2005年4月7日 

 


初めての予備自訓練(後編)

◇基地警護訓練

◇予備自補出身者として

朝霞訓練場での歩哨訓練


◇基地警護訓練

この他のメニューとしては、基本教練や、体力測定、射撃などがあった。思いがけなかったのは、89式小銃の分解結合をさせてもらえたこと。引金室部までは分解しなかったせいもあるけれど、64に比べたらはるかに部品も少なく、これなら私でもさほどの苦労はなさそうだ。てっきり一生64式しか扱えないと思っていたから、当初は分結ができただけでもうれしかったけれど、「64に比べたら格段に当たる」と言われると、やはり射撃も89でしてみたくなってしまった。

4日目には、駐屯地から朝霞訓練場へ移動し、基地警護訓練をした。いくつかのグループに分かれ、私たちはまず始めに訓練場を見渡せる小高い丘の上での歩哨訓練。着隊時の雪が嘘のようなぽかぽか陽気で、ひばりが賑やかにさえずりながら空の高みへと上がっていく。

89式小銃を手にバディを組んで歩哨壕に入ると、眺めがよくて気持ちいい。補でけっこう時間をかけて教育を受けた内容だったので、なんだか拍子抜けするほどあっけなく終わってしまった。また、このときまで、補で受けた訓練というのは、すべての陸上自衛官が経験し当然の如く身に付けている基本中の基本なのだと思い込んでいたのだけれど、職種によっては歩哨訓練をやったことがない人もいるなど、必ずしもそうではないのだと知った。

バディを組んで歩哨訓練

待ち時間を利用して、両眼用の暗視装置(IR)も体験。「直射日光に当てると壊れます」と注意を受け、完全に光の閉ざされたテントに入って装着、スイッチを入れると、緑がかってはいるものの中の様子がちゃんと見える。さらにつまみを調節してピントを合わせると、教官が目の前にひらひらさせてくれた1000円札の文字が細かいものまでしっかり判別できるではないか!感動した。これじゃ、昼間と変わらない。夜間や暗闇での戦闘で暗視装置があるのとないのとでは、決定的な戦力の差になることを身を持って体感した。

U字杭を打つ



つづいて、検問の訓練。ライナープレートやU字杭を使って検問所を構築し、常備自衛官が出動したため予備自衛官が駐屯地の警護をすることになったという想定で、人や車の検問要領を学ぶ。それぞれの役割を即興で演じつつ行う人員の検問は要員の皆さんの意外な一面が垣間見られておもしろかったし、車両の検問では見落としがちな部位や積み荷の中のチェックについても指導を受けて大変興味深かった。また、私個人としては、検問を受けているドライバーを監視する係になった際に間合いの指摘を受けた。
「近付き過ぎると銃を掴まれたり奪われたりする可能性があるから、必ず2・3m離れて」
なるほど。

 

教官のひとりも言っておられたけれど、こういった訓練をどれほど意味のあるものにするかは、それぞれがどこまでいろんなことを「想像」できるか次第なのだと思う。目の前のものをただこなすだけではなんの意味もなく、「現実に」こうした事態に直面した際のことを想像し、そこで生かそうとする本気さがなければ、訓練のための訓練で終わってしまう。

今回、初めて予備自の訓練に参加し、正直なところ、その辺りの意識についてはかなり疑問をもった。確かにこれまで予備自が出動したことはなかったけれど、だからと言ってそれはこれからも出ていかないということではない。というより、災害派遣やPKOまで含めて考えれば、予備自が出ることになる可能性は確実に高まっているだろう。だからこそ、そのときになって「こんなはずじゃなかった」ということのないように、それぞれが心づもりをきちんと自分に問わなければいけないと思うのだ。

☆    ☆    ☆


◇予備自補出身者として

今回の参加者中、予備自補一般出身者は私を含めて2名だった。技能出身者は確認できただけで、(入れ替わりがあったので)のべ2名。まだまだマイナーな存在なのを気遣ってか、地連の方が最終日にはわざわざ名前を呼んで紹介してくださった。

実際、予備自の中に入ってみて、
「予備自補になるやつってマニアか変態しかいないと思ってたんだけど、どうしてなったの?」
と質問されたりもした。補出身者には、防衛出動に限らず国内外の災害派遣や平素の自衛隊の運営などにも機会があれば積極的に参加したいと考えている人も多い。そんなふうにしてわざわざ民間から志願した私たちは、パンダ並みの「奇特な存在」として見られていたように思う。

そんな中うれしかったのは、「一生懸命だった」「まじめだった」と、かつての仲間たちの評判がよかったこと。また逆に、
「前回出会った補出身者は、頭でっかちだった。そんな人たちに私たち(元自衛官)の領域が侵されるような気がして嫌だったけれど、今回一緒に訓練を受けて、民間の人がこれだけがんばってるんだから、私たちもしっかりしなきゃと思った。きっと、常備の人にとっても刺激になってると思うよ」
と言ってもらえたこと。これは泣きたいくらいうれしかった。

予備自の中にも、これまでの空気に問題意識を持っている人は少なからずいて、そういう人が所見に色々書くなど地道な努力を重ねてきたお陰で、「これでも大分よくなった」という。そうした方々と出会えたのは希望だったし、また、これから補出身者が増えていくにしたがって徐々にでも確実に空気は変わっていくにちがいない。

現在の予備自に、というよりは、自衛隊そのものに、いちばん欠けているのは「誇り」かもしれないと思う。これは日本という国そのものが醸成してしまっている空気だろうから、それを自衛隊員だけの責任というのは酷だろう。でも、だからといってもちろん当人たちに責任がないわけではない。例え周囲がどうであっても、志高い人は輝いている。ちなみに、今回の訓練で光っているなと感じた人は、ふたりとも現役の消防士さんだった。


日々実戦の消防士さんと違い、そう簡単には実戦の場が訪れない自衛官が高い意識を維持し続けるには、やはり「想像」力が重要だろう。「ことに臨んでは危険を顧みず……」と宣誓している常備自衛官はもちろん、予備自だって崇高な任務だと思う。そのことを自覚し誇りを持ってもらいたい、またそうなるために私自身役立ちたい、そんな思いを強く抱いた初めての予備自訓練だった。


車両の検問




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