1番札所

月光山 常元寺

境内の閻魔堂に安置されている閻魔像は、鎌倉時代の作といわれる。境内のしだれ桜の巨木は満開時には見事な景観をみせる。

常田地区、天台宗

2番札所、月応山、燃燈寺

寛永十九年〔1642〕の創建。初代は唐雲大突和尚。当時、当地に居住していた豪農池田源助が両親供養にと建立した。本尊は文殊菩薩。平成元年落雷で薬師堂を焼失。高さ9mの薬師如来観音像がお迎えします。

塚原地区、曹洞宗。

3番札所、名覚山、妙楽寺

貞観8年〔866〕「信濃の国に五ヶ寺を定額に列する」と日本国史に明記されてある信濃五山の一寺に当たります。妙楽寺では一月八日、薬師如来を本尊に蘇民将来を祈願する法要を千年以上今日まで執り行っています。

塚原地区、真言宗

4番札所

武陵山、桃源院

佐久市指定の有形文化財である木像地蔵菩薩〔延命地蔵〕が本堂内に安置されている。また、境内裏から湧き出ずる清水は「延命水」として親しまれている。

南岩尾地区、曹洞宗

5番札所、大日山、寶藏寺

熱気球の舞う佐久橋とサンピア佐久の中間に位置する真言宗の寺院である。千曲川の大洪水・氾濫により現在地に再建された。本堂には、江戸時代前半の作とされる木造百番観音像が安置されている。伴野地区、真言宗

6番札所、倉瀬山、金龍寺

「曹洞宗」禅寺。寛永十年〔1632〕、小諸城主、松平因幡守が開基。依田右衛門佐信蕃と市川五郎兵衛の位牌安置、民話龍宮淵の伝説。参道の石仏群は西国三十三番観音弘化三年倉瀬の断崖の路傍より移動、現在地に移す。

伴野地区、曹洞宗

7番札所、最明寺

鎌倉時代、物語「鉢の木」の僧として有名な北条時頼が執権職を退き最明寺入道と号して全国行脚の旅に出た際、五本木の最明寺山に一宇を建立したのが開基。時頼公の位牌と彼が刻んだと伝えられる木像が寺宝。平井地区、曹洞宗。

8番札所 天童山 大徳寺

永禄六年〔1563〕貞祥寺三世松山龍鶴和尚により開創される。数度の火災にあい本堂は明和二年〔1765〕に創られる。境内には日下部鳴鶴書による開基碑があります。庭園は五月にはボタンが、六月にはサツキが咲く静かな禅寺です。沓沢地区、曹洞宗 

9番札所 虚空山 多福寺

多福寺は文治二年〔1186〕僧澄空の開基である。虚空蔵山には四国八十八ヶ所のミニ霊場があり、不動堂・大師堂がある。虚空蔵堂は火災にあった。寺紋は16片の菊の紋章で、嵯峨御所から使用を許可されている。下平地区、真言宗 

10番札所 普賢山 神宮寺

真言宗智山派に属し、正式名称は普賢山文殊院神宮寺。本尊は慈悲の仏である普賢菩薩で諏訪社の本地仏の由来を持ち郷内安穏・五穀豊穣・子孫繁栄を祈願する神社の別当職。伴野城山の北東で鬼門を守護、護摩を修法。桜井地区。

11番札所 平馬山 延命寺

約300年前に再建された本堂と、平成九年に新築した不動堂。田園が多く残る桜井のお寺は、古さと新しさが美しく調和されています。毎月28日には、東信屈指の大きさを誇る不動明王像のもとで、護摩法要を行っています。

桜井地区, 真言宗

12番札所 跡部山 西方寺

元和3年〔1617〕運蓮社法誉恵貞和尚の開基創建。本尊は阿弥陀如来。寺紋

は仙石氏の桐に永楽銭、一遍上人の広めた「踊り念仏」は西方寺に受け継がれ、毎年4月上旬保存会により再現されている。

14番札所 伴野山 前山寺〔ぜんざんじ〕

当寺は龍覚寺、泉福寺が合して1200年程前の延暦大同の昔に古城〔小鳥城〕の下に建てられましたが2度の兵火に遭い、泉福寺は前山城〔伴野城〕の祈願寺せした。

前山地区 真言宗 

15番札所 洞源山 貞祥寺

佐久の代表的大寺。大永元年〔1521〕創建。回帰前山城主伴野貞祥公。開山節香徳忠禅師。七堂伽藍が整う。境内に県宝洞源山三重塔、島崎藤村旧宅等あり。〔「信州百寺」信濃毎日新聞社より抜粋〕前山地区 曹洞宗

16番札所 匡盧山 龍泉院

匡盧山、龍泉院は本山を永平寺、総特寺、本寺を前山貞祥寺とする曹洞宗の寺院です。茅葺屋根が1棟。本堂前庭の山草、裏庭の白つつじが美しく、鎮守八幡より噴き出る泉からは、昔からホタルが出ております。

前山地区 曹洞宗 

17番札所 法渡山 

大立庵〔だいりゅうあん〕

中込の南の端、野沢橋の上流、千曲川の辺に在り、山梨県の身延山久遠寺を総本山に戴く日蓮宗の寺院であり「祈願寺」です。殊に春の厄除祈願の節分会には、多勢の信徒により「豆まき」が盛大におこなわれます。

18番札所 尾滝山 大林寺

本尊、お釈迦様。お堂では、佐久三十三番九番札所の観音様が語りかけます。「あなたは、今、慈心あふれる味わい深い時を送っていますか。」8月9日、観音大祭。おたき上げ、火のみこし、手造り絵灯篭800奉納。〔8月16日まで〕曹洞宗

21番札所 照曜山 薗城寺

文明2年〔1470〕賢忠和尚の開山。現本堂は第十一世宥如和尚宝暦~安永年間に再建。38本の丸柱欅材を用い、堂中彫刻多し。境内は春より秋に亘り季節の花が順次開花し殊に参道、境内に咲紫陽花、9月の萩は見事である。

内山地区 真言宗

22番札所 万年山 宗福寺

永禄元年〔1558〕瀬戸城主上原筑前の開基。正安寺五世常照禅師開山。その位置は瀬戸村志賀川沿いにあったが宝暦二年現在地に移る。山門際に寛永刻銘のある庚申石祠がある。宗派、曹洞宗、大本山」、永平寺、

瀬戸 総特寺。

23番札所 象田山 種月印

街中に一浄境を保つ禅寺のひとつです。境内せましといえども、花と緑、石仏なぢの構成で四季折々の変化を楽しむことができます。隣接の成和公園〔旧中込学校〕や閑静な住宅地に囲まれた雑音のない寺です。曹洞宗

24番札所 中込山 小林寺

不動明王を本尊に祀る真言宗智山派の密教寺。樹齢400年を越す欅の森が歴史を語っています。中込学校開校前は寺子屋として使われており、庭の池は硯の水に使った大切な池。「浣筆泉記」の碑が当時を伝えています。

25番札所 天神山 正法寺

本尊十一面観音の観譲る堂内に安置されている地蔵菩薩像〔県宝鎌倉時代〕。樹齢約600年の大欅〔けやき〕の下にひっそりと立つ木曽義仲四天王根井親供養塔〔市指定文化財〕。いにしえの祈りを今に伝える寺。真言宗智山派。

26番札所 一行山 西念寺

岩村田本町の中央に位置し永禄年間に武田信玄が再興し歴代城主の菩提寺である。本尊阿弥陀如来像。藤原時代の末期、定朝作といわれ県宝。境内には小諸城主仙石家の墓所がある。浄土宗

28番札所 成田山 円満寺

同寺の藤は永禄年間〔1558-70〕に開祖雄伝訪印が京都の野田藤を植えたのがはじまり。その後火災にあい延宝年間〔1673-81〕に同寺を再興した賢丈和尚が再び野田藤の種を蒔いたのが現在に至っている。「砂ずり」の藤

真言宗

29番札所 平尾山 守芳院

当院は天文元年〔1532〕平尾弾正源守信が上平尾字宿に創建し、南州道運禅師を迎え開山とす。弘治三年平尾右近源守芳院と云う。元禄十年東山の麓に清浄の霊地を撰び寺基を移し経営す。

曹洞宗

31番札所 法林山 安養寺

鎌倉時代に後深草国師が建立。室町時代中期に古河公方となった足利成氏をかくまった寺。中世には末寺231寺を持つ巨殺として栄えた。貴重な古文書・古器物が多数あるほか「鎌倉石」のユニークな伝説も残る。臨済宗 

34番札所 桃源山 霊台寺

当寺は、約250年前佐久市内山の正安寺の末庵として開創されました。当初は「桃源庵」と称しておりましたが、明治以降「桃源山霊台寺」と改められました。その名の如く静かな山搤の村の中の小さなお寺です。

駒込地区 曹洞宗

佛谷山 時宗寺

本院は佐久市の札所には入っていませんが、昔武田信玄が上杉謙信との戦に敗れ帰りの途中当院に一夜の宿を願ったところ、敗残兵は泊められぬと断られ怒った信玄は当院の釣鐘を持って行ってしまい、途中重いので南佐久群の松原湖に置いていってしまった。今でも松原湖の近くのお寺にあるそうです。近年当院の檀家がその釣鐘を返してもらいたいと頼んだところ、ここにあるからこそ歴史の価値があるんだと断られたそうです。私の菩提寺です。

鳴瀬地区、曹洞宗 ↓