その後の寛弘5年(1008)に41歳で一生を終えた花山法皇の遺詔に従って、かつて建っていた桜本坊の北(現在の花山院御廟所のある所)に、弟子たちが遺体を葬った。これ以来、花山法皇=花山院の菩提を弔う寺として、寺号を花山院菩提寺とした。 一般的に「花山院」と呼ばれている。
花山法皇御廟所は、本堂前の広場を隔てた反対側の小高い所に設けられている。
古色蒼然とした中に建つ御廟所は、積み上げた石垣の上に玉垣をめぐらし、規模も大きい。玉垣の中の宝篋印塔は苔むして、塔の傍に一本の古木が茂っている。 |
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花山院御廟所 |
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宝篋印塔と傍の古木 |