山口県技師会講演会(2004年7月24日)

いざ出陣

 業務繁多な折、出来るだけ仕事に穴をあけないようにと夕方、高岡から電車で広島に向かいました。夕方の高岡駅は心なしか風が涼しく、電車をホームで待つ間も、さほど苦痛ではありませんでした。電車に乗り込み、この日のために買い込んだ宮城谷昌光さんの「太公望」を読んでは、疲れたら転寝しては座席にへばりついておりました。もともと、じっとしていられない性格なので、何かしていないと疲れてしまうのです(汗)。しまいに、バッテリーを気にしながら明日のスライドチェックをしたりしてました。いつしか車窓は真っ暗となり、灯りがつきはじめた家々の影を眺めたり、まあ、落ち着きの無い乗客です。隣に人がいなければ、多分じっと座っていなかったかもしれません(笑)。ともかくも、8時過ぎ新大阪の駅に着きました。

         

 写真左は当地でおなじみのサンダーバードです。さすがにビジネスマンが多かったかな?そして右がはじめて乗ったRail Star(JR西日本のスペシャルブランドで、のぞみ同様時速285kmで走行)です。さすがに速いですね・・。10時20分ころには広島駅に到着しました。降り立つとうだるような暑さでした。

広島の夜と朝

 チェックインだけ済ませて、お酒を飲みに繁華街へ。カウンターの綺麗な女性相手に場違いな医療話(笑)で勝手に盛り上がってしまいました。気がつけば日付も変わりホテルについたら人事不省状態で、そのまま寝てしまった・・・

 起きて窓の外を見たら、広島の街が広がっていました。この繁栄した街並みの下には数え切れない人たちの叶えられなかった希望や夢が埋もれているのですよね。朝もやのビル街を見ていると、そんな感慨に浸りました。

広島平和記念公園

 朝食を食べて朝風呂で二日酔いの頭をすっきりとさせて、チェックアウト。いよいよ平和記念公園へと向かいました。平和記念公園は広島市の中心部に広大に広がっています。大阪の人なら分かると思うのですが、大阪城の雰囲気に似ているな・・と思いました。ですが、決定的に違うのは静かな雰囲気に場違いな、骸骨の様にずっしりと存在する原爆ドームの姿です。

 原爆ドームを眺めながら、歩いていて気がついたのは、そこここに市民の方が掃除をする姿です。きれいに自主的に管理された公園は日本でもあちこちにありました。しかし、これだけ多くの方々が自主的に「公園を守ろう」としている気持ちに溢れた場所を私は他に知りません。そういえば、外国人の方たちの姿も非常に多く見かけました。(日本人より熱心に説明を聞いているように私には見えましたが・・・)

 いろいろ考えさせられるものを見つめつつ、広島平和記念資料館に向かいました。

 

 大きなジオラマがあって被爆直後の俯瞰図が見れます。ほぼ爆心地に原爆ドームがあることが分かります。それ以外はほとんどの建造物が一瞬で瓦礫にかわってしまったのですね。その被曝の瞬間に時が止まった時計が多くの心を伝えてきます。私の時も一瞬止まりました。

 左から順に、指と手の皮膚がごっそり抜け落ちたもの、真っ黒に炭化した弁当箱、そして人間の影が焼きついた床です。見学に来ていた人たちも、こういったものは無言で見つめていました。

 投下された原爆です。この記念館には原爆作成計画推進をルーズベルト大統領に進言したアインシュタインの手紙のコピーも展示してありました。原爆投下後の猛火で溶けた瓦なども展示してありました。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

 広島平和記念資料館を出ると、そこには平和記念式典が行われる、あの原爆死没者慰霊碑が正面に見えてきます。その慰霊碑に書かれた言葉が上記です。

 外観の雰囲気を壊さないよう心配りをしながら、幾たびか大規模な補強工事が行われたことがわかりました。ここにも人類の記憶を大切に残そうとする強い意志を感じます。

  ふと振り返れば、道路を挟んで広島市民球場がありました。

そして徳山へ

 広島市を後にして、山口県へと向かい、会場の社会保険徳山中央病院につきました。

 本来は講演会場に早々に入って準備をしておくべきなのですが、ついつい悪い癖がでて(笑)、放射線治療室にお邪魔してしまいました(土曜日でもあり診療はされていませんでした)。そこで治療計画装置を立ち上げてもらい、担当の先生に実際に計画していただいたのですが、如何だったでしょうか?(笑)

 感想としては「もっと、固定照射の角度とか厳密なのかと思っていた」そうです。ねっ?結構アバウトでも大丈夫でしょ?ついついプレ講演会に熱が入ってしまって、本来の講演会開始に間に合わなくなるところでした。(すんません・・・汗)

 講演会は、今回のために多少改変したスペシャルバージョンです。編集済みの今回の分のスライドと、従来のスライド(ほぼ500MBのCDめいっぱいの容量になってしまいました)はマスター一枚を託けましたので世話人の方経由で配布していただけると思います(よろしくお願いします)。例によってスライドばんばん〜という聞くほうにとっては勘弁して〜!という濃いものでしたが、前向きの反応もいただけたようですし、「これは!」という症例ではなんとか検討していただけたらありがたいです。

 気がつけば、新幹線の発車まで30分しかない状況となってしまい、ごあいさつもそこそこに退散となってしまいました。私の段取りも悪かったと思います。申し訳なかったです。ですが、山口県の放射線治療軍団の誠実さを感じました。私は、ああいう誠意に溢れた地域で治療を受ける事のできる患者様は幸せだと思います。「心と技術で治療している」そんな地域という印象を持ちました。

  駅には新幹線出発の15分前には到着できましたから、後は興奮した心を鎮めつつ、電車を乗り継いで高岡へ帰ってきたわけです。

 「楽しい時間はすぐ経つ」

 今回は特に、それを感じました。許されるなら、一日中でも現場で語り合っていたい・・・。そんな別れの寂しさも感じた感慨深い旅でした。関連各位のみなさま、本当にありがとうございました。

※後日談※

 ある先生が丁寧なメールとともに、某掲示板(弊サイトの裏サイトです・・汗)に書き込みをしていただけました。掲示板に書かれた言葉は私、そして本法を推進してくださっている方々へ大きな希望を与えてくれる言葉だと思います。転記します。

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k24ok - 04/07/24 22:56:00
コメント:
本日は、暑い中、山口の遠くまでご講演していただきまして、ありがとうございました。先生が帰られた後、先生と一緒に作成した線量分布を皆さんに見て頂き話をしました。皆の共通の感想としては、『日本の治療現場に一番合った、合理的な治療であり、今後の目標ができた』という感じでした。自分も、より多くの計画にチャレンジしてみたいと考えております。お忙しい中、ありがとうございました。とっても、感激しております。

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