014-0013  正覚坊の憩いの部屋

 キアゲハ(黄あげは)で知った薬物農法の怖さ

 

このページでは、ひょんなことからアゲハ(揚羽)とキアゲハ(黄揚羽)を飼育したこと、そしてキアゲハの餌にしたパセリから思いもよらぬ怖いことが持ち上がったことを書くことにしました。

 

1)アゲハの幼虫(サンショウ坊)を育てて

山椒の木の鉢植えがあった。山から小さいものを掘ってきて植えておいたものである。埼玉にいたときは庭の端に地植えしていたが、山椒は数年経つと藪となり、手が付けられなくなってしまうのであえ4年前、庭に1、5bあまりのて鉢植えにしていたのである。

 

ある日、その山椒の木に2センチほどのアゲハの仔、サンショウ坊が二匹いるのを発見した。

以来ほとんど毎日その仔たちの所在を確かめ、小鳥などに獲られないようにと願いながら、日に日に成長する姿を見ては楽しみにしていた。

最初見たときからそれをアゲハの幼虫と知っていたから、かつてどこかでは見たことがあったと思う。しかし今までそれに興味を持つというようなことはなく、仕事を辞めて暇が出来たことで初めてそのような自然現象に目移りするようになったものであろう。

しばらくしてサンショウ坊は小指大に成長しそろそろ蛹になる頃のある朝、確かめに行った目に驚く光景が映った。

居ないのである。二匹とも忽然と姿を消してしまっていた。そしてやがて無惨なものを見つけたのである。サンショウの下枝の葉を汚してサンショウ坊の濃緑の「はらわた」が流れて、二ヶ所に長く付着して光っていたのである。

 

小鳥にやられたに違いない。繁殖期の小鳥たちは昆虫をことさら探し捕食する。

既に情が移っているサンショウ坊は、我が家のサンショウ坊になっていた。

仕方ない、可哀そうなことになってしまったな、と悔やみながらも諦めるほかはなかった。

そういえば、前にもここで此の様に汚れた葉を見たことがあった。生きてゆく為には弱肉強食の自然の摂理を黙って理解する以外はないと今更ながら肯ったのである。小鳥たちも生きてゆくためには懸命である。

 

しかし程なくしてこの「はらわた」はサンショウ坊が小鳥に啄ばめられたときに流れ出したものではないことがわかった。

それはこのあとこのサンショウの木が急に枯れ始めたことがきっかけとなって、理解できたのである。

この木は施肥の所為かどうかはわからなかったが、日に日に萎えて葉が黄ばんでくるのであった。

ところが眼の前の葉に粟粒ほどの灰色の小さな種が二つ付着しているのを見てしまった。恐らくアゲハの卵であろう。このままでは木と共に死んでしまう。見つけてしまった以上何とか育ててやらなくてはと思ったのであった。

 

早速里山へ行き、山椒の小枝を切って持ち帰った。花瓶に挿し、あの二粒の卵をご飯粒を潰した糊で山椒の葉につけてやった。

初めてのことであったがこの方法はうまくゆき一週間ばかりで2ミリほどの真っ黒な毛仔となって孵ってくれた。紛れもなくサンショウ坊である。

サンショウ坊たちはすくすく育ち、一日おきぐらいに枝葉を替えてやった。

3週間ほど経つとやがてサンショウ坊たちは小指ほどの大きさになった。そろそろ蛹になるかなと思った頃のことである。

 

毎朝の確かめに行った時、またまたあの「はらわた」現象を見せ付けられることとなった。

サンショウ坊の姿はそこには1匹しか見当たらず、花瓶を据えた鉢皿に濃緑の「はらわた」が絞って落としたみたいに置かれていたのである。

サンショウ坊は何ものかに食われてしまったに違いない。その時に「はらわた」がこぼれて残されたのだ。

夜中に、しかもこの家の中に小鳥が来ることは考えられないし、まさか鼠でもあるまい。むかし鼠がお蚕を食った話を聞いたことがあったのでとっさに頭に浮かんだ。しかし鼠はいないはずである。ならば蜘蛛の仕業か。

一体何ものが食ってしまったのか。

 

次の夜、残るもう1匹も同じ運命を辿ってしまった。何処かに小悪魔がいる。そう考えると小さな戦慄が身のうちを走った。

 

疑問の残るまま2週間ほどが経ったある日、家内が頓狂な声を上げて、来て、来てと書斎から飛び出てきた。行ってみると何とアゲハが一羽カーテンに留ってひらひらしているではないか。

あのいなくなったサンショウ坊が羽化したのだ。羽化して眩しいほどにきらきら輝いて翅を躍らせている。

本棚の裏か、部屋の何処かに蛹となって収まっていたに違いない。

 

とすると、あの「はらわた」現象は幼虫たちが蛹になるための最後の営み―つまり腸内から全てのものを放出する儀式の跡―であったのだ。

 

少年の頃、我が家ではお蚕を飼っていた。蚕は最後の脱皮を経て最大に成長したあと、いよいよ繭を作り出す前には桑の葉を摂らなくなり、23日は動かずにそこで腸にあるものを全て外へ出す。この脱糞は最後まで粒状の硬い糞の形で出すがやがて全部を出し終わってやや黄色に透き通るようになってくると、頭を伸ばすようにして高みを探しだす。

この時期を計ってお蚕は繭を作るための波型の蔟(まぶし)へ移されるのであった。

 

アゲハは繭を作らないで、蛹になって身体を二本の糸で括りつけるだけである。蛹になる前にはお蚕と同様腹に入っている全てのものを外へ放出する。お蚕と異なるのは、腹にたまっているものを、どろどろのままに一度に搾り出すことである。これは自分で飼って、この事件に遭遇して初めて知ったことであった。私はアゲハのこの現象を「下糞・げふん」と名ずけた。

 

カーテンにいた蝶はそのうちにカーテンを離れて飛ぶようになったところで窓から、大空へ放たれた。

元気でね、という声と共に。

手塩にかけて育てた蝶には格別の情を感じていた。

23日後、あとの一匹も立派な蝶となって帰ってきた。そして無事に空へ舞い立った。

 

庭の鉢の山椒の木から姿を消してしまったあのサンショウ坊たちは、この下糞を済ませて、夜明け前にあの木から下り、蛹になるため別の場所を探しに出掛けたのである。下糞のあとを見て、何も知らないまま、一途に襲われたと勘違いしてしまったのであった。

 

 

2)キアゲハ(黄あげは)を育てて

初めてアゲハを育てた翌年の夏のことである。家内がホームセンターから買ってきた幾つかのパセリの小鉢(移植用)に孵ったばかりの幼虫がついているのを見つけた。

真っ黒で2ミリほどの姿はサンショウ坊とそっくりである。全部で4匹であった。

直ぐに育ててやろうということに決まった。

 

育てることにしたのだが、一週間ほど経つと小さなパセリの生長より幼虫のそれの方が格段に速いことが解ってきた。パセリの苗はみなもう丸裸に近い状態である。山椒の枝葉を採ってきてやって見たがまったく受け付けない。慌てて夫婦であのホームセンターへ行き、並べてあったものを全部買い占めた。あとの入荷は来週になるという。他の店で探してみたが何処も扱ってはいない。

 

次の週の入荷日の1番に行って、並んでいるもの全部(といっても1ダース)を買い占めた。

幼虫は日に日に大きくなり、その勢いは扶養者にとってはまさに恐怖そのものとなった。キアゲハの幼虫はアゲハに似ているが4眠後になると濃緑の体の両側に鮮やかな紅の側点が並んでくる。この点はアゲハと決定的に異なっている。

昆虫図鑑を買ってきて調べると、パセリにつくものはキアゲハ(黄揚羽)であること。キアゲハの餌となるものは、パセリ、セリ、ミツバなどであることが解かった。

ミツバなら庭を探せばいくばくは生えている。

 

ミツバを花瓶に挿してそこに留まらせると、幼虫はすぐ食い始めた。大きくなった幼虫にはパセリの小鉢の苗は1日分でしかなかった。丸裸になった後に出てきた新芽にも移してみたりといろいろ試みたところで、漸くスーパーでパセリを買ってくればよいではないかと気がついた。

パセリは、店へ行けばいくらでも並んでいるはずだ。それこそ売るほど!

何で気がつかなかったのかと笑い合った。もう何も慌てることはない。

その日、売り場でJA印の一番新鮮な一束を買い、夜になって花瓶に挿して、こんもりとひろがった肥えたパセリに4匹を移してやった。やれやれであった。

 

唖然としたのは、次の朝雨戸と窓を開けて幼虫たちを見たときであった。

何と花瓶に置いた鉢皿の底に幼虫の2匹が横たわってすでに息絶えているではないか。あとの2匹は姿をくらましていた。

ことの次第は直ぐに理解できた。

 

幼虫たちは、パセリを食ったことで死んだのである。食って異常が発生し、とまっていたパセリから落下したのである。パセリに含まれている毒性がその原因である。毒性とはいうまでもなく農薬による毒物である。

アブラムシ退治のような散布薬はそのあと葉を洗えば流れてしまう。このことは雨後には全く効果がなくなってしまうことで証明できる。

しかし今度のパセリは買い求めてほかのものと共に丹念に洗っていた。

恐らく根から吸収させた農薬か、それとも遺伝子組み換え種子使用かのどちらかであろう。

 

あとの二匹は、どうしたのだろうか。苦しみながら何処かへ這い回って物陰に息絶えているのだろうか。いくら探しても何処にもいなかった。

それにしても怖い毒性である。パセリを改めてよく点検して見た。パセリにはムシに食われたあとなどは全くなく、まことに綺麗に育って光沢に輝いていた。

パセリとして人間が食べる場合の量はたかが知れている。がこれを外の蔬菜のようにもう少し多く食べたら恐ろしいことになりはしないか。そのような場合幼虫のように直ぐの結果は出なくても、かなりのダメージはあるはずである。身体に蓄積するとか残留するなどのこともあろう。

私は料理のつまのパセリは必ずと言ってよい程食べていたが、このとき以来もう食べないことにした。

 

ムシ喰いの痕のないような野菜はつくづく危険だと実感した。中国野菜が高濃度の農薬を使っていると言われ、それなりに税関で送り返すなどの処置をとっていると聞いているが、国内産のものについての検査体制はどうなっているのだろうか。この辺はいつか当局に聞くなどして調べてみたいと思う。

我々は品質選別の基準を今こそ見直すべきところに来ているのではないか。蔬菜の見栄えなどはもはや基準とすべきではないと思う。市民の監視体制や検査体制を国家的に早急に確立すべきであろう。

 

その日から3日目、家内が偶然家のなかの全く離れた場所を這っている幼虫の一匹を発見した。今まで一体何処にいたのか。やせ衰えても死なずに生き残っていたのであった。まさに奇跡的といえる再会であった。

あの時あのパセリが食へないものと判って逃れたのか。それとも少しは食ってみたのか。その辺は全く不明である。が兎も角無事に戻れたことは何より喜ばしいことであった。

いとしく拾われた幼虫は、早速鉢植えの幾分は残っていたパセリに移され、その後の数日間は谷津を探して見つけたセリ(芹)によって育てられることになった。そして見事に蛹になり、その半月後、晴れ晴れと巣立っていった。

もう1匹はついに姿を現すことがなかった。

 

キアゲハの話はまだ続く。

小鉢に残っていたパセリの苗に、こともあろうにキアゲハが新しく卵を産み付けてあった。あの生き残った1匹が巣立った直後にである。

10匹ほどで、やれやれまたかと思はないでもなかったが、もう餌で心配することはなかった。谷津の湧き水に見つけたセリはその溝川にいっぱい生えていたからである。

セリは、根をつけたまま抜いてくれば水引がよく、葉がなくなるまで萎えたり枯れることはなかった。後には多くとってきて、冷蔵庫に保管して使った。根を付けたままだと丈が1メートルほどにもなるので折りたたむようにして扱はねばならないことが面倒であったがこれにも直ぐ慣れることが出来た。

 

一ヶ月余りで、幼虫たちは蛹になった。これも一度になるのではなく、最後のものは1週間ほど遅れていた。

時期は既に10月も終わろうとしていた。

予めダンボールの箱に窓を開け、紙を貼って明り取りとし、なかに木の枝を入れ、開閉するようにした入り口兼確認窓をつけたおいた。そこへ下糞したものを次々入れてやるのである。

中には既に夜中に下糞して机や壁に這っているのもいる。兎も角無事に10匹全部を入れることが出来た。

あとは時々見ることを怠らなければよい。

 

段ボール箱は日に当らぬ場所に置いた。出来ればこの冷たい初冬の羽化は避けたいと思ったからであった。

羽化を避けられる目安を1ヶ月と読んでいた。幾分心配しながら毎日覗き見が続いた。11月が終わり12月に入った。

ついに羽化を避けることが出来たと確信した。蛹たちは越冬に入ったのだ。見えるところに蛹の幾つかはあったがあとはどうなっているのかよくは判らなかった。

湿気を保つために水を満たしたコップを入れた。

 

3月を迎えると房総はもう春そのものである。果たしてキアゲハの幼虫たちは羽化してくれるのだろうか。羽化するならそれは一体何時になるのか。入り口を開けて、不安と期待で羽化を待つ日々が続いた。

しかし4月中の羽化はついになかった。駄目だったかもしれないと半ばがっかりしながら5月を迎えた。

 

5月の初め、家内が羽化した1羽の蝶をカーテンで発見した。それは蝶になった喜びを体いっぱいに表現しているようであった。何とも嬉しく、いとしかった。手を差し出すと怯えるように翅を動かした。小半日そのまま遊ばせて翅が固まってころ、昼過ぎの窓外へ放してやった。 キアゲハは折からの風に乗り、難なく屋根を越えて飛び去った。

それから連日、又は隔日に羽化が続き、合計7羽が巣立った。 越冬に入ってから実に6ヶ月余り経っていた。私たちは自然の中の天の知恵に心を揺さぶられる思いであった。そして小さな命の強靭さに驚嘆していた。

5月の終わりにダンボール箱をひらいて見た。蛹の殻は、壁の部分に透けるように収まっていた。枯れ木には何故か一つも付いていなかった。その中に羽化せずに黒く変色した蛹が2つ、そして乾びて中身が空になっているものが1つ見つかった。

越冬には、命の消えてしまうほどの危険が付きまとうものであろう。

 

アゲハとキアゲハを飼育して蝶に仕上げたことは、思わぬことから始まった貴重な体験であった。自然とその営みのほんの一端を垣間見るだけのものであったが、小さくとも命の素晴らしさと自然の仕組みの不思議さを改めて教えてもらうものとなった。その中で図らずも恐ろしい農薬の実態を見ることが出来たことは、また大きな収穫であった。その後も毎年アゲハを飼育する機会に恵まれた。今年のものは、いま最後の1匹が(蛹になって)羽化を待っている。[H17/10/10]

磨崖仏おほむらさきを放ちけり    黒田 杏子(くろだ きょうこ)

 

 

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