2004年5月8日 

 


予備自補訓練記 〜すーっとでヒヤリ第2週(後編)〜
 

◇衝撃の朝〜25km行進

◇そうじの恐怖

オオイヌノフグリに囲まれて

◇衝撃の朝〜25km行進

12日(木)は、いよいよ第2段階(2年目)の山場である25km行進。個人的にはフルマラソンを走ってからまだ日が浅かったこともあり、距離的な不安はあまり抱いていなかった。ただ、昨年の10km行進の経験から、私も含め多くの仲間たちの頭を悩ませていたのが、第一に背嚢(ハイノウ)の肩紐による肩のうっ血。そして、休憩時間など武山の風で体が熱を奪われた時の寒さ対策。

今年は着隊初日に防寒セーターが支給されていた。肌色なので通称「らくだセーター」。保温効果もなかなかだし、これだけでもある程度肩のクッションになる。加えて、班長のアドバイスで折りたたんだタオルを肩に当てた。果たして、これが効を奏するか否か!?

準備万端整え、あとは出発するだけという段になって、思いがけない惨事が起きた。場所は、トイレ。和式の個室に入り、衣服を緩めたところで「バシャッ」という音が。なにかが便器内に落下したのだ。
「ギャーーッ」
なんと、それは、上衣の懐に入れたまま存在を忘れていた朝食の食べ残しのパンだった!嗚呼。

ショックは計り知れぬほど大きかった‥‥はずなのだけれど、それに浸っている時間的余裕がなく、なんとか応急の対応をし、気を取りなおしてバタバタと舎前(隊舎の前)に集合。

隊列を組み、拍手に送られて出発したものの、まずは約4kmの駐屯地内を1周。そうして、ようやく営門から外の世界へと繰り出したのだけれど‥‥。コースのほとんどは住宅街をごにょごにょと練り歩き、なんだか強引に25kmを稼いでいる感じ。 25km行進に出発


お昼は長坂射場。前回ここに来たのは昨冬の掩体(エンタイ)構築の折。あのとき、降りしきる雪の中で震えながら飯盒のご飯を食べたのとは対照的に、今回はぽかぽかと照りつける陽射しが暑いくらいだ。ここでも、満天の青い星のようなオオイヌノフグリが太陽の光をいっぱいに浴びて、うれしそうに咲き誇っていた。

らくだセーターは、この日和の行進には少々暑すぎた。但し、私のような寒がりは止まっているときの冷えに備え、また肩のクッションが薄くなるのを恐れ、はたまた上衣内に着込んでいるため気軽に脱ぎ着できないこともあって、最後までそのまま着続ける。

腕の方はというと、それでも相変わらずしびれていたけれど、昼休みにこれでもかというくらい思いっきり肩紐を締め上げたところ、少し楽になったような気がした。最後も再び駐屯地内をほぼ1周。足を引きずって辛そうな人もいたものの、要員の皆さんや2期生の温かい拍手に迎えられて32名全員が完歩。

10kmのときより楽だった、と感じたのは私ばかりではないだろう。おそらくそれは、慣れによるところが大きい。なんでもそうだけれど、一度限界に近い負荷を経験すると大抵のことでは動じなくなる。厳しい訓練を重ねる目的は、技術や体力の向上もさることながら、究極的には、困難な状況にあっても「揺るがない心」を得ることにあるのだと私は思う。区隊長のいう「キノセイ」も、要は痛みや苦しみに精神的に飲み込まれるなということだろう。

前回は予期せぬ肩の痛みがけっこうなストレスになってしまった私も、ある程度まで覚悟ができていた今回は、それにとらわれずに済んだ。この日に10km行進を終えてきたばかりの2期生からは、私たちが尊敬の眼差しで見られていたのを感じた。

まもなく25km完歩

「どうでしたか?」
と聞かれて、
10kmのときより楽だったよ」
と言うと、きょとんとされてしまったけれど、そんなわけで、「
10kmより25kmの方が楽だった」というのは、強がりでも見栄でもなく、まぎれもない本音なのだ。


それにしても、こんな自然に恵まれた土地にいながら、海にも山にも足を伸ばさなかったのはけっこう残念。予備自補に対して過酷になりすぎることを配慮してくださっているようだけれど、山にくらい登りたかったなあ。25kmも歩いた割には充実感が薄かった気がして、なんだかもったいないと思うのは私だけなんだろうか。

 

☆    ☆    ☆


◇そうじの恐怖


今回のWAC(女性自衛官)の班長は、これまでになく厳しい人だった。課業中もさることながら、朝の点呼の際のベッドや課業で留守にしている間のロッカー内もチェックされ、大いに冷や汗をかく。けれど、それはまだ序の口。輪をかけてトホホだったのが掃除、中でも毎日の課業前後のそれではなく、毎週金曜日に武山を去るにあたっての大掃除だ。

乾燥室の桟の上、廊下の消火器、洗濯機のこまごまとした凹凸のすべて‥‥細かいところまでチェックが入り、「これでいい」ということは、まずない。女性一同先週は痛い目にあったので今週こそはと意気込んだのだけれど‥‥。

私の担当は居室。居室の机は窓に面している。全ての机を雑巾で拭いたはずなのに、班長が机の上をすーっと指でなぞると、そこにはもうすでに埃が‥‥。がーん。日頃おおざっぱな私は、正直言うとただでさえかなり苦手分野なので自信はない。けれど、サボったつもりもない。これは果たして、全開の窓から武山の強風に乗って運ばれてきたものなのか、単に私の拭き方がいいかげんだったのか‥‥。いずれにしても、他にも不十分な箇所多数で、やっぱりやり直し。トホホー。

女性は5人で居室、トイレ、乾燥室、洗濯室、廊下のすべてをきれいにしなければならない。ひとりあたりの責任範囲が広いところに容赦ないダメ出しが入るため、「男子は今ごろ、もう自由時間なんだろうなあ……」とうらめしく思いつつ、雑巾を手に悪戦苦闘していたのだった。

けれど、怪我の功名、お陰で訓練から帰った私は、無意識のうちにこれまで目もくれなかったようなところまで掃除の手が伸びてしまうようになり、周囲を驚かせた。

班長に言わせれば、これでも「新隊員教育に比べたらまだ大分甘い」とか。……おそるべし、新隊員教育。

 

かくして、第2段階終了。今週うれしかったのは、連日のように銃を分解し、整備(砂埃などを払って油拭き)し、結合するにつれ、部品の関連性が見えてきて、分結(分解・結合)への苦手意識が薄らいできたことだ。自衛隊は「飯の数」だと言われたことがあるけれど、私たち予備自補も予備自補なりに、飯の数を重ねるにつれ、身に付いていっているものがあるのだろう。「継続は力なり」!


今回の訓練では、準備体操や整理体操の最後に、班長がおもむろに「回れ右」などと号令をかけることがあり、なにかと思えば、深呼吸をする際に富士山の方を向かせてくれていたのだった。そうやって遥かに聳える富士を眺めながらゆったりと息をするのはとても気持ちよかった。こうして富士山に見守られながら武山で訓練するのも、残すところ、この夏の10日間のみ。気が付けば、もうそれだけだ。なんだかちょっとさびしい気もするけれど、最後の夏がもう待ち遠しい。

25km行進を終えて




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