恵庭鉱山
恵庭鉱山2008.04.06
昭和5年皆川愛次郎により金山探鉱をはじめ翌年開坑、石山札幌経由により小坂精錬所に送られていた。
昭和9年日本鉱業が資本参加後、鉱石鉱石輸送ルートを支笏湖経由に変更、昭和14年には月産3000トン用の
青化精錬所、社宅、学校を整備した。1940年には鉱山名を恵庭鉱山となったが3年後金鉱整備令により休山。
1949年油谷鉱業に鉱業権が移り、1964年磯部鉱業がそれを買収後調査等を行ったが採坑にはなっていない。
2008年04月06日

火葬場跡
旧道をたどっていくと火葬場のレンガが見えてきた

2008年04月09日

火葬場
火葬場のレンガ部分のみ残っていた

2008年04月06日

火葬場
このようなものが残っているのもめずらしい

2008年04月06日

途中の風景
ここは水芭蕉がキレイらしい(途中出会った写真撮っていた方による)

2008年04月06日

風呂跡
たぶん、社宅のお風呂だと思う

2008年04月06日

風呂
社宅の風呂なのだが結構大きい

2008年04月06日

古城
かなり歩いたあげく、やっとのことでたどりついて見えてきた。
ほんとに古城の城壁のようです

2008年04月06日

精錬所跡
やっと目的の精錬所が見えてきた
ここはかなりのスタート地点からかなりの高度があり、まさに天空の城です。

2008年04月06日

精錬所
ここは夏には発見できないですね

2008年04月06日

精錬所
所々崩落箇所があります

2008年04月06日

精錬所
今日は天気がすばらしく良くてこの遺構が喜んでるように見える

2008年04月06日

精錬所

2008年04月06日

精錬所
段々を歩いてみようと思ったがダクトシュートの穴が開いていてとっても危なかったので断念

2008年04月06日

精錬所
昔のコンクリートなのでコンクリートの質がとっても悪くて中がスカスカですね

2008年04月06日

精錬所

2008年04月06日

精錬所
コンクリ内部スカスカです

2008年04月06日

精錬所

2008年04月06日

精錬所
この穴の用途が気になる

2008年04月06日

精錬所

2008年04月06日

精錬所

2008年04月06日

精錬所
コンクリートの石灰分が出てツララ状になっている

2008年04月06日

精錬所
天井にはシューターの穴が開いている

2008年04月06日

精錬所
なかなかの造形美である

2008年04月06日

精錬所
壁面は、なぜかコンクリートでなく石積みなのである

2008年04月06日

精錬所
ここは中段付近、雪のかぶっている部分は穴だらけで歩けない

2008年04月06日

精錬所
遠くには恵庭岳方面の山々が連なっている

2008年04月06日

精錬所
上段付近。このように段々状になっている

2008年04月06日

水門
精錬所の下には円形プールがあって、所々に水門?のような部分がある。
鉱山であったのに鉱毒水を浄化する設備がないのもチョット気になる。これがその設備だとしてこの水門の外には何もない
ここの地点からすぐ近くを流れる漁川(いざりがわ)との高低差が数十メートルもあるのにはびっくりである。(たぶん50mくらいありそうだ)


                                                                    
                                                                      参考書籍「堀 淳一 北海道産業遺跡の旅」





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