ホームサイト作家作品ジャンル読書履歴キーワード新刊情報日記BBSリンクメール


■ 梨 木 香 歩 ■
(なしき かほ 1959~)
1959(昭和34)年鹿児島生まれ。英国に留学し児童文学者ベティ・モーガン・ボーエンに師事する。
1995(平成7)年 『西の魔女が死んだ』で第28回日本児童文学者協会新人賞、第13回新美南吉文学賞、第44回小学館文学賞、『裏庭』で第1回児童文学ファンタジー大賞を受賞。
滋賀県在住。


作 品 I N D E X 




ちょっと考えてみました:『からくりからくさ』『りかさん』、どちらから読む?



■ 西 の 魔 女 が 死 ん だ ■
(1994年)
ホームジャンル別IXDEX児童文学(国内作家)>西の魔女が死んだ/梨木香歩
★★★★

第28回日本児童文学者協会新人賞
第13回新美南吉児童文学賞
第44回小学館文学賞受賞作


魔女になる修行って? おばあちゃんはまいにどんなメッセージを残したのか?


単行本 *重版未定
 楡出版 1994.04 \1,223 ISBN:4931266169

単行本
 小学館 1996.04 \1,299 ISBN:4092896107

文庫版 (画像はこちらのものです。)
 新潮社 2001.08 ¥ 420 ISBN:4101253323

オンライン書店bk1


■ 内 容
「学校に行きたくない。」・・・そう言い出した中学1年生のまいをママはおばあちゃんの家に預けることにした。ママのお母さんはイギリス人。若い頃日本にやって来てまいのおじいちゃんと結婚し、一人になってしまった今も日本で暮らしている。
一緒に暮らし出したまいに、おばあちゃんは自分の家系が魔女の家系だと打ち明ける。「魔女になりたい!」そう思ったまいはおばあちゃんについて早速魔女の修行を始めた。その第1段階は・・・。
■ 同時収録 : 「渡りの一日」
■ 繭のようなおばあちゃんの家
おばあちゃんの小さな家は鬱蒼と茂る緑の中にポツンと建っています。庭には何種類ものハーブや野菜が育てられ、周囲は様々な種類の木々や草花が取り巻いていて、それはまるでまいを優しく包み込む緑の繭のようです。明るく温かい日差しと匂い立つような緑、そして、ホンの小さなことでも事ある毎にほめてくれるおばあちゃん。まいが感じる居心地の良さがよく伝わって来て、こちらまで心地良くしてくれます。
緑が作り出す別天地、それによる癒しというテーマは後の『裏庭』『からくりからくさ』にも見られます。著者が、緑は人間の心の安定にとって欠くことの出来ないものだ、と考えていることがよくわかります。
そして、主人公の心の拠り所となっている”おばあちゃん”。”親”ではなくて一世代隔たった”おばあちゃん”なところも何となく納得出来るように思いました。

■ 魔女の修行の魔法
おばあちゃんがまいにさせる魔女になるための基礎トレーニングは魔法には程遠く、不思議でも魔術的でもありません。気抜けするほど月並みな修行です。でも、”魔女の修行”という言葉の魔法でまいは奮い立ちます。おばあちゃんは単に子供を奮い立たせるツボを心得ているだけ、と言ってしまうことも出来ます。でもそれだけではない何かをおばあちゃんから感じます。そして、その月並みな修行が、実はどれ程大切でどれ程成し難いか、まいがそれを試される場面が出て来るたびにこちらも思い知らされてしまいます。
家事をしたり、勉強をしたり、極々当たり前のことをしてまいとおばあちゃんの毎日は過ぎて行きます。そんな地道な修行の毎日もおばあちゃんとなら、まいにとっては楽しく、そしていつの間にか心の傷も癒やされて行きます。当たり前の事をして過ごすことの心地良さ、当たり前の事の中に新たに見つける喜びなどがとても新鮮に感じられます。

■ 死のイメージの刷新
『西の魔女が死んだ』・・・こんな題名から受けるイメージは、読み出すとすぐに払拭されます。更に、読み終わるとその題名自体から受けるイメージさえ変わります。
この作品での”死”に、負のイメージは全くありません。誰も経験したことが無い”死”というものに対する漠然とした恐怖や不安は大人でも子供でも変わりません。それを児童文学であるこの作品は子供にもわかるような易しい次元で語り、死への恐怖や不安を薄れさせてくれます。おばあちゃんの考える死にもホッとさせられるところはありますが、まいが感じることの出来た死に対するイメージほどホッとさせてくれるものを他の作品から感じたことはありませんでした。そして明るさに満ちたラストでその安心感が感動へと変わります。


★★★★ 
『渡りの一日』
(『西の魔女が死んだ』後日譚)

■ 内 容
まいは親友のショウコとサシバの渡りを見に行こうと計画する。しかし、ショウコの大寝坊で計画は台無しに。美術展を観に行こうと計画を変更した2人を更にアクシデントが見舞い・・・。
その後のまいのとある1日を描く。

■ 愉快に描かれるまいの更なる飛躍
リリカルな本編から一転、コミカルなタッチで描かれた短編です。ショウコは本編の最後に名前だけ登場するまいに新しく出来た親友です。全く正反対の性格の2人の間に生まれるギャップが面白く、勃発する事件は更に愉快ですが、その日の経験からまいが更にちょっとだけ心を成長させたことがわかります。こんなちょっとした経験を積み重ねてまいはあの後も成長し続け、これからも成長して行くのだと予感させる物語です。
(2005.2.10)
ブログに書いたこの作品の記事を読む(別ウインドで開きます)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ 丹 生 都 比 売 ■
(1995年)
★★★★★

銀色に儚げに輝く草壁の魂
切なくも美しい繊細な古代史ファンタジー


オンライン書店ビーケーワン:丹生都比売

単行本

 原生林 1995.11 \1,260 4875990731

オンライン書店bk1




■ 内 容
大海人皇子は大君候補だったが、兄の大君(中大兄皇子=天智天皇)は晩年にもうけた大友皇子を皇位に即けたいと思うようになり、大海人皇子との間が険悪になり、近江の朝廷も不穏な空気に包まれた。そして、ある出来事を切っ掛けに、大海人皇子は妃の鵜(本来は盧+鳥)野讃良皇女と息子の草壁皇子、草壁の腹違いの弟・忍壁皇子だけを連れ、少数の舎人や女官と共に吉野の地に隠棲していた。

草壁皇子はおばあさま(皇極天皇、重祚して斉明天皇)の葬列の夢を見た。寂しく恐ろしいその夢の中には蓑笠を被った鬼がいた。夢から醒めた草壁は大君(天智天皇)がお隠れになった知らせが昨日届いたことを思い出す。
夢では鬼、現実ではモマと呼ばれる恐ろしい声で鳴く化物におびえながら過ごしている草壁の前にどこの誰ともわからぬ口の利けない少女が現れる。草壁はその少女にキサという名を付けた。キサは草壁に瑠璃のような、それでいて深い銀色の光を放つ勾玉をくれた・・・。

聡明で意志の強い母を持ち、文武に秀でた異母兄弟・大津皇子と何かにつけて比べられる蒲柳の質で柔和な幼い草壁皇子のやるせなさや哀しさと彼の悲しい運命を父・大海人隠棲の地・吉野を舞台に描いた古代史ファンタジー。

■ その美しさ、奥深さ
ページを開き、ですます調の優しげな語り口で書かれているのを見て、古代が舞台というだけで何の変哲も無い子供向けのファンタジーだったのかと思い、少々がっかりしました。山深い神仙の地・吉野で鬼や化物におびえる子どもの草壁皇子。”彼のその不安をどう描いているのか”・・・それだけが読みどころのように思えました。
ところが、実際に読んでみると、物語の繊細な美しさと、草壁の想いの切なさ、彼の運命の儚さがジーンと胸に染み渡るような叙情性豊かな、非常に完成度の高い作品であることに驚かされました。子どもでも楽しめるでしょうが、大人でなければ味わいつくせない物語だと思いました。子供向けに思えた優しげな語り口は静謐な世界を更に印象深くしているように感じさせ、草壁の心を脅かす鬼や化物にも深い意味が込められていました。物語の美しさと並んで、この奥深さにもとても感動しました。

■ ファンタジーと歴史が見事に融合
草壁の切なさや哀しさ、そして彼の潔さから感じる清々しさは、ファンタジックな美しさと歴史的な解釈の2つの面のどちらからも感じられるもので、その2つが相俟って切なさや哀しさ、清々しさがますます胸に迫って来るのだと思いました。
キサの操る水銀の珠が織り成す宇宙の美しさとそれが表す世界観は素晴らしさもさることながら、ファンタジーの雰囲気を壊さずに織り込まれた史観を理屈抜きに納得させてしまうのも見事でした。雄々しくて文武に秀で、しかも悲劇的な最期を遂げる異母兄弟の大津皇子と比較されることが多い草壁は、彼ほど個性的でないため結果的に影が薄くなってしまうか、正反対の意思も身体も虚弱な優柔不断な人物像を付与されて大津の引き立て役か、悪くすると敵役にされてしまうことが多いように思います。そんな草壁がこの作品では、その柔和な気質ゆえに人知れず苦しみ、やがて、哀しい運命に逆らうことなく諦観の境地に至るという、切なくも清々しい生き方を見せてくれます。彼を諦観に至らせる原因に、著者が非常に納得させられたと言うある歴史的推論が生かされていて、それを見事にファンタジー的な要素に取り込み象徴的に描いてあるので、読者はすんなりと納得させられてしまうのです。

■ たくさんの資料をさりげなく生かして
叙情性あふれる物語でありながら、著者がこの作品を描くのにたくさんの歴史書を読みこなしているのが垣間見えます。それが衒学的になっていないのがまた心憎いところです。おばあさまの葬列を見守る蓑笠を被った鬼や丹生都比売と朱や水銀の関係など、歴史好きが思わずニヤリとしてしまうような事柄も盛り込まれています。朴井連雄君、村国連男依といった馴染み深い大海人皇子の舎人たちの名も見えます。
充分な知識を持った上で、それをさりげなく上手に生かしている・・・そんな感じがしました。

■ 余談ですが・・・
作中のある一節から私は柿本人麻呂のある有名な歌を思い起こしました。
軽皇子の安騎の野に宿りましし時、柿本朝臣人麻呂の作る歌(万葉集・巻一・四十八)

東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて かへり見すれば月傾きぬ
梅原猛の『水底の歌−柿本人麻呂論−』だったか、藤村由加の『人麻呂の暗号』だったかうろ覚えなのですが、この歌は草壁を想う挽歌だという説がありました。その真偽のほどはともかく、雄大でしかしどこか物寂しい不思議な情景が浮かび、とても印象に残った歌でしたが、その歌がぱっと思い浮かんだのです。もしかしたら梨木さんもこの歌が頭にあったのではないか・・・と勝手に想像し、勝手に興奮してしまいました。


金の強い輝きではない、まさに清々しくも寂しげに輝く銀の物語です。
こんなにも絵画的で心にしみる歴史モノは田辺聖子の『隼別王子の叛乱』以来です。
(2005.4.30)


■ 関連書籍 ■
 ■ 時代背景や草壁皇子のことをもっと知る

 『天上の虹−持統天皇物語−』
里中満智子:作のコミックです。副題どおり草壁の母・鵜野讃良皇女(のちの持統天皇)の一代記ですが、この作品にも出て来る鵜野讃良皇女の少女時代のエピソードもわかりますし、父・大海人皇子がどうして吉野に隠棲しなければならなかったか、その後はどうなったのか、それを知るにはまさに最適、しかも手軽な作品です。
 ■ 壬申の乱や大津皇子を描いた作品

 『天の川の太陽』
黒岩重吾の小説です。主人公は大海人皇子で、壬申の乱について詳しく描かれています。

 『天翔る白日 小説大津皇子』
同じく黒岩重吾の小説です。大津皇子が主人公で、草壁は影が薄いです。

(以下のリンクは別ウインドで開きます)

■ 『水底の歌−柿本人麻呂論−』 梅原 猛:著
オンライン書店ビーケーワン:水底の歌 上

新潮社 1983.2 各\620 4101244022 4101244030

謎の歌人・柿本人麻呂について興味深い考察がされています。学界ではあまり支持されていない論のようですが、この方の説は読み応え&説得力があります。


■ 人麻呂の暗号 藤村 由加:著
オンライン書店ビーケーワン:人麻呂の暗号

新潮社 1992.11 \448 410125821X
この本は現在お取り扱いできません。

一時期流行った万葉仮名を朝鮮語で読むというシリーズの一つです。突飛な説なので信じる信じないは別にして、読み物としては面白いです。興味のある方は古本を探すか、オンデマンド版でどうぞ。


■ 『隼別王子の叛乱』 田辺 聖子:著
オンライン書店ビーケーワン:隼別王子の叛乱

中央公論社 1994.9 \693 4122021316

古事記の隼別王子と女鳥の姫君の悲恋を題材にした小説です。まるで無言劇を観ているような感じを受けたのですが、やはり演劇性は強いようで宝塚やオペラの原作にもなっている作品です。




ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ 裏 庭 ■
(1995年)
★★★☆

1995年度 児童文学ファンタジー大賞受賞作


バーンズ屋敷の裏庭は異界への入口だった 照美の自分探しの冒険がいま始まる



単行本 (画像はこちらのものです。)
 理論社 1996.11 \1,575 4652011261

文庫版
 新潮社 2001.1 \620 4101253315

オンライン書店bk1


■ 内 容
丘の麓のバーンズ屋敷には戦争前、イギリス人の一家が住んでいたが、戦争が始まりそうになり一家は帰国。戦争が終わると、今度は一家の知り合いだという若いイギリス人が住み始めたが、彼の姿はいつの間にか見掛けられなくなっていた。以来、無人になったバーンズ屋敷の自然豊な庭は地元の子供たちが忍び込み、遊びに興じる格好の場所となっていた。
照美には昔、双子の兄弟でちょっと知恵の遅れた純がいた。純は照美に連れられバーンズ屋敷に遊びに行って池に落ち、それが元で死んでしまった。純がいなくなって以来、照美は深夜になる両親の帰りを一人で待たなくてはならなくなった。
そんな寂しい境遇の照美の唯一の心の拠り所になっているのが、親友綾子のおじいちゃんだった。おじいちゃんのたくさんの思い出話の中には小さい頃に遊びに行ったバーンズ屋敷とそこに住む姉妹との思い出、そして、ある日そこで体験した不思議な出来事も含まれていた。
そのおじいちゃんが突然倒れ、照美は心の拠り所であるおじいちゃんを失うかもしれないという不安から、英会話塾をサボってしまう。当ても無く彷徨う照美の足はいつしかバーンズ屋敷に向かっていた。

■ 子供だましではない厳しさ
バーンズ屋敷の<裏庭>と呼ばれる異界では、現実の世界を反映して重層的、象徴的に複雑に絡み合った照美の冒険物語が展開されて行きます。また、物語は時間軸でも縦の広がりを持っており、登場する全ての人がその世界と緊密に繋がっていて、その人たち全ての癒しの物語となっています。
しかし、ここで繰り広げられる癒しの物語は、今流行りのお手軽な癒しではありません。傷付き、苦悩し、時には残酷さも強いられ、また自らを捨てる決意さえ迫られる過酷なものです。飢餓地獄、殺人、治しても治しても血をほとばしらせる傷など、生々しく残酷なシーンも登場します。
照美が自己を確立し、過去から開放される結末もまた、単なるハッピー・エンドには無い印象があります。自立するためには切り捨てなければならないものがあり、それには一抹の寂しさが伴うのです。それでも、それぞれが今まで自分を閉じ込めていた殻を破り、また、囚われて来た過去の事柄から開放され、新しい自分としての小さな一歩を踏み出すラストには希望が感じられます。また、おじいちゃんとバーンズ姉妹の姉・レイチェルの<裏庭>への旅立ちは更に物語が広がって<無限>であることを感じさせます。
一見すると他愛の無い子供向けの冒険ファンタジーでありながら、安直に陥らず、書くべき事は書くという著者のきっぱりとした姿勢が感じられ、また、テーマといい、一つ一つの出来事の意味の深さといい、大人でも充分に堪能出来る作品です。

■ 日本的なイメージ
著者は英国留学中、ベティ・モーガン・ボーエンという児童文学者に師事したとのことですが、そのためか、著者の作品のなかには欧米的な要素がどこかに含まれています。この作品でも、英国的な要素が所々に見えますが、その中で、『餓鬼』『片子』『姑に手を切られた嫁』『石になってしまう人』など、日本的な昔話が登場します。物語のムードの中では異質に響くこれらに違和感を覚えながら、この違和感もまた著者の意図かとも感じました。しかし、心理療法家・河合隼雄さんの<解説>によると、これらの昔話は世界中に広く分布しているのだそうです。それでも、これを日本の昔話として登場させた所に後の『からくりからくさ』などでは更に強く見られる日本の伝統な事柄を取り入れる作風への繋がりが感じられるように思います。
また、植物が多種多彩に、そして重要な役割を担って登場し、作品に瑞々しさを与えているのも著者の作品の特徴でしょう。
(2004.8.6)
ブログに書いたこの作品の記事を読む(別ウインドで開きます)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ エンジェルエンジェルエンジェル ■
(1996年)
★★★★

寝たきりのおばあちゃんと憂鬱なコウコ 熱帯魚を飼う事でそんな2人に変化が

オンライン書店ビーケーワン:エンジェルエンジェルエンジェル

単行本
 原生林 1996.4 \1,260 487599074X

文庫版 (画像はこちらのものです。)
 新潮社 2004.3 \380 4101253358

オンライン書店bk1


■ 内 容
ノイローゼ気味でカフェイン中毒気味のコウコは、それを癒せそうな気がして、どうしても熱帯魚が飼いたくなった。体が不自由になっていているばあちゃんの夜中のトイレの世話をすることで、ママはそれを許してくれた。コウコは早速、エンゼルフィッシュとネオンテトラを買って来た。
夜中、コウコがトイレに連れて行く時だけ、ばあちゃんは昼間のぼーっとした状態から抜け出したかのように覚醒し、自分を<さわちゃん>と呼ばせ、コウコと姉妹のように語り出す。そんなばあちゃんの覚醒は熱帯魚を飼い出した事と関係があるようなのだが・・・。

■ 短いにもかかわらず充実感が
150ページ程の短い作品、しかも、上が何文字分か段落ちになっているし、活字はハードカバー並みに大きいので、実質的には100ページ程でしかないでしょう。読み易い事もあり、1時間程で読めてしまいました。
でも、内容は濃いです。短い作品には物足りなさを感じる事が殆どなのに、全くそれを感じませんでした。

■ 若き日の祖母と現在のコウコ 2つの時代が交錯する
物語は、熱帯魚が切っ掛けで祖母と新たに係わりを持ち始めた現在のコウコと、祖母の心に蘇る女学生時代の出来事の2つが交互に描かれます。現代っ子・コウコの語りの軽い感じの部分と、昔のお嬢様・さわちゃん(祖母)の旧仮名遣いの昔の少女小説のような部分と、その落差にも妙味があります。
その両方を繋ぐ象徴的な事物が様々に散りばめられ、それらが幾重もの意味を持ち、複雑に絡み合って一つの物語を作り上げています。中で最も象徴的なのが<エンジェル>なのです。

■ テーマにも二層構造が
そして、物語自体も二重に読む事が出来ます。
<良い子>でいる事に倦み、何かで解消したいと対象を求めているコウコと、女学生時代の自分の悪魔的な心に、いまだに蟠りを隠し持っている祖母。2人の心の葛藤の物語とも読めます。(悪魔的と言っても、それは少女特有の繊細で過敏な心での話です。そんな繊細さが懐かしくもあり、愛しくも感じられます。)
また、<神様の悪魔に対する思いとは?>という重いテーマを読み取る事も出来ます。
だが、決して重苦しくはありません。物語全体に緊張感は漂っていますが、それは心地の良いものです。そして、読み終わると、コウコと共に、スッと気持ちが軽くなるような不思議な読後感があります。

「長ければいい」とは決して思ってはいませんでしたが、内容が充実していて、短さもそれが適度であれば、充分に満足出来るのだ、と実感させられました。
(2004.3.20)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ か ら く り か ら く さ ■
(1999年)
★★★★★

様々な出来事をつなぐ糸がからくさのように絡み合って織り成す世界観
全てを昇華させる息を呑むほどに美しいクライマックス


オンライン書店ビーケーワン:からくりからくさ

単行本 重版未定
 新潮社 1999.5 \1,680 4104299014

文庫版 (画像はこちらのものです。)
 新潮社 2002.1 \620 4101253331

オンライン書店bk1


■ 内 容
染織家を目指す蓉子は亡き祖母の家で、3人の下宿人と、9歳の時、祖母からもらった市松人形の<りかさん>と共に暮らし始めた。
下宿人の紀久(きく)と与希子は織物を専攻する美大の学生、マーガレットは鍼灸師を目指すアメリカ人。下宿人3人は、りかさんをまるで生きているかのように扱う蓉子のその部分だけが上手に理解出来ずにいたが、糸を染め、布を織り、庭の手入れをし・・・と静かで堅実な4人の共同生活は順調に滑り出した。やがて、先祖の墓を合葬するために故郷に帰った紀久は、祖母の遺体と一緒に収めてあったと言う人形がりかさんと良く似ている事に驚く。そして、穏やかだった4人の生活に少しずつ変化が起き始める・・・。
(<りかさん>をもらった9歳の頃のエピソードは『りかさん』で描かれています。)

■ 見事な世界観 巧みな構成
しっかりと構築された世界観、その世界観の表現手段としての物語構成の巧みさに驚きました。
最初のまだまだ屈託の無い頃の4人は、それぞれただの1本の糸でしかありませんでした。それが、次第に唐草のように絡まり、彼女たちの心にもそれぞれに葛藤が生まれて行きます。それがこの世界の始まりで、まるでユートピアような彼女たちの生活が、段々と何者かに絡め取られて行くかのように、徐々に増してゆく不安感に囚われたものになって行きます。それを読んでいる側も共に味わわされます。
いくつかの物が象徴的に扱われる中で、唐草や蛇のモチーフが更に物語を飛躍させ、多層的に描かれた事柄が最後には一つに繋がって行くのです。

■ 見事なクライマックス
その世界観を昇華させるクライマックスは息を呑む程の見事さです。
この作品は、ほぼ完璧に個人的な嗜好を満足させてくれています。
市松人形、能面師、染織・織物などの日本的要素。彼女たちの生活の清清しさ。徐々に繋がりが明らかになって行く様々な事柄。それを彼女たちと共に追うわくわく感。関係者の系図を作る作業の、なんと愉しかった事か! そして、やはりあの見事なクライマックス!

こういう作品に出会うと、心底嬉しくなります。
(2004.4.23)

■ 関連記事:『からくりからくさ』『りかさん』、どちらから読む?


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ り か さ ん ■
(1999年)
★★★★☆

”リカちゃん”人形が欲しいと言ったら、おばあちゃんがくれたのは市松人形の”りかさん”だった
ようことしゃべる人形りかさんは様々な運命をたどった人形たちの声に耳を傾ける


オンライン書店ビーケーワン:りかさん

単行本
 偕成社 1999.12 \1,260 4037444208

文庫版 (画像はこちらのものです。)

 新潮社 2003.7 \500 410125334X

オンライン書店bk1


■ 内 容
ようこは”リカちゃん”人形が欲しいと言ったのに、おばあちゃんがくれたのは、市松人形の”りかさん”だった。
がっかりしたようこだったが、おばあちゃんが書いた説明書通りにりかさんの面倒を見ていたら、ある日、りかさんが喋り出した。
ようことりかさんは、おばあちゃんの助けも借りながら、古い人形たちの心に触れ、その持ち主たちの様々な想いを知るのだが・・・。
『からくりからくさ』の主人公・蓉子がりかさんと出会った9歳の頃のエピソード。
■ 同時収録 : 「ミケルの庭」
■ 面白さは子供向けだが大人にも
『からくりからくさ』とは違い、ファンタジー色が強く、探偵モノ、霊媒とか陰陽師モノのような要素もあるし、文章も平明なので、子供でも楽しめそうです。でも、時代ゆえの悲劇、親子の情愛や夫婦の相克など、人形に託された機微は、やはり大人の読み物だと感じます。

■ 爽やかな読後感
ファンタジー的な部分も、奇を衒った感じは無く、物語の流れの中にあってとても自然。
『からくりからくさ』を読みながら想像していた<話す>りかさんも、実際、賢くて、想像以上にサッパリとした性格で、期待以上でした。
切ないエピソードが多いのですが、ラストは爽やかで、読後感も良かったです。

梨木さんが考える、人形の負う(人間が人形に求めている)役割がきっちりと表現されています。それが、とても納得出来る考え方で、だかこそ、この物語にはこちらに訴えかけるものがあるのでしょう。


★★★ 
『ミケルの庭』
『からくりからくさ』後日譚)

■ 内 容
読者が気にしているだろう4人のその後を伝え、唐草に象徴されるテーマをより明確にする目的で書かれたと思われる小品。

■ 紀久の心の奥を描く
唐草のテーマの強調は余分だった気がします。ミケルの視点を挿入したのは面白かったですが・・・。
それよりも、全て水に流したと思われた紀久の心の最深部にいまだ潜んでいた澱を暴いた事が興味深かったです。
紀久が気付く、人間の業や二面性がこの小品の一番のテーマでしょう。
(2004.4.24)

■ 関連記事:『からくりからくさ』『りかさん』、どちらから読む?


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ


■ 『からくりからくさ』『りかさん』、どちらから読む? ■

時系列順に『からくりからくさ』『りかさん』の作品の続編と位置付けて、『りかさん』→『からくりからくさ』の順で読まれている方が多いようなのですが、出版された順番だと7ヶ月程『りかさん』の方が遅いのです。どちらから読もうか散々迷った挙句、出版された順番に読みました。
出版社が異なるので、その辺の事情かとも思いましたが、先に読んで欲しい物を後から出すかな?と思ったのと、新潮社で文庫化された順番も『からくりからくさ』→『りかさん』だったためです。それに『ミケルの庭』は明らかに『からくりからくさ』の後に来る作品ですし・・・。

やはり、この順番に読んで良かったと思いました。個人的には、梨木さんの意図にも副う読み方だと確信しています。
確信は読み進むうちにドンドンと深まって行きました。そして、読み終わって改めて、「もし、逆に読んでいたら・・・」と想像してみると、それぞれに良さは何割か減じてしまうだろうと感じました。
『からくりからくさ』での蓉子の魅力の源がわかってしまっていては、その魅力は半減してしまうでしょう。また、『からくりからくさ』の設定の一部も、『りかさん』を読んでからだと、驚きを感じられなくなってしまう部分があって、興味も幾分か薄れてしまうと思います。
『りかさん』自体も、種明かし的な驚きを感じながら読む楽しさが味わえなくなってしまいます。

実際はどちらにも<続編>と銘打たれてはいません。だから、どちらから読んでも、また、片方しか読まなくても、それはその人その人の自由ですよね。実際、片方だけでも充分に楽しめる作品に仕上がっています。でも、2つとも読まなければ<それぞれの良さの全てを味わった>とは言えないと思いますし、読むなら断然、『からくりからくさ』→『りかさん』の順で読むことをおすすめします

文庫版も『ミケルの庭』は『りかさん』に収録されています。
やはり、『からくりからくさ』→『りかさん』→『ミケルの庭』と読むのが順当なようです。
(2004.4.24)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

NEW
■ 春 に な っ た ら 苺 を 摘 み に ■
(2002年)
ホームジャンル別IXDEXエッセー(国内作家)>春になったら苺を摘みに/梨木香歩
★★★★☆

学生時代を過ごした英国の地で出会った人々のこと、それから生まれた自らへの問いかけ
それらを瑞々しく語った初エッセー


オンライン書店ビーケーワン:春になったら莓を摘みに

単行本
 新潮社 2002.2 \1,365 4104299022

文庫版 (画像はこちらのものです。)
 新潮社 2006.3 \420 4101253366

オンライン書店bk1


■ 内 容
学生時代を過ごした英国エセックスの田舎町の下宿の女主ウェスト夫人。<理解は出来ないが受け容れる>という主義の彼女の下宿には様々な人種、様々な考え方を持った人たちが暮らしていた。
彼らとの思い出、彼らと接することによって生じた様々な思いや自らに対する問いかけを瑞々しく語ったエッセー。
■ 目 次 ■ ジョーのこと/王様になったアダ/ボヴァリー夫人は誰?/子ども部屋/それぞれの戦争/夜行列車/クリスマス/トロントのリス/最近のウェスト夫人からの手紙−二〇〇一年末−/5年後に
■ 感 想
英国の片田舎に下宿しながらまるで人種の坩堝にいるような経験を梨木さんが出来たのはひとえに下宿の女主人ウェスト夫人の博愛主義のおかげなんですね。そんなウェスト夫人の素晴らしい人柄が様々なエピソードを通して非常に良く伝わって来ます。ウェスト夫人はかつての梨木さんの恩師だったようですが、学問という範疇を越えて梨木さんに大きな影響を与えたこともまたよくわかります。
同時に、梨木さんの感性の豊かさにも驚かされます。ほんの些細な出来事や経験からあんなにも深い思考がめぐらされるものなのかと感心してしまいました。

しかし、そういった精神的なことばかりでなく、英国の家庭婦人の生活も非常に良くうかがい知れて、その点に関してもとても興味深く読めました。
細かな日常の生活習慣の違いもさることながら、日本の専業主婦の興味が主に自分の身の回りに向けられている(私だけかもしれませんが)のとは対照的に、ウェスト夫人の住む町では多くの家庭婦人の興味が社会的な活動に向けられているのがとても印象に残りました。

英国という土壌が、ウェスト夫人という存在が、梨木香歩という作家にどれほど大きな影響を与えたかが本当によくわかる興味深い1冊でした。
(2006.4.7)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ 家 守 綺 譚 ■
(2004年)
★★★★★

2005年度 本屋大賞第3位


家守に惚れるサルスベリ、河童と懇意な飼い犬、人魚は迷い込み、亡き友はふらりと訪れる
狸に化かされ、竹の花に騙されて・・・それはほんの百年ほど前のお話


オンライン書店ビーケーワン:家守綺譚

単行本

 新潮社 2004.1 \1,470 4104299030

オンライン書店bk1




■ 内 容
亡き友の父親から頼まれ、売れない文士・綿貫征四郎はその家に一人住まうことになる。山一つ隔てた湖から流れ出す疎水から引き込まれた水が庭に池を作り、縁側から釣りが出来るその家で、綿貫の長閑で少々奇妙な生活は始まった・・・。

■ 梨木版『遠野物語』
登場するちょっと不思議なモノや出来事はまるで柳田國男の『遠野物語』から脱け出して来たかのようです。それらを綿貫が件の家に住み出してから1年間の日々の物語に織り込み、各章の名前には植物の名を用いてその植物を大なり小なり話に係わらせ・・・と梨木流にアレンジされた『遠野物語』と言った感じです。

■ 古き良き時代の香り・・・懐かしさ
詳しくないのでこれといった作品名を挙げることは出来ないのですが、文体やそこに書かれている長閑な生活には明治や大正の頃の小説が持つのと似た雰囲気を感じます。
また、綿貫が作中で
文明に進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか。鬼の子や鳶を見て安んずる心性は、未だ私の精神がその領域に遊んでいる証拠であろう。鬼の子や鳶を見て不安になったとき、漸く私の精神も時代の進歩と齟齬を起こさないでいられるようになるのかもしれぬ。 (128頁)
と語っています。現代人は実際にそれらの不思議なものを見たら不安になると思います。でも、読んでいるぶんには”安んずる心性”が、少なくとも私にはあるようです。
それらが相俟って、何ともいえぬ懐かしさと心地良さがこの作品からは感じられます。

■ 茫洋とした綿貫からは諧謔が
不思議に遭ったり見たりしても、綿貫は驚きはするものの、誰かに説明されれば「ああ、そうか。」と簡単に納得してしまいます。怖がったり訝しがったりはあまりしません。それどころか周囲からはいちいち驚く綿貫の方が訝しがられています。綿貫が鈍感なのか、周囲が異常なのか、ちょっと判断の付かないのですが、この状況自体にそこはかとない諧謔が感じられます。
そして、読み進めていくうちにこんな状況にも慣れ、綿貫が驚きそうなことが起きると、こちらはそれに驚くよりも先に、驚くに違いない綿貫を、そしてまたすぐに納得してしまうだろう綿貫を、想像して笑ってしまうようになりました。

著者によると、この作品は自然発生的に出来上がったのだそうです。そのためか、余分な力が抜けた自然体の作品だと感じられます。懐かしさ、心地良さ、おかしみはこんなところから来ているのかもしれません。
(2005.4.12)


■ 参 考 ■
(ご紹介しているサイトは別ウインドで開きます)
  柳田國男と『遠野物語』について
 柳田国男「遠野物語」
北東北三県観光立県推進協議会のHP思い立ったら北東北の中のコンテンツ<北東北こだわり百科>の中の記事です。
 柳田國男
ウィキペディアで引いてみました。
■ 『遠野物語』を読む
オンライン書店ビーケーワン:遠野物語

遠野物語 新版 角川ソフィア文庫 2004.5 \500 4043083203
(画像はこちらのものです。)

遠野物語 集英社文庫 1991.12 \460 4087520196



ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

■ 村 田 エ フ ェ ン デ ィ 滞 土 録 ■
(2004年)
★★★★

第51回青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部課題図書


日本とは何もかも違う異郷の地・土耳古(とるこ)で人種や文化の違いを越えて結ばれた友情
『家守綺譚』の綿貫の友人・村田の土耳古での掛け替えのない経験とは


オンライン書店ビーケーワン:村田エフェンディ滞土録

単行本

 角川書店 2004.4 \1,470 4048735136

オンライン書店bk1




■ 内 容
考古学を志す青年・村田はひょんなことから土耳古皇帝が招聘する学者として選ばれ土耳古のスタンブールに赴任した。下宿先のイギリス人のディクソン夫人の屋敷には先住の下宿人として独逸人考古学者オットーと希臘(ギリシャ)人発掘物研究家ディミィトリス、下働きの土耳古人ムハマンドと彼に拾われた鸚鵡(おうむ)、そして古の神が起こす不思議が・・・。
国や民族、宗教や文化の違う彼らと議論を戦わせ、時に不思議な出来事に驚かされながら、村田は遠く祖国を離れた異郷の地で過ごしていたが・・・。

帝政末期の土耳古に赴任した若き考古学者・村田の異国での忘れえぬ経験と掛け替えの無い友情を彼の手記の形式で描いた作品。主人公の村田は『家守綺譚』の中で語られる綿貫の友人。

■ 異文化の間で理解を深めるには
『家守綺譚』の姉妹編とも呼べる作品で、同じように主人公の手記の形式で書かれています。主人公がちょっぴり不思議な体験をするのも『家守綺譚』に似ています。
ところが、『家守綺譚』の古き良き日本の世界にすんなりと溶け込めたのに比べると、異国の地を描いたこの作品の世界には少し入り込み難く感じました。2人とも新しい環境で未知の体験をするのは共通しているものの、『家守綺譚』の綿貫が何となく受け入れてしまうようなところを、村田はあれこれと考え、下宿の人々と議論をした上で自分の中で何とか理屈をつけて無理矢理納得して行くような感じで、早い話がこちらからは理屈っぽさが感じられてしまったためです。それは綿貫と違って村田が異国に居て、しかも周囲の人間がそれぞれに国も宗教も文化も違う人々で共通する認識や感覚というものが少ないためだと思います。議論をして認識や感覚の違いから来る溝を埋めてゆく必要があるのです。
この少々邪魔に思えた理屈っぽさが、しかし、後から思うと非常に重要だったことがわかりました。

■ 明確なテーマ・・・しかしそれより
『家守綺譚』との違いの一つにこの作品はテーマが非常に明確だということがあげられます。国や民族を越えた友情と、それが世界情勢によって引き裂かれる哀しさ・・・これは普遍的で感動的なテーマです。しかし、作品の大半は人間関係そのものよりも、村田が遭遇する様々な出来事が描かれているに過ぎません。下宿の人たちに対する村田の人物評も出て来ますがそれは客観的なものが主です。友情の篤さを感じられるような箇所は無く、そのためか作品とその登場人物に対して常に距離を感じ、多分に醒めた感覚で読んでいました。ところが・・・
読み終えた時には思わず涙が・・・。切なさがぐぐぐぐぐーっと一気に迫って来て、登場人物たちにも急激に愛しさを感じてしまいました。
最終章1章で、まさに急転直下でした。正直なところ、帯に書かれていて事前に知っていた”国や民族を越えた友情”というテーマも”月並みで観念的”と感じていて、それも醒めた感覚で読んでいた一つの要因だったのですが、その”観念的”だという感覚も、作品や登場人物に感じた距離も、最終章1章でものの見事にどこかに吹っ飛ばされてしまいました。「ああ、やられた・・・。」と驚き、その巧さに感動し、その感動がテーマを更に印象的にしているように感じられました。
読み始めた時と読み終わった時でこんなに印象の違う作品は他にはちょっと思い当たりません。村田以上に不思議な体験をしたかも・・・。

この作品は単独でも充分に楽しめますが、やはり『家守綺譚』を読まれてから読むのがオススメです。
(2005.5.10)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

NEW
■ 沼 地 の あ る 森 を 抜 け て ■
(2005年)
★★★

第16回紫式部文学賞受賞作


先祖伝来のぬか床には一族にまつわる謎が秘められていた

オンライン書店ビーケーワン:沼地のある森を抜けて

単行本

 新潮社 2005.8 \1,890 4104299057

オンライン書店bk1




■ 内 容
急逝した叔母のマンションを譲り受けた上淵久美は同時に叔母が丹精していたぬか床も譲り受けた。そのぬか床は久美の曽祖父母が駆け落ちした際に故郷の島から持ち出して来た先祖伝来のものだということだった。
おばに倣って毎日欠かさずぬか床をかき回し、ぬか漬けを漬けているうちに、ある時、久美はぬか床の中に卵のようなものがあるのに気付いた。昨日までは無かったはずのそれはどうやらぬか床からわいて出たらしかった。やがてその卵にひびが入り、そして久美の部屋に出現したのは・・・。

代々伝わるぬか床の不思議を解き明かすのは一族の謎を解き明かすことだった。そしてその謎は生命誕生の神秘にまで連なって行く・・・。
■ 目 次 ■
1 フリオのために/2 カッサンドラの瞳/3 かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話 機4 風の由来/5 時子叔母の日記/6 かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話 供7 ペリカンを探す人たち/8 安世文書/9 かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話 掘10 沼地のある森
■ 一つ一つの要素は良いのに・・・
ぬか床が出現させる不思議はファンタジーというかホラーというか・・・かなり突飛ですが、そんな突飛な出来事を驚きながらも受け入れてしまう久美は、『家守綺譚』綿貫を彷彿とさせます。だから、『家守・・・』のような雰囲気の物語が続いて行くのかと思うと、久美はその不思議の源を探り始め、それは上淵の家の謎を探ることへと移り変わって行きます。ですから今度はルーツ探しモノなのだと思って興味津々で読んでいたのですが、段々と嫌な予感が…。そして、読み終わった時にはシラケていました。
ストーリーとしてはグイグイ惹き付けられる内容で非常に良いと思うのですが、ストーリーを裏付ける理屈というのでしょうか、それがあまりに大仰に思えます。いや、理屈自体も悪くはないのですが、理屈とストーリーがしっくり来ていないために、理屈もストーリーも最後の最後で浮ついたものに感じられてしまうのです。
理屈とストーリーを結び付ける伏線として、本筋とは全く関係の無い話『かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話』が織り込まれてはいるのですが、それでもやっぱり…。その挿話も興味深くて面白いだけに、全体がしっくりと一つに纏まっていないのが、一層残念に思えます。
あんなに大上段に構えたような理屈付けを無理にせずに、もっと叙情性の部分を強調して仕上げられたものであれば、もっともっと良い作品になったのでは・・・?と思われて仕方ありません。
(2006.3.3)


ページのトップへ梨木香歩作品INDEXへ

HOMEへ元のページに戻る



Copyright © 2004-2006 yuiga. All rights reserved.