リング −3−




「先輩、最近は遅くまでいますね」
剣道部で居残り稽古をつけていたら、後輩がそう指摘してきた。
「そうか?」
「だって、前までは練習が終わったら、速攻でアッチに行ってたじゃないですか」
この後輩の言うアッチというのは、もう一つのクラブの方。
「いいんですか?『冒険』の方は?」
「・・・そろそろ就職活動もしないといけないし、ふらふらしてられないからな」
「そういうモンですか」
「まあ、おれも大人になったって事だ」
「何ですか、それは」
後輩の笑いは失笑というやつだった。
そう。おれはあれから「冒険倶楽部」の方には顔を出していない。
二人で一晩を明かした朝も、おれは何でもないように振舞っていた。けれど、心配していた仲間に出会った途端、これ以上一緒にいてはダメだとわかったんだ。
一緒にいればいるほど、自分のモノにしたくなる。他のヤツと話しているコイツに胸がざわめく。もちろん自分の気持ちも伝えていないおれには、何も言う資格はなく。
どんどん不機嫌になっていく自分が、とてつもなく度量の狭いつまんねェ男に思えてきて。そして、そんな風に思わせるコイツの側にいたくなくて。
出した結論が、これだ。
逃げだよな。わかっているさ。
でも、ダメなんだ。他の事なら立ち向かえるけれど、これだけはダメだ。
ルフィとは会わない。
それが、おれの出した結論。
これでいい。

これでいいんだ。



夕方になり、本日の練習は終了。今から遊びに行くという後輩の誘いは断って、もう少し居残る事にした。落ち着かない気持ちが、そのまま剣先に現れてしまっている。このままではダメだと、気持ちばかりがあせっている。
だけど結果は
「・・・・ちょっと、休憩だ」
この季節の道場は、エアコンを効かせているとはいえ汗をかくことには変わりない。手洗い場の水を頭から乱雑にかぶり、そのままタオルでぬぐう。
視界にはグラウンドが見えて、そして走っているヤツらが目に入る。
まったく、ご苦労なこった。こんな暑さの中、外でやるなんてヤツの気がしれねェ。
そう思いながらも、ある人間の姿を探す。
今日は休みか?・・・・・別にいいけど。
バカか、おれは。
小さく息を吐いて、おれはグラウンドに背を向けた。
「ゾロ」
と、すぐ目の前にルフィが立っていたから、驚いた。
何でお前がここにいる?
「走っていたら剣道部が見えたから、ゾロに会いに来た」
どうして、お前はそういう・・・・・。
「だって、最近ゾロはクラブに顔を出さないし」
だから、それはだな。
「・・・・ゾロがいねェと、おれつまんねェよ」
ルフィは少し口を尖らせて拗ねたように言う。そんな顔をしていても、やっぱり可愛くて。
・・・・いかん、いかん。
「・・・関係ないだろ、早く陸上部に戻れ」
「何だよ、その言い方」
こんどは膨れっ面になる。まったく、ころころよく変わる表情だな。
「3年生はそれどころじゃないんだよ」
「サンジは来ているぞ」
「・・・アイツの事なんざ知るか」
他の男の名前がルフィの口から出た事で、おれは更に不機嫌になる。
「おれの勝手だろ」
「ゾロ!」
いまだ言い募ろうとするルフィに構わず、おれは道場に入っていく。
「ゾロ、おれはお前に来て欲しいんだ!」
最高の誘いの言葉。だけどダメだ。コイツには―――。
おれは黙って竹刀を手に取ると、そのまま道場中央まで進む。
「ゾロってば!」
「うるせェ!」
振り向きざまに、竹刀を振り下ろした。そう、ちょっと脅かすだけのつもりだった。
「えっ・・・・!」
なのに、ナンでそんなところにいる?!
竹刀の切っ先は、ルフィの頭上にきれいに面を決める格好で振り下ろされた。それがきまらなかったのは、ただルフィのたぐいまれな運動神経のおかげでしかない。体をすっとそらして、ギリギリでよける。それでも振り下ろされた勢いはとまらず、ルフィの頬を紙一重でかすめた。
「ルフィ!」
「・・・・」
俯いた顔はしばらく上げられる事はなく。
「ケガはないか、お前?」
「・・・大丈夫」
上げようとしない顔を無理やりに上に向けさせると、そのすべらかな頬に、一筋の紅い線が刻まれていた。
「大丈夫だよ、かすっただけだから」
そう言って、親指の腹で軽く傷をなでる。一瞬消えた赤色は、すぐに浮かんできて。
「・・・・悪ぃ」
「だから、大丈夫だって。気にするな」
「気にするなって、お前、平気でいられるか。顔にキズだなんて、女だったら責任取って結婚しねェとい・・・け・・・・」
・・・・・・あれ?軽いデジャブ。どこかで言った事のある言葉。誰かに告げた言葉。
「・・・責任って?」
ゆっくり笑うルフィの顔が、どこかで見た景色に重なっていった。



「お前、強いの?」
あれは、小学生の頃。何年だったか。4年?5年?道場での稽古を終えたおれの前に、どこからかチビが現れて話し掛けてきた。さっきから道場の入り口から覗いていたヤツだとすぐにわかったが、おれはその質問にカチンときた。
強いかだと?小学生の部では上級生も負かす、このおれに向かって強いか?だと?
「・・まぁまぁだ」
でも、先生からは「自分の腕を自慢するような人間は、本当の強さを持っていない」って言われているから、おれは控えめに答える事にした。
「ふーん、お前、強そうなのにな。ま、いいか。おれと勝負しろよ」
え?
あのな、おれが『まぁまぁ』って言ったのは、ケンキョな心ってヤツなんだよ。お前と勝負って、お前は―――
「ま、おれの方が強いと思うけどな」
そう言って、そいつはニヤリと笑った。
面白ぇ。ヤってやろうじゃないの。
「お前も剣道か?」
「いいや、おれは何も使わない」
無謀なヤツめ、思い知るがいいさ。
勝負の結果は―――引き分け。
おれが打ちこんだ竹刀の先はことごとく避けられたし、アイツが繰り出すパンチはおれに届く事はなかった。さんざんヤりあって、二人ともへとへとになって、座り込んで。
「・・・・お前、強い、なぁ」
「それは・・・・どうも・・・・」
はぁはぁと息を荒げて、お互いを称えあって。どちらからともなく、笑って。
それから毎日、おれ達は戦っていたと思う。
そいつがどこの誰かなんかは聞かず、ただ、いつも赤とか黄色の服を着ていたから、どこかの女子だとしか思っていなくて。
どこからともなく現れては勝負をして、そして帰っていく。おれはそいつがどこの誰でもよかった。思いっきり戦う。それだけで楽しかったんだ。
ただ、おれは今が夏休みだって事を失念していた。

その日、ヤツの様子は少しヘンだった。
技に切れがなく、おれの攻撃を避けるのも何かぎこちない。
でも、当時のおれには、そんな事を思いやる気持ちなんてのはまだなくて。
「今日はこれで勝負だ」
道場から持ち出した木刀を自慢げに見せる。これなら、コイツに勝てそうな気がする。
「いいよ」
まるっきり臆する事のない瞳が、すっと眇められる。
あぁ、いいなあ。こんな雰囲気。
いつものように刀を上から振り下ろす。案の定、ヤツは攻撃を軽く避けた。横に逃げた体を、すぐに反転させて追いかけて。
「・・・・・え?」
軽く右に払った剣先に何か違和感を感じて、おれの動きが止まった。
うずくまる相手。頬に当てられた手のひらからは、紅い液体がじわりと溢れていて。
「おい!」
「・・・・それって、いつものより長いんだなあ」
血を流しながら、何をのんびりした事を言ってやがるんだ!
「早く、医者に行かなくっちゃ!」
「・・・大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!血が出ている!」
「コレぐらい大丈夫だって」
キズを見せようとしない相手の手を無理やり解く。
「お前・・・!」
左目の下。ぱっくりと裂けたキズからは、血がまだにじみでていて。おれは慌てて、ポケットに入っていたハンカチを押し当てる。
「行くぞ」
「どこに?」
「どこって、医者だ」
「それはイヤだ」
「イヤだって、お前、ケガしてんだぞ」
「だって、ケガしたのがバレたら、お前と遊べなくなる」
「そんな事・・・・」
そんな事どうだっていいじゃないか。
「だって、おれのせいでお前が怒られたら、おれがいやだ」
おれが悪かったんだから、いくらだって怒られてやるから。だから、頼むから。
「一人で医者に行くから、絶対に誰にも言うなよ」
「・・・どうしてケガをしたか、聞かれるぞ」
「こけたって言うよ」
ニッコリ笑って言うと、そのままヤツは走り去って行って。
「おい・・・・お前・・・・」
俯いたおれは、木刀の先を眺めるほかなかった。

次の日、おれは道場の前でヤツを待っていた。
「あれ、待っていてくれたのか?でも、今日は運動したらダメだって言われているんだ」
相手は顔にガーゼをあてた痛々しい姿でゴメンと笑うから、おれは黙って手の中のモノを差し出した。
「ナンだ、これ?」
相手は不思議そうな顔をして、渡された物をためすがえす見る。
「・・・やるよ」
「やるって、これ・・・・?」
「女の子の顔にキズをつけたら責任取って結婚しないといけないって、くいなが言っていた。だから、これをやる」
「え・・・・」
「お前が大きくなって誰も結婚してくれなかったら、おれが責任取って結婚するから。それが約束の印だ」
死んだ母親のしていた指輪は、あの人の細い指によく似合っていた。
「・・・おれには大きいぞ」
「貸してみろ」
おれはヤツから指輪を取り上げると、左手の親指に指輪をはめてやる。
「入っただろ」
「うん」
ヤツがニッコリと笑ったから、おれも何か嬉しくなった。
その時のおれは、もちろん将来を束縛されたことなんてのには、まったく気付いていなくて。でも、こいつとならいいか、そう思っていた事も事実。



「いつも赤とか黄色とかオレンジの服を着ていたから、てっきり・・・」
「・・・女の子だと思っていた?」
ルフィはくすりと笑う。
「あの頃は、姉ちゃんのお下がりばかり着せられていたからなあ」
さっき付いたキズはもう乾いていた。その上にうっすらと残るひきつれた痕。
これが、あの時の。
「・・・やっぱり痕が残ったか」
「あ、気にするな。ナミはこのキズにえらく怒っていたけど、シャンクスもおれも迫力が出たからって喜んでんだから」
「あの後、お前の姿が見えなくなったから・・・・」
「お前、気付いていなかっただろ。あの日で夏休みが終わったんだぞ。だから、おれ達はばぁちゃんのトコから帰らなくっちゃいけなかったんだ」
・・・・・あぁ、そうか。そんな単純な事だったのか。
「ばあちゃんが引っ越して、あの街に行かなくなってからも、おれはずっとゾロの事は覚えていた」
また触れられる薬指のリング。
「女の子とか、なんでか男にも付き合ってって言われたけど、でもおれにはゾロがいるからって断ってきた」
男にもって・・・・人の事は言えないか。
「だって、おれはゾロと結婚するって決めていたんだから」
眩しいくらいの笑顔。
まったく、敵わない。
「イヤだなんて言わせないぞ。お前が責任取るって言ったんだから」
ルフィは、何かを企んだ瞳でこちらを見上げている。
イヤだなんて言いません。言うわけない。
「ゾロ・・・?・・・うわっ!」
黙っているおれを覗き込んだところを捕獲。
「・・・責任取ってやるよ」
抱きしめたまま、囁く言葉。
「おう、責任取れよ」
首に腕が回される。
視界の端に見えた銀色の光も、一緒になって喜んでいるように思えた。



その後、もちろん新しい指輪を買いました。揃いのペアリング。
なのに、アイツはまだ昔のをはずそうとしない。
「だって、これもゾロから貰ったんだから」
その言葉は嬉しいような悔しいような。

そんな不思議な気持ち。






あいかわらずウチのゾロは、ルフィにベタ惚れで頭があがりません。
なかなかに可愛い話にはなったと思いますけど、甘さはどうでしょう?
本音を言えばそのままエッチに入って欲しかったなぁ・・・。


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