景鶴山(2,004m)

2.目 的 三百名山の山
3.日 時 平成18年4月22日(土)〜23日(日)
4.メンバー 宮本・檜山・北條・水越・長谷川・近藤

5.記 録
 ○4/22(土) 中央病院〜戸倉 220km
中央病院5:30──  国道50号 伊勢崎IC─(北関道・関越道)──  沼田IC────  9:45戸倉スキー場(1060m)10:15─── 11:45鳩待峠分岐────13:15鳩待峠(1,650m)BC14:20──── 15:15リターン点────16:20BC着(鳩待峠)


中央病院に集合し車2台で出発。国道50号線から伊勢崎ICで北関道に乗り、関越道沼田ICから尾瀬戸倉へ。ほぼ予定時間にゲート前に到着した。

荷物を振り分けて、今日の行動は鳩待峠までの10kmの舗装道路をひたすら歩くのみだ。道路はきれいに除雪されていた。津奈木大橋からの水上への道は、全然除雪がされていなかった。

3回の休憩3時間で鳩待峠に到着した。約600mの標高差を、記録でも早い人並の結構なペースで登ってきたのだ。

 テント設営後、スキー技術の練習を兼ねて、至仏山への尾根を登る。1時間近く登ると、尾瀬ヶ原も見えるほか、ドッシリとした武尊山や白根山を中心とした日光の山々も姿を現した。ここから滑降するも、雪の状態は最悪であった。表面は堅く、中はモナカとなって、スキーが引っかかってしまうのだ。(技術の差が歴然と表れてしまうのだ)それでも、笑いのうちにテン場までの滑降は終わった。

いつものように恒例の入山祝いは盛大に盛り上がり、懐かしい顔もあり、いつにも増して楽しい宴となった。

○4/23(日) 起床:3:55 戸倉〜中央病院 220km
鳩待峠5:25────6:05山の鼻6:15─────6:35牛首の橋─── 7:40木造橋────7:55ヨッピ橋─────8:15尾根取付付近8:40─── (急登)─── 10:25与作岳───── 11:10景鶴山(直下のスキー  デポ点に移動)11:55───── 12:20滑降終了(ケイズル沢下部)─────12:55ヨッピ橋────15:15山の鼻────16:20鳩待峠17:15──────19:00戸倉ゲート19:30────  沼田IC(関越道・北関道)伊勢崎IC─── 23:45中央病院

 (長谷川の記録)
堀川─── 9:00山の鼻9:30────11:00鳩待峠
 (宮本の記録)
鳩待峠5:25── 山の鼻── 牛首の橋───  山の鼻─── 9:30鳩待峠


今日はいよいよ景鶴山へのアタック日。天気予報では、雨の確率70%ということで天気に一抹の不安はあるが、午前中まで持ってくれれば御の字と、歩行で拠水林まで行くという宮ちゃんとともに出発した。

 スキー組が先行する。斜面は、まあまあの状態でわずかな時間を楽しんだ。山の鼻までのルートにはスノーモービルのトレールがあった。山の鼻の小屋前から白い雪原が広がっていた。我々しかいない静かな尾瀬ヶ原だった。

いよいよ白い静かな雪原を縦断する。雪原が狭まっている牛首を目指して歩く。横断している沢に着いたが、架かっている鉄橋の板がはずされており、スキーを持って微妙なバランスで渡る。

(トップの水越に「ペッピリ腰だぞ」とひやかしたが、どうも自分も同じ格好だったようだ。)みんなが渡って、ホッとした。また、正面に燧ヶ岳を見て、ひたすら白い雪原にスキーを滑らせた。

竜宮小屋には行かずに、ヨッピ橋方面に向かうつもりが、堀川に沿って逆方向に歩いてロスをしてしまった。ここで、長谷川から戦線離脱を告げられた。(マメが酷いらしい。残念だった。)

地図で橋の位置を確認し、堀川に沿って戻った。今度の橋は木造の橋で雪が積もってはいるがスキーを脱がずに渡れた。ヨッピ橋を目指してまたスキーを滑らせた。ヨッピ橋は立派な鉄の吊り橋であるが、やはり板が外されていた。しかし、経験が功を奏したのか、みんなスムーズに渡っていた。

ルートをどこに採るか相談し、笹山からの通常ルートを採らずに、直接与作岳に突き上げる尾根を登ることにした。濃い樹林の中を尾根の取付き目指して行く。登る尾根を確認できる地点で大休止した。

シールを付けて与作岳を目指す。広い尾根ではあるが、登るにつれて傾斜が増してきた。キックターンが厳しくなり、隊列も長くなり、コールしながら登った。やがて緩やかな傾斜となり、目指す景鶴山も大きく見え、山頂直下は急傾斜となっていた。与作岳の手前で集結した。会津駒が大きく見えた。

広い与作岳に着くと、そこは突風の世界だった。少し下り、風を避けながら後続を待った。青空が拡がっていた。景鶴山との鞍部からは、見上げるようにその特徴ある岩場が見え、ピークに続く雪稜はナイフリッジとなっていた。スキーで登れるところまで登り、ナイフリッジ手前でスキーをデポした。

そこは風がなく、絶好のデポ点だった。先行して登る。両側がスッパリと切れた雪稜で、凍っていたらアイゼンなしでは登れないだろう。特徴ある岩場をすぎ少し雪稜を辿ると、念願の景鶴山の頂上だった。

そこには、ハイ松に古い小さな道標が付けられていた。 嬉しさで爆発しそうだった。これでようやく三百名山完登の目安が付けられたと思った。

後続の仲間を迎えて、固い握手と抱擁をした。頂上からは、360度の景観が広がっていた。平ヶ岳は白くて大きい。上越国境の山々や新潟県境の山々、日光連山などがぐるりと囲んでいた。

 デポ点に戻り、滑降の準備をする。自然に顔がほころび、声も弾んだ。いよいよ滑降である。ルートは水越提案の、急斜面の中にブナの疎林が続く広い尾根をケイズル沢へ滑り込むことにした。水越が先導して、滑降に移った。雪の状態もそれほど悪くはないのにホットした。奇声も飛び出した。あの辛い登りは何だったのだろうと思うほど、その代償はあっけなく終わってしまった。

 改めて、滑ってきた斜面を眺め、満足感に浸った。やぱっり山スキーは良いなぁ〜という声が挙がった。ここからはヨッピ橋の方向を目指して行く。橋を渡って、至仏山を見ると、頂上付近はガスが掛かっていた。空模様も怪しくなりだした。先を急ごう。しかし、それにしてもこの雪原は広いなぁ〜と改めて思った。

 牛首の橋で、水越がカップラーメンをご馳走してくれた。その配慮に感心した。温かいものを入れて、山の鼻を目指す。山の鼻を過ぎて、水越はどんどん先行していく。男女が乗ったスノーモービルが一台、けたたましい音を発てて抜いて行った。

 わずかに付けられたトレースが辿ると、上にあがって行くようだ。とりあえず、後続の二人を待って辿ることにした。このルートは、左斜面を登って高度を稼ぎ、最後に峠にトラバースして到着した。

 峠には、三人の顔があり、「ご苦労さん」という労いの声と温かい握手があった。本当に永く、辛い11時間近い行動だった。テントは既に撤収されており、留守部隊に感謝した。頂上に持って行かなかったビールが、渇いた喉にしみ込んでき、改めて満足感と達成感がない交ぜになりながら体いっぱいに拡がった。

 ここからもスキーで下る水越が先行して行く。宮本、長谷川と連れだって、先行した。残された三人は、最後の記念写真を撮り、2日間お世話になった鳩待峠に別れを告げた。 峠からは、みんな早足で行く。途中の休憩も取らずに戸倉ゲートに着いたときには、日はとっぷりと暮れていた。

これで、三百名山はあと4山となった。積雪期しか登れない山はなく、三百名山完登への道筋が付けられた。
これまで、いつも支援してくれたたくさんの山仲間や友人、家族にに感謝したい。

       (檜山;記)