2003年10月29日 

 


予備自補訓練記 〜着けてぱっちり第2週(後編)〜
 

備蓄

催涙剤体験

予備自衛官補

74式戦車に乗って

◇備蓄

部隊の食事は、量が多い。その場で一度には食べきれなくても、紙パックで出る飲み物類やフルーツなどは隊舎に持ち帰って後で楽しむことができる。それでも、食堂への行き帰りは班ごとにきちんと整列、行進しなければならないこともあり、あまり大っぴらに手で持ち歩くのは憚られる。そこで、ポケットに入れたり、入らないときは作業服の前のチャックを開けて懐に忍ばせる。隊舎には共用の冷蔵庫がひとつあるので、必要とあらば、そこに「備蓄」する。ちなみに、バナナは冷凍庫に入れるのが流行っていた。

フルーツの出され方はけっこう豪快で、例えば巨峰がひとりにつきまるごと一房与えられたりする。いつもの私だったら、これを食べきるのには1週間ぐらいはかかると思うだけれど、ある晩課業外のジョギングから戻った後、ほとんどひとりでこれをぺろりと平らげてしまった。喉の渇きに、葡萄の甘さがたまらなくおいしかった。

一番衝撃的だったのは、桃だ。固そうな桃がまるごとひとつずつ、月曜日に出た。どうみてもまだ熟れていない。やっぱりこれは備蓄だよなあと思いつつ、見るともなく見た白井くん(学生)のトレイの上に、齧った形跡のある桃を発見。果敢な挑戦の成果を、すかさずリサーチしてみた。
「どうだった?」
即座に彼は答えた。
「梅でした」

そうかあ、梅かあ。そりゃ、よくないなあ。私はちゃんと桃になるまで寝かせよう。女子の間で、「凍らせると皮が剥きやすくなるらしいよ」という噂が流れ、冷凍庫に備蓄した人が多かったようなのだけれど、私は枕元に置くことにした、こうすれば、食べ頃は香りが教えてくれるだろう。

それから、一日経ち、二日経った。変化なし。……まだかなあ。あんまり遅いので、「サルカニ合戦」のカニのような気分になってくる。「早く芽を出せ柿の種。出さぬとハサミでちょん切るぞ!」冷凍庫組は、この頃手を付けていたようだ。はっきりとは聞かなかったのだけれど、横目で盗み見た限りでは、あまり柔らかそうにも皮がきれいに剥けているようにも見えなかった。

もう一日待った。早いもので、訓練最後の夜を迎えていた。熟成のほどは今一つのようだったれど、このまま家にまで持ち帰るのもなんなので食べることに。おっかなびっくり口に含んでみる。

・・・うん。よかった、桃だ〜!

☆     ☆     ☆

 

◇催涙剤体験

水曜日。手榴弾の投擲(とうてき)が、小雨の降る中行われた。実弾を使うわけではないものの、爆竹のような破裂音と煙の出る模擬弾を使っての訓練には、中隊長以下、通常の訓練には現れない要員の皆さんも登場して警戒などにあたり、なにやら少々物々しい雰囲気に。投げた弾の飛距離が足りないと、班長から「じばーくっ(自爆)」と宣言されてしまう。

手榴弾を投げる ソフトボールの際に球の握り方を習って、投げるのが少しうまくなったような気がしていたのだけれど、どうやらそれは錯覚だったようだ。当初の予想通り、へなへなと飛んでいった私の弾は、目標よりもかなり手前でぼとりと落ちてしまった。伏せた頭の上に、「じばーくっ」という声が飛んでくるのを覚悟したのだけれど、しばらくたっても音沙汰なし。どうやら首の皮一枚で免れたらしい。

その日の午後、初めての迷彩服に着替えて、いよいよ催涙剤体験。指示された通り、各自防護マスク一式と洗面器を持ち、ガステントの張られているグランドまで行進する。

この訓練では目鼻口からあらゆる体液が出ると聞いていたので、どうなっちゃうんだろーとちょっとどきどき。でも、ここまで来たらなるようになれと思っていたので、あんまり気にしていなかった。ただちょっと悔しいのは、ガスに備えてコンタクトを外したため、私のぐちゃぐちゃな顔は人に見られても、人のぐちゃぐちゃな顔を私が見られないこと。

「肌がヒリヒリするので女子は襟を立てていいですよ」
というお言葉には、素直に甘えさせて頂いた。それを聞いてちゃっかり襟を立てている男性も。繰り返し練習したお陰で防護マスクの使い方そのものに不安はないのだけれど、そうはいっても実際ガスの中に入るのは初めてだ。本当にちゃんと効くんだろうか?私たちの班の順番を目前にして、前日に体調を崩していたひとりが怯んだ。
「ちょっと不安なので、やっぱりやめておきます」

意外なことに、催涙剤というのは太目の茶色い線香のようなものだった。これに火をつけて炊くのだと言う。マスクを装着して、テントの中へ。暗くて煙くて、ただでさえ目が見えていないのに、これでは隣りの人の顔もよく見えない。そして、いよいよ、号令がかかった。
「外せー」


……ん?そんな激しい刺激はないぞ。……あ、顔がだんだんヒリヒリしてきた。……あ、目が痛い。……開けてるのが辛い。おー、来た来た。どんどんヒリヒリ感がアップしてくる。うー、確かに目には来るなあ。泣けてきたぞー。常日頃は、「三日月目」とか「メダカ目」とか言われて少々不本意だけど、今日ばかりは自分でも目がどんどん三日月やメダカになっていくのがわかる。そうこうするうち、鼻もちょっとぐしゅぐしゅしはじめてきた。

「円陣を組めー」
と言われて、催涙線香を中心にみんなで丸くなった。……つもりが、私の右隣に人がいない。ん、どうしたんだ?……あまり開かない目で探すと、いるにはいるのだけれど、苦しみのあまり腰が引け、顔は苦痛に歪んでいる。どうやら、のっぴきならない状況に陥ってしまっているらしい。えっ、そんなに苦しいの?大丈夫かなあ。
のっぴきならない状況に陥った専ちゃん

一方、左隣の人はと言えば、顔はよく見えないなりに、鼻水が長くツララ状態で垂れ下がっているのが確認できる。というのも、テントの小さな丸窓からそこにだけちょうど光が射し込んでいた。私の角度からは、あたかもスポットライトに浮かび上がったかのように、そのツララがキラキラと神々しいばかりの光を放って見えたのだ。……それにしても、どうやら、反応の仕方にはかなりの個人差があるらしい。

そして、再びマスク装着。訓練した通りに呼気し、密閉を確認してから吸気。正直なところ、これで本当にガスが浄化されるかどうか、半信半疑だった。だから、一呼吸目はかなり警戒しながら吸った。すると、……お〜!空気が、おいしい。呼吸が苦しくない。防護マスク、ばんざーい!いつしか目もいつもの大きさに復活している。


すごいなあ。こんなに効くんだ。地下鉄サリン事件で一躍世間に知られた、この物々しい見た目も伊達じゃないんだなあ。マスクの威力を文字どおり体感して、ガス体験終了。私たちが洗面器で顔を洗っているころ、テントからはやけっぱちな歌が聞こえてきた。歌えばそれだけ沢山ガスを吸う。苦し紛れにガナッてはいるけれど、でも、それでいてなんだか無性に楽しそうな歌声だった。
「うちゅーうせんかん、ヤー、マー、トー♪」

ガステント


☆     ☆     ☆

 

予備自衛官補

木曜日、総合火力演習を見学するため、バスで東富士へ。途中、高速のパーキングエリアで休憩したときのこと。やけに視線を感じた。
「自衛隊よ、自衛隊」
おばさまたちが囁いている。そっかあ、このOD色(オリーブドラブ:陸自の暗緑色)の作業服姿じゃ、どこからどう見ても「自衛隊」だよなあ。

考えてみたら、こんな姿で一般の人の前に出たのは初めてだ。あんまり見つめられるものだから、気になって自分でもトイレの鏡に姿を映し、まじまじと眺めてしまった。カラフルな行楽客が入り乱れる中、ひとり上から下までOD一色の私。うわあ、これは自衛官以外の何者にも見えないぞお。本来であれば、階級もなく、「補」が付いている現段階では予備自衛官でさえないのだけれど、そんな理屈は一般の人には通じない。


演習場に行ったら行ったで、今度は並み居る本者の自衛官たちから奇異の眼差しを向けられた。私たちの腕に付いている「RC」(Candidate of Reserve)という予備自補マークは、まだあまり認識されていないらしく、……というより、予備自補制度そのものを知らない隊員さんたちも現時点では少なくない。「制服を着ているくせに、あまり自衛官の匂いがしない。しかも、階級章も付けず、年令も性別もごちゃ混ぜ……。こいつら一体なんなんだ〜!?」という視線が四方八方から注がれてくる。

予備自補旗と執銃訓練

これが、予備自補の現実。これからこの制度は、どのような形で自衛隊の、また、世の中の役に立っていくのだろう。50日間の訓練を終えて予備自衛官に任官したら、防衛招集と災害招集に応じることが義務づけられる。とはいえ、私たちの出番は、そう簡単にはやってこない。それはもちろん世の中が平和であるという意味においては結構なことなのだけれど、そういった場面以外で私たち予備自補が何か力になれることはないのだろうか?概して予備自補のみんなはモチベーションが高いようだし、少なくとも私は、何か実際にお役に立ちたいと思っている。 


国民と自衛隊の掛け橋に……それは私の願いでもあるし、そのための努力は惜しまないつもりだ。予備自補の存在は、平時においては国民に自衛隊への理解を深めてもらうという広報的な側面が強く、はたまた有事の際には「自衛官としては永遠に半人前だから簡単な任務しか与えられない」という観点から扱われているのが現状のように思う。けれど、やり方次第ではもっと具体的に、私たち予備自補の特性を活かした有益な活用方法があるのではないか、そんな気がするのだ。

少し話しが逸れるのだけれど、例えば合気道でも、道場での日々の稽古はもちろん大切だ。けれど、そこだけに留まっていては、いざ実戦となったときに役立つかどうか甚だ疑わしい。というのも、同じ道場の門下生であれば自然と似通った価値観や動きに染まっているわけで、ある程度までは相手の反応が予測できてしまう。初心者を相手にしていて思いがけない反応にはっとなるのも、彼らが道場の色に染められていないが故だろう。けれど、実戦の場に遭遇するとすれば、それは道場外でのことであるはず。だからこそ、時にはいつもの枠を離れ、何の先入観もない、いわゆる「部外者」に稽古相手をしてもらったり、客観的に批評をもらったりして刺激を受けることが、慢心を戒めるためにも非常に意味のあることだと思う。

これと同じことが自衛隊にも当てはまるのではないだろうか。特に、教育制度が充実している上に組織が大きいため、無意識のうちにその世界にどっぷり浸かっているにも関わらず自覚を持たないという危険性が、他の組織に比べてはるかに高い。人間的にも尊敬できる素晴らしい自衛官やOBの方々がいる一方で、一般社会との関わりにおいても自分の世界の常識をそのまま振りかざし、失笑を買ってしまっている自衛隊関係者の姿も、実際少なからず目にしたことがある。

自衛官が自衛隊という看板を背負って向き合わなければならないのは、戦闘においては外国の軍隊やテロ、ゲリラといった「自衛隊以外の敵」であり、災害派遣や国際貢献においては民間人たち(または外国の軍隊)、いずれにしても「部外者たち」だ。自分たちの常識だけを振りかざしてしまっては、うまく行くものも行かなくなってしまうのではないだろうか。ましてや、自衛隊の実質的な活動の焦点が、昔のような戦争遂行というより、人道支援をはじめとする国際協力や災害派遣に移ってきている現代において、このような視点を持つことの意義は小さくないような気がする。

誤解を招かないために付け加えれば、PKOや災害派遣での自衛隊の活動が高く評価されていることももちろん知っているし、自衛隊の教育制度そのものを否定しているわけでは決してない。むしろ、私なんぞ、「成人」と認めるにあたってすべての国民に3ヶ月程度の自衛隊訓練を受けさせればよいのではないかと思うほど、精神的にも肉体的にも、また「国」を考える上でも他に類を見ない優れた教育集団だと感じている。ただ、それだけ徹底した教育を行える組織だからこそ、常に広い視野を持ち、現代の社会常識や世界情勢に柔軟に対応した運営を心がけなければ、組織としての影響力の大きさの分だけ他の社会から遊離した世界を築いてしまう危険を多く孕んでいることも忘れてはならないと思う。



だからこそ、何かあるように思えてならないのだ、「半分民間人、半分自衛官である予備自衛官補だからこそできること」が!

 

 

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