宮之浦岳(1,935m) 永田岳(1,886m)
1.期間   H13.10.23(火)〜26() (登山は24〜25)

2.メンバー  水越 健夫  岩見 洋一(部員に勧誘中)

3.記録

10月23日(火)曇り
夏休みに家族で利尻岳に登った時から思っていた次は南の宮之浦岳との夢が実現した。
計画では24日早朝羽田空港行きの高速バスで水戸を4時35分にでる予定であったが、前日23日東京で会議があり、そのまま浅草のカプセルホテルに泊まる。(一泊2,600)
同行は、同じ職場の疲れを知らない夏用シュラフしかない26歳の野生児、岩見君。

10月24日(水)晴れ後ときどき曇り 28度から18
5:30起床 浅草6:00-――7:00羽田空港8:00==9:45鹿児島空港10:45==11:25屋久島空港12:00===13:10淀川入口13:17----13:47淀川小屋14:00----14:50小花之江河15:00----16:00投石岩屋16:10----16:50最後の水場17:00----17:35宮之浦岳20:30就寝

鹿児島地方の週間予報は、週末までずっと晴れマーク。屋久島へ向かう空路、おだやかな日差しの中に開聞岳と池田湖を見ることができた。しかし、屋久島に着く頃、海岸部の本当にきれいなブルーとは対照的に山岳部には雲があり、宮之浦岳も見えなくなっていた。
空港から出て右に徒歩10分のスーパーで登山用ガスとビールを調達。(なお、ガスはEPIとプリムスなら空港の売店の片隅にあるのを帰りに発見)空港近辺にコインロッカーがないため、観光案内所にお願いし不要な荷物を預かってもらい、タクシーで淀川入口まで入る。(最近、1km程手前の紀元杉までバスが入るようになったらしいが本数が少ない。)レンタカーが10台以上止まっていた。

登山届をボックスに入れ歩き始める頃には、快晴となっていた。日射しも強く9月上旬くらいの気温。周りの樹相は、天城山のような感じで、赤茶色の樹皮が目立つヒメシャラが多い。タクシーに途中で寄ってもらった紀元杉を始め登山道周辺でも巨木が多い。


小一時間で淀川小屋に到着。小屋の先に日が差し込んできらきら光る清流が淀川であった。日も高いため、小屋泊を投石岩屋泊に変更。途中下山するパーティーから上の水場の状況を聞く。2日前に雨が降りいたるところから水がでているとのこと

標高1600m付近で先端が枯れた杉が点在する木道のある湿原の小花之江河で小休止。その先の大きめの湿原の花之江河を過ぎると背後には花崗岩の岩山黒味岳が大きく裾野を広げる。黒味岳の全景が見える投石岩屋に到着。年輩の単独行者の寝袋が広げてあった。泊まる気なら何とか4,5人でも快適か。ひとりでロケーションのいい岩の上で夕餉の準備をしながらホットウイスキーの匂いを漂わせている彼をうらやましく思いながら、まだ日没まで時間があるため先を急ぐ。

下山する人から聞いていた宮之浦岳の登りにある最後の水場から4リッター水を持ち上げる。途中からガスが出て周囲の景色が見えなくなってしまった。宮之浦岳直下の栗生岳に3カ所ほどビバークできる岩屋があった。このあたりが今日のねぐらかと思っていたら、あっという間に宮之浦岳頂上に出てしまった。 

頂上は晴れていたが、周りには雲海が広がり、永田岳も見えない。夕日に照らされオレンジ色に染まる雲をバックに写真を撮り、頂上にテントを張る。今朝は、浅草のカプセルで目覚め、いま九州の最高峰の屋久島の宮之浦岳頂上にいるのが不思議な感覚であった。いつものベーコン炒めとビールで乾杯する頃には、満天の星空になっていた

10月25日() 快晴 7℃から28℃
3:30起床6:15----6:40焼野三叉路----7:15永田岳7:40----8:20三叉路----9:00ビャクシン岩手前---10:00新高塚小屋10:05----11:00高塚小屋----11:10縄文杉11:20----12:30ウイルソン株13:30-----15:00楠川分かれ15:10----16:00荒川口バス停17:10===18:15屋久島空港=====19:00平内海中温泉20:30=平内公園21:30就寝

 5時半には明るくなると思っていたが、日没も1時間遅く、日の出も6:30であった。3時30分に起床し5時にテント撤収の予定が、明るくなるまで待って出発は6時15分となった。空から星が消え、東の雲海の上の空がオレンジ色の染まり、西には永田岳が見えはじめる。
頂上から下り始め、永田岳への分岐への途中で日の出となる。永田岳が赤く染まる。

日程的にきつくなるが往復1時間30分の永田岳へ寄ることにする。分岐から空身で行くが、はじめ膝下程のヤクザサが途中から背丈ほどの藪こぎとなる。朝露をたっぷり含んでおり、合羽を着てこなかったことを後悔するも、すでに遅し。しかし、永田岳の頂上は絶景であった。360度のパノラマ、朝日で逆光となってしまうが宮之浦岳の全景、障子岳や宮之浦歩道方面の稜線を越えていく雲海のながれ、渓谷の先には永田港、そして海。

三叉路まで戻り、抜けるような青空のもと稜線漫歩を期待したが、高塚小屋までの宮之浦歩道は展望台と呼ばれるところ以外は背丈より高いシャクナゲなどに覆われており花の時期はまたいいだろうが、展望もきかず、ひんやりした緑のトンネルが続く。途中の狭い登山道でヤクシカに何度も遭遇する。小屋のデッキで餌をねだるシカもいた。
標高が下がるにつれヒメシャラやハリギリが多くなる。しかも皆、直径1mを越える巨木である。高塚小屋までは3組の登山者にしか会わず、静かなしみじみとした山行だった。

しかし、小屋から下ること10分で、悪い予感が当たってしまった。縄文杉を見る見学デッキの上は集団登山の中学生と縄文杉ツアーの年輩の人であふれ、歓声と弁当の匂いに満ちていた。さらに、続々人があがってくる。縄文杉との静かな出会いを期待し、じっくり対峙したかった夢は叶わなかった。ほかの巨木ようにコケ類の着生もなく、乾いて白っぽくなった樹皮、灌木もなくなりむき出しになった根の周りの表土も編柵等保護対策はなされてはいるが、なぜか生気が感じられない。先端に種子も結実していない。周囲を隈無く見たが周囲に発芽した杉の幼樹は、わずかにデッキの土台の近くに5cm程の1本のみしかみられなかった。重層多層的な植物の空間が失われ、大量の雨が直接地表から表土を押し流し、開いた空間は乾燥化を招きこのデッキ周辺だけが屋久島的ではなくなっている。転倒で骨が折れやすくなっている老人のようで、早晩、台風の強風を直接受け折れてしまうのではないか。1本だけ犠牲になっていることにより、その他の無名の巨木たちが守られている。

縄文杉からの下りは木製の階段がずっと続いており整備され過ぎの感。森林軌道上の板は歩きやすくて助かったが、現在縄文杉までの高速道路なみの木製階段とそれ以外はミズミチとなって1m以上洗掘されている宮之浦岳への登山道とあまりに極端すぎる。
ウイルソン株周辺でラーメンを作り大休止後、杉の材積プロット調査を行う。300年前に切られた株の周りに出た杉の天然林である。標高1000m前後である。

縄文杉デッキ上や稜線上では携帯がつながるとのネット情報があったが、岩見氏のauはついにアンテナが1本も立たず、帰りのタクシー予約もできないため、通りかかったネイチャーガイドに白谷雲水峡と荒川口の最終バス時刻を確認。予定は白谷雲水峡、宮之浦方面であったが、荒川口17:10安房経由宮之浦行きに乗ることにした。長い長いトロッコの線路上を黙々歩く。早く着けば前の便に乗れるかもと飛ばしたが、結局荒川口からのバスは17:10のみだった。(なお、白谷雲水峡からのバスは14時頃らしい。)

バスで空港まで行き、レンタカーを借り温泉の入れそうな島の南部に向かう。
真っ暗で照明設備も脱衣場もなく満潮時は海中に没するというその名も平内海中温泉の干潮がちょうど今日は21時の前後2時間、朝は9時の前後2時間(毎日48分ずれるとのこと)現地に着いたが、小さい看板があるだけでなにもない。下に3台くらいの駐車場があると下見をしてきた独身の岩見氏からの報告は、さらに女の子2人組が湯に向かったとのこと。即、タオル一つでスポンポン。湯船は3つあるが、暖かいのは1つだけ。ここに入れ替わり立ち替わり10人以上が混浴で入る。実にすばらしい温泉でした。今朝は宮之浦岳の頂上、そして今、頭上の月に照らされ、波音を聞きながら旅の若い娘4人と地元の昔の若い娘と名物温泉爺さんに囲まれ疲れた筋肉をほぐしたのであった。

10月26日(金)晴れのち曇り 17度から28度
5:30起床---7:00入浴8:00===8:30千尋滝==9:30屋久杉自然館、屋久島世界遺産センター11:30====12:00県営採種園12:30====13:30白谷雲水峡15:00===15:30楠川温泉16:20===16:50屋久島空港17:50===18:30鹿児島空港19:50=====21:30羽田空港-------------22:30上野23:12----------25:05赤塚

参考:空港から淀川入口までのタクシー代 7,640円
   荒川口から空港までのバス代(1人)1,040円
   レンタカー代(660cc,24時間) 5,040円  ガソリン130円/L
       まつばんだレンタカーTEL09974-3-5000

注:過去の記録を見て判断してしまったが、現在各避難小屋周辺以外は、キャンプ禁止となっています。