サメは化石による記録からは、シルル紀に出現して現在に至るまで地質時代を生き抜いて来ました。しかし、過去には少なくとも2回の大きな転換期があり、古生代・中生代・新生代とそれぞれ栄えたサメ達がいました。古生代に栄えたクラド−ダス段階、中生代に栄えたヒボ−ダス段階、新生代に栄えている現代型段階のサメです。
サメの歯の変遷
T.サメの起源
 軟骨魚類は、サメやエイを含む板鰓類とギンザメを含む全頭類に大別されます。文字通り、その骨格は軟骨で形成されており、このことが化石として残りにくく、サメの進化・分類を困難にしています。古生代の軟骨魚類の多くは、歯や楯鱗のみが知られているに過ぎません。軟骨魚類の系統発生は依然謎に包まれたままです。
 アメリカ・オハイオ州クリ−ブランドのデボン紀後期から知られているクラドセラケは、全身が揃った貴重なサメ化石です。デボン紀後期のこのサメは、姿だけは現代のサメに非常に良く似ていますが、細部では大きく異なっています。口は前方に開き、現生のラブカに似ています。
     クラドセラケの脊椎骨には椎体がなく、脊索が存在しています。また、現代のサメに存在する交尾器が確認されていません。背鰭には短い棘が存在していますが、現生のツ
ノザメ類のように、体内に刺さるようなことは無く、体表に出ているだけです。鰓孔は5対。顎の支持は両接型という点でラブカと共通です。胸鰭と腹鰭は、その基部が体壁に付いており、この点でも現代のサメと大きく異なっています。また、前述のように交尾器を備えていませんが、同じ時代に生息していたディアデモ−ダスには交尾器が備わっています。このような点から、今ではクラドセラケは著しく特化した一群と考えられています。体長は大きくなっても2m程で、この仲間はデボン紀後期〜石炭紀後期に栄えました。クラドセラケ以前のサメ類となると歯だけしか知られていないのではっきりしていません。ただ、シルル紀には最古のサメの歯と思われる化石の産出が知られているので、その起源はシルル紀にまで遡ることが出来ます。
 
クラドセラケ下顎
 上図の切手は、板皮類のディニクチスがサメを襲っている図案が描かれています。クラドセラケが発見される、アメリカ・オハイオ州のクリ−ブランドでは、ダンクレオステウスというディニクチスの仲間の化石が発見されています。
 ダンクレオステウスは推定体長6mにもなる大型の板皮類です。当時の海の王者は、サメでは無く、板皮類であったに違いありません。クラドセラケが当時のサメとしては珍しく、遊泳力を獲得したのは、ダンクレオステウスのような大型の板皮類から逃れるためであったかもしれません。
 歯の形や歯列、顎の懸架方式など、現生のラブカとの共通点が多い
顎歯
軟骨魚類の歴史
 クラドセラケ以前のサメは、残念ながら全身の化石が産出していないので、はっきりしません。今のところ、軟骨魚類は極初期の板皮類から分化したと考えられています。シルル紀後期からはすでに軟骨魚類の歯と思われる化石が発見されているので、それ以前に分化したものと考えられます。シルル紀に板皮類から分化したと思われる軟骨魚類は、板皮類が滅んだ後の石炭紀に全盛期を迎えます。ペルム紀末の生物大量絶滅ではやや減少するものの三畳紀中期以降再び繁栄を始めます。板鰓類の発達は古生代のクラド−ダス型段階〜ヒボ−ダス型段階〜現代型段階という3段階説が考えられています。クラド−ダス型段階のサメは三畳紀で絶滅してしまいましたが、すでに石炭紀に出現していたヒボ−ダス型段階のサメが三畳紀から繁栄を始めました。しかし、ヒボ−ダス型段階のサメも中生代の終わりと共に姿を消してしまいました。三畳紀に出現していた現代型段階のサメが白亜紀以降繁栄を始め、現代に至っています。

ペタリクチス類復元図
現代型段階
ヒボ−ダス型段階
クラド−ダス型段階
軟骨魚類の発達
 古生代前半に栄えた板皮類にはサメに良く似た仲間がいます。ペタリクチス類もその一つです。この仲間は体長30cm程で、デボン紀前期に栄えました。これらの祖先から軟骨魚類が分化したのかも知れません。ちなみにペタリクチス類の鰓は5対です。デボン紀末に板皮類の大半が絶滅してしまい、以後サメ類を含む軟骨魚類が急速に発展していきます。体長も、ペルム紀には3mを越える種類も出現しました。
T
U.サメの放散
V.サメの祖先?
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ペタリクチス類骨格化石