2004年4月17日 

 


予備自補訓練記 〜第1週(後編)〜
 

◇切ない夜

◇どろんこの充実〜戦闘訓練

戦闘訓練の合間に



◇切ない夜

この日の午後は、昼から夜にかけて連続しての歩哨訓練だった。昼夜の差を認識するのが目的なのだけれど、印象的だったのは、夜陰に紛れ、敵役として匍匐(ほふく)しながら相手陣地に接近したこと。歩哨壕のそばにあるレンジャー訓練用の柱まで気付かれずに到達し、自分の名前を書いたポストイットを貼りつけることができたら、その人の勝ち。

私たちの班はタイミング悪く、敵役の順番が回ってきたところで、夕飯のレトルト食品が支給された。暗闇の中、手探りでパックを開封し、手を汚さないよう中味を押し出して食糧をほおばる。ソースのついているものは非常に食べにくい。それでも、冷えた体にエネルギーを補給できるのがうれしかった。

そして、いざ前進開始。闇の中で各自自由にコースを選び、それぞれ時間差をつけてひそやかに出て行く。最初に模範をしめてしてくれた班長は、トカゲのように機敏な身のこなしであっという間に闇の中に消えてしまった。けれど、予備自補のみんなは警戒しすぎて、カタツムリのようにしか前に進まない。

私は最後に出ていったのだけれど、内心、なんでみんなそんなに遅いのよーと思っていた。そんなわけで、私が選んだコースは、ほぼ一直線の最短距離。これって、性格出るよなあ……などと思いながら、冷たい地面に這いつくばりつつ、そこそこのスピードで前進していったつもり、だった。

そのとき、
「なみさん、がんばってねー」
と背後の頭上から女性の声。
「えっ
!?
と振り返ると足に怪我をして参加できない女性がふたり、班長と一緒にニコニコ(というより、ニマニマか?)しながら私を見下ろしている。思いっきり、突っ立っている。
「(げっ。見つかっちゃうじゃん!)」
という私の心配を見透かした彼女らは、
「ここじゃ、歩哨からはまだぜんぜん見えないよー」
と笑っている。
うーん、……なんか、萎えるなあ。真面目にやってる自分がちょっと切ない。

結局、あとちょっとというところで、
「状況終わりー」
の声がかかってしまった。残念、誰か発見されちゃったんだー、と思っていたら、なんと、誤ってあの負傷者組が発見されたことになってしまったというではないか!なんてこった。まじかよー。お姉さんは、とっても切ないぞー。

 

☆     ☆     ☆


◇どろんこの充実〜戦闘訓練
戦闘訓練でどろどろになった後

今回の訓練は、多くの時間が戦闘訓練に当てられていた。週の後半はお天気にも恵まれ、青く澄み切った空にはぽんぽんと絵の様な雲が浮かんでいる。準備運動の最後に、大きく伸びをしながら、
「声出せー」
という班長の号令一下、この果てのない大空に向かって思いっきり声を出すのが、私はとても好きだ。ときには視線の先に、無数のトンビが高々と飛び交っていたこともあった。

戦闘訓練は、64式小銃を手に、堆土や立ち木、弾痕を利用して身を隠しながら前進しつつ射撃するというもの。射撃といっても弾は入っていないので、引き金を引くときには、口で、
「バーン」
という。

……と聞くと、普通の人は、えっ!?と思うだろう。私も当初、かなりショックだった。この光景を端から眺めたら、まるで子どもの戦争ごっこだ。それでも展示してくれている班長は大真面目にやっている。笑うわけにはいかない。

「バーン」以外にも、戦闘訓練ではいろいろなことを大声で言う。例えば、「○○よし」というように、ひとつひとつの動作が完了したことを示したり、前進する際には、ひとりひとりに振られている自分の番号を「いちばーん、いちばん、いちばん、いちばーん!」という風に怒鳴りながら早駆けしたりする。

 

戦闘訓練で匍匐中

思いっきり体育会系のノリになってくるので、私としては古巣に帰った感じで俄然楽しくなってきた。とはいえ、約15mごとにある身を隠す場所に入る前は第1から第4まで徐々に姿勢を低くしながら匍匐しなければならないので、立て続けに長い距離をやる場合はけっこうハードだ。


匍匐して身を隠すだけでも事なのに、そこから更にちょっと顔を出して目標を確認し、腹ばいのまま射撃の準備を整え、瞬時に(実際には、まだなかなか瞬時にはできないけど)照準して「ばーん」と撃ち、そこから前進する際の助走をつけるためにごそごそ、もしくはえっちらおっちらと匍匐で下がり、伏せた状態から「えいやっ」と一気に立ち上がって低い姿勢のまま早駆け、……などということを繰り返していると、かなり息が上がってくる。

鉄帽はズレ、半長靴の中に入っていたはずのズボンの裾はめくれあがり、時には弾帯まで外れ、……一本終えて班長の点検を受ける際には、かなりズタボロ状態なっていたりする。腕の力をふりしぼらなければならない場面では無意識の内に呼吸を止めているらしく、吐く息が思わずあえぎ声になっていて自分でもはっとしたりした。でも、へばっていると思われるのはシャクだし、自分自身を鼓舞するためにも、とにかく出すべき声だけは意識的にしっかり出そうと心がけた、つもり。

実際には、「もっと大きな声で」と言われたこともあったので、自分で思っていたほどできていなかったんだろうけど、「疲れてきたときは、カラ元気でもいいから、とにかく声を出す」というのが体育会出身の私のモットーだ。「気」のある声は、人をも元気にする。今回一緒になった2期生に、とても元気のいい女性がいた。

ある日、隊舎から出てきた彼女をふと見たら、左目を「×」という形に黒テープで留めている。なにごとかと思いきや、
「私、こっちの目でウィンクできないんです」
という。要は、銃を右目で照準するためにやっているというのだ。

しかし、……それにしても、……度肝をぬく発想だなあ。豪快。海賊みたい。ちなみに、「先週は、バンドエードで留めてた」とか。小さな体でいつも気合溢れる彼女の「ばーん」が遠くから響いてくると、なんだか妙にうれしく、私も元気づけられたものだった。

 

地隙から射撃 最終日の練度判定では氷の張った地隙(チゲキ)にも飛び込んだ。……と言っても、水は底の方に少し溜まっている程度なのだけれど、それでも真冬にそんなところに腹ばいで入っていくには少々覚悟が必要だ。意図的にそこを避けて通ろうとした人はやり直しを命じられていた。後で感想を聞かれて、
「三途の川が見えました」
と言った人も。

 

干潟のムツゴロウ状態なので、もちろん戦闘服の前面はどろどろ。洗濯が思いやられる。それでも、ハードさの分だけ充実感が増し、気持ちが昂揚する。息を弾ませ、どろんこになりながら小銃を手に戻って来るみんなの顔は、どれも子どものように輝いていた。

毎晩磨いている半長靴にも日に日に傷が増え、いつしかなんだかちょっと味のある見た目になりつつあった。半長靴の傷が増えるのとともに、私たちの心と体にも目に見えないなにかが刻まれていっているのだろう。

ところで、目に見えて変化していたのは靴だけではなかった。ある晩、お風呂の鏡を見てぎょっとした。両膝周りと右大腿部が痣だらけ。素足が、なんと赤い水玉模様になっているではないか!?他の女性陣もみんな似たり寄ったりだ。わ〜お、揃いも揃って、なんてハデなアシ!


 


つづく



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