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              イタリア語学習におすすめの教材(入門者編) (メルマガ 第8号から)  

 さて、メルマガを書くときに、「初心者の方でも興味深く読めて、少しずつイタリア語の力をつけていける内容にできれば」と心がけているので、もしかしたら中・上級の方には少し物足りないかもしれません。これは、今のところメールをくださった読者の方に、独学でイタリア語を少しずつ学習されている入門者の方が多いからです。それから、日本だけで学習されている方の場合、たとえ中級・上級であっても、文学作品や学術論文、ジャーナリズムに出てくるような難しい言葉を知っていながら、イタリアの毎日の生活の中でよく使われる基本的な言葉(たとえば前号のcornetto, marmellataなど)を学ばずにきてしまっている場合が多く、旅行や留学・仕事でイタリアに来られてから苦労する場合があるのではないかと、余計な心配をするからでもあります。

 さて、そこでイタリア語を勉強し始めたばかりで、何か1冊だけ教材を購入するとしたら何がいいかと考えている方に、今のところ私がおすすめしたいのは、次の教材です。

ニューエクスプレス イタリア語  入江 たまよ著、白水社刊 

 シエナ外国人大学の大学院での卒業論文の執筆にあたって、日本で出版されているイタリア語の教科書がどのように構成されているかについても触れました。ただし、執筆当時、イタリアにいたため、実際に日本から取り寄せたりして分析できた学習書は10冊ほどだけで、あとはインターネットのオンライン書店の書籍情報や読者の批評などを参考にしました。

 アメリカでもイタリアでも、最近の語学学習・教育の歴史を見ると、文法1本槍から実用一辺倒、再び文法重視それからまた実用面の重視というふりこ運動のような極端な変更を経て、今は「使える外国語を学べることを重視するが、そのために必要なものとしての文法もおろそかにしない」という方向で落ち着いてきているようです。

 欧米の語学教育の現状を要約すると、次のようになります。

 学習の主人公は「教師」ではなくて「学習者」自身。だから、「外国語の知識」を文法項目ごとに講師がありがたく学習者に伝授していく時代は終わった。現代の語学教師は、学習者自身が「なぜその外国語を学ぶのか」、「どんな場面でその外国語を使いたいと考えているのか/使うことが将来想定されるのか」、そして学習者の「外国語観」や学習の癖、傾向などを踏まえて、学習内容を学習者と共に構築していかなければいけないし、教師の役割は「学習者を助けること」、「学習者が自立して学習することを助けること」だ。

 こうした外国語教授法の方針転換は、外国語の教科書や学習書の在り方にも大きな変革をもたらしました。イタリアに留学された方ならお分かりと思いますが、近年イタリアで出版されたイタリア語の教科書は、たとえば「バールで(al bar)」、「余暇(tempo libero)」といったふうに、コミュニケーションが行われる場面(situazione comunicativa)ごと、あるいは「あいさつする(salutare)」「招待する(invitare)」などの言葉の機能(funzione)ごとに章立てされているものがほとんどです。それは、外国語学習を「文法の知識を身につけるもの」と捉えるのをやめて、「コミュニケーションに使える外国語力を養うためのもの」と考えるようになったからです。決して、文法をないがしろにしているわけではありません。一つひとつの課(Lezione)ごとに、文法内容もきちんと整理され、演習できるようになっています。ただし、教科書の構成も練習問題も、「文法の知識を身につけること」ではなく、「会話ができるための、読んだり書いたりできるために必要なものとして、文法規則をうまく使えること」を目標に掲げて、文法を扱っています。

 日本で出版されているイタリア語の教科書の多くが、「発音のきまり」に続いて、「名詞」(冠詞・単数・複数の学習を含む)を第1章で扱っています。冠詞の選択(「ここでは冠詞は不要」という選択を含む)や名詞の単数形・複数形を学ぶこと、使いこなすことは、日本人にとって非常に難しいことです。けれども、実際のコミュニケーションにおいて多少名詞の性や数を間違っても問題が生じることはあまりありません。

 日本語では、原則として名詞の性や数によって名詞や形容詞の語尾を変えたり、動詞の活用形を変えたりする必要がありません。年頃の娘が親に向かって「今夜は友達と遊びに行くから、遅く帰る。」と言った場合、その「友達」は男女のどちらでもあり得るし、一人かもしれませんが、五人かもしれません。一方、イタリア語では一人か二人以上かの区別やその性別をはっきりさせなければ「友達」という言葉を使うこともできません。男友達一人ならamico、女友達一人ならamica、二人以上だけれど友達が女性だけであればamiche、友達が複数で中に一人でも男性がいればamiciといった具合です。ですから、イタリア人は、すでに言葉を発する前の段階で、無意識のうちに、名詞の数や性別、ある名詞が相手にとって既知かどうか(つまり定冠詞を使うべきか、不定冠詞を使うべきか)に目を向ける習慣とそれに応じて名詞を変化させ、またその名詞に応じた形容詞や動詞を選ぶ習慣を身につけているわけです。日本人にとって、名詞の性・数や冠詞が難しいのは、覚えなければいけない規則が多い上に(英語と違って、イタリア語には名詞に性があります)、母語である日本語に、原則として名詞の性・数・冠詞が存在しないので、まずは上記の習慣を持ち合わせていないからです。そして、定冠詞・不定冠詞の違いやそれが必要かどうかも、日本語にないものだから理解するのが難しくうまく使えないし、「名詞の性・数によって活用形を変える必要」が母国語にはないものですから、特に-eで終わる名詞の性をいつまでたっても覚えられず、イタリア語で話すときにも、たとえ文法の知識をきちんと持っていても、うっかり主語の性・数と呼応しない形容詞や動詞の変化形を使ってしまったりするわけです。

 でも、この冠詞や名詞の単複の区別は、初級・中級の人がコミュニケーションするときに、大きな障害になることはあまりありません。第5号でも触れましたが、移民の話すイタリア語の発達を扱った研究の成果をみると、初めのうちは冠詞や名詞の性・数の区別のように、文法的な役割だけを果たす文法的事項はまったく習得されていない場合がほとんどです。動詞の活用が分からずにどうやって時制や主語を明らかにするかというと、話の前後関係から話し相手に気づかせたり、主語を動詞の前につけて明確にしたり、ieri (昨日)、un anno fa (1年前)、domani(明日)などのように時を表す副詞を使ったりするわけです。

 ですから、文法をきちんと頭に入れることや正しく使えるようになることは無論大切ですが、教科書が「名詞」から始まっていると、文法の枝葉末節にとらわれ、それが難しくて勉強を投げ出してしまう恐れがあり、またごく簡単で基本的な会話表現を、何課も勉強した後でなければ学べないということになります。

 たとえば “Vorrei ...” ((私は)~がほしいのですが、~したいのですが)という条件法現在(condizionale presente, condizionale semplice)の表現は、旅行者としても非常に便利な表現で、店やレストランで何かを注文したり頼んだりするのにも使えるし、友人との会話でも、自分の希望を押しつけがましくなく「無理かもしれないけど、そうできたらうれしいな」というニュアンスとともに告げられる、大変便利な表現です。ここで、逆にVoglioという直接法現在(indicativo presente)を使うと、「誰が何と言おうと、私はこれがほしいんだ、こうしたいんだ」というかなり押しつけがましい表現になってしまいます。この“Vorrei ...”という表現は、第5号でもご紹介したイタリアで出版された入門者用の教科書、『Qui Italia(Le Monnier, Firenze, 2002)では、第1課、21・22ページに、文房具店やバールでの会話の一部として登場します。22ページの例文を見てみましょう。

Il ragazzo: Un caffe e una pasta, per favore!

La ragazza: Vorrei un cappuccino, un cornetto e un bicchiere d’acqua.

 青年は「コーヒーを一杯と菓子パンを一つください。」、若い女性は「カップッチーノを一杯と、クロワッサンを一つ、それに水を一杯ください。」と頼んでいます。バールやレストランで、一番簡単で手っ取り早い注文の仕方は、ここにあるように、ほしいものを並べたあとで、per favore(お願いします。英語のpleaseにあたる表現)を添えることです。注文したいもの、ほしいものの前に“Vorrei ...”をつけると、さらに丁寧でこなれた表現になります。

 このよく使われる便利な表現が、一般的な日本のイタリア語の学習書、つまり文法項目ごとに章が分かれていて、動詞の時制・法を「簡単なものから難しいものへ」と考えて並べてある教科書ではどの辺りに出てくるか見てみましょう。『イタリア語のABC』(白水社、長神悟)では第8章の171ページ、『現代イタリア語』(東洋書店、興松明)では第18章、257ページになって、ようやく説明や例にお目にかかることができます。

 この例からも分かるように、近年イタリアで刊行されている教科書は、「よく使う表現」や「学習者が出会いそうな場面」を想定した会話を中心に、必要そうな表現を基本的なものから学べるように構成してある場合が多く、一方日本ではまだ「文法項目ごとの章立て」の枠から抜け出せていない場合が多いようです。ここで注意していただきたいのは、「文法項目ごとに章立てされず、会話を中心に課が構成されている」からといって、文法がなおざりにされているわけではないということです。その段階で必要な文法事項を深入りしすぎずに導入してあります。たとえば、上記の“Vorrei ...”という表現については、これが「条件法現在の1人称単数のときの活用形」だとか「条件法現在の活用形の作り方とか他の用法」には一切触れず、物を注文するときに活用できる慣用表現として導入されています。もちろん、後の方に行くと、文法も少しずつ詳しく勉強するようにできていますが、とにかく「コミュニケーションするための文法」という姿勢が貫かれています。

 日本で出版されたものの中で、この形式を踏んでいるもの、つまり「使えるイタリア語を徐々に身につけているように構成されていて、短文ではなく会話(dialogo)を中心に学習するようになっている」のが、上記の『ニューエクスプレス イタリア語』です。たとえば“Vorrei ...”の表現も、この本では第3課(lezione tre)、25ページに登場しており、外国語学習を「知識を積み上げていくこと」ではなく「外国語を使って意思疎通を図ること」と捉えている著者の姿勢がうかがわれます。さらに、いいなと思うのは、単語の紹介を、日常生活に大切なものから、関連のある言葉)紹介し、絵を添えたり、練習問題として学習者に推測させるなど、工夫してある点です。第3号でも述べましたように、言葉を覚えるには、関連のある言葉を一緒に学習したり、自分の頭を使って意味を推測したりすると記憶に残りやすいからです。他の教科書と違って、1課進むごとに「あいさつができるようになった」、「状況を説明できるようになった」など、話せる内容が増えて、広がっていきますから、達成感もあると思います。  

 私には「外国を旅行するときは、少しでもその国の言葉が話せるようにしたい」という信条のようなものがあって、そのため、ポルトガルやギリシャを旅行したときにも直前の1、2か月ほど、ポルトガル語とギリシャ語を学習しました。その際に、各課がまとまった会話を中心として構成されていて、CDがついており、文法の説明も深入りしすぎない程度でけれど一通りあり、若干の練習問題もあるものを選びました。本は1冊だけ、けれどそれだけをしっかり勉強し、(ギリシャ語についてはLonely Planetのイタリア語版の、ギリシャ旅行会話の本も買いました。)CD1枚を、教科書を見て確認しながら、料理しながら、そしてアイロンをかけながらと夫にあきれられるくらい毎日何度も何度も繰り返して聞きました。それだけでも、たとえば料理を注文したり、ホテルで「部屋を予約したのですが」と告げたりすることが、ギリシャ語やポルトガル語でできました。ただし、「聞くだけで話せるようになる」という教材には注意してください。何度も繰り返し聞いた言葉をそのまま口にすることを「話す」というのなら、「話せる」のはそう難しくありません。ただし、会話をすすめるには、相手の言うことを理解することが大切です。たどたどとでも自国語を話そうとする外国人には、優しくじっくり話を聞いてくれる人がポルトガルでもギリシャでも多く、こちらに分かるように言葉を変えたり、ゆっくり話したりしてくれるのですが、基本的な文の構造やある程度の単語の知識、それから会話の流れや会話で使われる慣用表現を知らないと、相手の言っていることが分からないために会話になりません。そうすると、せっかく外国語を勉強しても自分の世界を広げることや人々と交流することができません。私は、高校の国語の教師であったために比較的母語の力もあり、英語やイタリア語で話したり理解したりするのにあまり苦労しません。ですから、ごく普通の日本人の方よりも短時間で効率よく外国語を身につけることができるのではないかと思います。それでも1〜2か月の間合計100時間学習書を読み、文法を学び、練習問題を解いて、その上に毎日2〜3時間、繰り返しCDを何度も何度も聞いたあと、外国に出かけて、最初のうちはごく簡単なことも言うことや聞き取ることができずにとても苦労しました。ポルトガル語はイタリア語と同じく俗ラテン語が発展・変容してできた言葉であるため、文法や語彙に共通点も多く、10日くらい経ったころからバスで隣の席に座った人と会話をしたりもできるようになりました。ポルトガルでは魚の料理がおいしいのですが、付けあわせとしてフライドポテトが出てくることが多く多少閉口していたのですが、旅の中ごろからは「フライドポテトのかわりにライスをいただけませんか」とレストランでも頼めるようになりました。ギリシャの場合は、ホテルやレストランの従業員の中に、観光客ずれしていて「時間がないから、ギリシャ語がきちんと分からず話せないなら、英語の方が手っ取り早い」という態度を取る人もたまにいましたが、基本的には、じっくりこちらのことを聞いて、こちらに分かるように話してくれる人が多かったです。ただし、ギリシャ語は単語や文法もイタリア語・英語と異なる部分が多く、少し相手の言うことが分かるまでかなりかかりましたし、内容のある話ができるまでにはいたりませんでした。

 それに引き換え、私がイタリア語をどのように勉強したかと言いますと、実は7冊近くのイタリア語の学習書を、各文法項目、たとえば「名詞」についてどの教科書も1章読んで練習問題を解いてから、次に進むという形で学習し、すべての教科書の学習を終えました。ただし、高校教師の仕事にも追われていたため、自分ひとりで学習しようと思っていてもつい学習を後回しにしてしまっていたため、学習に有効期限を設けるために、ある通信教育のイタリア語の初級・中級・上級のコースを並行して受講しました。日本でイタリア語を学校で学ばなかったのは、当時愛媛県にはイタリア語を学習できる学校がなかったからです。このイタリア語の通信教育の講座については、文法について質問があればこと細かく答えてくださり、学習のペースを作っていただけたという点で感謝していますが、もし昔に立ち直ってもう1度一からイタリア語を勉強しなければいけないとしたら、上記の『ニューエクスプレス イタリア語』の学習書1冊(でも1999年に私が勉強し始めた頃にはまだ刊行されていませんでした)ともう1冊文法の参考になるCD付きの学習書を買って、一通り「イタリア語での会話がどう行われるか」と「イタリア語のしくみ(文法)」を勉強して語彙力をつけ、CDを繰り返し聞いて、耳・口・頭をイタリア語に慣らしたあとで、映画・歌・インターネット上の素材を通じて、生のイタリア語にたくさん触れ、メールの交換や旅行を通じてイタリア人と言葉を交わし、簡単なものから難しいものへと、少しずつイタリア語の小説や新聞を読んでいくという形を取りたいと思います。ちなみに、イタリア人の友人とのメールのやりとりやイタリアの映画・歌・小説の活用は、文法の学習と並行して、実際に私がイタリア語学習のために行ったことで、イタリア語の学習のためにもイタリアという国の人や文化を知るためにも大いに役立ちましたので、もう1度学び直さなければならないとしても、再びしてみたいことです。ですから、皆さんにもぜひおすすめしたい方法です。これは、もともと、私が英語を勉強するのに大いに役立ち気に入った方法で、ですから、イタリア語の学習にも導入しました。ですから、イタリア語のみならず、あらゆる外国語の学習におすすめです。映画については、ホームページにいくつかおすすめのイタリア映画を紹介しています。時間を見つけて、少しずつ紹介する映画や映画の詳しい情報も追加していきたいと思いますので、時々のぞいてみてください。

 さて、文法のしっかり説明された学習書も合わせて持っておきたいという方には、次の本をおすすめします。

イタリア語のABC 長神 悟著、白水社刊

 『ニューエクスプレス』の本では答えてくれない文法についての質問に対する答えを見つけることができると思います。(ただし、「イタリア語で会話をしたい」ことを優先されるなら、文法の少々の疑問は横において、とにかく『ニューエクスプレス』の本を1冊終わらせるというのも一つの手です。実際、文法は大切ですが、日本ではまだ文法にこだわりすぎる傾向があります。たとえば2005年にペルージャ外国人大学の入門者向けの授業を、教育実習のために参観したときのこと。日本の大学でイタリア語を1年間勉強して、文法事項はpassato prossimo(近過去)まで勉強して知っているという学生さんが、この入門者(principianti)向け、つまり初めてイタリア語を勉強する学生の多いクラスの授業に参加して、イタリア人の先生の言うことが分からず、途方にくれていました。これは「よく使う表現から学んでいく」という学習書の章立て・授業の進め方が日本と違うこと、日本の学生さんが、まとまりのあるイタリア語の発話を聞いた経験に乏しく、日常生活でよく使われる慣用表現や単語を知らなかったことが原因です。)

 勉強のすすめかたとしては、基本的に『ニューエクスプレス イタリア語』を第1課から順に学習していき、文法の説明を読んだ後で、この『イタリア語のABC』の該当部分の説明を読み、練習問題を解くのがいいと思います。この本にもCDが付いていますので、耳にするイタリア語の幅を広げるためにも、このCDも何度も聞いてみてください。というのはこの2冊の学習書のCDでは、吹き込んでいるイタリア人の出身地・性別・年齢・職業が違うため、さまざまなイタリア語に触れることができるからです。l

 『ニューエクスプレス イタリア語』のCDは、初めのうちは「こんなにゆっくりでいいんだろうか」と思うほど、ゆっくりとした速度で吹き込まれていますが、だんだん速度がはやくなり、最後にはふだんイタリア人が話をするのと同じくらいのスピードになっていきます。初級のうちに「イタリア人の先生」に教わるために高いお金を払うのにあまり意味がないのは、何も分からない日本人の生徒が相手では、どんなに優秀な先生もまずはゆっくりと簡単なことしか話せず説明できないからです。あるいは、もしイタリア人の先生が流暢にいろいろ話をしてきても、学習者のレベルに比べて高すぎるため、身につくものが少ないからです。ですから、日本人の入門者の方にとっては、さまざまな音声が吹き込まれていて学習書と並行して勉強でき、繰り返し聞けるCDの方が、よっぽど学習効果が高いと思います。

 最後に、言葉をものにしようと考えたら、「いい辞書を持つこと」は不可欠です。入門者の段階では、また中・上級の方でも、私個人としては、法外な授業料を払ってイタリア人講師のいる講座に通うよりも、信頼のできる伊和辞典を一つ、できれば和伊辞典と合わせて購入する方が、一生使えて重宝する宝物を手に入れられる上に、辞書を引くたびに、あるいは何となくページをめくるだけでもいい勉強になると考えますので、次の辞典をお勧めします。

                                                             伊和中辞典                          和伊中辞典

  小辞典は持ち運びには便利ですが、日頃特に独学で勉強される場合には物足りない点が多いと思います。動詞であれば前置詞に何を使えばいいか分からないとき、あるいは文章を書くときの参考にしたいときなどに、辞書を頼りにするわけですが、小辞典では中辞典に比べて、用例や慣用表現の数がひどく少なくなります。逆に、中辞典は、自分が疑問に思う言葉や表現があったり、自分が言いたいことをイタリア語でどう言っていいか分からないというときに、頼りになる「先生」になってくれます。紙の辞書は、辞書を引いたときに、ついでに近くにある単語の説明も一緒に読んでみたり、「植物 (pianta)」など関連する言葉がまとめて図示されたものを一覧したりすることができるので、電子辞書に比べて、学習効果も高いと思います。電子辞書の方が早く引けて便利と思われるかもしれませんが、たとえば紙の辞書で、1度調べた単語やその語義には赤線で印をつけるようにしておくと、2度目に同じ単語やその近くにある言葉を調べたときに、「ああこの言葉は前に出てきたな」と分かるので、頭にも一層入りやすいはずです。それに、物事は手間をかけたほうが自分のものになりやすいのです。だから、電子辞書ですぐに出てくる語義よりも、少し苦労して引く紙の辞書の方が、逆に調べた言葉が頭に残りやすいと思います。

 

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