アメリカ・インディアンにおける 
モヒカン刈り考 








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CONTENTS
CHAPTER1 モヒカン刈りな人々
CHAPTER2 頭の皮をはぐ人々
CHAPTER3 滅ぼされた人々

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モヒカン刈りな人々





北米大陸東側に多い




 モヒカン刈り
 頭頂部から後頭部にかけて細く髪を残し、残りをそり落としてしまうこの髪型は、東アジアにはない北米大陸の原住民独特の髪型です。

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 モヒカン刈りという言葉は、インディアンの一部族、モヒカン族に由来します。かつてはインディアンといえばモヒカン刈り…というイメージも強かったですよね。
 しかし実際のところ、インディアンの髪型は多種多様で、いわゆるモヒカン刈りの部族はごく一部にすぎません。多くは長髪で、頭の真ん中から左右にきっちり分ける髪型がポピュラーです。バンダナまいたりとかね。

 モヒカン刈り、あるいはそれに類似する髪型をしていたのは、北米大陸北東部や五大湖周辺をテリトリーとした、イロコイ族モヒカン族ソーク族などの男たちでした。現在のニューヨークなんかはモロ、300年くらい前はモヒカン頭の巣窟だったわけです。

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頭の皮をはぐ人々





やったのは白人かインディアンか




 インディアンは、総じて華美な装飾を好み、鳥の羽や動物の骨、宝石や派手な布などを美々しく身にまとっていました。モヒカン刈りにしても、イロコイ族などのように比較的髪を短くしているものから、カンザス族ヨワイ族のように噴水のように髪を立てて赤く染めているものまで、様々です。しかしいずれの部族も、鳥の羽を頭に飾ったり、いかしたピアスをジャラジャラつけたり…と、ビジュアル系バンドもぶっとぶハデハデぶりでした。

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 もうひとつ、髪の毛がらみで有名なのが、インディアンはやっつけた敵の頭の皮をはぐ、という伝説です。イロコイ族などにこの習慣があって、はいだ敵の頭の皮を身につけることで、敵の持っていた能力を得ることができる、と信じていたといわれています。インディアン研究家のフィリップ・ジャカンは、この習俗は白人が入植する前からインディアンが持っていたものだ、と言っています。

 でも一方で、敵の頭をはぐ習慣は当時のヨーロッパで行われていたもので、その野蛮な習慣を白人が新大陸に持ち込んだのだ、という説も有力です。白人に仲間の頭をはがされたインディアンたちが、目には目を!! とやっただけなのに、それがいつの間にかインディアン=残虐説の根拠にされてしまった、というわけです。
 このほか、もともとアメリカ東部のインディアンにしかなかった頭の皮をはぐ習慣を、白人が全国に広めた、という説もあります。インディアンの頭の皮に懸賞金をかけることで、インディアンによるインディアン狩りを促した、というわけです。これも如何にもありそうな話です。
 いずれにしても、頭皮狩りに白人が深く関わっていたことは、確かなようです。仮に頭皮狩りがインディアン固有の宗教的習俗であったとしても、それは白人によって、金銭をともなう残虐行為の次元におとしめられたのです。

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滅ぼされた人々





そして長髪族だけが残った




 そんなことはともかく、勇猛果敢で攻撃的なモヒカン頭たちも、17、18世紀にオランダ人やフランス人、イギリス人が入植する過程で、部族間の争い(イロコイ族とモヒカン族は特に仲が悪かったらしい)や白人との戦いで勢力を失い衰亡していきました。白人の侵略が始まってから彼らが滅亡するまで、半世紀ほどしかかからなかった、とも言われています。
 いま、インディアンが暮らすリザベーション(保留地)は、そのほとんどが北米大陸の西側に点在しています。モヒカン頭たちが住んでいた東部にはほとんどありません。現在のインディアンたちは、誰でも知ってる部族名でいえば、スー族シャイアン族アパッチコマンチホピ族などなどの子孫なのです。そして彼らは、スタイルは様々ですがみな長髪族です。

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 イーストコーストに上陸した白人たちが最初に出会ったモヒカン刈りのインディアンたち、彼らはインディアンと白人の勢力がまだ拮抗していたころ白人に戦いを挑み、その勇猛さで幾多の伝説を残しました(ディズニー映画にもなったポカホンタスとかね)。侵略者が彼らの住む東側にやってきたのが、彼らの悲劇でした。白人たちは、その後に出会う中西部のインディアンに対しては、圧倒的な武力を背景に融和する余裕さえみせました。しかし、入植初期にはインディアンたちに対し苛烈な攻撃をしかけたのです。こうしてモヒカン頭たちは、あわただしく歴史の闇に消えていきました。「モヒカン刈り」という言葉だけを残して…。

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