西上州・諏訪山(1549m)
日 時 平成15年9月14日(日)
メンバー 舞木善郎・関谷銃造・天海敏徳・檜山隆

.記 録
 諏訪山は、群馬と長野の県境にある山で、近くには御巣鷹山(1985年日航機墜落事故)がある。諏訪山は眺望は効かないが手前の三笠山の岩峰からの展望は良い。

 ○9/14(日) 那珂町〜浜平登山口 210km
那珂町4:40──(天海・関谷・舞木)──水戸IC──(常磐道・外環・関越)──本荘・児玉IC────9:20浜平登山口(700m)9:35────10:55 稜線(1,200m) ─── 11:00湯ノ沢の頭(1,250m)────11:30避難小屋  (1,350m)──12:05三笠山(1,495m)──12:25諏訪山(1,549m)12:35─────12:55三笠山13:15────大休止(13:35~14:15) 14:50湯ノ沢の頭──────16:05浜平登山口──  (御巣鷹山登山口)─────23:00那珂町

今日だけ予定が入っていないため,急遽思い立って舞木さんに電話した。OKの返事を受けて,諸先輩を誘った結果として4人パーティーとなった。

 雨海宅から先輩宅を回り,常磐道・外環・関越道と走り,本荘・児玉ICから浜平登山口を目指す。上野村に入ると,俄然道は良く整備されていた。浜平登山口は,御巣高山への道と分かれて左に僅かに入ったところである。

登山口近くの奥多野旅館の駐車場に駐車。(500円也)橋を渡って登山道にはいる。 頂上まで「5253m」の真新しい道標があった。(この道標は,要所要所に設置されていた。) 廃屋を左に送って左岸を行く。所々には滑りやすい梯子が掛かっていた。 石積みされた堤のところで右岸に渡った。風もないうえ日差しが強くて暑い。大汗を 掻きながら登る。左から鉄分で茶色に錆びた沢を越して更に登る。

 途中からモーやんと二人で先行した。沢に付かず離れず登って行きやがて水流が消える頃から急登となった。少しの頑張りでようやく風の渡る稜線に立った。ここから僅かの登りで湯ノ沢の頭に着いた。ここで楢原からの道と合流する。

ここからは明瞭な尾根道となった。小さなアップダウンがあるがほぼ平坦な道である。右手に特徴ある三笠山の岩峰が見えた。距離はだいぶある。小さな鞍部を過ぎて登り返すと辛うじて雨露がしのげるような避難小屋に出た。ここからは木の根が張りだした傾斜のある尾根道となった。

上から降りてくる若い二人連れの登山者に出会った。傾斜の強い尾根を辿ると岩峰の前に出た。急傾斜の道にはアルミの梯子が2つと鉄梯子が付けられていた。そこを登って行くとインターネットで何処を登るのかと書かれていた岩峰の前に出た。ルートは岩峰を半周しながら登ると祠の建つ三笠山に出た。ここからは遮るものがなかった。絶景である。しかし先があるので休まず諏訪山に向かった。

鉄の鎖と捨て縄が付いた急な岩稜を降りて行く。鞍部を過ぎて僅かな登りでようやく諏訪山に着いた。三角点と道標の建つ頂上は樹林に囲まれて視界はなかった。モー やんと記念写真を撮って小休止の後三笠山に戻ることとした。

三笠山に戻ると関谷さんがいた。置き手紙をして下山するところだった。3人で大休止しビールで乾杯した。南東以外の山は全て見えた。浅間・榛名・赤城の山々のほか妙義山や特徴ある両神山が見えた。しかし近くにあるはずの御巣鷹山は同定できなかった。気持ちの良い風に心が洗われる思いであった。

十分に堪能して下山に掛かった。アルミ梯子の所で天海さんに再会した。これで本来のパーティーとなった。途中で小宴会をして至福の時を共有した。浜平登山口には予定時間をオーバーして着いた。

帰るに当たっては御巣鷹山への登山口に寄ることにした。道は良く整備されていた。 トンネルを何本かくぐって行く。道のどん詰まりが慰霊のための道の始まりであった。 今はそこにダムを掛ける工事が施工されていた。これが完成すれば慰霊の道はもっと容易く登ることが出来るようだ。改めてその事故の悲惨さを思い起こした。