2009年1月30日 

 


杜で森を見る〜代々木の杜あるこう会

 

馴れ親しんだ「代々木の杜」の、新たな魅力を発見しました!


「スダジイのどんぐりを拾ってポケットに入れておくと、自然に殻が割れて中の実が出てきます。それを掌の上にのせてじっとしていると、ヤマガラが食べにくるんですよ」。……半信半疑で聞いていた言葉が、目の前で現実のものになろうとは!!

11月中旬、七五三の晴れ着姿で賑わう明治神宮境内で「杜で森を見る〜代々木の杜あるこう会」が開催された。参加したのは、日頃境内の武道場に通っている門人ら約30名。見馴れたはずの道中の木々も、説明を聞きながら改めて見つめ直すと、単なる「植物」だったものが、どんどん豊かな表情を持って見えてくる。

明治神宮が創建されたのは、大正9 (1920)年の秋。70ヘクタールに及ぶ広大な森も、その折に全国からの献木によって作られた人工林だ。50年後、100年後の姿を見据えながら綿密な計画に基づいて行われた植樹の際には、鎮守の森ということで緑を基調としつつも、ところどころにイチョウやケヤキなど秋には華やかに色づく「修景木」を配したという。そうやって多様性を持たせることにより、病虫害を広がりにくくするという効果も期待できる。

穏やかな秋の陽射しを浴びながら、この日は、境内の北の端にある道場から3時間近くをかけて森を一周した。折しも、紅葉とどんぐりの真っ盛り。森の管理を任されている講師の沖沢さんによると、境内のどんぐりはざっと20種類にも及ぶと知って、まずびっくり。ヤマガラの餌になるというスダジイは、先が少し尖った特徴的な細長い形をしていて、殻が実のすべてを覆っている。聞けば、食用になる実というのは基本的にすべて殻に覆われているのだとか。確かに、ブナやクリも四つに割れたり、トゲトゲだったりと、それぞれ個性的な殻に包まれている。おいしいものは、時が熟すまで簡単には食べられてしまわないように、しっかりガードされているということだろうか。また、どんぐりというのはてっきり1年で結実するものだと思っていたら、それはクヌギやナラなど落葉広葉樹の場合で、マテバシイなど常緑広葉樹は2年かかるという。指し示された1本の枝には、すでに茶色いどんぐりに成長したものと、まだ枝と同じ灰褐色をした固くて小さな殻に覆われている実が、先輩後輩のように仲良く肩を並べていた。一口にどんぐりといっても、本当に多種多様なのだなあ。

 
名前がおもしろかったのは、ナンジャモンジャの木。大きめの葉がまっ黄色に色づいているのを見上げながら、「名前の由来は?」と質問すると、水戸黄門が岐阜で『あれはなんじゃ?』と、聞いたとか聞かなかったとか……。また、お馴染みの低木、指を開いたような葉を持つ「ヤツデ(八つ手)」の葉は、実は数えてみると七つか九つに割れているものが多いという。「ま、足して割ると八つになるということですかねえ……」との説明に、思わず笑みがこぼれる。

春には花菖蒲で賑わう「御苑」は、井伊家の屋敷だったころの武蔵野の面影をとどめたコナラやイロハモミジが主体となっていることから、この時期、赤や黄の紅葉に彩られていた。鈴なりの朱色の実をつけていたのはイイギリ。漢字では「飯桐」と書き、両掌ほどもある大きな葉は、昔はお供えものをのせるのに使われていたそう。その葉も今はまっ黄色だ。冬枯れの菖蒲田の片隅に咲いていた地味な草の名は、なんとハキダメソウ。花のことながら、なんだかちょっと不憫になってくる。南池では、大きなレンズを構えたカメラマンたちがオオタカを撮影しようと、シャッターチャンスを窺っていた。



 


そして、あるこう会最大の山場、野鳥が手ずから餌を食べるというポイントへやってきた。今回は参加者が多かったのに加え、餌となるスダジイの実があまり落ちていなかったことから、代表して3名の小学生が挑戦することに。手を差し出しながら、集団の先頭をそろりそろりと歩いていくのだけれど、気配はすれどなかなかヤマガラは姿を現してくれない。そこで、参加者一同歩みを止めて、子供たちから少し離れて見守ることにした。息を殺して3つの背中を見守ること1〜2分ほどだったろうか。頭上の木々から周囲の茂みにかけて小鳥が羽ばたきながら移動する気配が。……と、1羽が舞い降り、左端にいた男の子の手に瞬間止まってどんぐりをついばんでいった! 続いて、同じ子にもう一度。どうやら、鳥が接近してくると思わず腰が引けてしまう女の子たちに対して、彼だけは動じることなくじっとしていられたところが、目的達成の成否を分けたらしい。背中越しだったため残念ながらその瞬間を直接目にすることができなかった大人たちを慮ってくださり、沖沢さんが、今度は私たちの目の前1メートルほどのところで自ら手を差し出してくださった。と、ほんの数十秒ほどで、その瞬間はやってきた。頭頂部と喉元が黒く、腹部の茶色い小鳥が、その手に止まったのだ! ほんの一瞬のことではあったけれど、なんとも夢のような光景だった。

大都会の真っ只中に、緑の島のように浮かぶ代々木の杜。自然と調和しながら歩むことを忘れた時代にあって、叡智を集めて創り出され、そして守り続けられてきたこの森は、先祖たちが私たちに残してくれた、何ものにも勝る粋なプレゼントだ。一歩外に出れば高層ビルが立ち並び、高速道路が頭上を走る都心の一角で、野鳥が人の手からどんぐりをついばむだなんて、一体誰が想像できるだろう? 代々木の杜には、先祖たちが紡ぎ出してくれた物語が今も現実に息づいている。胸の高鳴りとともに、そう感じずにはいられなかった。この物語を絶やすことなく次の世代に引き継いでいきたい。その担い手は、そう、今を生きる私たちなのだ!






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