大無間山(2,329m)山伏(2,014m)
目 的.    二百名山・三百名山の山
日 時.    平成13年6月9日(土)〜10日(日)
メンバー.   檜山(単独)
記 録
 光岳から南東に派生する長い稜線上にあるため、南アルプス深南部に位置する「大無 間山」は、重量感のある山である。山名は、無限地獄の略で、絶え間なく山々が続くと いう意味でそうである。登路は、3つほどあり、初心者向けの田代コース。中級者向け の寸又峡から大樽沢経由コース。そして、最もハードな尾盛から風イラズ経由の廃道コ ースがある。
 今回は、初心者向けの田代から登った。道は良く踏まれており、迷うことはなかった。 ただ、小無間山からの倒木帯には注意する必要がある。
 この山は、二百名山を志した頃からいつも気懸かりな山であった。
静岡県側の中ノ宿、椹島からのコース、山梨県の雨畑湖畔コースがあるが、いずれも体力勝負のコースである。

6/8(金) 那珂町〜田代 390km
 那珂町14:00───(常磐道・首都高・東名高速)── 清水IC─── 20:15田代

6/9(土) 起床:4:00 天気:曇り
 田代・諏訪神社5:10(695m)─── 5:46廃家(1,120m)──── 7:04P4峰(小無間小屋)7:21(1,120m)───7:32P3峰(1,855m) ────7:40P2峰(1,910m)────7:57P1峰(1,920m)────8:16崩壊地(1,900m)────8:52小無間山9:09(2,175m)────10:38大無間山11:07(2,329m)────12:26小無間山12:37(2,160m)───13:04P1峰(1,940m)──── 13:15P2峰(1,910m)─── 13:30P3峰(1,885m)───13:40P4峰14:02(1,820m)──── 14:52廃家(1,105m)─────15:30田代諏訪神社 16:00(705m)─────  口坂本温泉───────18:00県民の森・あずま家(テント)(1,425m)

 夜8時過ぎに、田代の部落に着いたが、登り口の諏訪神社が解らない。民宿「ふるさと」で所在を確かめた。このときに出てきた人が、良くその所在を解らない。地元の割には良くわからないとは不思議だなあ〜と思ったが、とりあえず、「てしゃまん くの里」の看板のある駐車場でキャンプを張った。駐車場には既に1台あった。夜中に1台やってきた。
予定の4時に起床し、朝食を摂って諏訪神社に向う。3分ほどで着いた。諏訪神社の鳥居の横に水が落ちていた。由緒ある水らしいが、顔を洗わせて頂いた。鳥居を潜って参道を登った。直ぐ上で林道を横断し、また参道を辿る。登り口に遭難者の捜索情報板があった。見ると、平成11年秋に小無間山からの下りで行方不明になっているという。やはり道は悪いのかと不安を覚えた。

 わずかの登りで、左に大無間山への分岐となっていた。緩やかな杉の植林帯の中を登って行く。高圧鉄塔の脇を登り、やがて、登山道左下に最初の伐採の作業廃家が見え、二つ目の作業廃家を過ぎた辺りが、雷段と呼ばれる所である。道は、クマサザの中にしっかりと付けられていた。途中、ギンリョウソウが咲いていた。
植林帯を過ぎ、岩が散在した所から広葉樹林の急登が始まった。300mほどを一気に登ることになった。着いたところが、三等三角点があるP4で、直ぐ近くに小無間小屋があった。外目には余り綺麗な小屋ではない。囲炉裏が中央に切ってあり、先行者の荷物が置かれてあった。(裸で休んでいたら、虫に刺されて閉口した。)

 ここからが、「鋸歯」と呼ばれる所で、小無間山まで三つのピークを越えることとなる。確かに上下動の激しい登りで、急降下の後最低鞍部に着き、同じ標高まで急坂を登り返すことになった。P2は、ルート脇の大きな石に赤いペンキで「P2」と書いてあった。P2からの下りで、中高年の夫婦登山者に追いついた。向こうから「昨夜の人だね」と言われて納得。民宿で聞いた時に諏訪神社を教えてくれた人であった。(地元の人ではなかったのだ。)聞けば、今朝4時前に出発しピストンで登るという。4年前に小無間小屋に泊まって登ったらしいが、大したものだと感心した。

 小無間山までのルートには、所々ヤシオツツジが咲いていたが、それよりもイワカガミの群落が方々にあり、感激した。小無間山直下の大きな崩壊地に出た。霧が下から上がっていた。ここで落ちたら、判らなくなってしまうなあ〜と思った。ここから小無間山までが一番のキツイ所と登山情報には出ていたが、それほどの苦労も感じないで、小無間山に着いた。樹林に囲まれた視界の効かない凡庸なピークであった。
ここからは、あまり高低差もなく行けるかと思ったが、結構アップダウンがあり、 時間の割には高度が稼げなかった。唐松薙と呼ばれる所は、南面がガレており、天気が良ければ大無間山が見えるところであったが。中無間山は、気をつけて歩いていたが、結局判らずじまいで過ぎてしまった。頂上まで約30分手前で、高年登山者に会った。小無間山避難小屋からのピストンで、昨日は一人で寂しかったと言った。大無間山までのコースには、テープがベタ張りとなっていて、迷うことはなかった。頂上直下に、‘65、5月に遭難した碑がコース上に置かれていた。

登山口から約5時間30分で、ようやく大無間山に着いた。嬉しさがこみ上げてきた。ようやく念願の頂上に着いたのだから。頂上は、割合広いところで、昔の櫓の跡があった。一等三角点をしっかり踏んで、良しとした。いつものように頂上ビール(途中の残雪を袋に入れて冷やしながら登ってきたのだ。)を開けて一人乾杯した。
30分ほどの頂上では勿体なかったが、下山することにした。20分ほど下ったところで、例の夫婦に会い、挨拶を交わして先を急いだ。下りながら中無間山のピークを確認したかったが、とうとう判らずじまいとなってしまった。小無間山を過ぎてP1峰の下で、若い単独行者に会った。聞けば小無間山にテントを張るという。(この後も、やはり小無間山にテントを張って大無間山をアタックする若い二人組と会った。)P4には、中年の二人組が写真を撮りに上がっていた。言葉を交わして、富士山はどちらに見えるか聞いたが、はっきりしなかった。(インターネット情報の写真の中で富士山が見えたとの記述と写真があったが、その位置がはっきりしなかったのだ。)
P4からは、下りが急になった。こんな急なところを登ってきたのか、自分ながらも感心した。廃家も過ぎ、太股が張ってきた頃、ようやく林道に出て、直ぐに登山口の諏訪神社に着いた。水が冷たく旨かった。

当初の目的を完登出来たので、次の山をどうするか車の中でいろいろ検討していたら、雨が落ちてきた。結構な降りとなり、ここから近い山、「山伏」に転進することにした。林道が使えれば容易な山であるが、果たして使えるかどうかが問題である。とりあえず、近くの温泉「口坂本温泉」に入って、作戦を練ることにした。
林道は平日は閉鎖になるが、土日はOKであった。「良し」とばかり、元気が出てきた。今日の宿を「県民の森」に決め、深い霧の中移動したら、格好の東屋があった。いす、机を整理し、テントを張った。最高のテン場であった。温泉で暖まり、心地良い疲れと大無間山に登れた満足感に満たされ、ビールと酒が程良く効いて、至福の時を過ごすことが出来た。最高の気分で、ぐっすりと眠れた。

6/10(日) 起床:5:30 天気:晴れ
あずま屋6:30(1,425m)─── 7:00百畳平7:22(1,790m)─── 7:29分岐(1,840m)────7:56山伏8:07(2,013m)────── 8:27百畳平8:50───── 山梨・雨畑─────下部町──────上九一式村─── 河口湖IC──  中央道・首都高・常磐道────16:30那珂町

 山伏は、静岡県と山梨県の県境に位置し、富士川と大井川の間に流れている安倍川の源流部、安倍奥の山々での最高峰である。山伏への登路としては、静岡県の井川と山梨県の雨畑を結ぶ林道から何本か拓かれていて容易である。頂上からは、富士山をはじめ、聖、赤石、荒川、そして笊ヶ岳が見えるという。

山伏は、笊ヶ岳の計画時にいつも考えていた山であった。今回は、大無間山からの転進である。井川雨畑林道は、静岡県民の森の先からは未舗装であり、所々で工事中であった。車を慎重に運転し、県境に位置する「百畳平」に着いた。広いスペースの峠で、登山口の看板が設置されていた。
少し登ると、クマサザの中、牛首峠からの登山道に合流した。(登ってきたクマサザから大きく音がした。大きな動物が動いたような音だった。ストックを鳴らして登ることにした。)ヤシオツヅジも咲いていて、気持ちの良い、なだらかな登りである。 山伏小屋への道を左に分けると、まもなくで西日影沢からの道と合流した。直ぐに本当に気持ちの良い笹原の中の道となった。ここは、県の特別天然物となっている「ヤナギラン」の群生地で、8月の最盛期には素晴らしい景色となるらしい。このため、植生保護のための木道が整備されていた。笹原の中に枯れ木が数本立っていて、幻想的だった。
誰もいない頂上で、ゆったりした気分で、周囲を眺めた。八紘嶺や七面山方面が見南アルプスや富士山側はガスが掛かっていて、視界は効かなかったのは残念であった。 記念写真を撮って、ゆっくりと下山することにした。

この後、山梨県側に県境を越えたが、途中で道を曲がり損ねて、またまた、井川に出てしまった。下ってきた林道をまた登って、ようやく笊ヶ岳登山の折お世話になった懐かしき「ビィラ雨畑」に出た。