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「自己紹介」


お急ぎでない方はお読みください

●ペンネーム「楢門二樹」について
  --- ご挨拶を兼ね、やや長めの自己紹介 ---

わたくしこと、
「楢門二樹」について、
そのペンネームの由来に関して
一言、申し添えます。

「楢門二樹」は「ならと・にき」と読んでください。
ロシア語「ナロードニキ」(人民主義者)のもじりです。

私がペンネームとして
「楢門二鬼」を使ったのは
もう今から30年近く前のことで、
石川啄木の詩と、
俳人・西東三鬼の名前から、
この名前を思いつきました。


私は詩が好きで、
大学生の頃に読んだ
石川啄木の「はてしなき議論の後」という詩で
「ヴ・ナロード」というロシア語を知りました。
しかし、このあと紹介する荒畑寒村の著書や
歴史としての「ナロードニキ」については
生協(灘神戸生協)に入所した
当時(1969年、昭和44年ごろ)は
全く、何も知りませんでした。


はてしなき議論の後
                    石川啄木

われらの且つ読み、 且つ議論を闘はすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。
われらは何を為すべきかを議論す。
されど、誰一人、
握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD!'と叫び出づるものなし。

われらはわれらの
求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の
求むるものの何なるかを知る、
しかして、われらの
何を為すべきかを知る。
実に五十年前の露西亜の青年よりも
多く知れり。
されど、誰一人、
握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD!'と叫び出づるものなし。

此処にあつまれる者は皆青年なり。
常に世に新しきものを作り出だす青年なり。
われらは老人の早く死に、
しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。
見よ、われらの眼の輝けるを、
またその議論の激しきを。
されど、誰一人、
握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD!'と叫び出づるものなし。

ああ、蝋燭はすでに三度も取りかへられ、
飲料(のみもの)の茶碗には
小さき羽虫の死骸浮かび、
若き婦人の熱心に変わりはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の
疲れあり。
されど、なほ、誰一人、
握りしめたる拳に卓をたたきて、
'V NAROD!'と叫び出づるものなし。

(「石川啄木遺稿」より)


この「ナロード(民衆)」と、
西東三鬼(さいとう・さんき)の「三鬼」を「二鬼」にして、
「楢門二鬼」のペンネームを使ったのは、
私が「G討」(グループ討論)と呼んでいた
T,A,N.さんなど、ほんの数人の
集まりの仲間内で書く文章が最初でした。

私は、その仲間たちと労組活動をする中で
岩波新書の荒畑寒村「ロシア革命の曙」という本を
書店にみつけました。

「ナロードニキ」の歴史については、
この「ロシア革命運動の曙」を
読んでいただくのが最良かと思います。

いま、大要だけをかいつまんで紹介してみます。

★ ★ ★

1870年代のはじめ、帝政ロシアでは、
無知と貧困との暗黒に沈淪苦悶している人民を、
圧制の重い軛から解放しようと、
理想主義的な青年インテリゲンチアが中心になり
「ヴ・ナロード」(人民のなかへ)という
世界の社会運動史上、匹敵するものがないほどの
大規模な「社会改革運動」が起こりました。

彼らは、人民の圧制からの解放の手段を
「教育」に求めました。
彼らの大半は大学生で、その出自は貴族・将軍・
大地主・富豪などの子弟でした。
詩人ネクラーソフは
「奴隷によって作られたパンは苦い」と
うたっていますが、
新世代(1870年代)の青年インテリゲンチアは、
「自分と自分たち父祖が負うている債務を
奴隷に返済しなければならない」と決意し、
「人民のなかへ」という一大社会運動が
展開されるわけです。

それは当初、教育運動であり、
彼らは普通の職人として工場におもむき、
知識と教育を普及させ、
そこに私塾や協同組合を設立し、
多大の技巧と忍耐をもってすれば
人民を教育することができる、
また、さらに高い観念が大衆の間に
徐々にあらわれる、
そう確信しました。

こうやって、ロシアの革命は
始まっていき、40年後、
1917年に「ソビエト」が成立し、
そして、74年後の1991年、
ソ連は崩壊しました。

寒村のこの著作はすぐれた本です。
「ヴ・ナロード」の運動の中に
革命運動や、
あるいは社会運動が孕む諸問題が
萌芽的にではあるが、すべて
含まれているように思えるからです。

ついでに付言しておけば、あのエンゲルスでさえ
「イギリスで、労働者の利益のために
 行われた一切の社会運動、
 一切の現実の進歩は、
 すべてオーエンの名前に結びついている」
と評した
空想的社会主義者「ロバート・オーエン」について
ホリヨークは次のように書きとめています。

「いかなる社会の変革も、
 友愛の精神によらなければ
 真実の成功を望むことはできない。

 われわれは、
 イギリスの社会主義の創始者が
 カール・マルクスでなくして、
 ロバート・オーエンであったことを
 心にとどめなければならない。」

 「オーエンは言っている、
  ”階級闘争ではなくして、
   人類愛という古い理論を。
   そして、人類愛という
 希望と信仰と、
生きた事実とを”」


私は、「楢門二鬼」というペンネームを
使い始めた頃を
いま「楢門二樹」と、いくらか柔和な面立ちに
修正して、再びペンをとりながら
感慨深く思い出しています。

機会があれば、是非とも、
茅辺かのうや、シモーヌ・ベイユ、
石川啄木の詩に後押しされて、
生協に飛び込んできた
わたしの「ヴ・ナロード」を
その当初から今日まで、
書き綴ってみたいものだと
秘かに思っています。

あとは、ホームページの
「仕事」の欄や「発語訓練」
その他のところに
いくらか「私について」の記述が
散見されると思います。
以上、ペンネームにこと寄せて
自己紹介を兼ね、皆様への
ご挨拶とさせていただきます。

主人敬白   
(2000.03.28)