塩の道 そびえる富士に 山桜見る

県境にある富士山。地図に富士山の名称は無いが,標高206bと表示されている。確かに里根川に架かる関本橋から望む山容は,円錐形をしており里山の富士らしい。

この地域の地名は富士山と勿来の関に由来する。勿来の関所の本元であるという意味から北茨城市関本町。旧村名は山小屋と言っていたが冨士山があることから富士ヶ丘と名付けられる。その麓の小学校は富士ヶ丘小。昭和30年代に小学校を造るため村人が富士山上部の村人達の共有林を伐採して杉材を提供したとのこと。昔この地域は,平潟港の米,塩,鉄などの物資を福島県棚倉に運ぶ「棚倉街道」と呼ばれる塩の道であった。また,明治から昭和にかけて常磐炭鉱として栄えた炭鉱町でもあり,沿道にはその面影を残すパチンコ屋や居酒屋,食品雑貨スーパーなどの古く懐かしい建物が残っている。

富士山は,主要地方道日立・いわき線と塙・大津港線の交差点から北西にそびえる。

私達は河原田橋の近くに駐車し,南面の竹林に取り付き頂上を目指すこととした。「バキ

ッ」「バキッ」と音のする枯れ竹を踏み,厚く積もった杉の葉を踏みしめながら急斜面を登ると足をとられるので思わず小枝につかまり滑りを防ぐ。空が透けてくると緩斜面となり頂上である。頂上には石祠が2基並んでいる。新しい祠は平成3年に設置されたもので古い祠は文字が風化してしまっている。大きな太い山桜が5本あり,麓からもよく見える。杉の植林時に頂上が寂しいだろうと山桜を植え華やかさを添えたのであろう。小瀬富士の頂上にも山桜があったように富士と桜は日本人のこころの象徴となっていると思う。「敷島の大和こころを人とはば 朝日に匂う山桜花」(本居宣長)や「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」(在原業平)の詩が頭を掠めながら昼食をとる。自然の木々に囲まれた中で,都市文明を代表するマクドナルドバーガーを頬ることに落差を感じながら談笑する。帰途は踏後のある東側の尾根を下りると不動明王のお堂の前に出た。

ここが正式な登山口であった。                 (天海敏徳)

<コース記録> 071216日(日)

晴れ 3名(小貫,高萩)

里根川河原田橋(11:45) 

竹林取付き(11:55

山頂(12:2512:47)不動明王(13:10