井笠鉄道の破綻に対する速報的考察

笠岡駅前にて



岡山県笠岡市に本社を置き、岡山県西部と広島県東部に営業基盤を置く地方中小バス会社である井笠鉄道。かつてはナローゲージの軽便鉄道を運行するなど、それなりに知られた会社ではありますが、この秋、突如その名が全国に知られるようになりました。突然の会社清算、そして発表からわずか19日での営業廃止という、前例がほとんどない事態の主役として。

多くの人には馴染みのないエリアであり会社でしょうが、個人的な話として笠岡が亡き祖母の故郷ということもあり、そこが舞台の今回の「騒動」は他人事には思えないものがあるのです。
まだ第一幕が開いた段階で、将来の様子どころか少し先の状況すら見えない状態であり、かつ情報が不足しているため議論や論拠が的外れであったり、間違いである可能性はありますが、速報的考察として現時点で見えてきたもの、感じたことについて述べてみました。




※写真は2009年12月撮影


●井笠鉄道の破綻
井笠鉄道というと、オールドファンにはナローゲージを行くディーゼルカーというところでしょうが、1971年の鉄道事業廃止以降も「鉄道」の名を守り続けたバス会社として知られてきました。
奇しくも同社の主力エリアのひとつである福山市では、同様に軽便鉄道由来の鞆鉄道(トモテツ)がこれも「鉄道」の名を守っているバス会社として健在であり、福山駅頭では同社のバスの競演も見られます。

このように現在でも岡山県西部と広島県東部を地盤とするバス会社として、高速バスと路線バスを営業しているのですが、あまり有名とは言いがたいバス会社であり、知る人ぞ知ると言った感もありました。

そんなマイナー会社であった井笠鉄道の名前が全国を駆け巡りました。
2012年10月12日の午後に流れた「井笠鉄道 破産申立へ」「10月末日限りで路線廃止」というニュースは、その第一報がNHKだったこともあり、一縷の望みも無い確定情報として各方面に衝撃を与えたのです。

交通事業者の経営破綻というのは決して珍しくなく、気がつかない人も少なくないですが、旧国鉄も第二会社方式の任意整理に近い手法でした。
しかし、会社更生法や民事再生法といった再生型ではなく、会社清算という清算型となるとこれは珍しく、あらかじめ路線廃止や事業廃止を予告しての清算ではない「突然死」となると、2001年に突然「廃業」した茨城観光自動車が近年の事例と言えます。

NHKにすっぱ抜かれた形で慌てて会社側も公式サイトに発表して、「本日の一部報道について」と言った類の話でないことが確定しましたが、残された時間はわずか19日、営業日ベースでは13日しかない状態というカウントダウンが突然はじまったのです。

●利用者は大迷惑
本社がある岡山県笠岡市や、かつての軽便ルートで結ばれた井原市や矢掛町、旧神辺町を含む広島県福山市に、浅口市、鴨方町、倉敷市の旧玉島市エリアの足ではありますが、長年の利用者減少もあり、井笠鉄道バスに依存している人はそれなりにいるとは言え、多いとはいえない状況です。

それでも突然の破綻劇は影響が大きく、特に10月中旬での発表は最悪のタイミングでした。
「弊社バス事業終了のお知らせ」では中国バスなどが運行を引き継ぐと書かれていましたが、同じ告知では定期券、回数券、バスカードは、広島県内バスIC共通カード「PASPY」を除き11月以降は使用できないと明言されていたのです。(PASPYは自社発行ではないので井笠以外での使用については問題がないため)

つまり、既に購入した定期券等が紙切れになるばかりか、年間定期はもちろん、6ヶ月定期を購入している利用者にとっても、年度初めで購入した6ヶ月定期をちょうど更新したタイミングであり、残存期間が最大になっている時期と言えます。
会社が払い戻しには応じかねるとしているだけに、一般債権として請求権はあるとはいえ、後述の通り債務超過状態で、優先債務が破綻の引き金になったような会社にあっては破産財団からの配当は全く期待できず、事実上の踏み倒しです。

また、これまで岡山県内で共通化していたバスカードが、ICカード「Hareca」に移行した際に協調せず、バスカードを自社専用として継続していますが、これも紙切れ(プラ片?)になるのですが、ICカードやかつての共通カードのように使い切るチャンスもありません。

それでもバスカードは1000円2000円の単位で済みますが、定期券は数万円単位であり、沿線の家庭でそのような「不良債権」の発生は被害甚大であるばかりか、改めて買い直しとなるとその資金負担もあるわけで、現時点ではその処理をどうするかが決まっていませんが、何らかの救済がないと通勤や通学の交通費を例え日払いであっても捻出することが難しくなる家庭が出てくる可能性があります。

今回の事態で最大の問題はこの定期券等の問題です。事業者の突然の破綻で紙切れになるリスクが顕在化したことで、経営状態に不安のある事業者において「紙切れリスク」がある定期券等の購入を手控える動きが広まったら大変です。
事業廃止届が6ヶ月前と期限を切ってあるのはそのリスクを防止するためでもあるわけですが、「突然死」への対応が無いことには変わりがなく、定期券等の前払いで資金繰り面では問題がないという認識が強い交通事業で、今後定期券購入の手控えによるキャッシュショートの発生リスクも考えられるわけで、このままだと「信用不安」の連鎖も懸念されます。

●井笠鉄道の経営環境を考える
地味なエリアを走る地味なバス会社とはいえ、大阪への高速バスや、高利用率を誇る福山や神辺・府中から広島への県内高速バスを手がけており、一般路線バスの苦境は容易に想像できるものの、事業規模が比較的小さいこともあり、内部補填が機能していたはずです。
ただ、このエリアでは福山市に本社を置く中国バスが、2006年に整理回収機構の企業再生スキームに基づく私的整理を実施し、その過程でスポンサーとなった両備バスの傘下に入ったように、地合いは決してよくありません。

さらに問題なのは、井笠には「これだけは」という路線が見えないこと。例えばトモテツなら鞆への路線が柱としてあるわけですが、そういった路線が見えません。
鉄道時代の印象で笠岡−井原、矢掛が幹線に見えますが、正直言って笠岡にそこまでの求心力はないわけで、結局は岡山、倉敷か福山になりますが、そこには井原鉄道という「ライバル」がいます。福山からの路線にしても、山陽線と井原鉄道に挟まれたエリアが地盤であり、核となる路線が見えませんし。

そもそも井笠鉄道の鉄道事業のうち、井原と矢掛、神辺を結ぶ路線は1967年に廃止されましたが、のちの井原鉄道となる井原線建設のために用地が買収されており、対笠岡以外は少なくとも広域流動としては井原鉄道の開通で使命を終えた格好になっています。
そういう意味では1999年の井原鉄道開業から13年、よくぞ持ったという見方も可能です。

もう一つ指摘できるのは、広島、岡山県にまたがる事業基盤で、本社が岡山県、主たるエリアが広島県という股裂き状態が、行政の関与、特に補助金をややこしくしているであろうことです。
そしてミニマムアクセス維持のために行政が手当てするという全国的な流れに対し、広島では2008年に尾道と三原、2012年に呉と、市営バスの第三セクター化や民間委譲が進むなど行政の関与が薄まる方向になっていますし、岡山では大時代的とも言えるバス会社同士の競合とニューカマーへの排他的対応に見るように行政の調整能力の欠如があるように、行政のバス路線に対する認識が低いということが輪をかけている格好です。

市町村単位で見れば、岡山県西部の笠岡市や浅口郡市、倉敷市(旧玉島市)のエリアではミニマムアクセスを担うわけで、経営基盤がしんどい会社におんぶにだっこだけではなく、自発的に交通手段の維持、確保を模索すべきでしたが、特殊事情として本社のある笠岡市の場合、沖合に浮かぶ笠岡諸島の交通問題が最優先課題だったわけで、3社が補助金を受けながら競合するという状況をようやく2011年10月から1社にまとめたという状況であり、井笠に構う余裕がなかったともいえます。

●グループ、系列を頼れなかったのか
井笠鉄道の苦しいところは、地方の交通事業者は何かしら大手事業者の傘下に入っていることが多いのですが、1964年から40年間続いていた近鉄との資本関係が2004年に解消していたことです。
関係会社であれば何かしらの支援が期待できますし、よしんば清算するにしても、今回のような無様なことはしないはずです。

ところが支えるはずの近鉄自身が苦境だったのが誤算でした。2004年といえば近鉄バファローズが55年の歴史に幕を閉じた年でもあり、生き残りのための「身辺整理」の大波に飲み込まれたのです。

現在の井笠鉄道の筆頭株主は井原市に本社を置くタカヤ繊維と言う会社です。
タカヤ繊維は電子関連と繊維を主業とするタカヤグループの一員ですが、交通事業者の筆頭株主としてはあまり聞かない業種であり、シナジー効果がまず期待できないバス会社への出資の動機がわかりません。

あくまで推測ですが、近鉄との資本関係解消時に、近鉄が手放した井笠鉄道株を地元企業に引き受けてもらったのかもしれません。当時ですと電子関連と言うと華々しかったでしょうし、地域の伝統企業を傘下におさめるメリットも十分にあったでしょうから。

一部にはこの「親会社」の業況が井笠鉄道の面倒を見る余裕を失わせたと言う見方もあります。
本業の電子機器、部品製造における主要取引先であり、合弁会社のパートナーでもある家電メーカーがこのところの不況で経営不振に陥るなか、取引の縮小が進むことで経営が急速に減退していると言う見立てです。

確かにタカヤ繊維の親会社であるタカヤの決算書(非上場の小会社なので単体ベースの貸借対照表のみ公開)を見ると、繰越利益剰余金の内数として表記されている当期純利益は、2008年11月決算(この会社は11月決算)は別として、2007年、2009年11月期に12億円程度あったものが、2010年、そして直近の2011年11月決算へと半減を繰り返して3億円にまで縮小しており、経営状況が決して楽ではないことがうかがえますが、単体ベースでは借入金もないですし、あくまで一つの傍証であって、確たることは言えません。

●破綻へのカウントダウン
さて、破綻直前の様子ですが、笠岡市議の大月たかし氏のブログによれば、井笠鉄道が本社のある笠岡市に井笠鉄道が危機的な経営状況にあることを報告したのが8月22日のことだったそうです。

公にしたら即座に息の根が止まりますから関係機関、自治体は当然水面下で対策を協議したわけですが、井笠鉄道の破綻は不可避と判断したのでしょう、主要エリアである福山市を地盤とする中国バスを傘下におさめる岡山県内バス会社の雄である両備グループに事業承継を打診したともあります。またソフトランディングを図るべく、沿線自治体で当座の資金援助補助金の前払い名目で1500万円を支払っています。

おそらくNHKがすっぱ抜かなかったら、年末くらいに来春4月1日から経営移管といった発表があったのかもしれません。これがすっぱ抜かれたことで死に体となったのですが、その引き金は水面下の協議が漏れたのでしょう。

手形が落ちないといったクリティカルな事態も考えられますが、ならば信用情報筋からその旨の情報が出てくるはずですし、筆頭株主も含めて非上場で、なおかつ既に債務超過の決算を出している状況ですから、第2四半期決算の数字が不調で、と今更言うこともないでしょう。第2四半期末は乗り切っているのですから、銀行借入の更新や買掛金、手形の決済などの大どころも済んでの話ですし。

一部では退職金の支払い遅延が起こり、口座差し押さえの請求が通ったため、という話も出ています。これは両備グループの「小嶋代表メッセージ」にあった「今回のように退職金債務で銀行口座が押さえられる」という記載が根拠のようですが、そうであれば上記同様信用情報筋にその旨きちんと出るでしょうし、一般的に借入金の即時返済条項となる、つまり、その時点では事業の継続に全く行き詰っていないのに、破綻の引き金となる内容の命令を裁判所が出すのかが疑問です。この場合、引き金を引いて自分だけは債権が保全される、ということですから、もし本当に裁判所がそれを認めたとなれば、よほど質が低い裁判官であり、危なくなったら退職して差し押さえ請求を出すという「悪しき先例」になります。

●キャッシュショートのわけは
幸か不幸か一般路線バスの古色蒼然とした車両を見ても分かる通り、新車の購入といった設備投資が負担になっているようでもなく、ではなぜ「突然死」に至ったのか。一方でメディアの報道からは、8月に給与遅配を引き起こしたとあり、キャッシュが相当深刻なレベルでショートしていた原因が気になります。

なお、報道では退職金の未払いが13億円あったとも出ていますが、これはいわゆる退職給付債務の引当金ではないでしょうか。本当の未払金が13億円もあったら、退職金1000万円で130人分も「遅配」になっているのですから(退職金がもっと少ないでしょうから、人数は増えますね。ちなみに全社員数で115人です)、もっと早い段階で経営危機が露呈しているはずです。

さて、企業信用情報の東京商工リサーチによると、近年の経営成績は、

井笠鉄道の業績推移(単位:千円)

決算期 売上高 利益
平成22年3月期 992,489 5,354
平成23年3月期 976,158 △39,831
平成24年3月期 902,032 △42,606


となっており、2010年度に赤字転落し、2011年度は売上が激減しています。
損失は売上減(74百万円)ほど悪化していませんが(3百万円)、売上高の減少はキャッシュフローの悪化に直結しますから、これが資金繰りの行き詰まりと推測できますが、その理由となると不明な点が多いです。

そもそも交通事業は乗車時に現金で支払うか、定期券や回数券といった前払いによる収入が基本であり、一方で運行経費は固定費も変動費も通常は後払い、しかも掛けになっているはずです。
ですから交通事業はキャッシュがショートすることは滅多にないわけで、「日銭が入る商売」の代表格と言えますし、運転資金を調達する必要性が低い業態ですが、収入が減少して営業赤字となり、それが続くと設備投資見合いの借入金の利息も満足に払えない状況になり、借金生活に嵌るわけで、井笠鉄道もそうした負のスパイラルに落ちていったのでしょう。

そうした地合いを考えると、井笠鉄道がバスカードからICカードへの移行に踏み切らなかった理由も見えてきます。
バスカードの収入は会計上はいったん前受金で受けて、利用時に売上に計上されるとは言え、キャッシュベースでは購入時にまとまって入ってくるバスカードに対し、ICカードは自社での購入、チャージで無い限り、キャッシュが入ってこないばかりか、利用時に売上は計上するが、キャッシュは月末など事後に加盟各社間で清算される「後払い」となるため、手許現預金の取崩しもしくは運転資金の調達が必要になります。

つまり、「日銭が入る商売」でなくなるのですから、勘定合って銭足らずの黒字倒産のリスクまで負って導入すべきではないと言う判断でしょうし、さらに言えば、その時点で運転資金の負担が困難だったのかもしれません。

●引き継ぎはどうなる
バス事業は中国バスが自社内に社内カンパニーである井笠バスカンパニーを設立して、系統や本数を厳選したうえで年度内の運行継続を行うことが決まりました。

許可事業である路線バスですから、緊急事態とはいえなんでもありと言うわけには行きません。
さらに再生型破綻ではなく清算型であることから、井笠鉄道の債権者の債権を保全しなければいけません、というよりも井笠鉄道の資産を必要以上に毀損した場合、破産法手続きの場合は否認権の行使により井笠鉄道に戻されるルールがあります。

つまり、路線免許も車両は当然、バス停の一本に至るまで井笠鉄道の資産ですから、適正な対価で購入するか、賃借しない限りは、新規に全く同じ規模で路線バス事業を始めるしかないのです。
すなわち、わずか19日の間に路線免許を取得する必要があること。車両と乗務員を手配する必要があること。これは簡単なことではありません。

結局年度末までの暫定運行は道路運送法21条の廃止代替バスの免許で対応し、それ以降は一般路線バスの4条免許で対応すると言う方針を示していますが、車両や運転手の手配にわずか数日で目途をつけたのはさすがに両備グループと言えます。もちろん8月22日以降、水面下での打診が行政からあったわけで、「Xデー」に備えた準備が周到にされていたことは想像に難くありませんが。

ただ、総力を挙げても出来る範囲と言うものがあるわけで、11月以降の運行は全便と言うわけには行かず、かなり絞りましたが、それも苦渋の色が見えるわけで、並行鉄道など代替交通手段がある区間は、利用が多くても思い切って減便したり(井原−福山など)、通勤通学時間帯の確保を中心とするなど、必要最低限の交通確保という色彩が濃い選定となっています。

そういう状況では定期券などの問題は後回しにならざるを得ませんが、残り12日でどうやってそこの「穴」を埋めるのか。両備グループ代表はサイトで国などの支援をと呼びかけていますが、国や自治体がどこまで動けるかが鍵となります。

逆に11月までの井笠鉄道としての運行継続にも不安材料があるわけで、冒頭で例示した茨城観光自動車の場合は、「廃業」という非常事態に従業員の流出が相次ぎ、運転手の流出によりバスの運行継続が出来なくなったというハプニングがありましたが、井笠鉄道の場合はどうか。
給与遅配を起こし、キャッシュフローが枯渇した状態では、いかに財団債権として抵当権や租税公課よりも最優先で給与債権は確保されるとは言っても、残余財産次第では給与明細だけの目録としての「給与」の危険性がありますから、職が決まり次第退職とか、求職活動に専念、と言う格好で職場離脱が相次ぐ可能性すらあります。欠勤扱いにされてもどうせ給与は出ないと考えたら同じですし。

さらに懸念されるのが軽油の購入。リッター2km前後と聞いている燃費で31日までに必要な軽油はどれだけか。それを購入する資金はあるのか。潰れた会社に掛売りをする馬鹿はいませんから、現金が必要です。
そのほか消耗品の購入から、当座の資金は大丈夫なのか。収益源の高速バスでも、クレカが当然の如く停止になってしまい、ETCが使えずに現金支払いになっているという話を聞きましたが、利用料が発生する大阪なんばや広島のバスセンターは踏み倒されると分かっていて使わせもらえるのか。
このあたりは1500万円の補助金の前払いと、沿線利用者を泣かせた定期券などの収入が積み上がっていて、それでしのげる限界が10月末であってほしいものです。

●地方の公共交通維持の苦難
井笠鉄道の破綻は改めて地方における公共交通の維持の難しさを示しました。
公営企業を含めて独立採算を建前とするなかで、公共交通として地域の足を提供する責務をどう両立させるのか。もちろん国や地方自治体による補助制度はありますが、行財政改革や「事業仕分け」の流れの中で、補助金頼みの経営も許されなくなっています。

こうした中で、制度面と資金面での両面から問題を解決しようとする流れができつつあるわけで、制度面では交通基本法(未提出)があり、資金面では上下分離による設備負担の減免など、国民が自家用交通手段以外での移動が可能な社会を目指す方向性があります。

ただ、理想は崇高ですが、現実は厳しいわけです。
国も自治体も企業にも資金が無い状態で、理想を実現するに足る交通網の整備は出来ません。セーフティーネットですら公助ではなく共助、自助を前提とする流れになっている中で、移動と言うジャンルにそこまで手厚く「公助」として対応する必要はあるのか、という根本的な問題に加え、限られた財源の優先順位という問題もあります。

また、国というバックアップが制度面で保証されることで、ある種のモラルハザードの発生が懸念されるわけで、セーフティネットにおける厳格な対応を強いるのであれば、公助として対応する交通権の確保についても、整備する交通モードやサービス水準について厳格に、かつ継続的に審査していく必要があります。

そういう意味ではこの法律がLRT建設の起爆剤になると考える人も多いですが、逆にこれまでは導入する自治体の裁量でもあったモード選択はより厳格になり、他の交通モードとの比較において感情的、定性的な理由や効果で選択することは許されないと考えるべきでしょう。
つまり、公共交通を「事業」として考えた場合、設備投資の負担は公共持ちとしても、せめて運営そのものは収支が償うレベルであるべきであり、赤字運転資金が必要になるという事態は、その交通モードが過大であるという判定になります。

一方で公共交通を遍く総てに提供するのであれば、まずサービスの提供があり、最小限のサービスを最小限の損失補填で実現するというラインにまで後退します。しかしこうなると事業として成立する可能性は無く、かつ損失を填補する補助金頼みとなることから、事業者のモラルハザードは避けられません。
今回の井笠を見ると、営業段階での赤字が不可避であり、しかし、サービスは必要と言う後者の段階にある事業環境といえます。

●両備グループの「メッセージ」の真意は
そうした中で起きた今回の井笠の破綻に対して、緊急避難的に引き継ぐ中国バスを傘下に納める両備グループの小嶋代表が積極的にメッセージを発信しています。その内容、制度や資金的バックアップの問題、利用者の「債権保全」の問題など、本来は茨城観光と言う先例のときに認識、対応すべき問題が等閑にされていたことへの指摘はまさに正論であり、「想定外」という最近流行?の逃げ口上で逃げることは許されないと改めて認識します。

しかし一方でこうした問題を多かれ少なかれ抱える地方の公共交通に対する「処方箋」として、両備グループの主張は果たして正しいのかどうか。「両備グループ代表」が「総合感冒薬」のように誰もがすがる状態ですが、両備なら助けてくれるのかどうか。

実際に両備の「実績」や主張を見ると、やっていることは実は極めて素直であり、かつドライな対応に過ぎません。
有名な「地元の熱意」「自治体と国の支援」「既存事業者の全面協力」と言う3要件も、よく考えれば、お金もリスクも持たないけど、ノウハウは出しますよ、という話です。
特に「公設民営」ではなく「公設民託」という最近の主張を見ると、交通事業者というのは運行委託を受けるだけの存在ともいえるわけで、事業体の経営リスクも取らない格好です。

冷静に考えればこれはおいしいビジネスモデルです。行政のバックアップと資金的裏づけがある事業者の運行委託を引き受けます、ということに他ならず、「3要件」を充たすような路線であれば、ある程度の勝算は得られるはずですから、言い方は悪いですが「勝てる勝負のみ選んでいる」と言う感じなのです。

2000年代前半に傘下の岡山電気軌道が、地方私鉄に対する運営ノウハウを提供するビジネスモデルを打ち出して注目を浴びたわけですが、装置産業である交通事業において、ノウハウを売ると言う発想は面白く、交通事業が採算がなかなか取れない理由の一つである設備投資負担をクリアした上手なやり方と言う印象を受けましたが、現実には事業継続が困難になった事業者において、公設民営での運行継続を模索しているケースで名乗りを上げている状況で、和歌山電鉄が唯一の事例となっており、両備グループ全体でも福山市を中心に路線網を伸ばす中国バスの事例とあわせて2例となっています。

そういう意味では代表のメッセージ発信も含めて宣伝力、発信力が先行している感は否めませんが、冒頭に記した交通基本法が成立したらどうなるかを考えるとなかなか意味深です。
つまり、国や自治体の予算により交通網が整備されるという状況になって必要なのは、運営・運行ノウハウもさることながら、何よりもその交通機関を運転する人です。

全国規模でこうした需要が急増する事態になった時、ノウハウがあり、人材もある程度保有しているバス事業者は、そうした需要へのソリューションの提供という新しいビジネスモデルが花開くわけで、戦時統合から規制時代に確定し、先行きも見えている狭いエリアでの商売からのブレイクスルーが期待できると考えたら、交通基本法の成立を強力に推進する意図も見えてきます。
しかしそこにはビジネスセンスの良さを感じる反面、税金で商売のお膳立てを願う構図でもあり、行政の介入にまつわる「利権」の変形という厳しい指摘も可能です。

●再建をだれに託すか
今回の事態に、地元は「藁をもすがる」という表現までして両備グループによる支援を求めています。
確かに全国のバス事業に対して一家言を持ち、全国にメッセージを発信し続ける「業界の有名人」が代表を務める両備グループは、交通事業者の再生においても有名であり、ましてやそれが地元岡山県を本拠にしている企業とあれば、そういう状況になるのは無理もありません。

しかし、初めから両備に絞っていいのか。
あまり知られていませんが、経営が行き詰まった交通事業者の再生と言う意味では、両備グループよりも、北関東、東北地方で4社(岩手県北、福島交通、関東自動車、茨城交通)の再生を手がけるみちのりホールディングスを、規模や実績の面からもまず挙げるべきです。
ここは交通事業への進出と言うよりも、中長期投資という色彩が強いですが、これらの会社への関与は運営会社ではなく事業会社として経営リスクを取っているという点では強いコミットと言えます。

もちろん井笠の場合は、過去の債務を全部切り離しても経営リスクを取れないほどの事業基盤といえますが、そうなると完全に地域の足に徹して最小限の交通手段を提供することに徹するべきです。
あるべきサービスと可能なサービス、出せる資金との均衡点を見出すのはノウハウが必要ですが、その後はまさに運行委託となりますし、そのためには地元が十二分に汗をかき、必要な交通サービスというものを抽出する必要があります。

しかしそこまできたら、その委託先は選択肢が広がるわけです。何も地場の大手バス会社でなくとも、地元の貸切専業会社を受け皿に、解雇される井笠の社員を雇用して受託するとか、運行管理業務を全国規模で受託している大新東のような会社もあるわけです。
あまり安値でも別の問題が発生しますが、少なくとも赤字運転資金を補填する可能性のある「事業」ですから、コスト意識はしっかり持つ必要があります。

今回の件は、あまりにも急な事態であり、まず緊急避難的な対応を取る必要があるため、悠長なことを言っている余地はなく、地元ということもあって両備グループに頼るべきであり、同時に1週間で運行引継ぎの具体的なメニューを提示した両備グループの手腕は高く評価されるべきですが、「暫定期間」の後は、きちんと考えないといけません。

●地元の一大事で問われるもの
同時に、頼られる側の両備グループも、地元の同業者の破綻に対する対応として考えた時、そこにもう少し「情」の部分が欲しい気もします。
つまり、せっかく事業引継ぎに名乗りを上げても、ここまで「公設民託」に拘ることで非常にビジネスライクな姿勢が明確になっているからです。上述のみちのりホールディングスや、九州産交や宮崎交通の再建を手がけた産業再生機構と異なり、同業である交通事業者による再建という特色を持ちながら、「暖かみ」があまり感じられません。

特にエリアが重なることもあり、中国バスの引き受けとの比較がどうしても出てくるわけですが、経営マインド、従業員の意識改革で相当な荒療治はあったものの、地域の交通サービス提供という意味では、中国バスは両備傘下に入った後も福山市内のドル箱路線に絞ることなく、神石、世羅といった郡部、山間部での路線もいちおう維持してきたわけで(さらに芸陽バスが撤退した旧世羅西町への甲山−小国線も引き受けた)、今回の井笠鉄道への対応を見ると、やはり「距離感」を感じます。

もちろん経営者としてリスクを取らないのは鉄則ですし、本来は主体的に考えるべき地元側が全面的に頼り切っている、「両備さんに任せればもう大丈夫」という甘えに対する警鐘の意味もあるのでしょうが、地域に根ざした公共交通機関を自認するのであれば、それこそ地元の一大事だからこそ、「一肌脱ぐ」姿勢が地元へのメッセージとして欲しいものです。
日頃ドライな言動を繰り返している「企業人」が、同業他社の苦境においては浪花節丸出しで損得抜きの行動することが多いことを考えたら、今回の対応、しかも地元の同業者という事態における地元や世間へのメッセージとしては両備グループの「男を下げる」方向に働きかねません。

上述の通り、乗務員は給与債権の確保すら危ぶまれるなかで、取り敢えずこの1週間、まさに損得勘定抜き、銭金よりも矜持で働いているわけです。
同様に考えれば、天下国家、大所高所から理想や夢を語っていながら、いざとなると銭金の話にこだわるというのはいかがなものか。メッセージが正論であろうとも、それを前面に出さないということも必要なのです。
経営のセンスや実績も大事ですが、地元の有力企業というものは地元の信用がその事業基盤の根源でもあります。それこそ井笠鉄道が「突然死」するまで誰もそれを疑わなかったのも、伝統ある会社としての「信用」でしょうから。

そう、今回の事態は、「地元の名士」たる地元有力企業の引き際とそれへの対応を通じて、単なる破綻に留まらず、色々なものを見せているといえます。



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