名瀑の 裏に悲惨な歴史もつ 生瀬富士

この山麓で凄惨な事件があった。歴史に語られる生瀬事件である。関ヶ原の乱後に佐竹藩から水戸徳川藩に統治が変わる時期に役人が年貢を取り立てに来た。最初に来た役人に上納したのに,その後また別の役人が来て上納を迫る。一度納めた村人は偽役人だと言って殺したために,村人5百人が水戸藩の侍たちに皆殺しにあった事件で,村人が逃げ込んだ地獄沢や嘆願沢という地名が残っている。この山はその事件を知っている。どうしても生瀬側から登ることにこだわるのはその歴史的な現地を見ておきたかったからである。

この生瀬から南方に立神山,生瀬富士,岩峰の生瀬三山が連なり裏の袋田の滝側は断崖絶壁となっている。登山口は大野川に架かる立神橋から3番目の高圧送電塔を結ぶ沢筋を登ると峠で袋田からのコースと出合う。ところが私たちは,勘違いして1番目の送電塔の管理用山道を登ってしまった。熊笹に頬をなでられ,風倒木をまたぎ,時に逆方向に向かいながら,とてつもない遠廻りをして主尾根に到着した。予定した峠からはるかに西側である。尾根筋に立つ3番目の送電塔を過ぎると袋田からのコースが合流する峠の案内標識に出合う。ここから生瀬富士までは,岩稜の鎖場やロープの張られた急斜面を行く。袋田側は深く切り落ち,登るにつれ集塊岩のやせ尾根になって行く。スリリングな場面が続き緊張感も高まる。大きな集塊岩の鎖場を登り詰めたところが山頂である。狭く高度感のある岩峰の頂上で我々7人が腰を掛けるところもない。生瀬側にラクダの背のような線状の岩稜が延びており,袋田側は断崖絶壁である。疲れと高度感から来る恐怖,強い風も手伝い,直ぐに下山にかかる。張られたロープに掴まり,露出した根っこで足場を確保しながら急降下する。鞍部から立神山へは再度登り返し,ここで昼食を取る。強風の中ではあったがビールやラーメンの味は格別であった。対座する白木山や月居山の眺めが素晴らしい。立神山からの下りもロープを頼りに急降下する。やがて,かずま分岐の案内板が現れ,案内どおりにセピア色の落ち葉の山道を下ると,ほどなく生瀬の上合に至る。帰りに滝見温泉露天風呂に浸かり疲れを癒した。
(天海敏徳)


<コース記録> 0712月9日(日)晴れ (飯島、佐藤、河原井、渡辺、近藤、相良)

立神橋上流(10:15)第3送電線塔(11:00)峠出合(11:10)生瀬富士山頂(11:30

立神山頂(11:5512:30)かずま分岐(13:00)立神橋上流駐車場(13:30