笈ヶ岳(1841m)経ヶ岳(1625m)

1.平成16年4月24日〜25日
2.舞木善郎,檜山隆
3.記 録  全行程1420km
 笈ヶ岳は,石川,富山,岐阜の三県境に位置し,白山山系の雄峰である。登山道がないため登山適期は残雪期のみ可能である。明治38年に三角点設置の際,頂上から仏像,経筒などが発見されている。信仰の対象の山であったらしい。通常のルートは,三方岩岳や中宮温泉スキー場・ブナオ山からの1泊2日縦走が一般的であったが,ここ数年は日帰り往復が可能となったジライ谷経由が主流になりつつある。

  経ヶ岳は,白山火山系に属し,頂上付近に複式コニーデ型の噴火口をもつ休火山である。山名は,その昔山麓の平泉寺が一向宗の兵火にあい,経典を山頂に埋めたことから由来するという。同名の三百名山が中央アルプスにある。

○4月23日〜24日(土) 舞木宅〜経ヶ岳林道ケート695km 雪のち晴れ 
  舞木宅19:10発--------(常磐道・外環・関越・上信越・北陸日本海東北道)-------福井北IC--------越前勝山-------1:30林道ゲート(635m)7:10-------7:35道標--------9:30林道ゲート--------(永平寺)------14:40白山自然保護センター

 笈ヶ岳の前に,単価を安くしようと,福井県の経ヶ岳に向かった。林道を進むと途中でゲートが閉まっていた。4月末で閉鎖とのこと。そう言えばインターネット情報は全て5月以降であった。納得する。ゲート内にテントを張って真夜中の入山祝となった。

 テントを出ると,黒い雲の動きが早い。歩き始めて直ぐに雪が降ってきた。一度にドッと大粒の雪が降ってきた。しかし,それも直ぐに止んで日差しも出てきた。林道を30分ほど登ると,右手に分ける林道に道標があった。しかし,事前情報でのポケットパークではない。半信半疑で道標に従って登っていった。しかし,最後には堰堤の上に出て,ルートが分からない。戻ることにした。

戻る途中で地元の人二人に会い,予定のコースではなく保月山を省略して登る沢コースであることを確認し,そのアドバイスを受けて再度林道を辿ったが,結局判らなかった。次回のための偵察山行として,笈ヶ岳に転進することとした。(しかし,この早めの転進のお陰で,約30年ぶりの永平寺を参ることが出来た。これも良い思い出となった。)

 途中で買い出しをして,登山口の白山自然保護センターに向かった。その駐車場に着いてみると,下山したばかりの中高年パーティーが居た。さっそく情報を仕入れると,行動時間は10時間30分ほどで,急なところにはフィックスがあるという。野猿公園まで下見に行く。途中の斜面にはいたるところで,カタクリの花が風に揺れていた。時間もあるので,近くの中宮温泉に出掛け,良い気分で駐車場のテントに入った。そして,この晩には大粒の雪交じりの霙が降った。

○4月25日(日) 起床:3:00  天気:快晴
 駐車場(590m)4:50-------5:10野猿公園-------6:00大岩6:10--------7:35主稜線7:45------8:30冬瓜山(かもうり山) ------シリタカ山-------10:01笈ヶ岳10:38------11:50冬瓜平(1,420m)------12:25主稜線------13:25大岩-----14:10野猿公園------14:30駐車場15:20-------中宮温泉------金沢西IC-----(北陸日本海東北道・上信越・関越・外環・常磐道)------1:40舞木宅

 夜半,寝ている間に何台かの車がやってきた。準備をしているパーティーの声が大きい。このジライ谷コースは,日帰りが可能な為登山者が多いのだ。テントの周りは昨日の霙でシャーベット状となっていた。濡れたテントはそのままにして出発した。俺達が一番らしい。野猿公園までは前日辿った道。途中2カ所のトンネルを通って着いた。

公園からは急峻な道であった。事前情報通り急峻な処にはフィックスが随所に付けられていた。
昨日の雪がルートに積もっていた。それでも前日のパーティーのトレースが僅かに残っているのは有り難い。大岩と呼ばれるところで大休止した。ここで,ジョギングシューズをデポする。(檜山)

ここを越えるとさすがに傾斜は少し落ちて,雪の付いた尾根を忠実に辿ったり,雪の斜面を登ったり,はたまたシノダケのヤブをかき分けたりした。ルートには赤布があって迷うこともない。でも雪が付いていなければ非常に難儀するコースであろう。ようやく主稜線が確認でき,最後の緩やかな雪面を登って,冬瓜山への主稜線に出て大休止とした。(ここでアイゼンを付けることにしたが,トラブル発生。靴にアイゼンが合わないのだ。久しぶりの革靴だったのに,事前に合わせてこなかったのが失敗。結局ノーアイゼンで登ることになった。)

休んでいる間に後続3組4人が登ってきた。本来のコースは,ここから冬瓜平を目指して下って行くのだが,先行した4人組を追って,稜線通しに行くことにした。4人組のうちの若い男は今流行のフリーベンチャーを付けて沢コースを行くらしい。冬瓜山へは狭い稜線を辿るが,あまり苦労もなく登った。(後で判ったが,残った2組3人は福井県の人達らしい。うち単独のヘルメットの叔父さんは4度目の登山とのこと。)冬瓜山からは広いたおやかな尾根を行く。天気は快晴。白山が眩しい。シリタカ山は少しの登りで着いた。ここからの笈ヶ岳は前面をスッパリと切らせて雪壁を長くのばし,スクッと立っていた。

のんびりムードで広い尾根を辿り,途中冬瓜平からのトラバースルートと合わせると,固い斜面のトラバースとなった。アイゼンか欲しいところであるが,慎重に行く。斜面を登り詰めて尾根にでた。冬瓜平のテン場からアタックしたパーティー2組8人が下ってきた。藪を突きって雪面を拾うと,頂上は指呼の中。緩やかな雪面の登りが続いていた。最期の頂上直下の藪をこぐと,憧れの笈ヶ岳頂上に出た。ジライ谷コースからの最初のパーティーだ。憧れの山に登れたことで舞木さんの万歳三唱にも素直に声が出た。196番目の二百名山の頂上であった。

頂上からは,真っ白な白山はもちろん,昨年夏に単独で登った大笠山や奈良岳が稜線でつながっていた。(大笠山のルートも急峻だったことを思い出した。)小松基地近くの特徴ある白く輝く屋根(施設名は忘れた)の向こうに,日本海が拡がっていた。さて,頂上ビールで乾杯と思ったら,何と穴があいていてほとんど空っぽ。ガッカリした。しかし,それでも笈ヶ岳に登れたことに満足し,また付き合ってくれた舞木さんに感謝の気持ちで一杯であった。後から登ってきた福井県の人達と情報交換をしながら,楽しい至福の時をもった。頂上には有名な(?) 記録用のノートが入った容器が二つあった。さっそく二人の名前などを記入した。

頂上にはジライ谷からの登山者が増えてきた。交代しようと下山に掛かった。下りは冬瓜平経由を採った。シリタカ山手前の鞍部から冬瓜平に向けて斜面を一気に下った。シリタカ山,冬瓜山の斜面をトラバースして行く。何組かのパーティーを抜いて冬瓜平に着いた。後ろを振り返ると,笈ヶ岳が輝いて屹立していた。

ここから主稜線に登り返す。僅かの登りであった。ジライ谷からのルートに戻って,登ってくるパーティー数組に出会う。本日のジライ谷コースは盛況だ。大岩まで一気に下り,デポを回収する。ここからが急な下りとなり両足の筋肉に負担が懸かるが,幸いフィックスが良いところで役に立った。野猿公園に着いたときには,足がパンパンであった。

駐車場に戻り濡れたテントを干して,帰り支度ができた頃福井県の人達が降りてきた。あいさつを交わして,昨日の中宮温泉に向かった。(本日の宿屋は,日本秘湯の会会員の宿であった。お風呂も昨日に比べて大きかった。) 満足感が胸一杯に拡がり,幸せを感じた。そして湯上がりのビールが旨かった。またまた,舞木さんに感謝した。
                                 記録:檜山