プナカのお寺見学






 タイトルはお寺見学。
 でも、最初の写真はドチュラという峠から眺めたマサンガン(Masang Gang, 7194m)。

 手前の万国旗のような旗には経文が印刷されている。風にはためくたびにお経を詠んだのと同じことになるそうだ。ブータンの峠にはかならず見られる光景。チベット・ネパール・インド(シッキムやダージリンあたり)も同様。

 雨季があけて、山の眺めが帰ってきた。こんな風景を眺めながらひとりでドライブ。我が校が総力をあげて取り組んでいるプナカのクルタンのお寺を見学に行ってきた。

 お堂の中の写真は特別に撮らせてもらったけど、HPでは非公開に。残念。でも、ブータンのきれいな風景と、ブータンのお寺に施される装飾などの一部を載せます。
 ご覧くださいませ。


ドライブ ドライブ
ランチ
いよいよ見学 まずはメインの建物から
本堂以外にも見所たくさん
帰り道




ドライブ ドライブ♪


 淡々とした出発。わくわくするでもなく、「とりあえず、今のうちに行っておかないと」という感じ。落成式まであと1か月半。正式にお寺として機能し始めたら、お堂をはじめ、ほとんどのところは撮影禁止。というか、わたしなどが立ち入れない場所が多くなる。いまのうちに、この2年ほどの間、うちの学校が頑張ってきた成果を写真におさめたかった。ガソリンを満タンにして朝10時出発。

 音楽はハーブ・アルパートの「Rise」。この人と言えば、やっぱりティファナ・ブラスのあの「オール・ナイト・ニッポン」の「パランパン♪パッパラパ パッパラ♪」というオープニングの曲(ビター・スィート・サンバ)を思い出す人が多いだろう。でも、わたしには、これがベスト。1979年のアルバムだそうな。中学校でブラスバンドにいた私は、当時はやっていたこんな曲が大好きだった。自分がやっていたのはトランペットじゃなくてクラリネット。なんで、クラリネットの曲にはまらなかったのかはわかんないけど、とにかくこんな曲にしびれていた。今聴いてもわくわくする。ドライブに最適♪

 今日のドライブ・コースは片道70km。ティンプーの標高は2400m。プナカは1350m。ドチュラ(3150m)をはさんで、プナカ側の高低差が倍以上大きい。それだけに、気候も植生もぐんぐん変化する。ダイナミックでなかなかおもしろいドライブコースだ。

 車はすいすい進んで、35分くらいでドチュラ(ラは峠)到着。出発してから27kmくらい。
 ドチュラでは思わず歓声をあげてしまった!山が見える!!!
 雨季の間は、そこにあるはずの山が雲に隠れて全然見えない。雨季の間もそんなにドライブしていなかったけど、「そうだ、わたしはヒマラヤに住んでいたんだった」と思い出す。

 ドチュラには、去年108つのチョルテン(仏塔)が建てられた。これは、長い間かかえていた南部国境付近のゲリラ問題を解決したお祝い。ゲリラ側の犠牲者の方が多かったが、ブータン軍にも死者が出た。その魂を慰霊し、国の末永い繁栄を祈るもの。
 これも、反対側からみたチョルテン。
ドチュラと言えばこの万国旗のようなダルシン(経文旗)。
チョルテンは大きな楕円の中に並んでいる。

他に、もとのドチュラ・カフェがあったところにお寺も建立中。
こちらもうちの学校がすでに柱の木彫りを始めている。
 1kmほど進んだビューポイントからの眺め。
 まだ低い方では雪が降っていないので万年雪の部分だけ白い。
 このあたりはずーっと7000m級。
山の頂上付近には雲が出始めている。
手前は1500mくらいのあたりかな。

ここからしばらくはこんな山を眺めながらどんどん下る。
 山の眺めがかくれて、こんな林の中を進む。日差しがきれい。

 ブータンではなぜか蝉しぐれは秋。ニイニイゼミとかアブラゼミのような声。クマゼミやミンミンゼミのような声は聞いたことがないなぁ。
ティンレーガンという街を見下ろす。
出発して47km。

稲刈り間近の棚田。
赤米なのか、穂が黒っぽい。
 関係ないけど、昨日書かれた落書き。
 「Don't lose hope untill you success.」だって。なかなかいいじゃん。「成功するまで希望を失うな!」というところか。誰が書いたか知らないけど、ありがとー!
大好きな、チミラカンというお寺の眺め。
きもちよい風が吹き抜ける丘を20分くらい歩いていくところ。
歩き始めるところはずっと下だけど、
わたしは、ここからの眺めがすき。

チミラカンは子宝を授かるお寺。
お願いしてみたくなる・・・。
 ロベサの街。
 どうということのない普通の街道沿いの集落。

 まっすぐ行くとウォンディ・フォダンの街があり、南(ダガナやゲレフ方面)と東(ブムタンやタシガンなど)との分岐点がある。
 今日はプナカに行くので、ここでわたしは左折する。ここからはもう15分くらいだ。
はるか川向こうにウォンディのバジョタン新市街地をのぞむ。

手前の田んぼでは稲刈りがはじまっていた。

左側は古くなって放置された家。
板築工法という、土を固めて建てる家。
ブータンでは古くて住まなくなった家をこわさない。
自然に朽ちるにまかせている。
木造部分はとっくになくなっているが、こんなふうに土壁が残る。
ときどきがいこつみたいに見える。
 さっきのチミラカンの真下のカーブ。ここを曲がると、いよいよプナカという感じがする。

 少し見えている川の水の色。青白い。氷河の下流なんだな、と思う色。
プナカのクルタン新市街地が見えた。
まんなかに見える木が生えている辺りのすぐ左側に
めざすお寺がある。

手前に見えている橋はつい2〜3年前にできたもの。
これでウォンディとのアクセスがものすごくよくなった。
以前は4角形の3辺を迂回していたようなもの。
さっきのロベサまでもどらなくてはいけなかった。
陽子先生とバジョのNのロマンスも
この橋抜きには語れない!
クルタンの入り口にできたガソリンスタンド。
以前は橋もなかったのに、ウォンディまで行かなければならなかった。
プナカで活動した隊員はバイクに乗っていたが、
ガソリンを入手するのに苦労した。
このガソリンスタンドを見たら感動するだろう。
お寺に到着!
 お寺の入り口、門のわきに塀を作っていた。ブータン伝統の板築工法がこれです。
 VTI(Vocational Training Institute、もとのCTC)の生徒達が働いている。ここは、座学が少なく、こうしてOJTでのトレーニングが主。
ここでは生徒達だけど、田舎でこの工法で家を建てるときは、
近所のおばちゃんたちが歌ったりしゃべったりしながら
とんとん土をつき固めていく。
道行く人をからかったりもするらしい。
手さえ動かしていれば、あとは根気のいる作業だし、
そんな楽しみでもないとね。
 ついているのは、こんな棒。






ランチ


 お寺での作業は、起床から就寝まで学校の一日と同じスケジュールで行われている。つまり、昼休みは12時〜1時。それを知っていながら12時に到着してしまった。これは、「ごはんちょーだい」と言っているようなもの。ま、最初からそのつもりだったんだけど。

 今、ここでは、20数名の学生、数名の先生、あとはプロダクションの人たち、で合計80人近くが働いている。プロダクションというのは、卒業生の「研修生」のような制度で、2年間、毎月2000ニュル(5000円くらい)もらいながら学校に残って製作をつづけるもの。希望者だけが残るので、さっさと就職をみつけたり、田舎に帰る卒業生も多い。歩合制で基本給の他にももらえるらしい。
 その80人近いなかで、なんと女性は2名の学生のみ。左がカルマ。木彫科の4年生。右がラモ。仏像科の6年生。ふたりとも今年が最終学年だ。
 その2人の部屋におじゃまして給食をご馳走になった。パクシャフィン(豚肉、はるさめ、じゃがいも、とうがらしの煮物)とエマダチ(チーズととうがらしの煮物)をご馳走になった。おいしい。もともとからいものが好きだし。でも、これは1回だけ食べるからおいしいのだ。みんなは毎日毎日かわりばえのしないメニューを食べ続ける。あきてしまう。

 この2人の部屋。かわいいと思いませんか?とても狭いところに両側にぴったりつけて小さいベッドをふたつおいても間の通路は1mない。着替えやら食器やら少ないながらも荷物はそれなりにある。そして、壁一面に写真!ほとんどはインドの俳優・女優。あとは王様や皇太子などのブータンのロイヤル・ファミリー。打ちっぱなしのコンクリートの壁の殺風景な部屋でも、とにかく楽しげに演出している若い2人の様子が、かわいくもあり、なつかしくもある。

 昼休みが終わるまで、どうしてうちの学校を受けたの?とかいろいろ話しながら過ごして楽しかった。カルマがやっていたテトリスのゲームボーイみたいなやつもなつかしかった。

 話はそれるが、以前はもっと女子学生がいっぱいここで働いていた。どうしてこんなに少ないんだろ?もちろん、うちの学校は男子学生の方が多いんだけど。
 学校の寄宿舎と違って、ここでは共同生活とはいえ規則がゆるくなりやすい。毎晩抜け出して飲みにいくことも比較的簡単だ。そのせいか、実はプナカの作業中に妊娠・結婚してしまった女子学生が去年何人かいた。相手は地元の社会人が多かったらしい。今女子学生が少ないのは、そのせいもあるのかなぁ、なんて思ってしまう。






いよいよ見学 まずはメインの建物から


 作業が始まる時間になって、見学をはじめる。この一緒にランチを食べた2人がガイドしてくれる。

 はじめは本堂。

 本堂の入り口はこんな感じ。まだ絵の具が置いてあったり、狛犬(獅子?)も塗っていなかったり、いかにも「作業中」
 
 正面から見たところ。

 本堂の中は、本尊も完成し、壁画もほとんど完成していた。どちらかと言うと、広いところが「作業場」になっていて、ちょっとおかしい。ふたりとも、自分がした仕事を見せてくれた。

 本堂の中の写真は非公開。お見せできなくて残念!
 入って左側に本尊がならんでいる。中央にテンパ(お釈迦様)、左にグル・リンポチェ、右にシャブドゥン。他にも、小さい像とか壁画で、千手観音やらわたしがわからない神様がいっぱい。


 上の階に向かう。

 階段は本堂の裏手にある。そこを登ってクルタンの街を見る。いい天気!

 余談だが・・・。プナカは長いことブータンの冬の首都だった。政府機能が夏・冬で移動しなくなって久しいが、りっぱなゾンがそびえる古都だ。
 しかし、ゾンの目の前にあった市街地では場所が足りなくなり、数キロ手前の比較的平地が広いクルタンに街が移ってきた。ここ5年くらいのことだ。旧市街地にあった、郵便局・銀行・長距離バス停等などはすべて移動してきた。そして、旧市街地はとりこわされた。
 どこの街も成長する。快適な生活を求めて近代化する。誰だって、電気・水道・電話は基本的に欲しいだろう。温水器だって、ケーブルテレビだって、もうあたらしいアパートなら標準装備になってきた。当然の流れだと知っているけど、どこの街も似たような顔になってしまうのがちょっと寂しい。
 階段を登っていくと、上の階との踊り場に壁画が並んでいる。
お堂の中じゃないから、写真を紹介してもよいと判断して・・・。

これはよく見る虎をつれているお坊さんの図。
モンゴルの話だという人もいるんだけど、
いまだによくわからない。
わたしはいつも「一休さん?」と思う。
 ツェリン・ドゥカ。6つの長生き、という意味。
 長寿の象徴である、人・鹿・鳥・木・山・水(川)の絵。

 下のテンパ・ピンジ同様、こういう壁画は壁に直接描かれた物ではない。木枠にはった布に描いて、それを切り取って壁に張り付ける。このサイズのものもだが、大きな壁一枚分の壁画もこの技法で描かれる。
 テンパ・ピンジ。英語ではフォー・フレンズと言う。
 わたしのなかでは、ブレーメンの音楽隊。

 簡単に言うと、象・猿・兎・鳥が同じ木の下仲良く休み、実を食べる、という話。協調することの大切さを教えている。一家に一枚は欲しい絵なのだそうだ。
 悟りを開くのを助けてくれるありがたい神様3人。左から、文殊菩薩、チャナ・ドルジ(日本名がわかりません・・・)、観音菩薩。悟りを開くためには知恵・パワー・慈悲の3つが必要なのだそうだ。そして、その3つを象徴する神様たちなのだ。
 これは文殊菩薩のシンボル。
上の写真の左側の文殊で見えるかな?
文殊菩薩は右手に炎に包まれた刀、
左肩に花と書物が描かれる。
そのシンボルだけを描いたもの。

このように、文殊は比較的見分けやすい神様だ。
でも、この双頭の鳥は、なんなんだろ・・・?


 いよいよ刺繍製作現場。

 同級生のふたり。左がニム・ドルジ、右がクンザン。
 真面目に働いている?

 いやでも真面目にしているしかない。先生と作業場が一緒なのはもちろん、実は寝る部屋も一緒なのだ。この作業しているところにふとんをしいて寝ているらしい。24時間先生と一緒とは・・・。先生は嫌な人じゃないけど、やっぱりそうそう自由にもいかないよね。お気の毒に。
ラダ先生。糸を撚っているところ。
 わたしもちょっとだけ作業してきた。黄色の糸3本分だけ。
ここ!ここ!
この枠のあるあたり!

本堂をはいって左奥のあたりに大小の像がある。その大きい方の像につけるエプロンの右のまゆげを刺してきた。このお寺をお参りすることがあったら、このへんをよく見てくださいね!
 関係ないんだけど・・・。
 ブータンに限らず、途上国でよく見る光景。原理的にはこれで電気製品は動くんだよね、もちろん。でも、こわいんだよ・・・。






本堂以外にも見所たくさん


 こんなふうなマニ車がある。

 マニ車は、1回まわせば1回お経を詠んだことになる、という車。中に経文がはいっている。お寺にはこんな大きなものがあるが、片手で持ってくるくる回すサイズのものはよくお年寄りが持っている。歩くときも、おしゃべりするときも、ひなたぼっこするときも、ひたすらくるくるまわしている。


 チョルテン(仏塔)もある。
四方を見据えるブッダの目が描かれている。
 コンクリート造り。でも、入り口から中をみると、なんだか洞窟の中に入っていくような錯覚に陥る。壁の部分が厚いのか?他のチョルテンでは、こうした感覚になったことがない。


 ゲスト・ハウスもある。
 玄関からはいると、広いホール。お寺を眺める側一面が広々した窓になっている。きっと、ここにロイヤル・ファミリーがずらっと座るのだろう。
 他にキッチンとベッドルームが2つある。ここに泊まることもできる施設だが、多分休憩所につかわれるのだろう。

 ゲストハウスの正面。お寺に向かうように建てられているので、西向きの側が一面窓。ブータンの建物にしては、こんなに窓が広いのはめずらしい。
 壁画を描いていた。
これは、布に描いて、あとで壁にはりつけるもの。
 天井。
 ブータンの天井はこんなふう。なんだか縁側の軒下のようで、天井だけ見ているとわたしはいつも外なんだか室内なんだか?という錯覚に陥る。

 彫刻を施した上に彩色したもの。極彩色なのに調和していて、この独特の感じがすき。日本のお寺に見られる共通の図案も多い。
ベッドルームの壁を装飾しているところ。
 ツァパという型紙を使用する。
 手漉きの紙に下絵を描いて、その下絵に沿って針で点々と穴をあける。図案を写したい場所に場所にあてて、ぽんぽん粉をいれたたんぽでたたくと、このように点線の図案が写される。それを目安に描いていく。

 お寺では、本堂のまわりに回廊のような建物があって、そこにお坊さんたちが寄宿する。でも、今はその建物はここで働いている人たちの宿舎兼作業場になっている。
 そっちものぞいてきた。

 製作途中の他の壁画。
 これは「ザンドペリ」。グルリンポチェのいる世界を現したもの。
木彫の先生。
この人、おもしろいんだよ。
いっつも冗談言って。
でも、作品はやっぱり素晴しい。
 生徒達が作っていた、太鼓のバチのもち手の部分。お坊さんがたたく太鼓で、「?」の形のバチがあるんだけど、そのもち手になるところ。

 わたしは、刺繍をしているので図案を平面でしか理解していないところがある。だから、わたしも刺繍したことがある「シュムロ」という図案なんだけど、左の印ではどのように傾斜をつけて彫っていくのか、イメージできない。すごいなぁ。


 あっという間に時間が過ぎてしまった。いつの間にか3時をまわっている。そろそろ帰らねば。
 みんな、もっといなよとか、お茶を飲んでから帰れとか、優しいことを言ってくれる。でも、居心地よくてずるずるいても、夜が遅くなるだけ。やっぱりもう帰ろう。

 あと1か月半で完成。みんな頑張ってね。





帰り道

 ロベサにできたガソリンスタンド。ティンプーから行くと、ロベサの街のちょっと手前になる。午前中は日が当たっていたのに、帰りに撮ったら真っ暗だ。はるか向こうにウォンディのバジョタン新市街地が見える。
わたしは、ブータンのこんな松の葉の色が大好き!
 朝見えていた山は雲に隠れてしまっていた。それでも、夕方5時近くでこんなに見渡せるのはかなり天気がいい。

 帰りはほとんど写真も撮らずに走ったので、すいすい2時間弱で帰り着いた。
 大好きなプナカ。大好きなドライブ。出発するまでついおっくうなんだけど、また出かけよう。見学した内容もよかった。そして、やっぱり日常生活を離れてすっきりした気分になるのも大切だと感じた。

 素敵な一日。行ってよかった!






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