アニャトミリン・サンタクルス要塞(ブラジル・サンタ・カタリーナ州)



1998年にこのアニャトミリン・サンタクルス要塞(Porto Ilha Fortaleza Anhatomirin)を訪問して以来8年ぶりに行ってみました。2度目なので様子は分かっていましたが、船で行くのはなかなか楽しいものです。サンタカタリーナに旅行に行った際には利用するのが良いでしょう。



アニャトミリン・サンタクルス要塞(2006年 1月)

サンタカタリーナ島では島内一周等のツアーが各種あるのですが、その中でも一番人気があるのが、対岸の大陸側に近いアニャトミリン・サンタクルス要塞に船で行くツアーでしょう。ここに行くツアーはフローリアノポリス中心部もしくはカナスビエイラ海岸から出ています。カナスビエイラ海岸には何隻か観光船が停泊して多くの観光客を乗せて出港して行きます。

要塞は大航海時代、ポルトガルがスペインのサンタカタリーナ進入を防ぐ目的で建設されたもので、海峡の広い北部湾入り口に三個所、狭い南部入り口に一個所設けられていました。北部の三個所は三角形になっており、3つが連携して敵に向かえるようになっていました。大陸側に在るのがアニャトミリン・サンタクルス要塞(1739年)、サンタカタリーナ島側に在るのがサン・ジョゼ・ダ・ポンタ・グロッサ要塞(FORTALEZA DE SAO JOSE DA PONTA GROSSA)(1740年)で、湾内中央の孤島にもう一個所サン・アントニオ要塞というのがあったそうです。



(写真:サン・ジョゼ・ダ・ポンタ・グロッサ要塞-01)



(写真:サン・ジョゼ・ダ・ポンタ・グロッサ要塞-02)

さてこのアニャトミリン・サンタクルス要塞は大陸に近い小さな島に築かれています。



(写真:アニャトミリン・サンタクルス要塞)

島の正面には船着場があり、島内全体が公園となっており、船のツアーとは別に入場料を支払って入ります。サンタカタリーナ大学が管理しているそうです。船着場の横に「サンタカタリーナ連邦大学」と書かれています。



(写真:サンタカタリーナ連邦大学と書かれている)



(写真:アニャトミリン・サンタクルス要塞の船着場-01)

手前にある建物は飲み物などを売っています。



(写真:アニャトミリン・サンタクルス要塞の船着場-02)

島からは大陸が近くに見えます。



(写真:アニャトミリン・サンタクルス要塞の船着場-03)

この門は教会のような形にして要塞では無く教会であると誇示していたようです。



(写真:教会に見せている門)



(写真:要塞の城壁)

提督の館は最初に造られてた方がこの下の写真で、その後19世紀に修道院後に別の建物を提督用の館として建設したそうです。



(写真:提督の館)

島全体が一つの要塞になっていたようで、現在も数多くの建物が残っており、往時を偲ぶ事が出来ます。



(写真:建物-01)



(写真:建物-02)



(写真:建物-03)



(写真:建物-04)





(写真:建物-05)



(写真:砲台)



(写真:眺望-01)



(写真:眺望-02)



(写真:監視用)



(写真:通路)



観光船でのツアー(2006年 1月)

さて、この島へはカナスビエラス海岸から出ている船のツアーで行きました。朝の9時から一日4〜5回このツアーが出ていますが大人気でこの日も定員一杯になっていました。



(写真:チケット販売所:カナスビエラス海岸)

船は海賊船に見立てて帆を取り付けていますが、実際には飾りです。この日は乗客が多いので2隻同時の出発となりました。



(写真:カナスビエラス海岸にて)

海賊船に見立てた船は観光客を満載して出航します。



(写真:観光客を一杯にして)

当方が乗った船はアメリカ号そしてもう一隻はアマゾナス号という名前が付けられていました。



(写真:アマゾナス号)

島内ではガイドが説明をします。当時の様子を面白おかしく説明します。スペインが攻めて来るという事で守りを固めていたのですが、何と33年間もスペインは来ず、カナスビエラス海岸にスペインが現れた時には本気にしなかったなどと話をしていました。



(写真:島内ではガイドが説明)

さて、ツアーの最後は対抗水掛けとなりました。両方の船からバケツで汲み上げた海水を思い切りぶっかけます。



(写真:アマゾナス号との水の掛け合い-01)

上の方に居た当方も例外ではありません。勢い良く水が飛んで来ました。写真を撮った後にカメラにかからないように慌てて逃げました。



(写真:アマゾナス号との水の掛け合い-02)


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