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百物語第二夜其の三十一
少女ネクター



 ウンコを食う奴は馬鹿だ。あんなもん体にいいわけがない。純然たる産業廃棄物だ。ウンコとはつまり消化吸収に値しなかった食品の滓と消化液と大腸菌の死骸と剥がれ落ちた腸壁の混合物だ。そもそも臭い。色もいけすかない。おまけに苦いらしい。あのウンコ色は胆汁でついているのだから当然だ。
 知り合いにとある見目麗しく気性の猛々しい女王様にお仕えしている人間便器君がいるが、彼はいつも顔色が悪く大層調子が悪そうだ。体に悪いのはわかっているがやめられない、というのが口癖である。私は彼を真摯に心配して、お前は一体何故他所人のウンコなどを食うのだ、とサシで尋ねたことがある。すると彼は羞恥と悦びとに満ちた実に美しい表情で、問題はウンコではないのだよ、ウンコの象徴しているものなのだよ、と呟いた。彼によれば、ウンコというのはほとんどの人間にとって非常に恥ずかしく秘匿すべきモノである。それは最前まで自分の体内に納まっておりながら異物である、体にとって不要のものである。しかし不要であるがゆえに人はそれを排泄せねばならず、つまり定期的に向き合わねばならず。ウンコを忘れて生きられる人間はあまりいない。しかも排泄は非常に無防備な行為である。ウンコしている最中に襲われたら、いかな剣豪とて太刀打ちできまい。
 そのようなウンコ、人間の弱さや恥じらいを凝縮したようなウンコという存在が彼には好もしく覚えられるのであって、別段あの臭さがよいとか形状がよいとかはたまた味がたまらないとかそういう段の話ではないらしい。大体彼はウンコを喰らおうというときウンコのブツそのものを例えば皿或いは小鉢に載せて匙ですくっていただきますなどという真似をするわけではないそうだ。それに挑むとき、彼は強かにして麗しい女王様の肛門に口をつけひり出されてくるウンコを直にいただくのだという。そうでなくてはさしもの彼も臭いがきつくていただけないとか。そういうものなのか、と私は顎が外れたような顔で感心した。そういうものなのだよ、抜け上がった額にまばらに生えた白髪をそよめかせながら彼は頷いた。つまり…彼は言った。私は人間便器としてお仕えするときには、女王様のお宅に泊まらせていただくのだが、その折にはあれこれとお側に仕え用事を済ませ、時に卑しまれ時に愛でられながら養われてゆく近しさ親しさ、その中で女王様が催し、催したことを知らせてくださるときのなんともいえぬ微かに紅潮した恍惚の表情とまたそこに入り混じる秘匿の羞恥、そして私を人間便器として用立て秘所に迎えてくださるときの共犯の匂い、収縮する躊躇い、留められぬ便意、そして私の中にひりだされてくる、あの誰よりも美しく、誰よりも気高く、誰よりも猛々しい崇めるべき女王様の最も恥ずべき秘めたる弱弱しい忌むべき、最前まで女王様の体の中にあったあのぬくい、温かい、否熱いといってもいいほどの、あああああ。
 彼は言いながら感極まって叫びだしたので私は慌てて羽交い絞めし口を掌で覆って留めなくてはならなくなった。昼日中の喫茶店でする話ではなかったし語らう相手でもなかったと私が後悔したのはいうまでもない。
 つまるところ彼にとってのウンコ喰いは女王様との絆であるということでまとまったのだが、それにしたって何にしたってウンコはウンコだ。誰が食うかそんなもん。
 時代は飲尿である。
 尿というのはウンコなどとはレベルの違う大変清らかで役に立つ代物なのである。体の中を流れている血清を腎臓で濾した余りが尿だから、そもそもウンコとは来歴が違う。体の中を通る一本の管の中をこねくりまわされ様々な汁を添加され引かれ足され醗酵し結局出てくる、それがウンコだ。つまりウンコは最初から最後まで体にとっての異物であり粘膜越しに一時体の領域に滞在していたものに過ぎないのだ。それを一体例えば女王様の体の一部などとみなしてよいものなのだろうか? 尿は違う。何しろ相手の体の中をたった今まで巡っていたものだ。血液の下地として頭のてっぺんから足の先までを巡っていた液体なのだ。それこそ相手に痛みを与えずに得ることのできる体の一部と称するに相応しいのではないだろうか。
 しかも尿は体にいい。
 自分の尿を飲む健康法が流行ったのを覚えておられる方もいるだろう。尿とはつまり血清であるから、様々な体の情報を伝えるホルモンが十分に含まれている。それを飲むことで体の中のセンサーが体の状態を再確認し調整の働きを促し、結果健康が強化されるというのだ。私はそれを半分ぐらい信じている。何故半分かというと、もしその体の状態を確認するのが目的であったならば自分の尿しか自分の健康には役立たないということになってしまう。飲尿法で服用を勧めているのも自分の尿だけだ。まぁそもそも他人に自分の尿を飲ませてくれる奇特な人もそうはいないわけだが。しかしそれでは面白みがない。まぁつまり、そういうことだ。私も先に述べた人間便器の彼と大差はない。結果として健康になるのなら結果として不健康になるより余程喜ばしいわけだが、それはそれとして、私が飲みたいのは自分の尿より他人の尿である。他人の、できれば女性の尿、それが私が何故好きかと問われれば、彼と同じように、それは彼女の羞恥の源であるから、私はあなたの最も弱い部分をいとおしみたいのだよ体の中に取り込んで抱きしめてやりたいのだよ、と答えるだろう、そういうものなのだ。
 例えば愛らしい笑顔の会社のオンナノコとか、それともお弁当やさんで働くあの子とか、そういう娘たちの尿を飲むことが出来たらどんなにいいだろう。彼女たちの密やかな場所から竹林に風渡るような涼やかな音と共にあふれ出てくる薄いきんいろの水、それは別段恥ずかしくも汚くもないというのに彼女たちは羞恥して、だが私は彼女たちに向かって言ってやるのだ、それは少しも恥ずかしくも汚くもないよ、だから私が飲み干してあげよう、あなたたちの愛らしい液体を、あああああ!
 いかんこれでは彼と同じである。
 ともかくとして、実際のところどうしたって身近なオンナノコに尿を頼めるわけもないのだから、私はもっぱらその筋の店で尿を用立てていた。その筋の、というのはつまりその筋の古物を扱う店であって。つまりブルセラショップである。最近の店では脱ぎたてパンティならぬ放出したての尿という大分無茶な品物もたやすく得ることができる。私は店にゆきなにがしかの商品をひさぎに来た少女を捕まえて交渉するのが好きだった。何よりも、生なのだ。
 
 その夜も私は尿を求めてとあるブルセラショップに来ていた。仕事の都合で遅くなってしまい、こんな時間こんな店に来ている女子校生など見当たらない。仕方ないので店先に並んだ小さなペットボトルと添付された写真、ラメ入りのカラーペンで書かれた一言などをにらみながら、今週の寝酒ならぬ寝尿を物色していた。
 と、相場より破格に高い尿を見つけた。他のものは大体五千円くらいだというのに、それは一万五千の値がついている。実に三倍である。入れ物も他のものと違う、高級なフランスの鉱水のガラス瓶に入っている。一体なんだってこればかり特別扱いなんだ? 不審に思って睨み付けていると、
 「ああ、三井さんその聖水は初めてでしたね」
 と店員が囁いた。
 
 別格なのだという。その味わい、香気、透明感、いろ、そしてそのもたらす酩酊感と多幸感。飲尿マニアは尿のことをネクターと呼び習わすが、彼女の尿はまさにネクター、神の飲み物と銘打つに相応しいのだとか。
 「うちでは少女ネクターと呼んでます」
 店員は胸を張った。私は興味と不審とをそそられ、きっと誰もが尋ねるだろうことを尋ねた。
 「一体どんな子がこれを売りにくるの? 」
 それは…。飲めばわかりますよ。きっと。みんなそういいます。店員は、壁の一点を見つめそう呟いた。隠し事の匂い。何かしら不吉な。それでも売らずにおれないような。共犯に近い、匂い。
 私はそれを買い求めた。そうして、電子レンジで温め人肌にすると、バカラのブランデーグラスに入れた。尿は、透明度の高いクリスタルで鑑賞するのが私の流儀である。
 少女ネクターは、極めてクリアでかすかにきんいろの液体だった。鼻を近づける。
 (ん? )
 尿のにおいではなかった。しかし甘いわけでもない。なんというか、芳しいような、不可思議な匂いがするのだ。馥郁とした、動物質の、魅力的な匂い。
 (…麝香? )
 強く香るわけではない。ごく微かに、そんな匂いがする。
 謎をかけられたような気分で私は液体を見つめ、そしてとうとうグラスの縁に唇を付け、液体を含んだ。
 (…! )
 舌の上を転がす。まろいまろい、ごくかすかな塩味と、それを覆うように張り詰めた不思議に甘い味。だが糖類の甘さではない。麝香のような匂いが甘さを錯覚させるのか、今までに味わったことのないような、微かに刺激のある。
 (そうだ、上質の葉巻の味わいにも似ている)
 暫くの間味の正体を手繰ったあと、私はようやく嚥下した。もう一口。ブランデーグラスを空にしたころ、店員の言った酩酊感多幸感が私を襲った。
 椅子に座った四肢が宙に浮かび上がっていくようだ。胸の中になんともいえない甘酸っぱい感じが膨らみ、それがきりもなく大きくなってゆく。まるで心臓がしあわせな風船になりかわったように、はちきれそうに心地よい。息を吸うたびにそのしあわせな風船が膨らみ、それが面白くてたまらない。体中の細胞がきんいろにはじけそうだ。私は目を閉じた。そして自分の全身を包み込んでいる感覚を楽しみ、そして、一体どんな少女がこんな尿を排泄しうるのか、その像を頭の中で弄んだ。
 「あたしだよ」
 囁きが聞こえた。私はふいに現実に引き戻されて目を開けた。目の前に、骸骨のようにやせ衰え、肌色はどす黒く、目は落ち窪み、瞳孔は半ば開き、目の光は異様で、そして始終震えている女がうずくまっていた。
 「あたしのおしっこだよ、それ。
 美味しいでしょう。」
 にこ、と笑った。顔中がしわくちゃになる。まるで老婆のように。或いは老婆なのか? いや、直感的にわかった。この子はまだ十代なのだ。そして、そして。
 (ああ)
 私は多幸感の水辺に浮き上がったまま、その黒く深い淵の底に、ゆっくりと沈みこもうとしていた。
 「どうしてそんな顔してるの? 」
 少女は翼をむしられた蝙蝠のように私にゆっくりと近づいてきた。
 「どうして? あたしのおしっこ、特別なんだから。
 もっと幸せそうな顔してよ。」
 「わかってるよ。わかってる。」
 私は目を閉じて、捨てられ死にかけた猫のように縋ってきた彼女を抱き寄せた。途方もない心地よさに満たされたまま、私は目尻から涙を流していた。
 
 次の日、私は開店準備中の店を訪ねた。昨日の店員が、私の酷い顔色を見て、少し微笑み、黙って目を伏せた。
 「会いましたか、彼女に。」
 「会ったよ。会った。」
 「もう買うのやめます? 」
 「いや・・・。」
 私は答えあぐねたまま、問いを続けた。
 「彼女はまた来るのかな? 」
 もうこれませんけどね、彼女は。動けないから。でも、連絡は来ると思いますよ。
 「クスリ買うお金を、調達するためにね。」

 「最初彼女の尿を売りにきたのは彼女の彼氏と名乗る男でね…その頃は彼女もまともだった。男はドラッグマニアの上に飲尿マニアで、彼女にクスリを服用させてはその尿を飲んでトリップしてたらしいんです。その後尿が結構いいお金で売れるってことを知って、こいつの尿は特別だって触れ込みで、売りにきたんですよ。
 確かに特別だった。もうその頃には彼女はまともな食事を食べてなかったから、まず尿に臭いも嫌な味もがなかった。飲んでみたら、クスリの成分が出てるらしく、軽くトリップできる。
 それに、彼女、可愛かったんですよ。
 今は見る影もありませんが。
 
 それから彼女の方がクスリやめられなくなって、どんどんひどくなって、男に捨てられて、それでもクスリをやりたくてやりたくて。
 電話をくれるんですよ。友達が今から尿を持ってくから買ってくれ、って。そうするといつも決まった男がペットボトルに入れた尿を持ってくる。僕たちは金を払う。それだけです。
 男は多分クスリの売人でしょう。彼女は上客ですからね。
 ほんとうのところ、僕は今彼女がどこに住んでいてどんな状態なのかも実際には知りません。知ることなんてできない。あの尿を飲んだときに現れる幻想の彼女がほんものなのか、確かめる術も、ない。
 彼女は、ただ、うちの店の、少女ネクターっていう看板商品の、多分唯一の卸元なんです。」
 


 結局私はその店に行くのをやめた。
 

 今でも少女ネクターは、店先に並んでいるのだろうか。

 
 並んでいても。
 …並んでいなくても。

 

 


 

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