブロックは、1 / 3 の高さまでは傾斜 5 度以下の直線的な斜路を用いて、ソリとナツメヤシのロープで引き上げた。

それ以上の高さには、ピラミッド基底部の一端よりピラミッド内を 4 度の角度で角錐らせん状に登ってゆく内部斜路 ( トンネル ) を通って運び上げ、一段ずつ平らに積み上げていった。

一段積み上がる毎にトンネル斜路を延長してゆくことで、作業者たちは建設中の台地上に運び上げるまでの灼熱の陽射しからも、斜路の縁から誤って転落する …という危険からも守られた。
 ( ピラミッド外面に斜路を形成する …という従前の仮説では、斜路の縁から誤って転落する危険があった。)

この画期的なウーダン氏の仮説は、フランスのピラミッド調査隊が過去に行った重力計によるピラミッド内 754 個所の計測で見出されていた 「 謎の角錐螺旋状空洞部 」 とも見事に一致することが見出され、一躍脚光を浴びた。

またウーダン氏の仮説は、大ピラミッドと同じ時代のエジプトで建造されて破壊されたアブ ・グラブ Abu Gorab 神殿に同様なトンネルの痕跡が存在してることについての、ピッタリの説明にもなっている。

そうしたトンネルの大きさは、高さ 5 メートル、巾 4 メートル程で、ウーダン氏の仮説を裏付けるサイズだった。

                  

これらの画像はウーダン氏と DASSAULT SYSTEMS の製作映像からの引用である。


[ ( 2016.2.19. 追記 ) このウーダン説を丁寧に紹介した元々の番組 NHK 衛星放送 『 エジプト発掘 第 1 集 ピラミッドはこうして造られた 』 89 分が YouTube でソックリ見付かったので ( YouTube の常でいつまで存在するかは分からないが ) 一応リンクしておこう。 この文字列をクリックすると別ウィンドウでその映像に跳ぶ。
 もしも上の映像が無くなった場合は、当の番組内容をそっくりテキスト化して紹介してる poyo さんのページ があるので、そこで詳しい内容を確認出来る。
 尚、上の YouTube で、いま改めて見直してみて気付いたのだが、ウーダン氏がその仮説で想定してる内部斜路は、その天井部の持ち送り構造故にピラミッドの外壁からかなり深い位置に形成されてたと考えられており、以下の小論にて私の論じてるような 「 内部斜路外側内面までの外壁の厚さが 1 メートル以上 」 という過小計算は余りにも度を越して外壁の厚みを見縊り過ぎており、カドの切欠部で其処に 外壁が存在しない 為に確保出来た筈の空間は、もっともっと遥かに広かった筈 …と判明した。 また上のアブ ・グラブ神殿のトンネルの大きさ、高さ 5 メートル、巾 4 メートルに私は深く印象付けられてしまっていたものらしく、この小論の全体でその数値を元に議論しているのだが、ウーダン氏が内部斜路の寸法として実際に想定してるのは、高さ 5 メートル、巾 2.2 メートルだった …とも、いま見直してみて改めて気付いた。 但し、その斜路の想定巾の違い 1.8 メートル が理論的に致命的だとまでは思えないので、今はそのままにしておこう。 その一方で、斜路脇の数十メートル毎に恐らく有ったのだろう …と比較的安易に想像してた 「 石材 1 個分を嵌め込まずに欠落させて形成し、後で完成直前の撤去作業の過程で漸く嵌め込んで埋め潰す予定の明かり取りと換気の為の大きな窓 」 や ( この追記の時点ではもはや不要だった …と判断せざる得なくなってる ) カタパルト状の木製足場をその大きな窓から突き出して外壁上に仮設する …のは相当に困難な事だとも、今頃になってまあ漸く気付いたのである。 今更不要とは言うものの、少々悔しく、また残念なので、いま此処では詳しく記さない。  ← 意地っ張りめが。 ]


以上がこの小論の前提知識である。


● 問題点 直線斜路とピラミッド内らせん斜路の折衷説は不合理である

ウーダン氏は 1 / 3 の高さまでは直線的な斜路を用いた …と言うのだが、例え 1 / 3 の高さまでであっても、このように洗練された方法に既に気付いてる技術責任者が、ワザワザ外側に ( 肝心な低層の外壁の正確な測量を大きく妨げる ) 傾斜路を造ったりはしないだろう …と思えること。

何故なら 「 ピラミッド内の角錐螺旋 ( らせん ) 斜路 」 は、最初の 1 段目から直接、ソレだけで造ってゆけば、全く何処にも無駄がないからである。

これはもしかすると、ピラミッドの基壇に近い段には厖大な数の石材が必要となる為、最初から ( 1 つずつしか運び上げられない ) 細い斜路のみで始めたのでは余りにも年月が掛かり過ぎる …とウーダン氏が考えての折衷案だったかも知れない。
 ( 2016.2.19. 追記 ; そうではなく、どうやら 1 / 3 の高さぐらいまでなら、直線斜路の始点はちょうど石切場の目の前なので好都合 …と考えたものらしい。 ウーダン氏はどうも、ピラミッドの石材がその石切り場から切り出された石そのものではない …という事には、全然気付いてないようである。 )

しかしながら、低層の段についてならもっと上手い内部斜路形成方法が別にあって、それは東西南北 4 方向全ての壁面の右端に、低層段でだけ使用する補助的な内部斜路の入口を ( 追加で 3 ヶ所 ) 造り、その凡てにメインの内部斜路と平行な内部斜路を形成させるのである。 下はその模式図。 元々は別の図なのだが、ちょうど説明に使える。 左は斜路が 1 本だけの場合、右は斜路が 4 本の場合、各壁面の右端から伸びる斜路の上下密度が分かるだろう。 つまりピラミッド下層でなら同時並行で各面の右端から斜路を造って行ってもこの程度の間隔を保てるのだ。

  


すると、それらの斜路が十分に独立性を保ってられる低層では、4 倍量の石材を同時に作業台地へと運び上げる事が可能になるのである。

だから上のような心配は全然しなくて大丈夫なのだ。

またピラミッドの基壇に近い低層では ( 後で詳しく述べるように ) その中心に 「 ピラミッドの核となる元々の岩山 」 が鎮座してるので、多くの人々がそう思い込んでるほど沢山の石を、最初の数段に敷き詰めなければならないワケではない。

なので、この 「 1 / 3 の高さまでの直線的な斜路 」 というのは、どう考えても不必要な付け足しに思えて仕方がないのである。

ウーダン氏の説の最も傑出している点は、外部に仮設する斜路と違って斜路の形成自体が最後まで一切無駄にならず、建設後に斜路を取り除く必要がないから本気で頑丈にソレを造ることが出来、最終的にそれはシッカリとしたトンネルとなってピラミッド構造内にそのまま組み込まれてゆく …という点である。
更に付け加えるなら “ 内部 ” 斜路故に、巨大ピラミッド形状では当然懸念されるべき砂嵐や強風時の特異なビル風にあたる 「 下から上へと吹き上げる凄まじい突風 」 の被害 ( 木製の外部斜路ならもろとも全部吹き飛ばされかねない被害 ) に、斜路自体や作業員が直接曝されずに済む点、また外周を巡る ( 安土城の如く ) 木製の斜路では無いが故に、斜路の強度や巾に十分余裕が有り、特に角の切り欠き部では外壁の厚み分だけ広い作業空間を、安全に簡単に確保可能だった点である。
  ( 但し強風時には、角の切り欠き部を帆布等でシッカリ覆っておかないと、其処から人や物が真空圧で外へ吸い出されて大変な惨事となる危険が有ったろう。 )
内部にトンネル斜路を形成する以外のどんな方法も、下層を通る経路を潰さずに上の層を積み上げる事は原理的に不可能なので、内部斜路は唯一無二の大発明であり、説は大正解である。

故に 1 / 3 の高さまでは例外 …というのは、何とも勿体なく奇妙な、不必要な折衷説に思われる。

そこで以下に抜本的な補正を提案する。


● 先ずは基本情報から

2000 年程も後代の、ヘロドトスの記述をそのまま信用するなら ( 信用出来るのだろうか? ) 、大ピラミッドは僅か 20 年間で建造されたという。

発掘された建設労働者用居住区の規模からは、従事した労働者数は約 4000 人 ( 家族も込みで 20000 人 の居住区規模 ) と推定されている。

平均 2.5 トンの石灰岩を約 230 万個 ( 300 万箇という説もある ) 積み上げている。

推定総重量は 580 万トン。

石灰岩の比重は 2.5 〜 2.7 ( 故に 1 m 角の石灰岩は約 2.5 トン ) である。

石灰岩 1 個あたりの大きさは、1 〜 4 段目では長さが 1.5 m 〜 1.1 m 程の直方体、中段辺りでは 90 センチメートル程のそれ、頂上近くでは ( 失われた頂点のキャップストーンを除き ) 精々が 45 〜 50 センチメートル程の小さな石材であり、上に昇るほど意図的に石のサイズが小さくなっている。
但し段によって、未だ理由は不明なものの処々で再び少し大きめのサイズの石が並べられていたりもするので、実際のサイズ変化は下にリンクした表にあるような割切った数字とは違う。
 ( これについての計測データは、考古学者によるものの他、国内建設大手 大林組の 「 復元ビラミッド建設プロジェクトチーム 」 が、1978 年に 3 ヶ月掛けて調査し 「 季刊大林 」 の
創刊号に纏めた記事内の、工事を想定した詳細なデータとしても こちら https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/pyramid/p02.html#04 表 2 に公開されてる。 )

底辺での各辺は 230 メートル。高さは 146 メートル。

壁面中央位置から頂点まで斜面の長さは 187 メートル。

壁面の勾配は 51 度 52 分。( 51 度 52 分の sin 値は 0.788 )

滑らかな壁面に置かれた 60 トンの石材は、垂直坑に吊り下がった 47.28 トンの重量とバランスする。 ( ガリレオの斜面の法則 ) ← クリックすると詳しい解説ページに跳ぶ

その場合の両者を繋ぐロープに掛かる力は 47.28 トンである。( 94.56 トンではない )
  
参考までに、人間の平均体重を 60 kg とすれば、屈強な 800 人の労働者はそれだけで 48 トンの重さがある …と指摘しておこう。

実際のピラミッドに巻き付いている傾斜路の痕跡は 4 度の勾配である。
 [ 4 度とはどの程度の勾配か?   例えばパリ オペラ座 のバレリーナが踊ってる舞台の勾配は 5 度である。“ 舞台に近い席の観客にも良く見えるように ”と造られた 5 度の傾斜舞台上で踊るバレリーナたちには高い技術が要求されるが、4 度の勾配はそれよりも緩いのである。 ]

勾配 4 度で高さ 146 m に達する為の ( 理論的な ) 斜路の全長は 2092 m 、即ち約 2.1 km である。

角度 4 度の sin 値 ( 斜辺分の対辺の比率 ) は 0.0698 = 約 14 分の 1 だから 4 度勾配の傾斜路は高さに対して約 14 倍 ( より正確には 14.3266 倍 ) の長さになる。

 ( 故に、最下段の斜路を入口から 14.3266 m 登った位置の床が、高さ 1 m 。 218 m 登った最初の角の床で高さ 15.2164 m となる。 が、これは外形平面図での理論計算値でしかない。 実際の内部斜路は道幅+壁の厚み分だけ内側にあり、またその高さに合わせて斜路は外壁の傾斜に圧迫され、内側へ内側へと押しやられてゆく為に、外形寸法からの単純な計算値からはどんどんズレてゆく。 これを正確に再現して直感的にも分かり易くする為には、全体を CAD で設計し、立体プリンターで透明な素材を使ってピラミッドの全体と内部斜路を実際に造形し、斜路の部分にインク等を満たして見せるのが、恐らく誰にも一番分かり易い表示だろう。 )

従って、摩擦抵抗を無視出来る場合には、その分だけ小さな力 ( 約 1 / 14 ;正確には 0.0698 倍の力 ) で石灰岩のブロックを引き上げることができる。

対向する 51 度 52 分の外壁斜面をそのまま活用して錘でバランスさせたのだとすると

0.788 ÷ 0.0698 = 11.289 → 約 11 倍の効率
0.0698 ÷ 0.788 = 0.08858 → 約 9 %で平衡

だから 11.289 の逆数である、約 1 / 11 = 約 9 % の重さでバランスする …となる。
( より正確には、上の計算通りに 1 / 11.289 = 0.08858倍の重量で平衡 )

つまり約 1 / 11 の重さの錘が 51 度 52 分の外壁斜面で約 11 倍の高さを下降すれば、対応する石材は 1 倍の高さへと滑り上がる …という計算になる。

対向する 51 度 52 分の外壁斜面を利用すると、建設が進むほど活用可能な壁面上の距離は長くなる ( 斜路 113 m 毎に 10 m 延びる ) から 1 回の錘台降下で石材を長距離動かす事が出来る。

250 m 長のロープが当時利用可能であれば、当然こちらの方法を採用したろう。

とは云え、最初の 1 段目を積み終えた直後から、250 m ものロープを伸ばしてたった 1 m の高さしかない反対側外壁の落差を使って 2 段目用の石を 1 メートル持ち上げたとは考えにくい。

対向する 51 度 52 分の外壁斜面が効率的に利用出来るのは、少なくとも数段以上、石灰岩ブロックが積み上がってからに違いない。

何故なら、2 段目の石を効率良く積み上げる為には、斜路の先の斜路予定線上と積み上げ経路上の要所要所に、意図的な石の積み残しをして錘用の 「 相対的な陥没口 」 を形成しておく方が有効だからだ。

更に ( 少なくとも低層では ) 重要な欠落部の下には、予め岩盤を刳り抜いたモノまでが有った筈である。

斜路最初の 14 m の途中や正面に設けられた陥没部には、特にその必要があったと思われる。

もしそうでなければ、高さ 1 m に乗せ上げる為だけに、たった 1 m の陥没口に吊るされた 「 錘台 」 は 14 〜 15 回も上下しなければならないからだ。

よもや 14 m も岩盤を刳り抜いていたとは思わないが、5 m 程度ならあったかも知れない。

それなら僅かに 3 回の上下動で、巨石は次々 2 段目へと登って来られるからである。

先ずは垂直穴に錘台を設置した場合で計算してみる。

2.5 トン × 0.0698 = 約 180 kg なので垂直のロープに数人の人間が掴まれば動く。

次に対向する 51 度 52 分の外壁斜面を利用して錘台を設置した場合の計算をしてみる。

2.5 トン× 0.08858 = 約 221 kg だから同様に 4 〜 5 人も掴まればやはり動く。

同じく対向する外壁斜面を利用して錘台を設置した場合で、もうひとつ別の計算をしてみる。

60 トン× 0.08858 = 約 5.3 トン。

5.3 トン ÷ 60 kg = 88.333 …だから 60 トンの花崗岩は 88 人強の体重で平衡する。

…という事は、上のような 「 値 」 の更に 1.5 〜 2 倍の人数を錘台に乗せればどうなる?

わざわざ斜面の模型を作ってガリレオの実験を繰り返すまでもないだろう。

ロープの摩擦や、油を流し込むソリ溝とソリ間の摩擦、そして長いロープの自重、その他一切のロスを考慮に入れたとしても、60 トンの巨大な石材は恐らくスルスルと斜路を上っていった筈である。

花崗岩の比重は 2.5 〜 2.8 で石灰岩とほぼ同じだから、60 トンの花崗岩とは 21 〜 24 トンの水とほぼ同じ体積で、長さ 6 m ×幅 2 m × 厚さ 2 m 程度の大きさである。

この大きさの石であれば、高さ 5 m 、巾 4 m のトンネル内を十分通れるだろう。

 [ 因みにレバノンにある 「 南の石 」 は 4.2 m × 4.6 m × 21 m の砂岩 ( 比重 2.2 〜 2.7 ) だから、体積は 405720 リットルで 893 〜 1095 トン、およそ 1 千トンという計算が立つ。]

問題は角々部での方向転換だが、これは斜路の角に外壁を切り欠いた開口部を設け、その欠落した外壁分で約 1 m ( カドではその 1.414 倍 ) の余裕を確保出来れば解決が可能である。

角部での 4 m 巾斜路は、元々がその対角線方向で巾の 1.414 倍つまり 5.6 m の奥行きがあるので、欠落外壁角分の同じく 1.4 m を加えると 7 m のスペースを簡単に確保出来る。

そこで 6 m 長の石材先端部を、ピラミッドの角で外壁の外へ時計回りに斜め 45 度で突き出すように回転させて止める。 ( 実際には余裕があるので切り欠きの外に迄は突き出さない。 )

次に石材の後部をそのまま先頭として仕立て、( 左側の斜路へと運び上げるべく ) 引き綱を最後部に繋いでそのまま左斜路へと伸ばし、左斜路の奥から再び同じように引き始める。

すると 6 m の石材は、先ず残りの 45 度を時計回りに回転し、それから左斜路に向かってゆっくり進み始める。

実際に切り欠き部の外にまで、石材が突き出す等は無く、60 トンもある 6 m 長の花崗岩がこのようなやり方で角々毎に前後を反転させ、90 度ずつ向きを変えながら 4 m 巾の斜路内を、必要な高さにまでゆっくりと登って行く事は、十分に可能だったと思われる。

このような場所には恐らく、巨大な石材のもしもの転落事故を防ぐと共に自動的に運搬方向を 45 度程変える為の、カーブした 「 ガイド板 」 や 「 ソリ止め 」 までが有ったと思われる。

( 以下は旧原稿のまま故、説明は粗いものの内容的には上の文章とほぼ重複する。ご容赦。 )

そこで直角方向左手に用意されているロープ ( のフック ) をソリの後側に引っ掛け、左手の対向斜面に同じく設置されて待機してる者たちに合図を送れば、再び同じ仕掛けでソリの後方中央が横に引かれ、ソリは自然に残りの 45 度を回転し、結局 90 度方向転換してそのまままた斜路上をスルスルと登ってゆく。

こうして石材とソリは、角々毎に右回り ( 時計回り ) に 90 度回転しつつ、ピラミッド台地の建設最高平面にまで登っていったろう。

対向する 51 度 52 分の外壁斜面に設置された錘台は、恐らく井戸の釣瓶 ( つるべ ) と同じく一対であったと思われる。

上下の入れ代わる 2 つの錘台が設置されていれば、錘となって降下した人間だけが降りてまたトンネルを駆け上がって来れば良く、その強度の故に相当重いだろう空の台を数十メートルも引き上げる労力が要らないからである。

無論その分のロスはあるだろうが、数人も余分に乗れば済むので、何も問題はなかったろう。

但しトンネルの入り口が 1 つだけだったとすると、入口から最も遠い角からは、その設置台の高さがまだ低い場合にも、わざわざ 500 メートルも廻って入口に戻り、まだるっこしいたった 4 度の斜路をグルグル廻ってまた元の位置に戻るしかない。

なので、それを面倒がってもっと効率の良い仮設の急階段が、この 「 錘台エレベーター 」 の直ぐ脇に造られていた可能性は高い。

むろん時々ズルをして空の筈の錘台に乗って戻って来るチャッカリ者もいたのに違いない。

尚、ウーダン氏らのシミュレーションの結果、レバノン杉の台車とナツメヤシロープの強度はこのような作業の為には十分であると既に判明してる。


● 大回廊に大きな錘石は固定されてはいなかった筈である

もしそれがエレベータのバランス錘のように固定的な錘であったら、60 トンの巨石を上まで運び上げた時、錘石は狭い大回廊の中をいちばん下にまで降りてしまっていることになる。

すると次の石を運ぶ前に、巨大な錘石をまた大回廊の上の位置にまで戻さなければならない。

何よりも、最初の 1 つ目の石を運ぶ前にも、錘石は大回廊の上の位置にまで運び上げられていなければならない。

60 トンの巨石を運び上げるのと同じ方法で、当の錘石を上の位置まで運び上げる為には、結局 「 錘石 」 と同じかそれ以上の重さの石を、ピラミッドの上から下へと降ろさなければならない。


● 打開策

が、そんな不合理な事をするくらいなら、最初から大回廊の錘石は固定的なモノにせず、次々に新しい別の 「 錘石 」 を、上から地上へと降ろし続ける方が良い筈である。

更にそうして降ろすべき 「 錘石 」 は、何も数十トンの石である必要など全然なく、230 万個も運び上げて慣れてる 2.5 トンの石を手っ取り早く積み上げてしまう方がずっと簡単であろう。


● 最も合理的な 「 錘 」 は …

そして単なる錘としてなら、巨石よりは小石、小石よりは砂、砂よりは水 ( の入った皮袋 ) …ということになる。

が、結局最終的には、たとえ砂袋や水袋とは云え、そんな重いモノを苦労して担ぎ上げるより、足の生えた錘、つまり人間 ( 作業者たち ) がそのまま錘となって、下まで降りたらまたみんなで梯子を昇って、空の台を引き上げ ( るのにも同じ方法が使える ) て、次々同じ事を繰り返せば良いということになる。

それこそが最も簡単で、楽で、合理的な方法だと気付いたのに違いないのだ。

屈強な作業者が自分の体重にも匹敵する力を長時間出し続けることは、不可能ではないにしても相当な重労働であり、そんな働き方を丸々 1 日続けたら疲労困憊してしまう。

が、もしも自らを錘として特製の台に乗り体重を掛けるだけで良かったり、或いは単に縄梯子をゆっくり登り続けるだけで良かったら、それを 1 日中続けても然程の苦役ではないだろう。

肝心なのはそこで、作業者の体重を上手く活用すれば、然したる苦役も強いずに最大限の仕事をさせ得るのである。

因みに、他の力作業ではまるで役に立たない 「 建設労働者の妻子 」 にも、必要に応じて台に乗って貰う …という事までがもしも可能だったなら、恐らくそれがいちばん効率的なやり方だったかも知れない。
 ( しかし女子供のピラミッド建設作業への駆り出しが、その時代の規律で果たして可能かどうかは無論不明。 宗教的な理由などで、それは不可能だったかも知れない。)


● 2.5 トンの石材ブロックを 1 段ずつ上に運び上げる最も簡単で素朴な方法

1 段目のブロックを並べる時に、特定の部分を並べずに空白にしておき、完成した 1 段目台地上に云わば 陥没口 を残しておく。

入口から延びる傾斜路正面の少し離れた位置に、そのような 「 穴 」 を 1 つ設けておけば、ナツメヤシのロープでその部分に平台を吊り下げられる。

ロープの他端に、( 重さ 2.5 トンの石灰岩を乗せた ) ソリを括りつけ、人間が 5 人ぐらいその吊り下げた台に乗るなら、傾斜 4 度の ( 油を撒いた ) 斜路上のブロックは、ソリに載せられたままスルスルと登ってゆく筈である。( 5 人分の体重は少なくとも 300 kg はあるのだ )

傾斜 4 度の坂道にある 2.5 トンのブロックと、垂直に降下する平台が平衡する為に必要な重さは、たったの 180 kg でしかない。( つまり、僅かに 3 人分の体重だ。)

尤も傾斜 4 度で高さ 1 メートル引き上げるには、斜路上を 14 メートル程も移動させる必要が有り、陥没孔の深さがもしたった 1 m なら、1 m 進む毎にソリにブレーキを掛け、14 回以上も台を繰り返し上げ下げする必要がある。

当時もし 250 メートルものロープが使用可能なら、最初から反対側の斜面までロープを伸ばして …という理屈も一応考えられる。

が、それほど長いロープの、重さや斜面との摩擦は無視出来ないので実施されたとは思えない。

● 問題点
このやり方で 2 段目を並べる際には、1 段目台地での 「 穴 」 はブロックを嵌め込んで埋め、斜路の更に先の位置を空白にして新しい 「 穴 」 を 2 段目台地上に設け、斜路が延びた分だけ何度も 「 穴 」 を設け直さなければならない。

更に 4 度の傾斜路は、最初の曲がり角までに外壁が傾斜してる分だけ内側へと巻き込んでゆく。

だから、そのまま積み残して何十段分もの深い陥没部 ( 縦坑 ) を自然に形成できるのは、結局の処、ピラミッド各段台地の中央部とピラミッド端部の崖しかない。

もしもピラミッドの端から端までを渡すことの出来るナツメヤシのロープが、細くて強靱で軽ければ、そのことごとくをピラミッド台地の中央部に残された深い陥没孔に導いて、そこに錘台を集中させるのが一番効率的ということになるだろう。

こうした深い穴は、斜路脇に形成された石壁で適切に角度を変えたナツメヤシのロープで繋ぐことにより、2.5 トンの石灰岩を少ない回数の 「 平台乗りと巻き上げ 」 を繰り返すだけで、傾斜路の最高点にまで引き上げることを可能にする。
  
付け加えるべきは、傾斜 26 度の大回廊や、ピラミッド反対側の 52 度に近い傾斜を利用するよりも、ピラミッド中央に残した垂直坑 ( 後に玄室と重量軽減の間になる ) を利用して多数段の平台を取り付け、そこに 1000 人程度が様子を見つつ乗り込む方が、垂直なのでずっと効率は良いと思われる。
 ( イナバの物置の屋根には 100 人乗っても大丈夫 …だと例の CM から判るので、10 段式にして 1000 人乗れる台の容積と面積は、玄室の納まっている縦坑の容積 1200 〜 1300 立方 m と面積 5 × 11 m 〜 6 × 12 m = 約 17 畳 〜 22 畳の範囲内に十分納まったものと考えられる。)


ピラミッド側面にセットされた場合の 60 トンの花崗岩は実質的に 47.28 トン分の重量としてしか効いて来ないので、それより 12.7 トン分も重い 1000 人分の鉛直方向の体重 60 トンには到底抗し切れず、このようなやり方でなら恐らく自然にスルスルと壁面を上って行ったものと考えられる。( ガリレオの斜面の法則 )


● 2.5 トンの石灰岩ブロックについても、同じ事が言える

4 度の傾斜路に潤滑油を流しつつ少しずつ上らせるだけで良いなら、僅かに 180 kg 程度の錘 ( = 人間 3 人 ) が斜路前方に設けられた縦穴の垂直下降台上に居て、その台と石とがロープで繋がってればそれだけでバランスする理屈なので、もう少し余分に人が乗れば普通にスルスルと石は昇って行った筈である。

穴の深さが浅ければ、1 度にはその深さ分しか巨石は斜路を昇れないものの、止まった所で巨石の後にクサビを噛ませて滑り落ちるのを防止し、台を引き上げて同じ事を繰り返せば良い。


● また水平移動についても全く同じ理屈が成り立つ

運送路の両側の所々に縦穴を穿ったり残しておいたり、或いは行く手にあるビラミッド端の崖を利用して台やソリを吊るしておいて、それと引き綱を結んでおけば、2.5 トンの巨石はもっと少ない人数がその台やソリに乗っただけでも、油を撒かれると自然に動き出したに違いないのだ。


● 四角錐内 螺旋斜路を最後に巨石で埋め尽くす方法と、そうする事の必然的な理由

四角錐内 螺旋斜路は、ピラミッドの外装化粧石を最上部から順々に貼り付けてゆく ( …か、或いは外装石区画毎に丸ごと古代コンクリートで成形してゆく ) 段階で、同じく斜路の最高点から順に埋め潰すべく、それまでとは逆に 0.3 トン ( 最上層段 ) 〜 2.5 トン の順でその位置に積み上げるべき石を、その各々の時点での斜路の最奥にまで運び上げて積み上げ、徐々に後退しつつ入口にまで戻ることで、完全に埋め尽くしてしまう事が出来たと思われる。
 ( ピラミッド周縁部の構造的強度を確保すべくそうした可能性は十分に有り、また逆に、玄室への入口通路が完全に埋められたのも、もしかすると盗掘防止の為なんかではなく、実はピラミッド全体としての構造的強度の確保が目的であった …という可能性もある。 )

だから斜路の痕跡は、そうして埋め潰されても尚、少しは残るだろう隙間レベルの空間以外は残ってない可能性が高い。

それでも巨石の周囲に埋め残されてる隙間の有ることは、重力計に恐らく出るだろう。

だからこそ、ウーダン氏の予測した通り 「 四角錐 螺旋斜路 」 の痕跡が見付かったのであろう。


● 大ピラミッド稜線上の踊り場の如く部分の正体

尚、大ピラミッド稜線の所々に見られる踊り場のような部分は、恐らく建設中、その位置より上の化粧石までが完全に据え付けられ終わるまでは絶対的に必要だった、換気口の跡である。
それはまた、主たる明り取りでもあった筈である。
そして何よりもソレは、構造石全体の積み上げ完了後にピラミッドの外側に化粧石を設置形成して仕上げるべく、作業員と化粧石 ( またはその原材料である古代コンクリート材料 ) の斜路からピラミッド外側への出入り口でなければならなかった。

    



● 最後に

私はジャン・ピエール・ウーダン Jean-Pierre Houdin 氏の新説を 2009 年 7 月 5 日の夜に初めて知りました。

私はウーダン氏の新説に強い感動を覚えました。

長年、解明不可能ではないか …と考えていた問題が、物の見事に、極めて合理的に説明されてゆくのを目の当たりにして、本当にワクワクしました。

生放送ではなく、ビデオに録ってあったそれを 1 時間遅れで見終わったあとで、10 分程して、ここに書いたような事を次々思い付いてしまい、私は自分でもビックリしました。

自分がまさか、考古学に関した事柄を何か発見するなどとは、これまで 1 度も想像していなかったからです。

しかし、何にせよ、この小論は完全にウーダン氏の肩に乗ることで書き上げられたものです。

もしウーダン氏の新説を知ることが無かったら、私はこのような事を全く思い付いたりはしなかったろう …と思います。

ピラミッドの内側に必要な斜路を形成することで、無駄な斜路建設を一切排して、古代エジプト人が完全に合理的な建設法を実現していた …という、それこそ最大の発見を成し遂げたジャン・ピエール・ウーダン氏こそが、私を触発してこのような追加発見をさせてくれたのです。

ジャン・ピエール・ウーダン氏に心から感謝し、この小論を捧げます。

於 東京・日本 うつぎれい 記

(C) Copyright 2009. All Rights Reserved.





以上は、2009.7.5.に放送されたNHKスペシャル 「 エジプト発掘 」 第1回で紹介されたフランスの建築家 / ピラミッド研究家であるジャン・ピエール・ウーダン氏の研究を土台にしています。


 なお、以下はこの番組の録画を見終わった直後のメモである。



( 情報_ ) ( 疑問符_ ) ( 2009.7.5. 記 )  NHKスペシャル 「 エジプト発掘 」 第1回から
建築家ジャン・ピエール・ウーダン Jean-Pierre Houdin 氏 「 エジプトピラミッド建造法 」 究極の解明 …の快挙!

実に素晴らしい説明で殆ど文句の付けようが無かった。

調べてみたらこの仮説、氏の本国フランスでは既に 2007 年の 3 月時点で、理論を紹介する 3D 映画も上映されており、雑誌も好意的に取り上げ、本も出版されている。

なのに、今日まで何度もエジプトやピラミッドについて取り上げ、白々しく従前の仮説を元に解説してた吉村作治教授やザヒ・ハワース博士の仕切る番組では、一切取り上げられることもなく、完全に無視され続けていた。

このエジプト学に於ける、異端説の隠蔽とご都合体質は、一体いつ頃からなのだろう?


現在はまだ、ウーダン氏の言う大ピラミッド内部に埋もれた傾斜路の ( 恐らくは最終完成時に埋め潰されてしまってるだろう ) 僅かに残る痕跡の隙間を、詳細に調査 ・確認する方法は確立されていないので、上のような重力計測やミューオンのような宇宙線を駆使しての非破壊探査位しか方法が無いのだが、今後は恐らく小さなヘビや小動物サイズの完全自立型で行動可能な撮影探査ロボットや、ムカデやヤスデや昆虫サイズの内視鏡型自立探査ロボットや、最終的には羽虫サイズで HD 動画カメラ付きの超小型自立探査型ドローンロボットが、洞窟コウモリや本物の羽虫の如くに大ピラミッド内の隙間の至る所に入り込んで、その全体を実物大の 3D 電子マップ上に描き出して呉れるようになることが予想出来る。

だから、エジプト考古庁の制限や物理的な制限によって、大ピラミッドの構造上の真相が分からないままに置かれ続けるのは、もうそんなにいつまでも長くは続かない …と思われる。

米軍や DARPA や CIA や NSA なら、もう既に持ってるのかも知れないそうしたロボットが、民生用として、そうしたワクワクするような研究や探査に、一刻も早くポジティブに活用される事を、私たちは、ウーダン氏と共に心待ちにしていようではないか?


 下は ( 6 年前に ) 上の小論を書いたあとで気付いた事と、色々なアイディア …のまとめ書きである。



( アイディア ) ( 2015.10.2. 記 2016.2.12. 追記 )

『 巨大ピラミッドを建造するいちばん簡単な方法 』  2015 承前


● ピラミッドは全体として立体プリンターで構造を形成してゆくのと同じように造られていった …と考えられること。

● そうした造り方で、同時にピラミッド内部の壁画やレリーフまでもを一緒に作っていってしまえば、その作業現場は常に太陽光に満たされているか、或いは灯を焚いての夜間作業にしても煙やススは空高く逃げてゆくから、ピラミッド内の壁面に黒い煤のコビリ付きが全く無いのは、全く当然の事となる。

● 傾斜路の外壁によって昼間の直射日光を避けられる …というウーダン氏の説は正しいと考えられるが、もしも建設中から完全な外壁を造ってしまったら、天井アーチ形成後の傾斜路には日中でも各角毎の開口部以外からの日光が全部遮断されてしまい、真っ暗闇にも近い状態となってしまう。

● また傾斜路内での空気の流れも悪くなるだろうから、恐らく実際の傾斜路外壁には一定の間隔で開口部があって、それが太陽光や夜間にはその開口部の外側に置かれただろう松明の灯で、傾斜路内を一切ススで汚すことなく照らし続ける為にも、また閉塞的な傾斜路内での窒息 ( や酸欠 ) 事故を防ぐ為にも、十分有効だったろう。

● こうした傾斜路外壁の窓孔部分は、外壁の外側の仕上げ段階で、順次埋められていったものと考えられる。

● 尚、傾斜路の外壁が傾斜路からの転落事故を防いだ …というウーダン氏の説明には、ホンの少しだけ異論を挟まざる得ない
 ( …と言っても傾斜路の外壁は多分あったろうし、転落事故を防ぎもしたのだろうが。 )
何故なら建設中の傾斜路の外側というのは、まだ化粧石材による仕上げが為されてないので、現在のピラミッドの外観と同じく、階段状に石が積み上がってるだけの状態である。
従ってもしも傾斜路から作業員が転落したとしても、精々がその 1 メートル程下の段上に落ちるか飛び降りる程度のことに過ぎない筈で、そうした場合の怪我防止の為だけなら、直ぐ下の段上に干し草や砂、または籾殻を入れた布袋を敷いておけば済んだろう。
 ( それらの緩衝材は大工事の最終局面で、天辺から順に各段の化粧石材を張り終えたらその直ぐ下の段上にある緩衝材を取り去ってゆく …という方法を採れば、最後まで安全を保てる。 )

● ピラミッドは、その構造体自体は基壇から積み上げて行かざるを得ないにしても、その外装化粧石の据え付けと仕上げまでを 1 段目から同時進行で行っていた筈は絶対に無い。
 何故なら、どんなに精緻な測量を行って建設を始めてたとしても、最終的な頂点がその時点では未だ何も存在してない唯の空中の 1 点でしかなければ、実際に頂点石 ( キャップストーン ) が設置されるまでは、ホンの少しぐらいのズレがピラミッドの全体にあっても殆ど気付ける筈がなく、最後の最後で漸くそれが分かって、表面仕上げの全体をそこで改めて全部やり直さなければならなくなること必至だからである。
 そのような事態を防ぐには、ピラミッド構造体を可能な限り精密な測量の下に造るだけでなく、キャップストーンを実際に設置して現実の頂点が測量可能となるまでは化粧石の据え付けを一切しないでおき、その本当の頂点が決まってからソレを目印に再測量して外装工事を開始し、幾ら精緻な工事をしてたとしても当然出て来てるだろう種々の微細なズレを、化粧石の据付けと最終的な仕上げの段階でことごとく調整して直してゆく …という方法しか無かった筈だからである。
 従って、まだ建設途中でキャップストーンの載ってない大ピラミッドの側面が既に化粧石まで貼られたキレイな斜面なんて事は到底有り得ず、その段階ではまだ階段状だった筈である …と指摘しておこう。
 ( このことを明確に指摘してる人物が確か、既に誰か居た …と記憶してるのだが、残念ながら今は思い出せないので、ご容赦。 )

● ピラミッドには、元々その土台となるべく岩山が ( スフィンクスの場合と同じく ) 埋め込まれてピラミッドの核になってると考えるべく証拠の構造が一部露出してること。
 ( 基段部で外側の石材が持ち出されて露出してるその奥の巨大な石には、それより表面に積み上げられてる他の石材よりも遥かにスケールの大きな石が、実際に幾つも見付かっている。 )

● またピラミッドに使われてるいわゆる石灰岩 ( らしきもの ) は、近くの採石場とされてる場所から切り出される自然なままの石灰岩とは組成が違ってる。

● テレビの解説などでは余り指摘される事も無いのだが、この石灰岩らしき石材そのものが、実は近隣の採石場から直接切り出し可能な 「 比較的低品質な石灰岩 」 そのものではなく、一旦そうした石灰岩を砕いて粉々にし、その後で人為的に追加の貝殻や動物の骨の欠片などを色々混ぜ込み、更に炭酸水素ナトリウム ( = 重曹 ) を加えて練り上げ、砂漠の太陽光で改めて固め直して作られた人工石で、いわゆる 「 古代のコンクリート 」 と呼べるような代物なのである。
 ( これについての詳しい説明は後半の
こちら である。 )

● ピラミッド構造体がほぼ完成すると、その頂点に 5 トン 〜 20 トンと推定されるキャップストーンを設置し、その後ピラミッドの表面全体に、上から下に向かって順に化粧石を貼り付けて行く事になるのだが、キャップストーン設置段階での作業台地は極めて狭く、もはや足場を組んでの重い石材の積み上げはほぼ不可能にも近い、困難な作業となっている。

キャップストーンと、頂上部から下へと貼り付けられていった化粧石の全体は、其処に運び上げられて設置されたものではなく、恐らく其処で形成されたモノである
ウーダン氏は、重く繊細なキャップストーンの完成品を地上から慎重に運び上げ、円錐形のヤグラを駆使しての実に巧妙な設置方法を提案しているのだが、大ピラミッドの化粧石が多量のオパールやひしゃげた気泡を含む密度の低い石灰石コンクリートであることが ジョセフ ・ダヴィドヴィッツ 博士 の研究によって既に判明してる以上は、最も無傷な状態で設置されるべきキャップストーンやピラミッドの外装化粧石の全体が、ピラミッド構造体の完成後に、古代コンクリートの原料と水を運び上げて、まさにそのピラミッド上で型に嵌められて形成され、固められた古代コンクリートそのものであった …と考えるのは全く当然の推論であると思われる。
そうであればこそ、殆ど足場とて無いピラミッドの頂上に 5 トン 〜 20 トン ものキャップストーンは楽々と設置可能だったのであり、真っ白な化粧石は上から下へと、分厚く大ピラミッドの全体を覆ってゆけた …という事であったのに違いないのである。
そうやって古代のコンクリート化粧石が、ピラミッドを頂点から覆ってゆくと共に、内部斜路とピラミッド外側との間の出入り口や、内部斜路の為の換気口や明かり取り …といった開口部が埋め潰されてゆき、その外側に有ったろう足場の一切もまた、順に撤去されてゆかねばならなかった筈だが、そうするとその仕上げが終わった位置より上の斜路部分は必然的に真っ暗闇となり、換気も出来なくなるから使用不能となるのに違いないのである。
従って、その位置より上にある斜路は、その時点までに 「 正にその目的で斜路を運び上げられた 」 石や古代コンクリート素材や古代モルタルを使って、全部が埋め潰されていったのに違いない。

● 「 古代のコンクリート 」 は強靱で、現在の、酸 や 酸性雨 に腐食されてボロボロになり易く ( 精々が 50 年位の耐久性しか持たない ) 「 普通のコンクリート 」 よりも遥かに優れており、凡そ数千年もの耐久年数を持ってる …という事が既に判っているので、上のような新解釈には十分妥当性があり、それがそのまま事実である可能性は結構高いのである。

● 何故なら、それはこの大ピラミッドだけではなく、その後のローマ時代の水道橋やコロッセウム等でも実際に使用されていて、それらは今でも、崩壊せずにちゃんと形を保ってるからである。
  …にも拘わらずその製法 ( 古代テクノロジー ) 自体は、最近になるまでほぼ完全に技術が失われていてその詳細が不明だった為、大雑把な成分分析位までは出来ても、完全に再現する事までは未だに出来ていないままである …とも言われていたのである。


● 処で、比較的粗削りな定形サイズで傾斜路を引き上げられていった石材が、最終的な積み上げ現場に於いて必要なピッタリサイズに削り直されて積み上げられたと考えるなら、そうして出てきた筈の厖大な石の破片を現場から運び出すのもまた大変な作業である …という視点がある。

● そうした論者である ピーター・ジェームズ 氏の新説についての付記 ( 2016.2.12. 追記分 )
 [ ( 上述の通り、大ピラミッドがその場所に元々在った岩山を核として造られており、石材そのものも近隣の採石場から切り出された石灰岩そのままではなく、古代のコンクリートだった …という事実が判明している以上 ) ピラミッドの建設者がその再び砕石された破片を、ピラミッドの内部を埋め尽くす為の材料として使ったかも知れない …という、イギリスの古代建築修復の専門家で構造工学技術者のピーター・ジェームズ氏の新説*についても、ここで一寸触れておかなければならないだろう。
  こうした建築技術上の専門家が唱える新説を、既に著名な 「 考古学者たち 」 が、「 門外漢の妄説 」 と見做して “ 頭から間違い ” と決めつけるべき根拠は何処にも無いからである。
  併し、上のジェームズ氏の主張する 「 ピラミッド内部を埋めてゆく石材の破片の上に便宜的に造られ 」 「 周縁部外壁用の石材をその必要な位置にまで運び上げるべく内部スロープ 」 …というのは、どう考えてもウーダン氏の提唱する 「 外壁内側に巻き付く形でこそ可能な傾斜 4 度の長い長い斜路 」 に較べてその全長が遥かに短く、傾斜も極端にキツくならざるを得ない為、そのような急勾配を克服して石を運び上げる …という事は、ウーダン氏の説よりもずっと実現不可能に見える。 またジェームズ氏は 「 ピラミッドの容積 」 と 「 採石場と見做されてる場所から切り出された石材の総量 」 とがほぼ同じ …という自らの概算を元に、最大で 70 % にもなる筈の石材破片の行き場所はビラミッドの内部しかない …と見做してるようなのだが、採石場から取り出されていたのが石材そのものではなく、( 上述の通り ) 始めから 「 古代コンクリートの原料としての石灰岩の粉 」 でしか無かったのなら、それらは総て無駄なく練り固められて石材となってるワケで、ジェームズ氏が想定するほど大量の破片は出て来ない …という理屈にもなる。 更には、建設現場での擦り合わせで発生した石の欠片までもが、実は残らず掻き集められて纏められ、再利用されてまた古代コンクリートとして蘇ってる …というもっと驚異的な可能性だって十分にありそうである。 ピラミッドの中心核部分のかなりが、元々そこに有った石灰岩の岩山に依拠して成っているのだとすれば、全体としての石材も 230 万箇よりずっと少なくて良いことになる。 だが、ピーター・ジェームズ氏はそうした点を完全に見落としているのである。 ]


● もしも既存の考古学者たちが、ウーダン氏の説を含めて新説を唱える建築家などを 「 考古学の門外漢だ 」 等というような言い回しに代表されるような縄張り意識と狭量さで批判的にしか見ず、非協力的な態度しか示さないなら、逆に考古学者たちもが同じく 「 実際の建築技術や構造設計や作業の仕方については殆ど何も知らないで物を言ってる古代建築についての門外漢 」 なのであり、考古学者たちのしてきた従来の説明は 「 建築技術の専門家ではない者たちの妄想 ・妄言 ・憶測でしかない 」 という事にもなりかねないのである。

● 私が今回、この分野に首を突っ込んでみて気付いたのは、「 大ピラミッドの建造方法の解明 」 というのは、元々、考古学者や歴史学者に適した課題では全然無い …という事だった。
そしてそれは、既にウーダン氏やジェームズ氏も言ってるように、どちらかというと考古学者よりも建築家や構造設計技術者寄りの課題に近いのだが、一番の問題は、今の技術や材料や建設機械がそれこそ全く使えない時代に、一体どうやって大ピラミッドを作ったのか? …という話なので、今の技術や道具や工法に如何に詳しい技術者や建築家や構造設計の専門家でも、唯それだけでは、この課題への最適な専門家には全然あたらない …という事なのである。
では一体どういう人ならその最適な専門家なのかというと、つまり解明すべきはその当時、未だ前例の無かった事をいきなり実現してしまった人々の思考なので、それはつまり 「 当時の発明家の考えの解明 」 なワケで、そうだとするとこの課題にとって最適な専門家とは、同じ 「 発明家 」 以外には有り得ない …という結論になるのだ。
そうなのである。 つまり 「 大ピラミッドの建造方法の解明 」 の専門家として最も妥当なのは、考古学者でも歴史学者でも建築家でもなく、何と、発明家なのである。
が、改めて考えてみればそれは全く当たり前の話で、あの途轍もないピラミッドを作り出せたのは当時の 「 発明家 」 以外では絶対に有り得ないワケだから、基本的には、発明家や発明家の資質を持つ者でない限り、大ピラミッドの建造方法の解明なんてのは、土台から歯が立つ筈が無いのである。
私自身はたまたま元々が発明家だったから、まさにこの課題にとってピッタリなタイプだったワケで、恐らくは私と同じような 「 発明家タイプ 」 なのだろうウーダン氏 ( の発想 ) の肩に乗って、こんな風に沢山沢山、本当に山程の答を見付けることが、多分出来たのだろう。
だから、その切っ掛けと絶好のチャンスを与えて呉れたジャン・ピエール・ウーダン Jean-Pierre Houdin 氏に、唯ひたすら感謝である。


● ピラミッドの外形に見られるあの精密さは寧ろ、ピラミッドが内側から外側に向かって造られていったのではなく、最初に外側を先ずシッカリ、ピッタリ、十分にガッチリと造っておいて後でその内側を埋め尽くす …という造り方をした可能性の方が確かに高く、また合理的にも見える。


● 実はソリではなく、重い石材に 「 装着車輪加工 」 を施し、転がして運び上げてた可能性が高い
 傾斜路に油を流して、ソリで石材を引き上げてた可能性は、恐らく全く無かったろう。
 ( 筆者はこの点で、6 年前に先の小論を書いてた時とは、全面的に考えが変わった。 )

● 何故なら、傾斜路であるが故に油は絶えず流し続けなければならず、しかもその油がもし人の歩く部分に少しでも飛び散れば足が滑り易くなり、重大な事故の原因となること必至なのだ。
 むろん油は 「 傾斜路 」 そのものにではなく、石材を運ぶソリのブレードに該当する部分が収まる 「 専用の平行する溝 」 にのみ注がれていた …とは想像出来るのだが、同じ傾斜路を重い石を乗せたソリと多数の人間が絶え間なく行き交い続けている以上、そして毎日大量の油が注がれ続けるその溝にはビラミッドの 4 隅で必ず淀みが生じるに決まってる以上、その油がやがて色々なアクシデントで大量に傾斜路上にも拡がって、まさに手に負えない状態になるだろう事は火を見るより明らかなのである。
  ( これは、傾斜路に勝手に迷い込んで来て溝に落ちてはまた這い上がる、巨大なヤスデやヘビやスカラベ = 黄金虫、ネズミや猫やフェネックギツネ等を、仮に全部シャットアウト出来たとしても、多分、防ぎ切れないだろう。 )
 また、傾斜路内のそうした溝をどんな材質で造ったにしても、その底面に掛かる衝撃と圧力で溝は必ず破損し、ピラミッドそのものを建設の間中ずっと油漬けにもして行くだろう。
 エジプト ギザ台地は、アフリカ大陸のプレート境界である大地溝帯 ( グレートリフトバレー ) にも程近いから、実は大地震も結構あり、折角造ったピラミッド内がもし 「 全部油漬け 」 だったら、何千年も内部崩壊を免れられる筈がない。

  だから、そんな馬鹿げた方法が採用されてた筈は絶対にない …と漸く私も気付いたのだ。

● するとたとえゆっくりでも効率的に傾斜路を運び上げられてゆく石材の一つ一つは、合理的に考えれば考えるほど、その全部が 「 装着車輪加工 」 されていた …と考えざる得ない。

● 装着 車輪 加工 …とは、四角い石材の各辺に円弧状に整形された木材を充てがって縄で括り、四角い石材を軸とする車輪状に全体を加工して軽く転がして運べるようにする事である。
 ( このように整形された 木製の部材 が実際に発掘されており、クレードルとも呼ばれていて、上のような説明と解釈は、まだそれ自体が英国ケンブリッジ大学のディック・パリー名誉教授の提唱してる 「 一つの仮説 」 段階 …とはいうのだが、筆者自身は単にテレビの 「 世界ふしぎ発見 」 での上のような説明を聞いた記憶があって、既に一般的な解釈になってるモノと思い込んでもいたので、実は Dick Parry 教授の名前も今しがた、インターネットで調べてみて初めて知ったのであるが、それでもこの説は、きっと正しいに違いない …と思うのだ。 )  下は何れも 1996 年に行われた大林組の協力による パリー仮説の検証実験の画像だが、現実的な 4 度勾配を遥かに超える 22.5 度もの急坂なのは、恐らくテレビ番組上の都合だろう。

      


で、コレと足の付いた 錘 ( おもり ) である人間の体重を活用して古代エジプト人たちが、あの重い石を実際にどれほど効率的に運び上げていたのかを、少しばかり想像してみよう。

● 装着車輪加工された石材を効率的に安全に転がして運び上げる為には、無駄にその全体の重量を増加させない為にも、石材の長径を軸とする両輪型に装着し、その両端の部材の形成する円環の外側直径方向に板を渡して固定し、この左右の疑似車輪の中心部分に軸となるドアノブ状の突起を付けて其処にロープを掛けて転がす …というのが最善の策である。
更に、この中心突起の他に 「 スタータ突起 」 と呼ぶべき小さな突起が車輪化部材の各々の側面に 1 〜 2 箇あり、始動位置でちょうど中心軸の真上に来てる特定の小突起 ( 左右共 )に、ナツメヤシのロープをあらかじめ引っ掛けた状態で動かし始めれば、3 トン近い巨大な車輪と化した石材は、先ず最初にその スタータ突起 によって前方への回転そのものを与えられて動き出せるので、極めてスムーズに動き出し、斜路を登って行けた筈である。 ( これは絵にしないとちょっと分かり難いかも知れない )

● これらを形成する木製部材の全体に、ソレを縄で括って固定すべく溝があらかじめ掘られてあれば、その溝に縄を掛けて括れば運搬中にそれらの括り縄を摩耗させることなく、またその全体を滑らかに転がして最小限の力で運び上げる事が可能である。

● このような重量物に掛ける、左右のロープのバランスをとってロープを 1 本に纏めると、ソレは太く重く扱い難いモノとなるが、左右の中心に掛けたロープの接合点から、ソレを錘作業員人数分の本数の 「 細いロープによって作られた縄梯子 」 で代替すればソレは扱い易く軽いモノとなる。

● 運び上げ位置に在る 「 装着車輪加工された石材 」 の前後左右各々には、自動的に挟み込まれる仕組みの楔形の車止めが付属しており、各々の引き上げ定点に配置された監督かチームリーダーの合図によって傾斜路の上側の 2 個の車止めだけが、その引き上げ定点から繋がる別の 1 本の細いロープによって上に持ち上げられるとストッパーが解除され、引き上げ作業開始可能となる。 [ この細いロープをリーダーが離せば、昇りストッパーが掛かり ( もしも錘作業員たちの体重が目一杯掛かっていても ) 車輪化した石材は其処で止まる。 ]

● 錘作業員たちは夫々に割り当てられた縄梯子の先を持って次の定点に在るカタパルト型足場にまで傾斜路を駆け上がり、外壁の外側数メートルに突き出した巾数メートルのその足場の突端の、自分の所定位置に着き、縄梯子の先端のフックを足場にシッカリ掛けてから、その縄梯子に自分の体重を托す。

● つまり装着車輪加工された石材は、精々が 1 人分の体重を支えられるだけの細い ( 但し多数の ) 縄梯子に繋がれ、錘作業員たちの体重と彼らがその縄梯子を垂直に ( 石材が近くに来るまで ) 登り続けるという事だけによって、仰角 4 度程度の傾斜路を安全に転がりつつ、楽々と運び上げられて行った …と考えられるのである。

● カタパルトまたは幅広の飛込台の如くに突き出した木製の足場構造 ( 巾、長さ共に数メートル程度 ) が、傾斜路外側のまだ表面加工されてない階段状のピラミッド外壁に沿って、恐らくは数十メートル毎に多数仮設置されていたと思われる。
それらは、ピラミッドが天辺まで積み上げられて頂上石 ( キャップストーン ) が載せられた後も、頂点から開始される表面の化粧石張り付け工事がその場所に到るまで活用され続けた。
そしてその位置での表面加工開始に際して撤去され、その役目を終えた。
 ( こうしたモノには、従ってソレが有ったという証拠はまず残らないのだろうが、現代建築に於いても、建設中に組まれてる足場がやはりそうであるように、「 痕跡が残ってないからそんなモノは無かった 」 …という理屈には必ずしもならない。 証拠主義の限界がそこにある。 )

● カタパルト型仮設足場の端は、精々が外壁の段差数段分を確保出来る位置にまでしか張り出してはおらず、直下の外壁段差までの高さは数メートル程の飛び込み台の如くモノだったろう。

● 傾斜路には、装着車輪加工された石材が傾斜路の外側に転がり出さないように、木製のガイド板が設置されていて、カタパルトの端に向かってやや斜め方向に多くのロープ ( 縄梯子 ) で牽引されつつも、石は真っ直ぐ上にと転がって行けた。

● より簡単な解決策としては、引き上げ定点前の傾斜路中央に頑丈な木製の短い円柱を嵌め込む事の出来る縦穴が穿たれていて、その円柱に一旦引っ掛けて方向を変えたロープ ( 縄梯子 ) がカタパルトの如き木製の突き出し足場構造の突端にまで伸びるようにすれば、そうした各々の縦穴に付属の円柱を抜き差しする作業は増えるものの、石はもっと簡単に真っ直ぐ転がってゆけただろう。



● ( 2016.2.12. 緊急填め込み追記 )

「 カタパルト型仮設足場 」 や 「 ピラミッド中央部の深い縦溝 」 を活用する以外の、もうひとつの あれまあ …な可能性 …

 …として考えられるのは、( 実はたった今気が付いたばっかりなのであるが )
 持ち送り構造で形成されてる傾斜路天井中央部の高さ 5 メートルを活用し、
 凡そ数十メートル毎に頑丈な木製の短い梁を、
 予め天井近くにシッカリと嵌め込んで固定しておき、
 ( ナツメヤシのロープで編まれた ) 縄梯子を
 長い棒などでその梁に一旦引っ掛けてから下に垂らし、
 錘り役の作業者たちをその先端に取り付かせて一斉に登り始めさせ、
 車輪化加工された巨石が目の前に到達するまで、
 凡そ数十メートル分を ( 足が再び床に着いてしまわないレベルで ) 、
 唯々ゆっくりとナワ梯子を登らせる …という、
 更に、更に、画期的なのだが、
 ここまで折角頑張って書いてきた私自身にとって、
 いささか …どころか、何ともまあ、衝撃的な方法なのであった。
 ( 今更、何でそんなの思い付くんだよー。 もう 台無しじゃないかぁ…。 …と泣く。 )

 これには、石材を無駄に上へと吊り上げて力をロスしないように、
 ナツメヤシのロープを天井近くの梁に引っ掛ける直前に、
 先ずは床から 1 m 程の高さを横に渡した頑丈な丸木の下を一旦潜らせてから、
 改めてその天井近くの梁にナツメヤシのロープで出来た縄梯子を引っ掛けて垂らし、
 その上で 錘 ( 重り ) 役たちが一斉にナワ梯子の先に取り付いて登り始めれば、
 装着車輪化された石材はちょうど 1 m 程の高さで斜路と平行な方向に引かれ、
 斜面の法則 を絵に描いたように動き始める …という補足も、しておかなければならない。

このやり方だと、斜路のトンネルの高さは中央部で 5 メートルもあるから、ほぼ全ての事が斜路内で、( 近距離にも遠距離にも ) ロープ長の調整のみで自由に行え、全行程がコントロールし易く、効果と結果が確認し易く、斜路の中だけで全てを完了でき、極めて安全である。

この方法で石を運び上げたのであれば、錘 ( 重り ) 役の作業者たちには、如何なる転落の危険も無かったことになる。


たったいま降りて来たばかりのこのアイディアは優れて重要で、もしもこちらを採用するとなると ( 採用せざるを得ないが ) 、これまで説明してきた 「 陥没孔 」 や 「 中央部縦坑 」 や 「 斜路横に突き出したカタパルト状の足場 」 等々のアイディアの全体が “ ボツ ” にもなりかねない ( なるだろう ) のだが、「 方法の発明 」 というのは元より極限まで進化せざるを得ないので、この文書の公開直前にこのアイディアが降りて来たことの方に感謝し、現時点で最重要な最終アイディアとして、此処に大急ぎで目立つよう文字色も変えて、一緒に提示してしまうことにする。

この方法は ( 持ち送り天井など無い ) 平地でも、天井梁の代わりに簡単な櫓 ( やぐら ) を組んでの応用が可能である。 石の移動経路に沿って一定間隔で予め 櫓 を設置しておくか、または移動可能な 軽量の櫓 を必要に応じて任意の数だけ経路上に並べてやれば、どんな場所ででも簡単に、好きな方向に、重い石を移動出来たのである。

…ということで、これが本当に 「 最終解 」 なのだとすると、ここ迄の全過程は、まさに此処に辿り着くべく道のりだった事になる。

「 キュリオシティの撮った UFO 写真 」 のページでも実はそうだったのだが、私の書いてるこうしたページは、元々、最終報告書のつもりで書き始めてみても、書いてる内にまた次々と新しい発見が始まり、ソレはしばしば、発見のリアルタイムな実況中継みたいなモノになってしまうのである …が、それをキレイにまとめ直して何とか体裁を繕おうなどとすると、それこそ全体が台無しになり、却ってウソにもなってしまう。
なので、それはそれで 「 その発見に至った思考経路の記録 」 としても意味がありそうなので、その全部を一緒くたに、こうして残しておくことにしてるのである。
  悪しからず。 ご容赦。




● 装着車輪加工は、石材を最も容易に転がし易い向きに置いた石の両側に、両輪のように装着され、転がしてる途中で外れたりしないように外周部縦横の中心に儲けられた凹部にロープを掛け、シッカリと固定された上で転がされ、最終目的地である積み上げ位置に到達して装着を解かれるまではそのままであったろう。

● この装着車輪 ( クレードル ) 加工を施した巨石の運び上げ ( パリー教授の説 ) の実証実験を、前出の
大林組が 1996 年に行っており、その時の記録が存在する。
 インターネットで見付かる記録写真 ( 下のアイコンをクリック ) を見る限りでは、実験では車輪化された全体の 「 軸 」 の位置ではなく巻き付けた左右のクレードル全体の外周に絡めたロープの下側の一端を予め坂道の頂上辺りに固定しておいて、 20 人程の作業員が石の直ぐ近くから上側の 2 本のロープだけを引っ張りつつ坂を登って行く …という実証実験だったようである。
 が、このやり方だと誰でも直ぐに気付くようにロープの片側を固定してるから滑車と同じ事で、石を運び上げるのに必要な力は更に小さくなり、理論的には軸の位置で直接引いて転がす場合の半分の力で済むことになる。 ( 但し無論、引っ張った距離の半分しか石は進まない。 )
 但し、もしかするとロープは、糸巻きの糸の如くクレードルに先端を固定して巻き付けた状態からそれを引いて転がしつつ巻きほどく …という使い方なのかも知れない。 併しもしそうだとすると、最初に先ずロープを一々クレードルに巻き付けておかないといけなくなり、効率的なやり方とは言えなくなる。     

● 装着車輪加工された石材を一時的に停止させる必要のある場面では、その車輪部各々の前後に合わせて4つのクサビ状車止めを咬ませたと考えられる。
  ( 後ろ側の車止めクサビは、前方へと引き上げる力が無くなると自動的に作用して、石材がそのまま斜路を転がり落ちるのを防止した。 )

● 目的の積み上げ場所にまで到達して車輪化装着を解かれ、適切な位置に据えられた石材から外された木製部材は、その 8 個 1 組単位で複数セット纏められ、その全体を幅広の 1 つの車輪のようにされて真ん中の空隙部に引き縄までを全部畳んで格納される …というのが合理的であったろう。
ソレらは、ピラミッド最下段の石材搬入口のある側面中央位置に仮設置されてる、木製の樋のような回送専用斜路の投入口まで転がして運ばれると、そのまま回送斜路に投入されて地面まで転がり落ちて、そこでまた新しく運び上げられる石材へと装着され、繰り返し利用されたろう。

● こうして地表にまで戻って来た木製部材は 8 コ 1 組で解かれ、その次に運び込むべき石材にと順次括り付けられ、再び石の運び上げ作業が始まるのである。

● 玄室 ( または 王の間 ) と呼ばれる空間の、天井部に設置される平均 60 トン程の巨石板 43 枚 ( 三角屋根部分を入れると 67 枚 ) の運び上げ作業についても、積み上げ工程が正にその高さ 60 m に達した時点で、他の石材と同じく 4 度の傾斜路を使って次々運び上げられた …と考える方が簡単かつ合理的である。
 [ 但し、2 m × 1 m × 6 m 長 ( 30 トン ) 〜 3 m × 2 m × 9 m 長 ( 135 トン ) もの花崗岩巨石は、それに車輪化装着を施して転がしてそのまま運び上げられる程には斜路の巾が広くない。 だからこの 43 枚 〜 67 枚の石材でだけ、予め周到に コロ を斜路に配置しておいてその上を転がして運び上げたとも考えられる。 30 トン 〜 135 トンの長い石材を コロ で楽々運び上げるのに十分な作業員の重さは少なくとも 3 トン 〜 13 トンで、凡そ 50 人 〜 220人分の体重に該当する。 斜路の 6 m 〜 26 m 分の長さを埋め尽くして犇めく位に作業員が密集すると大体その人数になる。 石が角部に差し掛かるより前に長い石材の末端にロープを掛け直しておくと石が角に到達するまで作業員の体重が最も有効に作用することになる。 石がピラミッドの角に接近したら作業員の数を次第に減らして徐々に減速して行けば、角部での飛び出し事故を防ぎつつ 90 度の方向転換と長い石材の前後の反転を、角の踊り場でロープを付け替えることも無しに、ほぼ自動で行えるのだ。 無論、コロ なんかではなく、もう少しマシな ( 簡単な台車のような ) モノが、既に有ったのではないか? …とはやはり当然考えたくなる。 クレードルの如く巧妙な事を思い付く古王国時代のエジプト人が、車輪や台車を本当に全く知らなかったとは、いささか考え難いからだ。 ]

    


● その場合に活用されたのはやはり、大回廊の傾斜ではなく、普通の石材と同じく斜路の天井梁だったろう。
 ( 2016.2.12. 追記 ; 例えば 60 トンの石を 4 度の斜路で運び上げる際、それとバランスする鉛直方向の重さ = 天井梁に掛かる力、は 4.188 トンである。 4.188 トンは約 70 人分の体重だから、それより多い 100 本の縄梯子に 100 人もが取り付いて登れば、60 トンの石をスルスルと運び上げられたろう。 が、その場合、巾 4 メートルの斜路上に 100 人もが塊となって縄梯子を登るなど出来る筈もないので、そのような天井梁を例えば 1 メートル毎に奥に向かって 1 ダース程も予め渡しておき、ロープの長さを夫々違えて夫々の梁には精々 4 〜 8 人程が取り付く …というやり方を採用するしかなかったろう。 その場合、1 本ずつの梁に掛かる重量は 250 kg 〜 500 kg 程度にしかならないから、より現実的である。 錘り役はナワ梯子を登る …というより、自らの体重でズルズルとナワ梯子の全体が下がってくる状態で、ただ足が床に着いてしまわないようにしてロープに体重を掛けてれば良いだけなので、上下 2 メートルの間隔で 1 本の縄梯子に倍の 2 人が取り付くことも出来たろう。 もしそうなら斜路 1 メートル当たりの密集度は 16 人で、1 本の梁に 1 トン前後の力が掛かる事になる。 )

もしも内部傾斜路ではなく、ピラミッドの側面に 60 トンの花崗岩を運び上げる為だけの仮の巾広斜路を形成したのだとしても、その引き上げの為に使ったのは大回廊ではなく、より効果的な 51 度 52 分の対向する斜面そのものか、或いは、その時点では既に最も深い垂直坑として使用が可能な、広々とした玄室の空間そのものであったと考えられる。
しかし、それでもこの方法で 60 トンの巨石を運び上げるには内部斜路の 10 倍の 1000 人分もの体重が必要であり、10 倍も危険 …という印象をどうしても拭えない。
 ( 垂直坑であればこそ、大回廊の傾斜よりも対向斜面の傾斜よりも遥かに効率的な、運び上げや水平搬送用の錘作業員下降空間として機能しただろう事は、もはや云わずもがなである。 )

● カタパルト台状の木製運び上げ足場は、ピラミッドの建設が最終段にまで達し、更に頂点位置からの外壁面の仕上げ作業が始まると、必然的に上から順に解体して運び下ろされるようになる。

● 傾斜路自体は、完成後にもそのまま残しておくことは可能であったろう。
 が、ピラミッド完成後には本当の入口通路までもが完全に石を詰め込まれて封印されてた …という事実から推測するなら、恐らくはカタパルト型木製足場の撤去直前までに同じやり方で運び上げてきた石材を使い、傾斜路の全体は上から順にどんどん埋め潰されていった …と考えられる。

● 傾斜路の全体の路巾は、一旦作業現場にまで達した運び上げ担当の錘作業員たちが、装着車輪加工されて次々運び上げられて来る石材と擦れ違って傾斜路を下りて行ったり、或いは何らかのトラブルが起きた場合に大人数で対処する為にも、石材の長径よりも十分な余裕を持たせた路巾でなければならなかったろう。

● 但し、作業現場までの運び上げ作業を終えた人間錘作業員たちを最も効率的に地表の適切な位置に戻す為には、最終段の建設作業現場に至るまで、( 地表の搬入開始位置に最も近い位置となる ) そのピラミッドの面の中央位置の極く狭い部分にだけ、仮設の滑らかな木製斜面を、麻布に乗って簡単に地表まで滑り下りられるガイド板付きの滑り台として形成し、人間錘作業員たちを地表の運び上げ位置の近くにまで、一瞬で降りられるようにしていたという可能性もあるだろう。
 ( これは無論、石材車輪化木製部材の回送用斜路と同じモノだったかも知れない。 )

● なお最後に、ピラミッド建設作業者たちの仕事のやり甲斐 …という面から考えると、このような石材一つ一つの運び上げ作業は、現代的な効率主義で 「 各自の持ち場をほぼ一定に固定して、流れ作業的に同じ斜路区画に流れて来る石材を次から次へ同じように処理する作業ばかりを繰り返させる 」 よりも、「 一つの石ごとに担当チームを決め、その時点で建造中の最高点にまでちゃんと運び上げさせる 」 という物語性と、勲章の如くに達成感を分け与える …というやり方をしてたのではないか? …と感じさせられる。
 そうした事にまできちんと配慮することで、作業者一人一人の意欲や責任感やモラルを、建設の最後の最後まで維持する …という、現代の日本社会より以上に高度な管理体勢を、既に古王国時代のエジプト人たちは体現してたのではないか? …と感じさせられるのだ。

 何故なら、そのようなレベルになければ、人力にしか頼れない筈のこの遠い時代の人たちに、このような途轍もない事業を成し遂げることなどは、到底、不可能だったに違いないからだ。

 そうではないだろうか?


 取り敢えずは、以上


うつぎれい

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 注 * ; 2015.10.3. 放送のNHK ETV 「 地球ドラマチック / 大ピラミッド建造の謎 」 から

 尚、以下はピラミッドに関して筆者の集めてた色々な情報や科学的根拠や技術的根拠 …等々の、“ ついでに公開 ” の類いである。 関心のある方のみ、ご参照あれ。



( 情報_ ) ( 2011.1.10. 記 )  NTV 「 古代エジプト三大ミステリー第4弾 」 からの情報

アブ ・ロアシュの破壊されたピラミッドから判明した、何ともガッカリな大ピラミッドの構造


● ジェドエフラーのピラミッド
クフ王のピラミッドから北西 8 km の石灰台地アブ ・ロアシュに在る、クフの第 2 子ジェドエフラー王 ( カフラー王の兄 ) の、破壊され打ち捨てられた ( 元々は高さ 70 メートルだった筈の、僅かに 8 メートルだけクフ王のそれより海抜で高い、姑息な ) ピラミッドの跡というか残骸。
 ( 2008 年にザヒ・ハワース博士がこれをジェドエフラーのピラミッドであると特定した。)

  


現在の解釈ではジェドエフラー王の在位はクフ王のあと僅かに 8 年間。

ジェドエフラーは長子カワブを暗殺して王位に就いた為、臣下に疎まれ、制裁的に弟のカフラーによって暗殺され、そのピラミッドや石像は悉く破壊され、歴史の表から葬られたという。

このアブ ・ロアシュの破壊されたピラミッドは石積みの多くが取り去られている。

その為、その石灰岩盤そのものを削り出して形成されてる基壇の広く深い溝 ( 大回廊部分 ) などの中核部分が全部丸出しになっている。

表面に残存する石材は、土台である岩盤部分と、古代のセメントのようなもので接着されている様子が見てとれ、少々拍子抜けである。

この様子から ザヒ・ハワース 博士は、2010 年 10 月にピラミッドの建造方法は 3 大ピラミッドも含めて基本的にこの方法で作られたものと断定した。

実際、クフ王のピラミッドにおいても、基壇を覆う石材が崩れて無くなっている個所で、この事の証拠らしい特徴が見付かっている。

そこには、ギザ台地そのものの石質と同じく貝殻化石を含む 2 段分繋がった一続きの階段状の岩が、巨大な石材であるかのように露出している。

      


これは 大ピラミッド もまた、岩山に依存して建てられていることの明確な証拠である。


但しクフ王のピラミッドについてはアメリカの考古学者マーク・レーナーが、既にそれ以前から著書 「 ピラミッド大百科 」 に、 「 ( ピラミッドの ) 内側には天然の岩でできた低い丘をそのまま残して …その基壇を基礎として外装石を積んだのである。 」 と説明して先んじていた。

         



何ともガッカリなこの発見は、これまで論じられて来た大ピラミッドの驚異そのものを、大いに減じるものであり、ピラミッド建造者の偉大なる権威は急遽地に落ちることになってしまった。

以上から、ピラミッドはスフィンクスと同じように、元々の石灰岩の丘や小山を或る程度削り出した上で、その表層を化粧石で覆ったものであり、スフィンクスと違ってピラミッドの積み石は 1 〜 2 メートル角もの石材で覆っているものの、日本各地の古代巨大ピラミッド ( 青森県の靄山や広島県の葦嶽山など ) の造り方とも、やや似た代物 …と言って良い事が判明したのである。

               


因みに、ジョセル王のピラミッドの内部 2 重構造が、チチェンイッツァのピラミッドの内部多重構造と似てることにも、注意が必要であろう。

但し、実際に芯を形成している石灰岩の小山は、この残骸の様子からはそれほど高いものではないと判る。( 破壊は芯の部分にまでは及んでいないのに、全体が大した高さではないからだ。)



 NTV 「 古代エジプト三大ミステリー第4弾 」 から   画像は同番組からのキャプチャー画像を引用



( 情報_ ) ( 2010.5.21. 記 )  CXTV 「 教科書のオモシロ新雑学 」 からの情報

ピラミッド石材の人造石 ( 古代コンクリート ) 仮説


これは、ピラミッド石材の正体が、採石場から切り出して整えたそのままの石灰岩ではなく、石灰岩を細かく砕いて粉にし、ヤシの木を焼いて得た灰と動物の骨の欠片や砕いた貝殻を混ぜ、そこにミイラの防腐剤に使っていたナトロン ( 炭酸水素ナトリウム = ナトリウムの炭酸水素塩 = 重曹 ) を入れた水を加えて練り、木型に入れて砂漠の太陽熱で 4 時間 〜 数日間乾かして固めたモノ ( ジオポリマーとも呼ばれる古代コンクリート ) …であるという仮説である。

この元々は、フランスの化学技術者で ジオポリマー研究所 所長の ジョセフ ・ダヴィドヴィッツ Joseph Davidovits 博士が 1984 年に発表した説である。
 ( その説のかなり詳しい Cottage Window 氏の日本語解説が
こちら http://blog.livedoor.jp/enessay/archives/6658326.html にある。
  また ダヴィドヴィッツ 博士自身が海外の別番組で、エジプト古代コンクリート製造再現実験をして見せ、実際に僅か 4 時間程で巨大な石が固化し、粗削りにも滑らかにも自在に造れるその手順を紹介してる番組も、こちら https://vimeo.com/1657432 で見られる。 )


ローマ帝国時代の巨大な石造り建築 ( コロッセウムやカラカラ浴場、パンテオンのドームや水道橋等々 ) は、既に失われてしまった技術である古代コンクリートで造られているが、それは古代エジプトの技術が伝わったものである可能性もある …とのことである。
 ( ローマのコンクリートはローマ帝国の崩壊と共に使われなくなった…というのが定説だったが、16 世紀頃に 1 度だけ復活した事例があった …という話を何処かで読んだ覚えが … )

上の番組でのこの説の検証実験には、山口大学 池田攻 名誉教授 ( コンクリートの権威 ) が参加しており、大ピラミッドの僅かに残る化粧石には ( 自然の石灰岩には含まれない ) カリウムが含まれてることから、それが古代コンクリートである可能性はあるのではないかと発言している。

● 証拠
採石場だったと言われる場所 ツラ ( トゥーラ ; ギザの南 12 km ) や モカタム の石灰岩層は薄い層を形成しているが、クフ王やスネフェルやテティのピラミッドの化粧石には、そのような層璃が見られない。
また、この同じ場所の石灰岩には、貝殻などは含まれていない。
 ( ↑ 但し、ギザ台地自体を形成している低品質な石灰岩層は、貝殻を目一杯含んでいる。)

更に採石場の石は純粋な石灰岩で密度も一様に高いが、クフ王やテティのピラミッドの化粧石は石灰岩ではあるが成分がまるで異なっており、多量のオパールやハイドロキシアパタイトや珪酸アルミニウムなど、近くの採石場には全く含まれてない特殊な鉱物を含んでいる。
また石の密度が低く、自然な石灰岩中には通常見られない 「 楕円形の気泡 」 を沢山含んでいる。 が、そのような気泡は捏ねた粘土の中で生じる気泡の特徴と良く似ている。

ダヴィドヴィッツ 博士によれば、ピラミッドの石にはヤシの木を焼いた灰や化石や動物の骨の欠片や貝殻が沢山含まれているので、もしもそれが自然石であるとするなら ( 上のような特殊鉱物の含有を含め ) そのような特徴を示すピッタリの採石場が、別の何処かに見付からなければならない …という。

● 果たしてこの分析結果に対して反論は可能だろうか?
 例えば、そうやって成形した …とすると、その割には石材の形状は一定しておらず、かなり無意味に形のバラツキがある …とか?
 しかしまあ、古代の成形が現代のように完全に統一規格化されてた …とは限らないだろう。 それに 「 多量のオパールが混入してる 」 となると、もはや反論は不可能に思えて来る。



 所感;
ジャン・ピエール・ウーダン氏もフランス人だが、こちらもフランス人の提出になる画期的なピラミッド関連の新仮説である。  フランス人とは、なかなか面白い。

● 但し、この仮説によっても建造工程の大筋は然程変らない
  ( 変るのは、石材の切り出しについてのみである。 )

かかる要点は以下の通り

石灰岩を粉に砕くのは、それ自体、切り出しに加えて大変な作業のようだが、それは先入観で、最初から石灰の粉が欲しいなら ( 石を切り出さずに ) 石灰層を効率的な専用の道具で削り出せば良いだけだから、遥かに簡単だったに違いない。

が、建設中ピラミッドの刻々と積み上がる最上段平面上で型を作って石灰粉と水を入れ、完全に乾くまで数日 ( 追記 ; ではなく古代コンクリートは 4 時間程で固まった ) も待っていたのでは効率が極端に悪い。

だから人工石材造りはやはり近くの砂漠で大々的に行い、出来たモノから次々運び上げた …と考える以外にない。

ピラミッドはあくまでも個々の石材を積み上げて造られており、現在の一体的に形成される、生コンクリート充填工法とは異なる点に注意が必要である。
 ( 追記 ; 少々意見変更 キャップストーンや大ピラミッド表面の化粧石は、そうではなかったかも知れない。 )

小分けして運べるとしても、人工石の材料全てと最終的には不要となる大量の木枠までを、わざわざ建設中のピラミッド上に運び上げる事の利点は何も無い。

石灰岩は人工石としても、より大きな花崗岩の巨石までもが人工石 …とは到底思えない。



( 情報_ ) ( 2013.6.16. 記 )  TBS 「 夢の扉 」 から

ジオポリマー ( 石炭火力発電所から排出される石炭灰を再利用して作られる耐酸性コンクリート )


1988 年にフランスのジョセフ・ダヴィドヴィッツ博士によって理論的に提唱された次世代コンクリートで、耐用年数は約 100 年。 ( 1984 年を 1988 年と間違って紹介か? )

2010 年。日本の大分工業高等専門学校の一宮一夫教授と学生たちが、半年間掛けてその現実的な配合比率を見出し、技術を確立した。

現在、西松建設がその実用化耐用テストを、酸性度の高い水質の別府温泉等で実施中 …である。



 ● コンクリート技術について

実は 3 大ピラミッドに使われてる石材の大部分である石灰岩ブロックが、天然の石灰岩ではなく古代コンクリート ( 上で云う処の ジオポリマー そのもの ) である事は一般に殆ど知られていない。
 ( 無論、大ピラミッド中心部の 「 王の間 」 周囲の花崗岩ブロックはそうではないが、マスメディアのやってる安易な解説をキチンと正そうとしない考古学者たちに大きな責任がある。)

またこれまで製法の不明だった、それら 「 古代コンクリート 」 の方が、現代のコンクリートより遥かに優れている事も、一般には余り知られていない。

現在のコンクリートは 酸 に弱い為、それで建造された構築物の耐用年数は、精々が 50 年程でしかないと言われる。
 ( 十分な厚みを持たせて最善の方法で建造すれば 500 年は持つ とも言われてるものの、そのような配慮の下に丁寧に建造されてる建物や構造物は、殆ど無いのが実情である。 )

併し、製法の失われた古代のコンクリート建築物 ( 3 大ピラミッドやローマのコロッセウム等 ) が、数千年もの風雨に今なお耐えているのと比較すれば、その耐用年数には雲泥の差がある。

現代人一般には、明らかに “ 大きな勘違いと驕り ” があるのだ。



( アイディア_ ) ( 2009.8.30. 記 )

ピラミッドの 1 面に全 4 面分の傾斜路を縮退表示する方法


 2 面 〜 4 面に至る分の傾斜路を順次 1 面に投影して重ねれば 1 面のみで全面分の傾斜路を表示する事が可能である。

  





( 参考情報_ ) ( 2009.7.5. 記 )

クフ王のピラミッドの元々は 210 段 ( 146 メートル ) も、現在は上から 9 段分の石がソックリ失われ、8 畳敷きほどの平らな 201 段目 ( 約138 メートル ) が頂上になっている。 ( TBS 「 世界ふしぎ発見 」 から )

高さ 60 メートルに平均 60 トンの花崗岩、67 個 ( 下記の大林組の調査では57 個? ) が積み上げられているほか、建設当時に外壁を覆っていた ( 下層段では相当に巨大だった ) 石灰岩化粧石もまた、結構重かったと思われる。

● ( 2016.2.12. 追記 ) が、コロを使っての 60 トンの花崗岩の運び上げは果たしてそれほど困難だろうか?
60 トンの花崗岩を 王の間 の天井の高さ 60 メートルにまで、コロを使って運び上げるとした場合、そこまでの斜路の長さは概算で 860 メートル程である。
依って、そうした花崗岩 × 67 個 ( 30 トン 〜 135 トン、平均で 60 トン ) を、斜路上で延べ 58 km 程もコロを使って転がし、運び上げた …ということになる。
が、それは実際には 2 メートル程度の長さのコロを、1 〜 3 メートル間隔で予め斜路上に用意しておき、それを 6 〜 9 m 長の石材 の下にと次々にかませて転がして行けば良いのである。 確かに ( 台車を使える状態と較べれば ) 手間は掛かるし面倒ではあるものの、存外それほど困難な作業ではなかったのかも知れない。

● 因みに 「 季刊 大林 」 創刊号の記述中に計 3 箇所ある
( 玄室の所在不明の ) 500 トン、或いは 490 トンの巨石 * についての覚え書き
例え 490 トンの巨石 が実際に有ったとしても 4 度勾配の斜路上では、精々が 34 トン程度の力しかロープには掛からない。 それは作業員 570 人分の体重でバランスし、800 〜 1000 人分の体重を掛ければ ( ナツメヤシのロープには実質 48 〜 60 トンの力が掛かる程度で ) 十分に運び上げは可能と判明する。 但しその重さの花崗岩は、凡そ 4 m × 4 m × 12.29 m のサイズとも判明する。 故に斜路の巾や高さはもっと大きくないと駄目だが、実は上のサイズはバールベクのジュピター神殿基壇のトリリトン ( 驚異の 3 つの石 ) にもほぼ匹敵し、更に、その南西 1 km に放置されてるあの最近まで世界最大の切り石 ** として有名だった 「 南の石 」 と較べてもその半分強の大きさ …という計算になる。
 [ 注 * ; ( その後に判明したので 2016.2.12. 追記 ) 実際には 490 トンもの巨石は玄室周辺の何処にも見当たらないので、恐らくは 王の間 の天井石を 1 枚石と見誤っての勘違いの数字だと思われるのだが、既に当時の計画担当者は全員退職してしまっており、個人情報保護にうるさい現在では、退職者への連絡方法はないとのことで、それ以上の詳細は不明である。 ]
 [ 注 ** ; 2014 年 3 月。 ロシア ゴルナヤ ・ショリア 山中の巨石遺構 ( 少々詳しい日本語解説ページ / YouTube ロシア語 解説動画 ) に推定で最大 2400 トン、世界最大の切り石が存在すると確認された。 1 万年も昔の石器時代の巨石遺構らしく、与那国島沖合海底の 1 万 2 千年以上も前と判定せざるを得ない謎の巨石遺構と、ほぼ同時代のモノである。 ]


● 超巨大な基壇奥の石はブロック状の巨石ではない
周囲をぐるりと一周巡ると、処々で見える途轍もなく巨きな奥の方の石は、元々ギザの石灰岩台地に在った ( スフィンクスと同じく ) 石灰岩の岩山を、石組みの形に削り出しただけのモノで、超巨大な石積みでは全然ない。

● 緻密なピラミッドが雑な石積みに見える理由

      


観光客が側で見られる基壇近くの低段層の石組を観察して 「 実際の大ピラミッドの石の積み方は相当にいい加減で、かなり隙間があって … 」 等と酷評してる人が一部に居る。
だがそうした人は恐らく想像力に欠けており、目の前のものしか見ておらず、現在の 3 大ピラミッドが、後世の心無い盗賊や異教徒等によって外装石の殆どを 「 酷く乱暴なやり方で剥ぎ取られ 」 た後の、まさに残骸にも近い状態 …なのだとは正しく理解出来ていないのだろう。
その乱暴な剥ぎ取りの過程で、シッカリと内部の石と固着してた筈の化粧石を、上手く引っ剥がして再利用する為には、言うまでもなくその固着相手である内側の石灰岩を、それと結合してるその 「 目地 」 ごと、激しく徹底的に破壊しなければならなかったろう …とは、少し想像力があれば容易に想像出来るのである。
だから現在のピラミッドの巨石間の隙間は、そうやって目地に詰められてた古代モルタルの全部を、完全に剥ぎ取る為に無理矢理酷くカドを傷付けられ、内部の石灰岩全体がムゴたらしく剥き出しにされ、遮るものとて無い砂漠の強烈な太陽光と砂嵐と風により、何千年もの間、風化され続け、損傷され続けてきた結果として、今はそうなのだ …と気付いてやらなければならない。

● 斜面の法則 ; 一般にはガリレオの法則として知られており、私も最近までそう記憶してたが、実はその 50 年以上も前にフランドルの大科学者シモン・ステヴィンが先行して発見してる。
ステヴィンはただ、当時の科学界共通言語であったラテン語では何も書かず、フランドル語でのみ書いてた為、彼の発見はフランドル地方以外には一切伝わらず、 50 年以上も経って漸く、ガリレオ・ガリレイが 斜面の法則 を再発見し、科学界全体に拡がっていったのだとか …。
 ( …という事は、この小論も英語で書いて公開しないと …今に同じようなことになる? )

大回廊の傾斜 26 度 ウーダン氏の想像したバランサーの推定重量は 24.5 トン。



( 疑問符_ )

ゴープラ・五重の塔・神輿・山車・ティカル・ピラミッド = ヴィマーナのレプリカ?


ヴィマーナがゴープラの原形だったとするなら、日本の五重の塔や神輿や山車や、ティカルの遺跡、マヤの魔法使いのピラミッド、そして恐らくは古代遺跡のピラミッドの総てが、結局ヴィマーナのレプリカなのではないか?



( メモ_ ) ( 2002.12.30. 記 )

カリブ海ベリーズのマヤ遺跡群


ベリーズにはマヤで最も高さのあるシュナントリッチ遺跡など、これまで殆ど紹介されていなかったピラミッドを持つマヤ遺跡 ( BC 3 世紀 〜 AD 10 世紀 ) が多数存在している。



( 情報_ ) ( 2013.12.22. 記 )

2013 年 4 月アゾレス諸島近くの海底地形に四角錐のピラミッド形状 ( 高さ 60 m ) が見つかった


 但しこの情報が公開され、マスコミが報じたのは2013.9.26.以後である。
  ( ムー南山氏の記事も2013年12月9日発売号で漸く掲載。)

  たまたま 「 アトランチス アゾレス 」 と入れてグーグル検索していて見付けた情報である。
  ( 2016.3.13. 追記 ) アゾレス諸島内の謎の海底地形 ( アゾレス海台 = アゾレスプラトー ) の異常さについては、
コチラに詳細なページを途中まで作りかけていたのだが、残念ながらその後、余りにも忙し過ぎて、最早 GEBCO の海底探査記録の解釈についての詳細な分析結果を書いてる時間が無いので、そのまま放ったらかしになってしまってる。



( 情報_ ) ( 2009.2.3. 記 )

TXTV 「 新日本ミステリー 」 より追記分


 ● 沖縄本島中部から船で北西に 30 分ほどの伊江島の中心に在る高さ 172 m の角錐状岩山タッチュー頂上には巨人の足跡と呼ばれる足跡状の大きな ( 長径 50 センチ程の ) 岩の凹みが有る。
  ( 島の中心にソソリ立つ、この島で唯一のマッターホルンにも似た形の岩山はいささか異常な印象を与える。この程度の大きさの岩山が果たして自然にこの形で突出するものだろうか? )
  更に、その足跡の向いてる方角の海の彼方には、ピラミッド状の構造物が見出される。

 ● この謎の構造物は、伊江島から北東へ 25 km の伊是名島に在り、琉球王国の王家 第二尚氏 の墓 「 伊是名玉御殿 ( タマウドゥン ) 」 と呼ばれている。
  海沿いに標高約 100 m の、海側 3 面が完全な四角錐の 3 面をなす、堂々たるピラミッド形状である。( こんなハッキリとしたピラミッド状構造物の存在が、これまで全く報じられていないことにむしろ驚いてしまった。)
  どうやら古代から存在してた完全なピラミッドが、後の琉球王朝によって陸側の 1 面を崩され、墓や城にと転用されていたものらしい。

 ● そして何とこの伊是名島から伊江島を見ると前述のタッチューもまた巨大なピラミッドであることが判明し、人工的な形状だったことが判明する。
  これら 2 つのピラミッドと北谷沖の海底ピラミッドの並びは、エジプトの三大ピラミッドの並び、そしてオリオン座の三つ星の並びとソックリで、古代のこの地にも星派の信仰があった?
  



( 情報_ ) ( 2004.3.26. 記 )

大林組のピラミッド建設費試算


 大林組が 1975 年当時に試算したピラミッド 1 基の建設費見積は、5 年間 1250 億円。
  2004 年現在の見積では 4 年間 1550 億円という。
   現地作業員の為の村の建設から始めて …の試算なのだが、意外に安い! …ので驚く。
    これでも同じ高さのビルの建設費の 3 〜 4 倍という。

  最大 500 トンのものを含め、巨石を 200 段積み上げて漸く完成するという。
  但し現在では頂上石でさえ巨大クレーン 1 台で直接頂上に置いてしまえる。

 ( 以上、TXTV 2004.3.26. 放送の 「 ビートたけしのエジプトミステリー 」 より )


 以下は、教育用として学校などに無償で貸出されている ( ← YouTube アップしてくれー ) 実証実験記録ビデオの紹介文 ( を少しだけ分かりやすく手直しして ) の引用である。 

ピラミッド建設技術の謎に迫る! ―ビッグプロジェクトと建設技術―-
   ( 約 21 分 1996 年 ) 企画:株式会社 大林組  制作:電通
  概要;
  エジプトのピラミッドの石を当時の人たちはどうやって運んだのか?
  4500年前のハイテク技術を紹介する。
  ピラミッドの石は、これ迄 「 コロ 」 や 「 修羅 ( しゅら ) 」 を使い、人が引っぱって運び上げたもの…とばかり考えられていた。
  が、イギリス・ケンブリッジ大学の名誉教授 パリー ( Parry ) 博士は 「 クレードル 」 ( ゆりかご ) と呼ばれる木製部材を駆使して実は石そのものを転がして運んだのではないか?…との仮説を提唱した。
  クレードルとは円の 1/4 に相当する形状の道具で、クレードル 4 個を石に巻き付けると丁度車輪の形になる。
  その為むしろそうして石自体を転がして運んだのではないか?…との新説である。
  この映像は、株式会社 大林組が、ピラミッド下段部での標準的なサイズである、約 2.5 トンの石を平らな道や最大 25 % ( 25度の意味か? ) もの傾斜路で、実際に転がして運んでみて、パリー仮説を実証した時の報告記録である。




( 情報_ ) ( 2004.3.26. 記 )

スネフェルの孫ヘムオンが星派の信仰を入れた 3 大ピラミッド


本来の王位継承権者だった筈の外来 “ 星派 ” 信仰の父 ( スネフェルの子 ) と同祖母を共に暗殺した土着民族系太陽派信仰のヘテプヘレス。

その彼女への復讐として星派のヘムオンは、依頼されたピラミッド 3 つを秘かに “ 星派信仰のピラミッドとして ” 造ってしまった。

即ち星派の信仰対象であったオリオンとシリウスに向けてファラオと王妃の “ 魂の通路 ” を通した、3 つのピラミッド、クフ、カフラー、メンカウラーのピラミッドを造ってしまったのである。

ピラミッドの建設技術は星派が握っていた為に、王室内の星派ヘムオンは 20 年 〜 25 年の建設の間中は生き延びていられたものの、ピラミッドが全て完成して間もなく、太陽派によって言い掛かりをつけられて殺されてしまった。

この復讐の内容は何処にも書き記されてはいなかったが、ボーバルらによる 「 オリオン・ミステリー 」 が、それを解き明かした。

 ( 以上、TXTV 2004.3.26. 放送の 「 ビートたけしのエジプトミステリー 」 より )



ナスカに近い? カワチという場所に、最近になって古代のピラミッドが砂の下に埋もれていることも判明。



 ( 以上全て 2003.3.13. TX-TV放送の 「 超古代不思議紀行・時空漂流するモノたちの謎 」 より )



( 情報_ )

「 オリオン座の謎 」 ( ロバート・ボーバル,アドリアン・ギルバート著 )


ヴァージニア・トリンブル( 天文学 )によれば、ピラミッドの玄室の斜口は建造当時に三ツ星を指していたという。

ロバート・ボーバル によれば、王妃の間の斜口は建造当時、シリウスを指しており、しかもギザ台地の 3 大ピラミッドはそれ自体が三ツ星を模していたという。

( 実際、三つ星の光度と配列は、その細部まで 3 大ピラミッドの大きさと配列に完全に一致している )

さらに三ツ星の上下の少なくとも二つの星 ( リゲル、ペテルギウス ? ) に対応するピラミッドの存在が確認されているという。

古代エジプトではオシリスがオリオン、イシス( アイシス )はシリウスに対応する。

  ( イギリス BBC の番組より )



 [→ 「 シリウスの謎 」 ( ドゴン族の伝承知識の謎 )とは別件である。]



( 情報_ )

「 スフィンクスは 9000 年以上昔のもの 」 米 ABC


スフィンクスとその周囲の壁面には、少なくとも数千年間に及ぶ雨水による風化 ・浸食の明白な跡がある。 ( ジョン ・ウェスト,ロバート ・ショック博士。/ 南山宏氏の本ではスコッチ博士 )



( アイディア_ ) ( 2015.10.2. 記 )

石材の 6 面全体にローラー材を巻き付ければ、石は球体化し、その上部から 2/3 〜 3/4 程を縄鎖袋で包んで曳くなら、この石材を包んだ直径 2 メートル程のボール状重荷は、どの方向にでも自由に転がすことが可能。

つまり石材に装着して巨石を運ぶ 「 完全球体化ブロック 」 と、ソレを曳く為の 「 底部開放ポール状プルネット 」 とでも呼べるモノである。

但し、これはその過ぎたる自由度の故にコントロールが難しく、ピラミッド建設にはとても使える筈がない …と判明したのでボツ。










© Copyright.2016.2.12. by うつぎれい



 


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